モンゴルの遊牧民の暮らしを体験|トイレも無い本物のゲルに宿泊

ゆっくりと夜が明けます。ゲルの中で目覚めた私は、今日も何もすることがありません。
放牧している羊とヤギが騒ぎ出すのにつられて外に出たら、怖くなるくらいキレイな青い空が続いていました。

前回までのモンゴル体験記はこちら▼

【モンゴルで本物のゲルに宿泊するには?】

【モンゴルの大草原で恐怖の乗馬体験と羊狩り見学】

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風呂なし!トイレなし!仕切りなし!でも快適なゲル

馬に揺られて辿り着いたゲルは、想像していたよりずっと大きく立派なものでした。
ゲルは簡単に解体&組み立てができる移動可能な住居です。だからこじんまりしたサイズを想像していたのですが、目の前に建っているゲルは凄く立派。グルッと一周8mはあるでしょうか。

中に入ってさらに驚きました。外観から見た以上に広く感じられたのです。
まず目に飛び込んできたのは、木製の立派なベッド。2台のベッドは並べてではなく、円形のゲルの3時と9時の位置に向かい合う形で置かれています。
昔話のお姫様が寝ていたような豪華な枠組みの中には、本物の動物の毛皮が毛布代わりに敷いてあります。前日に安宿で見たのとは別レベルで、素人の私が触ってもフワフワ、フカフカな毛皮でした。

中央奥には宝箱と間違えるほど立派な箪笥が大小並びます。箪笥の装飾や彩色はとても美しく、高級ホテルにあっても引けを取らないほど品がありました。移動式住宅であるにも関わらず、家具はすべて上質なものでした。
そしてなぜか壁にはモンゴルの元大相撲力士・朝青龍の巨大なポスターがデデンと飾ってありました。入口の右側には鍋や水がめ等のちょっとした調理器具、左側には馬乳酒が並んでいます。

仕切りが一つもない空間、すべてが見渡せます。ガランとして何も無いわけでもなく、もので溢れるでもなく、必要なものがちゃんと揃っていて“あっ、ここいいかも”そう思わせる空間でした。

風呂なし!トイレなし!仕切りなし!でも快適なゲル

モンゴルの遊牧民の優雅な一日

朝、目覚めると向かいに眠っているお母さんと目が合います。言葉はあまり通じません。でも私たちは特にトラブルなく毎日を過ごします。

私は慣れないゲル暮らしに順応するため、お母さんを観察しました。
お母さんは朝起きると、ベッドの上に置いたままの昨夜脱いだ服を着ます。箪笥の前で少しだけ身繕いをしたら、馬乳酒を一杯。その後、外で何やら作業をします。暫くすると、またゲルの中にやってきて火を見たり、ベッドを整えたり。

その後は、朝食づくり。ナンを揚げたような丸く平たいパンを何枚も焼きます(揚げます)。
完成したらゲルの外へ。青空の下に、テーブルと椅子を並べ優雅な朝食を始めます。遥か遠くに住んでいるお隣さんもこの時間は朝食タイムのようで、毎朝手を振り合っていました。
大自然の中で、時間に追われることなく優雅に朝食を楽しむ姿は羨ましいものがありました。

食事が終わった後は、そのままティータイムへ。のんびりお茶を飲んでいると、どこからともなくお客さんが現れます。お客さんは大体が男性でしたが、談笑したり作業したり、またお茶を飲んだり、お母さんはいつも誰かとお喋りをしていました。

そうして陽が傾きはじめると夕食の準備を始めます。夕食はいつも作るわけではありません。時々、お客さんが夕食を持ってきてくれたり、逆に誰かが夕食を食べにきたりしました。
そして夜。陽が落ちたら、一日の活動はお終いです。

モンゴルの遊牧民の優雅な一日

洗濯はシーズンに1度?極限まで省エネな暮らし

ゲルの中には小さな照明がありますが(なんと太陽光パネルを使った自家発電!)、電気はあまり無駄使いしません。
「暗くなる=寒くなる」なので、早々にベッドに入ると今日着た服を脱いで眠りにつきます。そして朝になるとまた、同じ服を着て活動を開始します(お母さんは重ね着を何枚もしているので、一番上の服を脱いだからと言って下着姿になる訳ではありません)。

当然ですがゲルにシャワーはありません。ゲルを紹介してくれたスタッフは時々、安宿でシャワーを浴びているようでした。それでも週に一回あれば良い方だそう。
お母さんは私が滞在している間、一度もシャワーを浴びませんでした。もちろん、私も一度もシャワーを使いませんでした。
極限まで乾燥した寒い時期にシャワーは全く必要ではありません。聞けば、冬の間一度もシャワーを使わない人々もいるそうです。

お母さんは毎日同じ服を着ていましたが清潔でした。後で知りましたが、上質な動物の毛で作られたセーターは1シーズンに1度水洗いすればOKらしく、そうした服は基本、乾燥させておくだけで良いそうです。
気候や湿度が違いすぎるので日本と比べてはいけませんが、大量のお水を使って入浴し洗濯し、あれもこれも洗って…を毎日繰り返していた自分の生活と、モンゴルのお母さんの生活はあまりに違いすぎていて、一体何が幸せなのか考えるきっかけになりました。

家畜に見つめられながら…恥ずかしいトイレ事情

ゲルにはトイレもありません。屋外にトイレが設置されている訳でもありません。どこで排泄するか避けては通れない問題なので思い切って聞いてみました。

「トイレってどうしたらいいの?」

「僕たちはトイレを持ってないんだ。だから、あっちの方とかそっちとか…好きな場所でどうぞ」

あっちの方もそっちの方も、だだっ広い草原が広がるばかりで目隠しの草木さえありません。困った顔をしている私に彼は笑顔で続けます。
「あの辺りはご飯を食べる場所だから、そこさえ避けてくれたら、どこでしてもいいよ!」
アバウトすぎて困る指示を受け、周囲を見渡しながら考えました。この辺りは大きな木も茂みも起伏もない、結構遠くまで見渡せてしまう平べったい土地です。身を隠せる場所なんてありません。

もう一つ困った事に、馬に乗って移動するモンゴルの遊牧民の存在がありました。どこからともなく現れては消えていく彼らの存在は、トイレを軸にして考えると脅威でした。
“遠くまで行った先で馬に乗ったモンゴルの人と鉢合わせたら?それこそ恥ずかしい。でも、この辺りで皆に見られながらはもっと恥ずかしい…”

考え抜いた末、私はゲルの裏側付近をトイレにすることにしました。
ゲルが壁になってくれるので、360度どこからもトイレ丸見え!な恐ろしい状況は回避できましたし、周囲には家畜(羊とヤギ)がたくさんいるので、何となく紛れてしまえる雰囲気がありました。
羊に見つめられながらのトイレは、なかなかスリリングでした。家畜は何が起こっているのか分かっていないので、平気で近付いてきます。動けない状態で何頭もの羊が押し寄せてくる光景は結構な恐怖でした。

家畜に見つめられながら…恥ずかしいトイレ事情

色々浮いている!?モンゴルの伝統的な馬乳酒

モンゴルの伝統料理の一つに馬乳酒(ばにゅうしゅ)というものがあります。馬の乳を発酵させた飲み物でヨーグルトのような酸っぱい風味、微量のアルコールが入っています。
栄養たっぷりなこの馬乳酒は日本のお味噌汁のように各家庭によって味が違うらしく、モンゴルに行くなら是非、飲んでみたいと思っていました。

私が宿泊したゲルにも馬乳酒はありました。もちろんお母さんの手作り。
初めて飲んだ時は、その強烈な味わいにギョッとしました。固まりかけたヨーグルトの上澄みを飲むような食感、サラサラとは真逆の喉越し、口いっぱいに広がる酸味。そして微量のアルコールしか入っていないはずなのに、なぜか胃がカッと熱くなりました。
お酒は大好きなはずなのに、コップ一杯の馬乳酒を飲むのに随分時間がかかります。

お客さんがやってきます。颯爽と馬に乗って現れたモンゴル人の彼は「お邪魔するよ~」と入ってくるなり、柄杓に手を伸ばすと水瓶から馬乳酒をすくい、柄杓に直接口をつけ喉を鳴らして美味しそうに飲み干しました。飲み終えた柄杓はそのまま次の人が使います。

馬乳酒が入った水瓶には蓋が無く、柄杓も使い回しです。じっと観察すると色々なものが浮いていますが、誰もそんなことは気にしていません。私も最初こそ気にしていましたが、一日に何度も飲んでいる間に気にならなくなりました。
水が貴重な地域。お母さんが作った馬乳酒は大切な水分の一つです。お水代わりにゴクゴク飲める飲料がある。それでもう充分なのです。

ゲルの外には今日も青空が広がっています。食べる物があって、着る服があって、訪ねてくる友人がいる暮らし。必要最低限のモノしか持たない遊牧民の人々は、モノであふれた暮らしをしている私よりずっと満たされた顔をしていました。
「これで充分」そうやって生きる遊牧民の人々を私は心から尊敬し羨ましくも思っています。

色々浮いている!?モンゴルの伝統的な馬乳酒
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R.香月(かつき)プロフィール画像

筆者プロフィール:R.香月(かつき)

大学卒業後、ライター&編集者として出版社や新聞社に勤務。
マイナーな国をメインに、世界中を旅する。
旅先で出会ったイスラム教徒と国際結婚。
出産&離婚&再婚を経て現在は2児の母。
公式HP: Lucia Travel

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