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みなさんは「葉月」という言葉を耳にしたことはありますか?どこかで聞いたことがあるという人やカレンダーや手帳などに書いてあったのを見たことがあるという人もいらっしゃると思います。「葉月」とは「和風月名」という日本独自の各月の呼び方の1つなのですが、何月のことを指しているのでしょうか。
そこで今回は、「葉月」が何月なのか、どうして「葉月」という呼び方になったのかなど、「葉月」の行事や風物詩などと一緒に詳しく紹介していきます。
「葉月(はづき/はつき)」とは、旧暦の8月を指す和風月名です。旧暦は現在使われている暦(新暦)と1~2か月ほどのズレがあるため、新暦に照らし合わせると葉月は9月ごろ(8月下旬から10月上旬ごろ)になります。
和風月名とは、かつて日本で使われていた暦(旧暦)の各月の呼び方です。和風月名の各月の呼び方は、季節の風景や行事などから付けられており、各月の呼び方は次のようになっています。
和風月名は、奈良時代に編纂された日本最古の歴史書「日本書紀」の中に「卯月(うげつ)」や「如月(きさらぎ)」などの記述があり、古くから使われていたと考えられています。また明治5年に現在使われている暦(新暦)が採用されるまで、日本の公式な暦として使われていました。現在でも、カレンダーや手帳などに記載されたりしている、日本人に馴染み深い呼び方です。
旧暦の8月を「葉月(はづき/はつき)」と呼ぶようになった理由は諸説あります。
旧暦が使われていた時代の8月ごろは、秋の盛りの時期でした。そのため、旧暦の8月は木々の葉が紅葉して落ちる時期であることから「葉落ち月(はおちづき)」と呼ばれており、これが短くなって「葉月」となったとされています。
その他にも、渡り鳥の雁(がん)が見られ始める時期であることから付けられた「初来月(はつきづき)」や稲穂が実って張る時期であることから付けられた「張り月(はりづき)」などを由来とする説もあります。
旧暦の8月には葉月以外の呼び方もあるので、意味や由来と共に紹介していきましょう。
この他にも、木の葉が濃く色づく様子から「濃染月(こぞめづき)」や台風や暖かく湿った空気が南からやって来る季節であることから「南風月(はえづき)」などの別名があります。
これらの和風月名から、旧暦の8月は木々が紅葉し冬の渡り鳥の雁がやってくる秋の盛りの時期で、人々は中秋の名月を楽しんでいたことが分かります。和風月名を見ると、日本人が季節の移り変わりの中に美しさを見出し、自然と共に生活しながら育んできた「日本人特有の自然観」を知る手掛かりとなるのです。
日本では昔から、季節に合わせた行事や催し物が地域ごとに行われており、今では風物詩となったものもあります。そこで今回は、昔から葉月の時期に行われ、日本人の生活に彩りを与えてきた行事や催し物などについて紹介していきましょう。
お盆とは「盂蘭盆会(うらぼんえ)」を略したもので、あの世から帰ってくるご先祖様の霊を各家庭で供養する日本の伝統行事です。かつては旧暦の7月15日を中心に行われていましたが、新暦採用後は地域によって異なり、多くの地域では8月13日~16日に行われています。
盂蘭盆会の由来は、お釈迦さまの弟子が7月15日に母親の供養をしたことだといわれており、日本古来のご先祖様の霊を敬い感謝する祖霊信仰と混ざり合って現在のような形のお盆になったとされています。初めは貴族や武家の間だけで行われていましたが、江戸時代に入ると庶民にも広まっていきました。
お盆の行事の流れは次のようになります。
ご先祖様の霊をお迎えするため、仏壇の前や部屋の一角に「盆棚(精霊棚)」をしつらえて季節の果物や食事などと一緒に、「精霊馬(しょうりょううま)」というご先祖様の乗り物であるキュウリの馬とナスの牛をお供えし、自宅の目印となる提灯(ちょうちん)や灯篭(とうろう)に火を灯します。
提灯や灯篭に火をつけるのは8月13日の夕方からが一般的ですが、地域によっては8月12日から13日に日付が変わった瞬間から火をつける場合もあります。また、13日の夕方になると、玄関先や庭などで「迎え火」を炊いてご先祖様の霊をお迎えします。
お盆の期間中は、お墓参りに行ったり、家やお寺でお坊さんにお経をあげてもらったりしてご先祖様の霊を供養します。
お盆の最終日となる8月16日はご先祖様を送り出すために「送り火」や「灯篭流し」を行います。「送り火」は、「迎え火」と同じように玄関先や庭などで火を焚いてご先祖様の霊をお見送りする儀式です。「灯篭流し」は、木と紙で作った灯篭に火を灯して川に流し、亡くなった人の魂を供養する儀式です。また、京都の五山送り火(大文字焼き)など日本各地の山で送り火の行事が行われ、これをもってその年のお盆の行事は終了となります。
近年ではマンションやアパートで生活する家庭が増え、仏壇を置いたり迎え火や送り火をする場所が無かったりするため、昔ながらのやり方でお盆を迎える人は減ってきましたが、お盆には家族や親戚が集まってお墓参りに行くことは大切な年中行事とされています。
立秋とは、二十四節気(にじゅうしせっき)において秋の始まりとされる日のことで、毎年8月7日ごろにあたります。「二十四節気」とは、古代中国で作られた暦で、太陽の動きをもとに1年を春夏秋冬の4つに分け、さらに各季節を6つに分けてそれぞれに名前を付けたものです。「立秋」は二十四節気の中でも季節を区分する「夏至・冬至(二至)」「春分・秋分(二分)」「立春・立夏・立秋・立冬(四立(しりゅう))」を合わせた「八節(はっせつ)」の1つで、日本では暦の上で秋が始まる日とされています。
「立秋」には、夏の暑さのピークで次の日から秋らしくなるという意味があります。そのため、立秋の翌日から夏の暑さを表す「暑中」から夏の名残りの暑さを表す「残暑」となり、お世話になっている方などへの挨拶文には、立秋の翌日から「残暑見舞い」を使うようになります。
「八朔(はっさく)」とは「八月朔日(さくじつ)」を略した言葉です。「朔日」とは月の初めの日を指す言葉で「ついたち」とも読み、「八朔」は8月1日のことを指します。
八朔は、別名「田の実の節句」ともいい、かつてはお世話になっている目上の人や親戚、友人など日頃から頼みとしている人たちに感謝を込めて贈り物をする風習がありました。旧暦の八朔は現在の9月ごろにあたるため、大昔の農村では田畑にお供えをして神様に「稲の実(田の実)」の豊作を願う行事が行われていました。これが、「田の実→頼み」に変化し、頼みにしている人に新しく収穫した穀物を贈る風習へと変わったといわれています。農家から始まった「田の実の節句」の風習は鎌倉時代ごろから公家や武家にも広がり、江戸時代には町人にも伝わったとされています。現在では馴染みのない「田の実の節句」ですが、京都の舞妓さんや芸妓さんたちが、八朔にいつもお世話になっている踊りや唄のお師匠さん方に挨拶をして回るというしきたりが、今も残る「田の実の節句」の風習といわれています。
また、八朔の行事として、日本各地で豊作を祈願する「八朔祭」や神社で相撲を奉納する「八朔相撲」などが現在も行われています。
お盆のある葉月(8月)には、日本各地で盆踊りや夏祭りが開催されます。「盆踊り」とは、あの世から帰ってきたご先祖様の霊を供養するための風習ですが、その由来は仏教の「念仏踊り」にあるといわれています。
「念仏踊り」は念仏を唱えながら踊るというもので、平安時代の僧・空也上人(くうやしょうにん)が文字の読めない庶民でも念仏が唱えられるようにと考案し市中に広め、鎌倉時代に一遍上人が日本全国に普及させたものです。この「念仏踊り」が日本古来のお盆にご先祖様の霊を祀るという風習と結びつき、お盆の時期に邪気を祓い亡くなった人の鎮魂を願うため盆踊りを行うことが定着していったとされています。
「夏祭り」は、地域によって五穀豊穣や疫病退散、祖先供養などさまざまな願いが込められたものとして毎年7月や8月に地域ごとで行われてきた風習です。祭りの内容は地域によって違いがあり、盆踊りや花火大会をメインとしたものや、山車(だし)やお神輿などの行列をメインとしたものなどがあります。いずれも、屋台が立ち並んだり地元の人たちによる出し物が行われたりと、神事としてだけでなく地域の人たちの交流の場としても重要な役割を担っています。
葉月(8月)の風物詩として忘れてはいけないのが、兵庫県西宮市にある阪神甲子園球場で行われる「全国高等学校野球選手権」通称「夏の甲子園」です。「全国高等学校野球選手権」の始まりは1915年(大正4年)で、「全国中等学校優勝野球大会」として豊中グラウンドで開催されました。阪神甲子園球場で大会が行われるようになったのは1924年(大正13年)からで、以降現在に至るまで、甲子園球場で開催されています。途中、米騒動や第二次世界大戦による中断を挟みましたが、現代まで行われており、2018年には第100回を迎えました。甲子園で試合ができるのは、各地方で予選を勝ち抜いた49校のチームで、毎年熱戦が繰り広げられています。
1月から12月の各月には、それぞれの月にちなんだ宝石があります。これらの宝石を「誕生石」と呼び、昔から自分の生まれた月の誕生石を身に着けると幸運を招き、災いから身を守ってくれるといわれてきました。ここでは、8月(葉月)の誕生石である「ペリドット」について詳しく紹介していきましょう。
ペリドットとは、和名を「橄欖石(かんらんせき)」という、澄んだオリーブグリーンや黄緑色が特徴の宝石です。「橄欖石」とは鉱物のグループ名で、ペリドットは橄欖石の中でも鉄分が多く含まれて緑色に発色したものに付けられた名前です。
「ペリドット」という名前の由来は、アラビア語で「宝石」を意味する「faridat(ファリダット)」が語源となっているといわれています。他にも、13世紀中期ごろに使われていた「明るい点・明るいボタン」を意味する英単語「peridot(ペリドート)」やギリシャ語で「epdidote(エピドート)」と呼ばれる「緑簾石(りょくれんせき)」によく似ていたことから付けられたとされる説などがあります。
ペリドットは自然な光を放つ宝石であることから、古代エジプト人からは「太陽神ラーの化身」と考えられており、大昔から「太陽の象徴」として愛され、お守りや宝飾品として使われてきました。また、ハワイの先住民は火山から噴出された火山弾や溶岩にペリドットが混じっていたことから「火の女神ペレの涙」と信じ、魔除けのお守りとして使っていたそうです。
ペリドットの石言葉は「夫婦愛・運命の絆・幸福・平和・希望・和合・安心」などです。ペリドットには、夫婦の絆を強める力や、怒りや悲しみ、嫉妬などのマイナスな感情を取り除き、明るく前向きな気持ちをサポートしてくれる力、持ち主の魅力を内側から輝かせて周囲の人たちとの人間関係を円滑にする力などがあるとされているため、夫婦円満を祈る人や心穏やかに過ごしたい人、人間関係に悩んでいる人などに最適の宝石です。また、夜の照明や月明りの下でも美しく輝くことから別名「イブニング・エメラルド」とも呼ばれ、困難な状況下でも希望を失わない強さを象徴する宝石ともいわれているため、受験や就職など困難な状況を打破して前に進みたい人にもお守りとしておすすめです。
ペリドットを使ったアクセサリーに興味のある方は下記のサイトをご参照ください。
和風月名は各月の付けられた日本独自の名前で、それぞれの月に行われる行事やその月特有の風景などに由来した呼び方が付けられています。「葉月」を含んだ各月の和風月名とその由来は次のようになります。
・新年を迎えて親類が集まり、仲睦まじく過ごす月であることから
・1年の初めの月という意味の「元つ月(もとつつき)」が変化したもの
・寒さがまだ残っている時期のため「衣(きぬ)を更(さら)に重ねて着る」という意味の「衣更着(きさらぎ)」から
・草木の芽が張り出す月であることから付けられた「草木張月(くさきはりづき)」が変化したもの
・1年で最も草木が生い茂る時期であることから付けられた「木草弥や生い月(きくさいやおいづき)」が短く変化したもの
・卯の花(ウツギ)が咲く月であることから
・早苗(イネの苗)を植える時期であることから付けられた「早月(さつき)」が後に「水田」を意味する「皐」という漢字を使うようになったもの
・「早苗月(さなえづき)」が短く変化したもの
・田に水を入れる時期であることから(無は「~の」という意味で使われている)
・田植えが終わったことを意味する「皆仕尽(みなしつき)」が由来
・暑くて田に水が無くなる時期であることから
・短冊に詩や歌を書いて字の上達を願う七夕行事を行う月であることから付けられた「文披月(ふみひろげづき)」が短く変化したもの
・イネの穂が実る時期であることから付けられた「穂含月(ほふみづき)が変化したもの
・木々の葉が色づいて落ちる時期であることから付けられた「葉落ち月(はおちづき)」が短く変化したもの
・夜が長くなる時期であることから付けられた「夜長月(よながづき)」が短く変化したもの
・全国の神様が出雲大社に集まり日本各地の神社で神様が不在になることから
・出雲地方では「神在月(かみありづき)」と呼ぶ
・霜が降るじきであることから
・師(僧侶)が各家でお経をあげるという年末の風習で忙しく走り回ることから
・年が終わるという意味の「年果つ」が由来
和風月名の「葉月」とは、旧暦の8月を指す呼び名です。「葉月」は現在の暦に当てはめると8月下旬ごろから10月下旬ごろになり、木の葉が落ちる風景から名付けられたとされるという呼び方です。また、この時期は冬鳥の雁が渡ってくることから「来初月」や中秋の名月が見られることから「月見月」などとも呼ばれており、昔の人たちが日本の秋の静かで美しい風景を愛していたことを感じられます。
現代の8月は夏真っ盛りで、お盆や夏祭り、花火大会などのイベントが目白押しの楽しみな季節です。しかし、お盆を過ぎると秋の虫の声が聞こえてきたり日が暮れるのが少し早くなったりと、少しずつ秋を感じられるようになるので、皆さんも自然の中に見え始めた秋を感じてみてはいかがでしょうか。
みなさんは「葉月」という言葉を耳にしたことはありますか?
どこかで聞いたことがあるという人やカレンダーや手帳などに書いてあったのを見たことがあるという人もいらっしゃると思います。
「葉月」とは「和風月名」という日本独自の各月の呼び方の1つなのですが、何月のことを指しているのでしょうか。
そこで今回は、「葉月」が何月なのか、どうして「葉月」という呼び方になったのかなど、「葉月」の行事や風物詩などと一緒に詳しく紹介していきます。
目次
葉月は何月?
「葉月(はづき/はつき)」とは、旧暦の8月を指す和風月名です。
旧暦は現在使われている暦(新暦)と1~2か月ほどのズレがあるため、新暦に照らし合わせると葉月は9月ごろ(8月下旬から10月上旬ごろ)になります。
和風月名とは?
和風月名とは、かつて日本で使われていた暦(旧暦)の各月の呼び方です。
和風月名の各月の呼び方は、季節の風景や行事などから付けられており、各月の呼び方は次のようになっています。
和風月名は、奈良時代に編纂された日本最古の歴史書「日本書紀」の中に「卯月(うげつ)」や「如月(きさらぎ)」などの記述があり、古くから使われていたと考えられています。
また明治5年に現在使われている暦(新暦)が採用されるまで、日本の公式な暦として使われていました。
現在でも、カレンダーや手帳などに記載されたりしている、日本人に馴染み深い呼び方です。
葉月の読み方や由来と意味
旧暦の8月を「葉月(はづき/はつき)」と呼ぶようになった理由は諸説あります。
旧暦が使われていた時代の8月ごろは、秋の盛りの時期でした。
そのため、旧暦の8月は木々の葉が紅葉して落ちる時期であることから「葉落ち月(はおちづき)」と呼ばれており、これが短くなって「葉月」となったとされています。
その他にも、渡り鳥の雁(がん)が見られ始める時期であることから付けられた「初来月(はつきづき)」や稲穂が実って張る時期であることから付けられた「張り月(はりづき)」などを由来とする説もあります。
葉月の別名
旧暦の8月には葉月以外の呼び方もあるので、意味や由来と共に紹介していきましょう。
この他にも、木の葉が濃く色づく様子から「濃染月(こぞめづき)」や台風や暖かく湿った空気が南からやって来る季節であることから「南風月(はえづき)」などの別名があります。
これらの和風月名から、旧暦の8月は木々が紅葉し冬の渡り鳥の雁がやってくる秋の盛りの時期で、人々は中秋の名月を楽しんでいたことが分かります。
和風月名を見ると、日本人が季節の移り変わりの中に美しさを見出し、自然と共に生活しながら育んできた「日本人特有の自然観」を知る手掛かりとなるのです。
葉月(8月)にまつわる日本の行事・風物詩
日本では昔から、季節に合わせた行事や催し物が地域ごとに行われており、今では風物詩となったものもあります。
そこで今回は、昔から葉月の時期に行われ、日本人の生活に彩りを与えてきた行事や催し物などについて紹介していきましょう。
お盆
お盆とは「盂蘭盆会(うらぼんえ)」を略したもので、あの世から帰ってくるご先祖様の霊を各家庭で供養する日本の伝統行事です。
かつては旧暦の7月15日を中心に行われていましたが、新暦採用後は地域によって異なり、多くの地域では8月13日~16日に行われています。
盂蘭盆会の由来は、お釈迦さまの弟子が7月15日に母親の供養をしたことだといわれており、日本古来のご先祖様の霊を敬い感謝する祖霊信仰と混ざり合って現在のような形のお盆になったとされています。
初めは貴族や武家の間だけで行われていましたが、江戸時代に入ると庶民にも広まっていきました。
お盆の行事の流れは次のようになります。
8月13日:お迎え
ご先祖様の霊をお迎えするため、仏壇の前や部屋の一角に「盆棚(精霊棚)」をしつらえて季節の果物や食事などと一緒に、「精霊馬(しょうりょううま)」というご先祖様の乗り物であるキュウリの馬とナスの牛をお供えし、自宅の目印となる提灯(ちょうちん)や灯篭(とうろう)に火を灯します。
提灯や灯篭に火をつけるのは8月13日の夕方からが一般的ですが、地域によっては8月12日から13日に日付が変わった瞬間から火をつける場合もあります。
また、13日の夕方になると、玄関先や庭などで「迎え火」を炊いてご先祖様の霊をお迎えします。
8月14日~15日:供養
お盆の期間中は、お墓参りに行ったり、家やお寺でお坊さんにお経をあげてもらったりしてご先祖様の霊を供養します。
8月16日:送り火
お盆の最終日となる8月16日はご先祖様を送り出すために「送り火」や「灯篭流し」を行います。
「送り火」は、「迎え火」と同じように玄関先や庭などで火を焚いてご先祖様の霊をお見送りする儀式です。
「灯篭流し」は、木と紙で作った灯篭に火を灯して川に流し、亡くなった人の魂を供養する儀式です。
また、京都の五山送り火(大文字焼き)など日本各地の山で送り火の行事が行われ、これをもってその年のお盆の行事は終了となります。
近年ではマンションやアパートで生活する家庭が増え、仏壇を置いたり迎え火や送り火をする場所が無かったりするため、昔ながらのやり方でお盆を迎える人は減ってきましたが、お盆には家族や親戚が集まってお墓参りに行くことは大切な年中行事とされています。
立秋
立秋とは、二十四節気(にじゅうしせっき)において秋の始まりとされる日のことで、毎年8月7日ごろにあたります。
「二十四節気」とは、古代中国で作られた暦で、太陽の動きをもとに1年を春夏秋冬の4つに分け、さらに各季節を6つに分けてそれぞれに名前を付けたものです。
「立秋」は二十四節気の中でも季節を区分する「夏至・冬至(二至)」「春分・秋分(二分)」「立春・立夏・立秋・立冬(四立(しりゅう))」を合わせた「八節(はっせつ)」の1つで、日本では暦の上で秋が始まる日とされています。
「立秋」には、夏の暑さのピークで次の日から秋らしくなるという意味があります。
そのため、立秋の翌日から夏の暑さを表す「暑中」から夏の名残りの暑さを表す「残暑」となり、お世話になっている方などへの挨拶文には、立秋の翌日から「残暑見舞い」を使うようになります。
八朔「田の実の節句」
「八朔(はっさく)」とは「八月朔日(さくじつ)」を略した言葉です。
「朔日」とは月の初めの日を指す言葉で「ついたち」とも読み、「八朔」は8月1日のことを指します。
八朔は、別名「田の実の節句」ともいい、かつてはお世話になっている目上の人や親戚、友人など日頃から頼みとしている人たちに感謝を込めて贈り物をする風習がありました。
旧暦の八朔は現在の9月ごろにあたるため、大昔の農村では田畑にお供えをして神様に「稲の実(田の実)」の豊作を願う行事が行われていました。
これが、「田の実→頼み」に変化し、頼みにしている人に新しく収穫した穀物を贈る風習へと変わったといわれています。
農家から始まった「田の実の節句」の風習は鎌倉時代ごろから公家や武家にも広がり、江戸時代には町人にも伝わったとされています。
現在では馴染みのない「田の実の節句」ですが、京都の舞妓さんや芸妓さんたちが、八朔にいつもお世話になっている踊りや唄のお師匠さん方に挨拶をして回るというしきたりが、今も残る「田の実の節句」の風習といわれています。
また、八朔の行事として、日本各地で豊作を祈願する「八朔祭」や神社で相撲を奉納する「八朔相撲」などが現在も行われています。
夏祭り・盆踊り
お盆のある葉月(8月)には、日本各地で盆踊りや夏祭りが開催されます。
「盆踊り」とは、あの世から帰ってきたご先祖様の霊を供養するための風習ですが、その由来は仏教の「念仏踊り」にあるといわれています。
「念仏踊り」は念仏を唱えながら踊るというもので、平安時代の僧・空也上人(くうやしょうにん)が文字の読めない庶民でも念仏が唱えられるようにと考案し市中に広め、鎌倉時代に一遍上人が日本全国に普及させたものです。
この「念仏踊り」が日本古来のお盆にご先祖様の霊を祀るという風習と結びつき、お盆の時期に邪気を祓い亡くなった人の鎮魂を願うため盆踊りを行うことが定着していったとされています。
「夏祭り」は、地域によって五穀豊穣や疫病退散、祖先供養などさまざまな願いが込められたものとして毎年7月や8月に地域ごとで行われてきた風習です。
祭りの内容は地域によって違いがあり、盆踊りや花火大会をメインとしたものや、山車(だし)やお神輿などの行列をメインとしたものなどがあります。
いずれも、屋台が立ち並んだり地元の人たちによる出し物が行われたりと、神事としてだけでなく地域の人たちの交流の場としても重要な役割を担っています。
甲子園
葉月(8月)の風物詩として忘れてはいけないのが、兵庫県西宮市にある阪神甲子園球場で行われる「全国高等学校野球選手権」通称「夏の甲子園」です。
「全国高等学校野球選手権」の始まりは1915年(大正4年)で、「全国中等学校優勝野球大会」として豊中グラウンドで開催されました。
阪神甲子園球場で大会が行われるようになったのは1924年(大正13年)からで、以降現在に至るまで、甲子園球場で開催されています。
途中、米騒動や第二次世界大戦による中断を挟みましたが、現代まで行われており、2018年には第100回を迎えました。
甲子園で試合ができるのは、各地方で予選を勝ち抜いた49校のチームで、毎年熱戦が繰り広げられています。
葉月(8月)の誕生石
1月から12月の各月には、それぞれの月にちなんだ宝石があります。
これらの宝石を「誕生石」と呼び、昔から自分の生まれた月の誕生石を身に着けると幸運を招き、災いから身を守ってくれるといわれてきました。
ここでは、8月(葉月)の誕生石である「ペリドット」について詳しく紹介していきましょう。
ペリドット
ペリドットとは、和名を「橄欖石(かんらんせき)」という、澄んだオリーブグリーンや黄緑色が特徴の宝石です。
「橄欖石」とは鉱物のグループ名で、ペリドットは橄欖石の中でも鉄分が多く含まれて緑色に発色したものに付けられた名前です。
「ペリドット」という名前の由来は、アラビア語で「宝石」を意味する「faridat(ファリダット)」が語源となっているといわれています。
他にも、13世紀中期ごろに使われていた「明るい点・明るいボタン」を意味する英単語「peridot(ペリドート)」やギリシャ語で「epdidote(エピドート)」と呼ばれる「緑簾石(りょくれんせき)」によく似ていたことから付けられたとされる説などがあります。
ペリドットは自然な光を放つ宝石であることから、古代エジプト人からは「太陽神ラーの化身」と考えられており、大昔から「太陽の象徴」として愛され、お守りや宝飾品として使われてきました。
また、ハワイの先住民は火山から噴出された火山弾や溶岩にペリドットが混じっていたことから「火の女神ペレの涙」と信じ、魔除けのお守りとして使っていたそうです。
ペリドットの石言葉は「夫婦愛・運命の絆・幸福・平和・希望・和合・安心」などです。
ペリドットには、夫婦の絆を強める力や、怒りや悲しみ、嫉妬などのマイナスな感情を取り除き、明るく前向きな気持ちをサポートしてくれる力、持ち主の魅力を内側から輝かせて周囲の人たちとの人間関係を円滑にする力などがあるとされているため、夫婦円満を祈る人や心穏やかに過ごしたい人、人間関係に悩んでいる人などに最適の宝石です。
また、夜の照明や月明りの下でも美しく輝くことから別名「イブニング・エメラルド」とも呼ばれ、困難な状況下でも希望を失わない強さを象徴する宝石ともいわれているため、受験や就職など困難な状況を打破して前に進みたい人にもお守りとしておすすめです。
ペリドットを使ったアクセサリーに興味のある方は下記のサイトをご参照ください。
その他の和風月名は?
和風月名は各月の付けられた日本独自の名前で、それぞれの月に行われる行事やその月特有の風景などに由来した呼び方が付けられています。
「葉月」を含んだ各月の和風月名とその由来は次のようになります。
・新年を迎えて親類が集まり、仲睦まじく過ごす月であることから
・1年の初めの月という意味の「元つ月(もとつつき)」が変化したもの
・寒さがまだ残っている時期のため「衣(きぬ)を更(さら)に重ねて着る」という意味の「衣更着(きさらぎ)」から
・草木の芽が張り出す月であることから付けられた「草木張月(くさきはりづき)」が変化したもの
・1年で最も草木が生い茂る時期であることから付けられた「木草弥や生い月(きくさいやおいづき)」が短く変化したもの
・卯の花(ウツギ)が咲く月であることから
・早苗(イネの苗)を植える時期であることから付けられた「早月(さつき)」が後に「水田」を意味する「皐」という漢字を使うようになったもの
・「早苗月(さなえづき)」が短く変化したもの
・田に水を入れる時期であることから(無は「~の」という意味で使われている)
・田植えが終わったことを意味する「皆仕尽(みなしつき)」が由来
・暑くて田に水が無くなる時期であることから
・短冊に詩や歌を書いて字の上達を願う七夕行事を行う月であることから付けられた「文披月(ふみひろげづき)」が短く変化したもの
・イネの穂が実る時期であることから付けられた「穂含月(ほふみづき)が変化したもの
・木々の葉が色づいて落ちる時期であることから付けられた「葉落ち月(はおちづき)」が短く変化したもの
・夜が長くなる時期であることから付けられた「夜長月(よながづき)」が短く変化したもの
・全国の神様が出雲大社に集まり日本各地の神社で神様が不在になることから
・出雲地方では「神在月(かみありづき)」と呼ぶ
・霜が降るじきであることから
・師(僧侶)が各家でお経をあげるという年末の風習で忙しく走り回ることから
・年が終わるという意味の「年果つ」が由来
「葉月」とは紅葉した木の葉が落ち始める月
和風月名の「葉月」とは、旧暦の8月を指す呼び名です。
「葉月」は現在の暦に当てはめると8月下旬ごろから10月下旬ごろになり、木の葉が落ちる風景から名付けられたとされるという呼び方です。
また、この時期は冬鳥の雁が渡ってくることから「来初月」や中秋の名月が見られることから「月見月」などとも呼ばれており、昔の人たちが日本の秋の静かで美しい風景を愛していたことを感じられます。
現代の8月は夏真っ盛りで、お盆や夏祭り、花火大会などのイベントが目白押しの楽しみな季節です。
しかし、お盆を過ぎると秋の虫の声が聞こえてきたり日が暮れるのが少し早くなったりと、少しずつ秋を感じられるようになるので、皆さんも自然の中に見え始めた秋を感じてみてはいかがでしょうか。
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