掲載日:2026.02.26

春の雲を楽しむ|やわらぐ空に霞たなびき、朧に浮かぶ景色

高砂の尾の上の桜咲きにけり外山の霞立たずもあらなむ

大江匡房(百人一首73番:『後拾遺和歌集』)

山の尾根に咲く桜を見つけたとき、人は思わず空を仰ぎます。
どうか、霞よ立たないでほしい。

せっかく咲いた山桜を、もう少しだけこの目に留めておきたい──

そんな願いが、この歌には込められています。
春の雲や霞は、空がゆるみ、季節がそっと動き始めたしるしです。

春によく見られる雲の種類と特徴

春の空には、冬とは少し違った雲が現れます。
雲の境目がはっきりせず、層状に重なって広がるのが、春の空の特徴です。

これは、地上の気温が上がり始める一方で、上空にはまだ冷たい空気が残っていることが関係しているようです。
空気の層が入り混じり、雲がさまざまな高さに生まれやすくなります。

春の雲は、見ているうちに「そろそろ天気が変わるな」と感じさせる存在です。

気がつけば、空の表情そのものが、季節の変化を語っているようにも思えてきます。

高層雲 通称「おぼろぐも」

高層雲は、空一面に薄く広がり、太陽の光をやわらかく通す雲です。
青空が完全には消えず、白く霞んだように見えるため、「おぼろぐも」と呼ばれてきました。
雲の輪郭がはっきりせず、遠くの景色がぼんやりと見えるのも特徴です。

この雲は、高い空で水滴や氷の粒が集まってできます。
出現高度は約2,000mから7,000mの間です。

春は上空に湿った空気が入り込みやすく、寒気と暖気が重なることで、高層雲が現れやすくなります。
穏やかな天気の前触れとして見られることが多い一方、ゆっくりと天気が下り坂へ向かう合図になることもあります。

積雲 通称「わたぐも」

積雲 通称「わたぐも」

積雲は、もくもくとした形が印象的な雲です。
白い綿を積み上げたように見えることから、「わたぐも」と呼ばれています。
底の部分は比較的平らで、上に向かってふくらむ姿が特徴です。

春になると、日差しが強まり、地面があたたまります。
すると、あたためられた空気が上昇し、積雲が生まれやすくなります。
主に地表付近から高度約2,000mの間(下層)に出現するのが特徴です。

穏やかな晴れの日に浮かぶことが多く、青空との対比が美しい雲です。
ただし、空気の状態によっては、この雲が成長して雨雲へ変わることもあり、春の天気が変わりやすい理由のひとつになっています。

巻雲 通称「すじぐも」

巻雲 通称「すじぐも」

巻雲は、空の高いところに現れる、細い筋のような雲です。
羽毛や刷毛でなぞって筋を付けたように見えるため、「すじぐも」と呼ばれます。
雲そのものがとても薄く、晴れた青空に溶け込むように広がります。

この雲は、上空の非常に低い気温の中で、氷の粒が集まってできたものです。
高度約5,000mから13,000mという非常に高い空に出現します。

春は上空の風が強まりやすく、その流れに引き伸ばされることで、細長い形になることがあります。
巻雲が現れたあと、時間をかけて天気が変わることもあり、空の高い場所から季節の動きを知らせてくれる存在です。

巻層雲 通称「うすぐも」

巻層雲は、空全体を薄いベールのように覆う雲です。
太陽や月のまわりに光の輪(暈〈かさ〉)が現れることがあり、気づかないうちに空を包み込んでいます。
そのため、「うすぐも」と呼ばれてきました。

巻層雲は、巻雲とほぼ同じ高度の約5,000mから13,000mに広がり、広い範囲を覆うのが特徴です。
春は湿った空気が流れ込みやすく、巻層雲が長く空にとどまることがあります。

「日暈雨傘、月暈日傘」(ひがさあまがさ、つきがさひがさ)

この言葉は、巻層雲を示しています。
太陽のまわりに暈がかかると、雨につながる兆しであり、月のまわりに暈が見えると、翌日は晴れやすいと伝えられてきました。

穏やかな見た目の奥に、天気の変化を予感させる巻層雲は、春の空が持つ不安定さを伝えています。

春霞(はるかすみ)と朧(おぼろ)

春霞と朧は、どちらも春の空や景色を語るときによく使われる言葉です。

山がかすんで見えるとき、月がにじむように浮かぶとき。
私たちは無意識のうちに「春霞」や「朧」という言葉を選んでいます。

ただ、その違いをはっきり説明しようとすると、少し難しく感じられませんか。
春の空を見上げるとき、その言葉の違いが気になります。

春霞とは

春霞とは

春霞は、遠くの山や景色が白っぽくかすんで見える現象です。

輪郭がやわらぎ、空と大地の境目が溶け合うように感じられるのが、春らしい特徴と言えるでしょう。

科学的には、空気中に含まれる水蒸気に加え、細かなちりや微粒子が光を散らすことで発生します。
よく似た「靄(もや)」や「霧」は水滴によるものなので、霞とは違う現象です。

春は大陸から運ばれる黄砂や、スギ花粉などが空気中に増える季節でもあり、これらが霞に影響することがあります。気温の上昇とともに湿度が高まり、霞が立ちやすくなるのも、この時期ならではです。

「霞」という言葉は、古くから自然現象として使われてきました。
冬の澄んだ空気とは異なり、春霞は薄いベールのように、季節を静かに伝えてくれます。

朧とは

朧とは

朧は、月や景色がぼんやりと浮かんで見える様子を表す言葉です。

科学的には、春霞と同じく、空気中の水分や微粒子によって光が拡散することで起こります。

言葉の由来は、「はっきりしない」「ぼんやりする」といった意味を持つ古語にあります。「おぼろげ」という言葉は有名ですよね。

また「朧月」という表現がよく知られているように、夜の月や光景と結びつくことが多い言葉です。

朧は、空気の状態だけでなく、見る人の心情まで含めて表現する言葉であり、春特有のやわらかな光を映しています。

春霞と朧の違い

春霞と朧は、どちらも景色をやわらかくぼかしますが、大きな違いは「昼の光か、夜の光か」にあります。

春霞は、主に昼間の景色に使われる言葉です。
山や町、遠くの景色が白っぽくかすんで見えるとき、その状態を春霞と呼びます。

一方の朧は、夜の光と結びつく言葉です。
同じような空気の状態でも、月や遠景がにじむように見えるとき、人はそれを朧と表現します。

つまり、春霞は昼の景色、朧は夜の景色。
春の空が生み出した現象でも、見る時間帯によって、言葉が変わるのも日本文化の特徴です。

日本人が感じてきた「春の雲」の情緒

日本人にとって春の雲は、天気を示す以上の存在でした。

白くひろがる霞や雲は、はっきりしない春の気配そのものです。
冬のような緊張もなく、夏ほどの輪郭もない。
曖昧で、移ろいやすく、淡く切なく頼りない――だからこそ、心を重ねてきたのかもしれません。

空を見上げることで、季節の始まりや、心のあり方を確かめる。
春の雲は、そのような感情の置き場所だったのでしょう。

春の雲に関わる季語

俳句の世界では、春の雲にまつわる季語がいくつも用いられてきました。

代表的なのが「霞」。春の昼の空に広がる白い気配が、遠くの山や景色をやわらかく包み込みます。

夜の空に用いられるのが「朧」。月や景色がにじむように見える状態を指し、春の夜の情緒を象徴する言葉です。

また、「朧雲(おぼろぐも)」や「朧月(おぼろづき)」「春雲(はるぐも)」も春の季語として知られています。

「花曇り」は、桜の咲く頃に見られる、空全体が白くやわらかく曇った状態を指す季語です。

どれも雲の形を細かく描写するというより、空気のやわらかさや光のにじみを含んだ言葉です。

春の雲に関わる俳句・和歌

春の霞や朧は、古くから俳句や和歌に詠まれてきました。
その中から、代表的な作品を紹介します。

『春なれや名もなき山の薄霞(うすがすみ)』 

松尾芭蕉『野ざらし紀行』

解説: 春になったからだろうか?名前も知られていない山にも薄っすらと霞がかかっている。芭蕉がふるさとの伊賀から大和へ向かう途中で詠んだ句とされています。

『霞みけり山消え失せて塔一つ』

正岡子規

解説: 霞が立ちこめ、遠くの山も見えなくなり、ただ一つ、塔の影だけが残っている。春の日ののどかさの中に、少し不思議な静けさも残る景色です。

和歌に関しては、この記事の冒頭に紹介した百人一首の他にも、たくさんあります。

『春霞 立つを見棄てて ゆく雁は 花なき里に 住みやならへる』

伊勢『古今和歌集』

解説: 春霞が立ち、花が咲く美しい京を見捨てて去る雁に対し、花のない里に住み慣れてしまったのか、と惜しむ気持ちが詠まれています。

『あさみどり 花もひとつに かすみつつ おぼろに見ゆる 春の夜の月』

菅原孝標女『新古今和歌集』

解説: 薄青い空に桜の花もひとつになってかすみ、おぼろに見える春の夜の月だなあ。更級日記の作者の歌です。霞と朧がふたつとも詠まれています。

これらの作品に共通するのは、春の雲、霞、朧、それらが生み出す曖昧さや余白を詠んでいる点です。
見る人の感情を映す背景として、春の淡い情景が浮かび上がってきます。

春のお出かけに

春の雲を眺めながら歩く日は、空気が思った以上にひんやりすることがあります。
日差しはやわらかくても、風はまだ冬の名残を含んでいるからです。

そんな季節の境目には、さっと羽織れるストールがあると安心です。

やわらかなグラデーションが春の空を思わせるもの、絞りの表情が雲の重なりのように見えるもの、白い花の刺しゅうが静かに季節を告げるもの。

どれも首元に巻くだけでなく、肩に掛けてショールのように使えるのが魅力です。

和の雰囲気をまといながらも、洋装に自然となじむデザインは、春のお散歩やお出かけにちょうどいい存在。春めく空の下、雲を眺める時間に、そっと寄り添ってくれます。

春のお出かけに

春の雲が教えてくれる、季節のうつろい

春の雲は、形や高さだけでなく、季節の気配そのものを映しています。

霞に包まれる昼の景色、朧ににじむ夜の月。
どちらも春の空が見せる、やわらかな表情です。

俳句や和歌に詠まれてきた「霞」や「朧」は、季語として春を告げ、人の暮らしと空を結びつけてきました。

そこに雲があるだけで、春は少し身近です。
雲の移ろいを感じることで、季節は確かにここにあると気づきます。

春に誘われたわけじゃない。だけど、気づけばこの柔らかな空気に、心まであずけてしまう。そんな季節かもしれません。


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