人気のキーワード
★隙間時間にコラムを読むならアプリがオススメ★
ある年の瀬、私はモンゴルに旅立ちました。 モンゴルでは遊牧民のゲルに滞在。旅行者向けに改造されたゲル風ホテルではなく、実際に遊牧民が寝泊まりしているゲルでの暮らしは驚くほど快適で、ビックリするような発見の連続でした。 今回は動物編として、動物に関わるエピソードを紹介します。
前回の記事は こちら
Lucia Travel連載一覧は こちら
モンゴルの郊外では、広大な敷地を馬で走り抜けるアクティビティが人気です。 何もすることがない私を不憫に思ったのか、ある日、私を宿泊させてくれたゲルの主のお母さんが言いました。「馬に乗っておいでよ」と。携帯電話で誰かと会話をするお母さん。 しばらくすると、どこからか馬に乗った10人くらいの旅行者のグループが現れて、私もそれに混ぜてもらうことになりました。
モンゴルの馬は小柄です。足が太く短くどっしりしているため、パッと見はロバみたい。安定感のある背格好なので、乗馬は簡単そうに思えました。 細い獣道をゆっくりと一列になって進んでいると、スタッフの一人が笑顔で言います。「モンゴルの馬はとても臆病だから気を付けて。しっかり手綱を握ってね。暴走しても手綱を離さないでね。でも、暴走して手に負えなくなったら馬は捨てて飛び降りていいよ」
「え?!」 自分の耳を疑いました。聞き間違いでしょうか?いくら背が低い馬だからといって、走っている馬から飛び降りるなんて、現実的ではありません。 意味が分からなくて混乱していると、広い草原に出ました。馬は縦一列から横一列に並びを変えます。
広いモンゴルの草原を馬に乗って進みます。周囲には私たち以外、誰もいません。まるで映画のようなシーンに誰もが笑みを浮かべていました。 突然、一頭の馬が物凄い勢いで走り出します。何事かと思っている内に、つられるように隣の馬が走り出し、さらに周囲の馬、そして私の馬も走り出します。 ものすごい衝撃。パカラ、パカラという軽快な音など似合いません。ドドドドドドドドドーと地響きのような音を立てて馬は走ります。
「助けて」と叫ぼうにも、口を開ければ舌を噛みそうになる状況。振り落とされないように手綱を握りしめるので精一杯でした。しばらく走った後、馬は落ち着いたのか自分たちで速度を落としました。 先ほどまでの笑みが消え緊張でガチガチになった私たちに、スタッフが再び言います。「この馬たちはとても臆病なの。さっきも言ったけど、何か少しでも不安なことがあるとビックリして突然走り出すから気を付けて」。
実際90分程度の乗馬で馬は4~6回暴走し、そのうちの2回は人が落馬しました。 一人目の旅行者は突然走り出した馬のスピードに体がおいつけず、手綱を離してしまって落馬。 2人目はもっと悲惨でした。早々に手綱を落としてしまったその女性は、馬の首にしがみついて頑張っていましたが振り落とされるようにして落馬。最悪なことに、片足がロープにひっかかってしまい、しばらく馬に引きずられていました。もう見ているのも悲惨な光景…。
凄くショッキングな出来事。でも恐怖に慄くのは私だけだったようで、周囲の人々はスリリングな乗馬を楽しんでいます。 馬に引きずられた女性でさえスタッフに助けられた後あっけらかんとして、再び同じ馬に乗っていました。
モンゴルの馬は本当に臆病でした。 デコボコ道で暮らしているのに段差にビックリして走り出す。自分より何十倍も小さい小動物の存在に驚いて走り出す。落ちている枯れ枝をヘビと間違えて走り出す。となりの馬が走ったことに驚いて走り出す…。
なぜそんなに?と言いたくなるほど臆病な馬たち。ありとあらゆることにビックリして走り出すので、乗馬の時間はまるで試練のよう。 ギュっと手綱を握りしめながら常に緊張しているため、モンゴルの美しい風景を見る余裕などありませんでした。「早くゲルに帰りたい」そんな私の願いは届かず、どこまでも広い草原で馬は何度も暴走し、私はその度必死の形相で馬にしがみつきます。
ゲルに帰宅した後は放心状態。 親切で誘ってくれたお母さんに「馬、怖かった。もう私乗りたくないの」と訴えます。お母さんは、「まぁまぁ仕方ない子ね」とでも言うかのように馬乳酒(モンゴルの伝統的なお酒)を持ってくると、私に飲ませベッドに入るよう促しました。 “モンゴルの大草原で乗馬したよ”と言えばキラキラしたお話ですが、現実は…。これ以降、私は今でも乗馬拒否を貫いています。
モンゴルの郊外を車で走ると、絵本で見るようなフワフワ&モコモコの羊の群れに出会います。牧羊犬も羊飼いも無しで放牧されている羊たちは、のんびりした雰囲気。お構いなしに車道でくつろぐ姿もあります。そして、どの群れにもヤギが数頭混ざっていました。 羊はお肉を、ヤギはヤギミルクを人間にもたらしてくれる貴重な存在です。でも、どこまでも自由に動けてしまう環境で、どうやって管理しているのでしょうか。不思議に思って尋ねました。
「羊はね、あまり賢くないんだよ」
「どういうこと?」
「羊は自分の家を覚えない。道も覚えない。羊だけで放牧していると、どこかへ行ってしまって家に帰ってこないんだ。だからヤギと一緒に放牧している。ヤギは賢いからね。家に帰る道のりをちゃんと覚えていて、自分たちで家に戻ってくるんだよ。」
「羊を連れて帰ってくるの?」
「そうだよ。羊はみんなが行く方向に付いていくだけだから、ヤギにその自覚はないけどね。」
“ヤギが羊を導く”そういう知識を持って群れを見ると、なるほど丸い群れの主要スポットには必ずヤギがいました。羊とヤギの対比は8:2。ヤギの数は圧倒的に少ないのに、それでも群れを先導するのはヤギなのです。 「ヤギに任せておけば大丈夫。だから、どの集落でもヤギと羊はセットなんだ」 誇らしげに話す青年の話など知ってから知らずか、ヤギも羊も一心不乱に草を食み、時々メェ~と鳴いていました。
どこまでも青い空が広がる昼下がりのこと。ゲルの前に置かれた椅子に座って空や羊たちの群れを眺めていたら、4~6人の若い男性がバイクに乗ってやってきました。服装からして10代後半か20歳そこそこ。 音を聞きつけて、ゲルの中にいたお母さんが出てきます。彼らは私にはよく分からないモンゴルの言葉で話し始めました。世間話をしているのでしょうか。親子ほど年齢が違うのに、皆とても楽しそうにしています。30分ほど経った頃、一人の男の子が私に言いました。
「これから狩りをするんだ。見たくなかったらゲルの中にいてね」
「狩り?ここで?」
「そう。今日は羊を一頭狩る日なんだ。僕たちは週に一回、羊を狩るんだよ」
目の前にはのんびりと草を食む羊たちがいます。30頭はいるでしょうか。この中の一頭を狩ると言われてもピンとこなくて、私は見学させてもらうことにしました。
若い男の子は、バイクに2人乗りで跨ると羊の群れに入っていきました。 不思議なことに羊はそれほど驚きません。どこかのんびりしながら、バイクをよけるばかり。 それでもバイクが右に行き左に行きと動く間に羊の群れは、だんだん分割されていきました。
8頭くらいの小さな群れにまで数が減ったとき、近くを歩いていた男性が羊を一頭捕まえました。ほんとうに一瞬のこと。 大きな羊を素手で捕まえるとバイクの後ろの席に座っていた男の子に羊を手渡します。男の子が羊を首に担ぐとバイクはゆっくりとしたスピードでゲルに戻ってきました。
羊は少しも嫌がりません。地面の上に仰向けに寝かされると、あっという間にナイフで刺殺され解体が始まりました。 男の子たちはきっと、とても上手なのでしょう。羊は悲しい声を出すことも、血しぶきをあげることもなく解体されていきます。 意外でした。私の中での“狩り”のイメージは、必死になって逃げる獲物と懸命に追うハンターの姿です。でも、今目の前で繰り広げられたのは、必死さとは真逆の光景。
数十分後、羊を解体した場所には赤茶色の乾いた血がほんの少し残っているだけでした。骨一本落ちていない現場。そのすぐ先では、羊たちが何事もなかったかのように草を食んでいます。 想像よりずっとドライな現実に私は少しショックを受け、たくましいモンゴルの人と動物に尊敬の念を抱くようになりました。
大学卒業後、ライター&編集者として出版社や新聞社に勤務。 マイナーな国をメインに、世界中を旅する。 旅先で出会ったイスラム教徒と国際結婚。 出産&離婚&再婚を経て現在は2児の母。 公式HP: Lucia Travel
ある年の瀬、私はモンゴルに旅立ちました。
モンゴルでは遊牧民のゲルに滞在。旅行者向けに改造されたゲル風ホテルではなく、実際に遊牧民が寝泊まりしているゲルでの暮らしは驚くほど快適で、ビックリするような発見の連続でした。
今回は動物編として、動物に関わるエピソードを紹介します。
前回の記事は こちら
Lucia Travel連載一覧は こちら
目次
モンゴルの大草原で優雅に乗馬のはずが…
モンゴルの郊外では、広大な敷地を馬で走り抜けるアクティビティが人気です。
何もすることがない私を不憫に思ったのか、ある日、私を宿泊させてくれたゲルの主のお母さんが言いました。「馬に乗っておいでよ」と。携帯電話で誰かと会話をするお母さん。
しばらくすると、どこからか馬に乗った10人くらいの旅行者のグループが現れて、私もそれに混ぜてもらうことになりました。
モンゴルの馬は小柄です。足が太く短くどっしりしているため、パッと見はロバみたい。安定感のある背格好なので、乗馬は簡単そうに思えました。
細い獣道をゆっくりと一列になって進んでいると、スタッフの一人が笑顔で言います。「モンゴルの馬はとても臆病だから気を付けて。しっかり手綱を握ってね。暴走しても手綱を離さないでね。でも、暴走して手に負えなくなったら馬は捨てて飛び降りていいよ」
「え?!」
自分の耳を疑いました。聞き間違いでしょうか?いくら背が低い馬だからといって、走っている馬から飛び降りるなんて、現実的ではありません。
意味が分からなくて混乱していると、広い草原に出ました。馬は縦一列から横一列に並びを変えます。
まるで試練!?恐怖の乗馬体験
広いモンゴルの草原を馬に乗って進みます。周囲には私たち以外、誰もいません。まるで映画のようなシーンに誰もが笑みを浮かべていました。
突然、一頭の馬が物凄い勢いで走り出します。何事かと思っている内に、つられるように隣の馬が走り出し、さらに周囲の馬、そして私の馬も走り出します。
ものすごい衝撃。パカラ、パカラという軽快な音など似合いません。ドドドドドドドドドーと地響きのような音を立てて馬は走ります。
「助けて」と叫ぼうにも、口を開ければ舌を噛みそうになる状況。振り落とされないように手綱を握りしめるので精一杯でした。しばらく走った後、馬は落ち着いたのか自分たちで速度を落としました。
先ほどまでの笑みが消え緊張でガチガチになった私たちに、スタッフが再び言います。「この馬たちはとても臆病なの。さっきも言ったけど、何か少しでも不安なことがあるとビックリして突然走り出すから気を付けて」。
実際90分程度の乗馬で馬は4~6回暴走し、そのうちの2回は人が落馬しました。
一人目の旅行者は突然走り出した馬のスピードに体がおいつけず、手綱を離してしまって落馬。
2人目はもっと悲惨でした。早々に手綱を落としてしまったその女性は、馬の首にしがみついて頑張っていましたが振り落とされるようにして落馬。最悪なことに、片足がロープにひっかかってしまい、しばらく馬に引きずられていました。もう見ているのも悲惨な光景…。
凄くショッキングな出来事。でも恐怖に慄くのは私だけだったようで、周囲の人々はスリリングな乗馬を楽しんでいます。
馬に引きずられた女性でさえスタッフに助けられた後あっけらかんとして、再び同じ馬に乗っていました。
臆病ゆえに暴走するモンゴルの馬
モンゴルの馬は本当に臆病でした。
デコボコ道で暮らしているのに段差にビックリして走り出す。自分より何十倍も小さい小動物の存在に驚いて走り出す。落ちている枯れ枝をヘビと間違えて走り出す。となりの馬が走ったことに驚いて走り出す…。
なぜそんなに?と言いたくなるほど臆病な馬たち。ありとあらゆることにビックリして走り出すので、乗馬の時間はまるで試練のよう。
ギュっと手綱を握りしめながら常に緊張しているため、モンゴルの美しい風景を見る余裕などありませんでした。「早くゲルに帰りたい」そんな私の願いは届かず、どこまでも広い草原で馬は何度も暴走し、私はその度必死の形相で馬にしがみつきます。
ゲルに帰宅した後は放心状態。
親切で誘ってくれたお母さんに「馬、怖かった。もう私乗りたくないの」と訴えます。お母さんは、「まぁまぁ仕方ない子ね」とでも言うかのように馬乳酒(モンゴルの伝統的なお酒)を持ってくると、私に飲ませベッドに入るよう促しました。
“モンゴルの大草原で乗馬したよ”と言えばキラキラしたお話ですが、現実は…。これ以降、私は今でも乗馬拒否を貫いています。
家に帰れない羊を導く賢い山羊
モンゴルの郊外を車で走ると、絵本で見るようなフワフワ&モコモコの羊の群れに出会います。牧羊犬も羊飼いも無しで放牧されている羊たちは、のんびりした雰囲気。お構いなしに車道でくつろぐ姿もあります。そして、どの群れにもヤギが数頭混ざっていました。
羊はお肉を、ヤギはヤギミルクを人間にもたらしてくれる貴重な存在です。でも、どこまでも自由に動けてしまう環境で、どうやって管理しているのでしょうか。不思議に思って尋ねました。
「羊はね、あまり賢くないんだよ」
「どういうこと?」
「羊は自分の家を覚えない。道も覚えない。羊だけで放牧していると、どこかへ行ってしまって家に帰ってこないんだ。だからヤギと一緒に放牧している。ヤギは賢いからね。家に帰る道のりをちゃんと覚えていて、自分たちで家に戻ってくるんだよ。」
「羊を連れて帰ってくるの?」
「そうだよ。羊はみんなが行く方向に付いていくだけだから、ヤギにその自覚はないけどね。」
“ヤギが羊を導く”そういう知識を持って群れを見ると、なるほど丸い群れの主要スポットには必ずヤギがいました。羊とヤギの対比は8:2。ヤギの数は圧倒的に少ないのに、それでも群れを先導するのはヤギなのです。
「ヤギに任せておけば大丈夫。だから、どの集落でもヤギと羊はセットなんだ」
誇らしげに話す青年の話など知ってから知らずか、ヤギも羊も一心不乱に草を食み、時々メェ~と鳴いていました。
命を頂くとは~羊狩りの見学~
どこまでも青い空が広がる昼下がりのこと。ゲルの前に置かれた椅子に座って空や羊たちの群れを眺めていたら、4~6人の若い男性がバイクに乗ってやってきました。服装からして10代後半か20歳そこそこ。
音を聞きつけて、ゲルの中にいたお母さんが出てきます。彼らは私にはよく分からないモンゴルの言葉で話し始めました。世間話をしているのでしょうか。親子ほど年齢が違うのに、皆とても楽しそうにしています。30分ほど経った頃、一人の男の子が私に言いました。
「これから狩りをするんだ。見たくなかったらゲルの中にいてね」
「狩り?ここで?」
「そう。今日は羊を一頭狩る日なんだ。僕たちは週に一回、羊を狩るんだよ」
目の前にはのんびりと草を食む羊たちがいます。30頭はいるでしょうか。この中の一頭を狩ると言われてもピンとこなくて、私は見学させてもらうことにしました。
あっけなく終わった狩りと解体
若い男の子は、バイクに2人乗りで跨ると羊の群れに入っていきました。
不思議なことに羊はそれほど驚きません。どこかのんびりしながら、バイクをよけるばかり。
それでもバイクが右に行き左に行きと動く間に羊の群れは、だんだん分割されていきました。
8頭くらいの小さな群れにまで数が減ったとき、近くを歩いていた男性が羊を一頭捕まえました。ほんとうに一瞬のこと。
大きな羊を素手で捕まえるとバイクの後ろの席に座っていた男の子に羊を手渡します。男の子が羊を首に担ぐとバイクはゆっくりとしたスピードでゲルに戻ってきました。
羊は少しも嫌がりません。地面の上に仰向けに寝かされると、あっという間にナイフで刺殺され解体が始まりました。
男の子たちはきっと、とても上手なのでしょう。羊は悲しい声を出すことも、血しぶきをあげることもなく解体されていきます。
意外でした。私の中での“狩り”のイメージは、必死になって逃げる獲物と懸命に追うハンターの姿です。でも、今目の前で繰り広げられたのは、必死さとは真逆の光景。
数十分後、羊を解体した場所には赤茶色の乾いた血がほんの少し残っているだけでした。骨一本落ちていない現場。そのすぐ先では、羊たちが何事もなかったかのように草を食んでいます。
想像よりずっとドライな現実に私は少しショックを受け、たくましいモンゴルの人と動物に尊敬の念を抱くようになりました。
筆者プロフィール:R.香月(かつき)
大学卒業後、ライター&編集者として出版社や新聞社に勤務。
マイナーな国をメインに、世界中を旅する。
旅先で出会ったイスラム教徒と国際結婚。
出産&離婚&再婚を経て現在は2児の母。
公式HP: Lucia Travel