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日本には「和風月名」という日本ならではの各月の呼び名があります。大昔から使われてきた和風月名の中に「弥生」と呼ばれる月がありますが、何月のことを指しているのか御存じでしょうか?
現在でも目にする機会が少なくない和風月名の「弥生」が何月でどうしてこの呼び名が付けられたのかなどについて、弥生ならではの風物詩や誕生石などと一緒に詳しく解説していきます。
「弥生(やよい)」とは、旧暦の3月を指す和風月名です。現在使われている新暦と旧暦は、1~2か月ほどのズレがあるので、新暦に照らし合わせると弥生は4月ごろ(3月下旬から5月上旬ごろ)になります。旧暦が使われていた時代の3月は、暖かい気候の中で草木が芽吹き、桜や桃など春の花が咲くような時期でした。
和風月名とは、日本で大昔から使われてきた日本独自の各月の呼び方です。和風月名がいつから使われ始めたのかは定かではありませんが、日本最古の歴史書「日本書紀」の中に、4月を「卯月(うげつ)」2月を「如月(きさらぎ)」と呼んでいたことが分かる記述があるため、奈良時代にはすでに使われていたと考えられています。
和風月名の各月の名前は、季節の行事や風景などに合わせて付けられています。各月の和風月名は次のようになります。
これらの和風月名は、現在使われている新暦が日本で正式に採用されるようになった明治5年まで使われていました。
旧暦の3月を「弥生」と呼ぶようになったのはなぜでしょうか。「弥生」の「弥(いや)」は「いよいよ・ますます」という意味の言葉で、「生(おい)」は「草木が生い茂る」という意味の言葉です。旧暦の3月頃は、冬が終わって暖かくなり、木々や草などが芽吹いて勢いよく成長する季節でした。そのため、旧暦の3月は「木草(きくさ)弥(いや)生ひ(おひ)茂る(しげる)月」と呼ばれており、これが後に短く変化して「弥生」になったとされています。
旧暦の3月には、弥生以外の呼び方が沢山あるので、紹介していきましょう。
この他にも、春の最後の月であることから「晩春(ばんしゅん)」、春が去り行く季節であることから「春惜月(はるおしみづき)」、桃の花が咲く月であることから「桃月(とうげつ)」などの別名があります。
これらの和風月名から、旧暦の3月は春の花や新しい命など喜びに溢れた時期であり、過ぎ行く春を惜しむ時期でもあることが分かり、日本人が四季のある自然と共に生きて生活し培ってきた日本人特有の自然観を感じることができるのです。
日本では、昔から季節ごとに色々な行事やイベントが行われてきました。今回は、昔から弥生の時期に行われ、今では風物詩となっている行事やイベントなどについて紹介していきます。
ひな祭りとは、女の子の健やかな成長や幸せを祈るために行われる年中行事で、毎年3月3日にあります。ひな祭りは、正式名称を「上巳(じょうし)の節句」といい、中国から伝わった季節の節目を祝う伝統的な行事「五節句(ごせっく)」の1つです。古代中国では旧暦の3月最初の巳の日に儀式が行われていたことから「上巳の節句」と呼ばれ、日本に伝わった後、旧暦の3月が桃の花が咲く時期であり、桃には厄を祓う力があると考えられていたため「桃の節句」とも呼ばれるようになりました。
古代中国では、男女ともに上巳の節句に水辺で身を清めて厄を払い、無病息災を祈るという儀式を行っていました。これが日本に伝わった後、紙や藁で作った人形(ひとがた)で体を撫でて人形に厄を移し、川や海に流す「流しびな」という儀式に変わっていったといわれています。この風習と、平安時代から貴族の女の子たちが行っていた紙の人形であそぶ「雛(ひいな)遊び」が合わさって、これが「ひな祭り」の起源になったとされています。
上巳の節句がひな人形を飾って女の子の成長と幸せを祈る行事になったのは室町時代ごろからだといわれており、江戸時代になると幕府が五節句を祝うことを国の行事と定めたことから庶民の間でも3月3日の上巳の節句にひな人形を飾る風習が広まっていきました。
現在のひな祭りには、天皇の結婚式を模した雛人形を飾り、厄を祓う力があるとされる桃の花や白酒、緑・白・赤(桃色)3色の「菱餅(ひしもち)」や「ひなあられ」を供えて、ちらし寿司やハマグリのお吸い物を食べてお祝いします。
「菱餅」や「ひなあられ」の色にはそれぞれ、緑は「健やかな成長」、白は「子孫繁栄と長寿」、赤(桃色)は「魔除け」という意味があります。また、「ひなあられ」は関東と関西で違いがあり、関東ではポン菓子に砂糖を絡めたもの、関西では塩や醤油で味付けしたおかきを「ひなあられ」と言います。
ホワイトデーとは、2月14日のバレンタインデーにチョコレートを貰った男性が、女性にお返しをするイベントで、毎年3月14日に行われています。
ホワイトデーは日本で誕生した行事で、1977年(昭和52年)に福岡の老舗菓子店がバレンタインのお返しとしてマシュマロを渡す「マシュマロデー」を作り、チョコレートが入ったマシュマロを売り出したことが起源だとされています。この「マシュマロデー」が、百貨店岩田屋のアドバイスにより1978年(昭和53年)3月14日と制定され、1980年代に岩田屋の申し出で「ホワイトデー」という名前に変更されました。
その後、ホワイトデーは日本全国に浸透していき7,マシュマロやキャンディー、クッキーなどを贈るようになりました。最近では花やアクセサリーも贈られるようになっており、中国、台湾、韓国などでも行われるようになっています。
春分の日とは、「自然をたたえ、生物をいつくしむ」日として、1948年(昭和23年)から制定された国民の祝日です。「春分」とは、太陽の動きをもとに1年を24等分にした暦「二十四節気」の1つで、昼と夜の長さがほぼ同じとなる日です。春分の日は、国立天文台の観測によって日にちが決められるので毎年異なり、3月20日または3月21日になります。
昔から春分には、「春季皇霊祭」という天皇が歴代の天皇の御魂を祀る儀式が宮中で行われており、戦前までは日本の祭日でしたが、戦後この祭日は廃止となり「春分の日」として国民の祝日になりました。
春分の日に特別な行事はありませんが、この日は春のお彼岸の中日(7日間あるお彼岸の真ん中の日)でもあることから、お墓参りに行く人が多く見られます。
卒業式とは、学校の全教育課程を修了したことを祝って学校側が行う式典です。卒業式では、卒業の証明として学校側から卒業証書が贈られます。
卒業式の起源は、中世ヨーロッパの大学で教育課程を修了した学生に学位を授与する式典であるといわれています。日本の卒業式は、1872年(明治5年)から始まった近代学校教育制度により、学年ごとに試験に合格した生徒に対して卒業証書を渡していたことが由来となっているとされています。日本初の卒業式が行われたのは、1876年(明治9年)の陸軍戸山学校で、その後日本各地の高等教育機関でも行われるようになっていきました。当時の卒業式は教育の成果の発表をする場で、卒業生により体操や弁論などが披露されていたそうです。
小学校で卒業式が行われるようになったには明治20年代からで、1890年(明治23年)に発布された「教育勅語」により、学校で様々な儀式が導入されるようになったことに伴い、卒業式も徐々に全国の小学校へと広まっていきました。
お花見とは、日本で昔から行われてきた桜の花を見て春を楽しむ行事です。主に3月~4月の桜が咲く時期に行われますが、東北地方や北海道などでは、桜が咲く時期が遅いので5月頃のなる地域もあります。
お花見の由来は諸説あり、1つは奈良時代以前にあるとされています。大昔の農民たちは、春の農作業を始める前に桜の木の下で田の神様にお酒や食べ物を供えて豊作祈願をしており、人々は桜の木の下で田の神様をお迎えしつつ、自分たちもご馳走を頂いてその年の豊作を願っていました。この行事が、お花見の由来とされています。
なぜ桜の木かというと、かつて田の神様は冬の間は山にいて、春になると山から下りて桜の木を依り代にしていたと考えられていました。そのため、桜の木は、田の神様を意味する「サ」という言葉と、神様が座る場所を意味する「クラ」が合わさって「サクラ」という名前が付けられたといわれています。
また、平安時代の貴族の行事「花宴(はなのえん)」という梅の花を見ながら歌を詠み合う催しが由来という説もあります。奈良時代までは、花といえば「梅」でしたが、平安時代初期の812年に、嵯峨天皇が神泉苑(しんせんえん:天皇の宴遊地)にて「花宴の節(かえんのせち)」という桜の花の下で宴を行ったという記録があり、これが日本史上最古の桜のお花見だとされています。その後、831年から桜を見ながら行う「花宴」が宮中の恒例行事となりました。
お花見が一般人たちの間に広まったのは江戸時代からです。これは、江戸幕府によって江戸各所の川の堤防などに桜の木を植えられたことにより桜の名所が誕生したことや、江戸時代後期にソメイヨシノが品種改良によって誕生して日本全国で植えられるようになったことなどから、一般の人たちも桜の花の下でお弁当やお団子などを食べたりお酒を飲んだりして気軽に花見を楽しむようになりました。
現代のお花見は、桜の花の下でお弁当やお菓子などを食べたりバーベキューをしたり、桜の名所ではイベントが行われたり屋台が出たりと、多くの人たちが楽しんでいます。
「誕生石」とは、1月から12月の各月に当てはめられた宝石のことです。宝石にはそれぞれパワーがあるとされ、自分が生まれた月の宝石を身に着けることで幸せが訪れたり願いが叶ったりするといわれています。ここでは、3月の誕生石である「アクアマリン」「コーラル(珊瑚)」「アイオライト」について詳しく紹介していきましょう。
アクアマリンとは、和名を「藍玉(らんぎょく)」という、海のように澄んだ薄い青色が特徴的な宝石です。深みのある濃い青色のものもあり、「サンタマリアアクアマリン」と呼ばれ、高く評価されています。
「アクアマリン」という名前は、ラテン語で「水」を意味する「Aqua(アクア)」と「海の」を意味する「Marinus(マリヌス)」が由来となっています。アクアマリンはギリシャ神話に度々登場する宝石で、海の精霊セイレーンが海の神ネプチューンの怒りにふれ石にされた姿であるという伝説や、海の精霊の宝物で海が荒れたときに浜辺に打ち上げられた宝石であるという言い伝え、海の精霊ネレイデスが人間の男性との悲恋の末に流した涙が海の底で宝石になったものであるという伝説などが残っています。
アクアマリンは大昔からお守りや装飾品として愛されてきました。夜に暗闇で照明を当てると輝きを増すことから、古代ローマでは船乗りたちが海難防止のお守りとして身に着けられ、中世ヨーロッパでは「夜の女王」とも呼ばれて夜会で女性が身に着けるアクセサリーとして人気の宝石でした。
アクアマリンの石言葉は、「聡明・沈着・幸福・富貴・癒し・浄化・調和」などで、冷静沈着な判断を促す効果、人間関係を円滑にする効果、夫婦円満や家内安全の効果、ストレスを和らげる効果などがあるとされており、幸せな結婚がしたい人や人間関係に悩んでいる人、ストレス解消して穏やかに生活したい人などに最適の宝石です。また、昔から海難防止のお守りとされてきたことから、水関係の仕事をしている人や水辺を旅行する人のお守りとしてもおすすめです。
コーラルとは、和名を「珊瑚(さんご)」という、赤やピンク、白、黄色などの不透明な宝石です。コーラルは他の宝石のような鉱物ではなく、珊瑚虫(さんごちゅう)とも呼ばれるイソギンチャクやクラゲの仲間である生物の骨格部分を加工して作られたもので、「有機質宝石」と呼ばれています。
コーラルは太古から宝飾品やお守りとして利用されていて、世界最古のものは紀元前の地中海産のものだとされています。日本には、シルクロードを通して奈良時代に伝わったとされており、その後に日本近海でも採取されるようになりました。
「コーラル」という名前は、ギリシャ語で「小さな玉石」や「海の人形」を意味する「Korallion(コーラリオン)」が由来とされています。また、和名の「珊瑚」は、「海にすむ虫の骨格がたくさん集まった玉」という意味の「珊」と「祭祀のときに穀物を乗せる器」という意味の「瑚」という漢字が合わさったものです。昔からコーラルには強い力があるとされており、身に着けると持ち主の邪気や病魔を祓い、幸福や富をもたらしてくれるといわれています。
コーラルの石言葉は、「幸福・長寿・健康・知恵・安産」などで、健康とやる気が上がる効果、対人関係や恋愛関係が良くなる効果、安産や子宝の恵まれる効果、魔除けの効果などがあるとされており、人間関係を円滑にしたい人や恋愛成就を願う人、妊婦さんや幸せな結婚を願う人などにおすすめの宝石です。
アイオライトとは和名を「菫青石(きんせいせき)」という、深いすみれ色の宝石です。太陽があたる角度によって見える色が異なる「多色性」が最大の特徴で、深い青や灰色、黄色に見えるものもあります。
「アイオライト」という名前は、ギリシャ語で「すみれ色」を意味する「ios(イオス)」と「石」を意味する「lithos(リトス)」を合わせたものが由来とされています。アイオライトは、太陽の光の当たる角度によって色が変わって見えることから、中世ヨーロッパの磁気コンパスが無かった時代には、海賊たちが航海中の羅針盤代わりに使用していたという逸話が残っています。アイオライトの石言葉は、「道を示す・誠実・貞操・信望・愛情」などで、進むべき道を示してくれる効果や目標達成をサポートする効果、ストレスを和らげる効果、才能を開花させる効果、恋愛成就の効果などがあるとされており、目標に向かって頑張っている人や恋愛関係で悩んでいる人、ストレスが溜まっている人などにおすすめの宝石です。
和風月名の「弥生」とは、旧暦の3月を指します。「弥生」という呼び方は、旧暦の3月(現在の3月下旬から5月上旬ごろ)が、草木が芽吹き生い茂る月であることが由来となって付けられました。また、別名に「花月」や「花見月」「桜月」など、花に関するものが多くあり、昔の日本人が旧暦の3月を若葉や桜などの春の花が咲き乱れる、暖かく柔らかで新しい生命の喜びにあふれた月としていたことが感じられます。
現在の3月も、日ごとに暖かさが増していき、桜の花が咲いて気分が浮き立つ時期ですよね。また、3月は卒業や異動、転勤などもあって別れが悲しい季節でもあります。3月は、寂しい気持ちと春が来たことに対するワクワクする気持ちが入り混じった日本特有の感覚を感じられる特別な季節なのではないでしょうか。
3月の満月「ワームムーン」とは?▼
永劫の安らぎを与えてくれる石▼
日本には「和風月名」という日本ならではの各月の呼び名があります。
大昔から使われてきた和風月名の中に「弥生」と呼ばれる月がありますが、何月のことを指しているのか御存じでしょうか?
現在でも目にする機会が少なくない和風月名の「弥生」が何月でどうしてこの呼び名が付けられたのかなどについて、弥生ならではの風物詩や誕生石などと一緒に詳しく解説していきます。
目次
如月は何月?
「弥生(やよい)」とは、旧暦の3月を指す和風月名です。
現在使われている新暦と旧暦は、1~2か月ほどのズレがあるので、新暦に照らし合わせると弥生は4月ごろ(3月下旬から5月上旬ごろ)になります。
旧暦が使われていた時代の3月は、暖かい気候の中で草木が芽吹き、桜や桃など春の花が咲くような時期でした。
和風月名とは
和風月名とは、日本で大昔から使われてきた日本独自の各月の呼び方です。
和風月名がいつから使われ始めたのかは定かではありませんが、日本最古の歴史書「日本書紀」の中に、4月を「卯月(うげつ)」2月を「如月(きさらぎ)」と呼んでいたことが分かる記述があるため、奈良時代にはすでに使われていたと考えられています。
和風月名の各月の名前は、季節の行事や風景などに合わせて付けられています。
各月の和風月名は次のようになります。
これらの和風月名は、現在使われている新暦が日本で正式に採用されるようになった明治5年まで使われていました。
弥生の読み方や由来と意味
旧暦の3月を「弥生」と呼ぶようになったのはなぜでしょうか。
「弥生」の「弥(いや)」は「いよいよ・ますます」という意味の言葉で、「生(おい)」は「草木が生い茂る」という意味の言葉です。
旧暦の3月頃は、冬が終わって暖かくなり、木々や草などが芽吹いて勢いよく成長する季節でした。
そのため、旧暦の3月は「木草(きくさ)弥(いや)生ひ(おひ)茂る(しげる)月」と呼ばれており、これが後に短く変化して「弥生」になったとされています。
弥生の別名
旧暦の3月には、弥生以外の呼び方が沢山あるので、紹介していきましょう。
養蚕は年に3~4回行われており、旧暦の3月(現在の5月初旬)に春蚕(はるご)の飼育を始める。
この他にも、春の最後の月であることから「晩春(ばんしゅん)」、春が去り行く季節であることから「春惜月(はるおしみづき)」、桃の花が咲く月であることから「桃月(とうげつ)」などの別名があります。
これらの和風月名から、旧暦の3月は春の花や新しい命など喜びに溢れた時期であり、過ぎ行く春を惜しむ時期でもあることが分かり、日本人が四季のある自然と共に生きて生活し培ってきた日本人特有の自然観を感じることができるのです。
弥生(3月)にまつわる日本の行事・風物詩
日本では、昔から季節ごとに色々な行事やイベントが行われてきました。
今回は、昔から弥生の時期に行われ、今では風物詩となっている行事やイベントなどについて紹介していきます。
ひな祭り・桃の節句
ひな祭りとは、女の子の健やかな成長や幸せを祈るために行われる年中行事で、毎年3月3日にあります。
ひな祭りは、正式名称を「上巳(じょうし)の節句」といい、中国から伝わった季節の節目を祝う伝統的な行事「五節句(ごせっく)」の1つです。
古代中国では旧暦の3月最初の巳の日に儀式が行われていたことから「上巳の節句」と呼ばれ、日本に伝わった後、旧暦の3月が桃の花が咲く時期であり、桃には厄を祓う力があると考えられていたため「桃の節句」とも呼ばれるようになりました。
古代中国では、男女ともに上巳の節句に水辺で身を清めて厄を払い、無病息災を祈るという儀式を行っていました。
これが日本に伝わった後、紙や藁で作った人形(ひとがた)で体を撫でて人形に厄を移し、川や海に流す「流しびな」という儀式に変わっていったといわれています。
この風習と、平安時代から貴族の女の子たちが行っていた紙の人形であそぶ「雛(ひいな)遊び」が合わさって、これが「ひな祭り」の起源になったとされています。
上巳の節句がひな人形を飾って女の子の成長と幸せを祈る行事になったのは室町時代ごろからだといわれており、江戸時代になると幕府が五節句を祝うことを国の行事と定めたことから庶民の間でも3月3日の上巳の節句にひな人形を飾る風習が広まっていきました。
現在のひな祭りには、天皇の結婚式を模した雛人形を飾り、厄を祓う力があるとされる桃の花や白酒、緑・白・赤(桃色)3色の「菱餅(ひしもち)」や「ひなあられ」を供えて、ちらし寿司やハマグリのお吸い物を食べてお祝いします。
「菱餅」や「ひなあられ」の色にはそれぞれ、緑は「健やかな成長」、白は「子孫繁栄と長寿」、赤(桃色)は「魔除け」という意味があります。
また、「ひなあられ」は関東と関西で違いがあり、関東ではポン菓子に砂糖を絡めたもの、関西では塩や醤油で味付けしたおかきを「ひなあられ」と言います。
ホワイトデー
ホワイトデーとは、2月14日のバレンタインデーにチョコレートを貰った男性が、女性にお返しをするイベントで、毎年3月14日に行われています。
ホワイトデーは日本で誕生した行事で、1977年(昭和52年)に福岡の老舗菓子店がバレンタインのお返しとしてマシュマロを渡す「マシュマロデー」を作り、チョコレートが入ったマシュマロを売り出したことが起源だとされています。
この「マシュマロデー」が、百貨店岩田屋のアドバイスにより1978年(昭和53年)
3月14日と制定され、1980年代に岩田屋の申し出で「ホワイトデー」という名前に変更されました。
その後、ホワイトデーは日本全国に浸透していき7,マシュマロやキャンディー、クッキーなどを贈るようになりました。
最近では花やアクセサリーも贈られるようになっており、中国、台湾、韓国などでも行われるようになっています。
春分の日
春分の日とは、「自然をたたえ、生物をいつくしむ」日として、1948年(昭和23年)から制定された国民の祝日です。
「春分」とは、太陽の動きをもとに1年を24等分にした暦「二十四節気」の1つで、昼と夜の長さがほぼ同じとなる日です。
春分の日は、国立天文台の観測によって日にちが決められるので毎年異なり、3月20日または3月21日になります。
昔から春分には、「春季皇霊祭」という天皇が歴代の天皇の御魂を祀る儀式が宮中で行われており、戦前までは日本の祭日でしたが、戦後この祭日は廃止となり「春分の日」として国民の祝日になりました。
春分の日に特別な行事はありませんが、この日は春のお彼岸の中日(7日間あるお彼岸の真ん中の日)でもあることから、お墓参りに行く人が多く見られます。
卒業式
卒業式とは、学校の全教育課程を修了したことを祝って学校側が行う式典です。
卒業式では、卒業の証明として学校側から卒業証書が贈られます。
卒業式の起源は、中世ヨーロッパの大学で教育課程を修了した学生に学位を授与する式典であるといわれています。
日本の卒業式は、1872年(明治5年)から始まった近代学校教育制度により、学年ごとに試験に合格した生徒に対して卒業証書を渡していたことが由来となっているとされています。
日本初の卒業式が行われたのは、1876年(明治9年)の陸軍戸山学校で、その後日本各地の高等教育機関でも行われるようになっていきました。
当時の卒業式は教育の成果の発表をする場で、卒業生により体操や弁論などが披露されていたそうです。
小学校で卒業式が行われるようになったには明治20年代からで、1890年(明治23年)に発布された「教育勅語」により、学校で様々な儀式が導入されるようになったことに伴い、卒業式も徐々に全国の小学校へと広まっていきました。
お花見
お花見とは、日本で昔から行われてきた桜の花を見て春を楽しむ行事です。
主に3月~4月の桜が咲く時期に行われますが、東北地方や北海道などでは、桜が咲く時期が遅いので5月頃のなる地域もあります。
お花見の由来は諸説あり、1つは奈良時代以前にあるとされています。
大昔の農民たちは、春の農作業を始める前に桜の木の下で田の神様にお酒や食べ物を供えて豊作祈願をしており、人々は桜の木の下で田の神様をお迎えしつつ、自分たちもご馳走を頂いてその年の豊作を願っていました。
この行事が、お花見の由来とされています。
なぜ桜の木かというと、かつて田の神様は冬の間は山にいて、春になると山から下りて桜の木を依り代にしていたと考えられていました。
そのため、桜の木は、田の神様を意味する「サ」という言葉と、神様が座る場所を意味する「クラ」が合わさって「サクラ」という名前が付けられたといわれています。
また、平安時代の貴族の行事「花宴(はなのえん)」という梅の花を見ながら歌を詠み合う催しが由来という説もあります。
奈良時代までは、花といえば「梅」でしたが、平安時代初期の812年に、嵯峨天皇が神泉苑(しんせんえん:天皇の宴遊地)にて「花宴の節(かえんのせち)」という桜の花の下で宴を行ったという記録があり、これが日本史上最古の桜のお花見だとされています。
その後、831年から桜を見ながら行う「花宴」が宮中の恒例行事となりました。
お花見が一般人たちの間に広まったのは江戸時代からです。
これは、江戸幕府によって江戸各所の川の堤防などに桜の木を植えられたことにより桜の名所が誕生したことや、江戸時代後期にソメイヨシノが品種改良によって誕生して日本全国で植えられるようになったことなどから、一般の人たちも桜の花の下でお弁当やお団子などを食べたりお酒を飲んだりして気軽に花見を楽しむようになりました。
現代のお花見は、桜の花の下でお弁当やお菓子などを食べたりバーベキューをしたり、桜の名所ではイベントが行われたり屋台が出たりと、多くの人たちが楽しんでいます。
弥生(3月)の誕生石
「誕生石」とは、1月から12月の各月に当てはめられた宝石のことです。
宝石にはそれぞれパワーがあるとされ、自分が生まれた月の宝石を身に着けることで幸せが訪れたり願いが叶ったりするといわれています。
ここでは、3月の誕生石である「アクアマリン」「コーラル(珊瑚)」「アイオライト」について詳しく紹介していきましょう。
アクアマリン
アクアマリンとは、和名を「藍玉(らんぎょく)」という、海のように澄んだ薄い青色が特徴的な宝石です。
深みのある濃い青色のものもあり、「サンタマリアアクアマリン」と呼ばれ、高く評価されています。
「アクアマリン」という名前は、ラテン語で「水」を意味する「Aqua(アクア)」と「海の」を意味する「Marinus(マリヌス)」が由来となっています。
アクアマリンはギリシャ神話に度々登場する宝石で、海の精霊セイレーンが海の神ネプチューンの怒りにふれ石にされた姿であるという伝説や、海の精霊の宝物で海が荒れたときに浜辺に打ち上げられた宝石であるという言い伝え、海の精霊ネレイデスが人間の男性との悲恋の末に流した涙が海の底で宝石になったものであるという伝説などが残っています。
アクアマリンは大昔からお守りや装飾品として愛されてきました。
夜に暗闇で照明を当てると輝きを増すことから、古代ローマでは船乗りたちが海難防止のお守りとして身に着けられ、中世ヨーロッパでは「夜の女王」とも呼ばれて夜会で女性が身に着けるアクセサリーとして人気の宝石でした。
アクアマリンの石言葉は、「聡明・沈着・幸福・富貴・癒し・浄化・調和」などで、冷静沈着な判断を促す効果、人間関係を円滑にする効果、夫婦円満や家内安全の効果、ストレスを和らげる効果などがあるとされており、幸せな結婚がしたい人や人間関係に悩んでいる人、ストレス解消して穏やかに生活したい人などに最適の宝石です。
また、昔から海難防止のお守りとされてきたことから、水関係の仕事をしている人や水辺を旅行する人のお守りとしてもおすすめです。
コーラル
コーラルとは、和名を「珊瑚(さんご)」という、赤やピンク、白、黄色などの不透明な宝石です。
コーラルは他の宝石のような鉱物ではなく、珊瑚虫(さんごちゅう)とも呼ばれるイソギンチャクやクラゲの仲間である生物の骨格部分を加工して作られたもので、「有機質宝石」と呼ばれています。
コーラルは太古から宝飾品やお守りとして利用されていて、世界最古のものは紀元前の地中海産のものだとされています。
日本には、シルクロードを通して奈良時代に伝わったとされており、その後に日本近海でも採取されるようになりました。
「コーラル」という名前は、ギリシャ語で「小さな玉石」や「海の人形」を意味する「Korallion(コーラリオン)」が由来とされています。
また、和名の「珊瑚」は、「海にすむ虫の骨格がたくさん集まった玉」という意味の「珊」と「祭祀のときに穀物を乗せる器」という意味の「瑚」という漢字が合わさったものです。
昔からコーラルには強い力があるとされており、身に着けると持ち主の邪気や病魔を祓い、幸福や富をもたらしてくれるといわれています。
コーラルの石言葉は、「幸福・長寿・健康・知恵・安産」などで、健康とやる気が上がる効果、対人関係や恋愛関係が良くなる効果、安産や子宝の恵まれる効果、魔除けの効果などがあるとされており、人間関係を円滑にしたい人や恋愛成就を願う人、妊婦さんや幸せな結婚を願う人などにおすすめの宝石です。
アイオライト
アイオライトとは和名を「菫青石(きんせいせき)」という、深いすみれ色の宝石です。
太陽があたる角度によって見える色が異なる「多色性」が最大の特徴で、深い青や灰色、黄色に見えるものもあります。
「アイオライト」という名前は、ギリシャ語で「すみれ色」を意味する「ios(イオス)」と「石」を意味する「lithos(リトス)」を合わせたものが由来とされています。
アイオライトは、太陽の光の当たる角度によって色が変わって見えることから、中世ヨーロッパの磁気コンパスが無かった時代には、海賊たちが航海中の羅針盤代わりに使用していたという逸話が残っています。
アイオライトの石言葉は、「道を示す・誠実・貞操・信望・愛情」などで、進むべき道を示してくれる効果や目標達成をサポートする効果、ストレスを和らげる効果、才能を開花させる効果、恋愛成就の効果などがあるとされており、目標に向かって頑張っている人や恋愛関係で悩んでいる人、ストレスが溜まっている人などにおすすめの宝石です。
ほかの月の和風月名は?
「1年の初めの月」という意味の「元つ月(もとつつき)」が変化したもの
後に水田を意味する「皐」という漢字が充てられたとされる
「早苗月(さなえづき)」が短く変化したもの
暑くて田に水が無くなる月であることや、田植えが終わったことを意味する「皆仕尽(みなしつき)」が由来などの説もある
イネの穂が実る月であることから名付けられた「穂含月(ほふみづき)」が変化したもの
出雲地方では「神在月(かみありつき)」と呼ぶ
また、年が終わるという意味の「年果つ(としはつ)」が語源ともいわれている。
弥生は春真っただ中で草木が芽吹き花咲き誇る月
和風月名の「弥生」とは、旧暦の3月を指します。
「弥生」という呼び方は、旧暦の3月(現在の3月下旬から5月上旬ごろ)が、草木が芽吹き生い茂る月であることが由来となって付けられました。
また、別名に「花月」や「花見月」「桜月」など、花に関するものが多くあり、昔の日本人が旧暦の3月を若葉や桜などの春の花が咲き乱れる、暖かく柔らかで新しい生命の喜びにあふれた月としていたことが感じられます。
現在の3月も、日ごとに暖かさが増していき、桜の花が咲いて気分が浮き立つ時期ですよね。
また、3月は卒業や異動、転勤などもあって別れが悲しい季節でもあります。
3月は、寂しい気持ちと春が来たことに対するワクワクする気持ちが入り混じった日本特有の感覚を感じられる特別な季節なのではないでしょうか。
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