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モンゴルといえば移動式住居「ゲル」。 遊牧民が暮らす伝統的な住居にどうしても泊まってみたいと思っていた私は、有力な情報をつかめないままモンゴルに旅立ちました。 今回は正真正銘、本物のゲルに宿泊することになった日の事を紹介します。
前回の記事はこちらから▼
【モンゴルの大草原で恐怖の乗馬体験と羊狩り見学】
Lucia Travel連載一覧は こちら
ゲルに憧れがあった私。モンゴルに行くなら“絶対ゲルに宿泊したい!”と思っていました。 でもネットで予約できるのは、旅行者向けに改造されたゲル風のホテルばかり。ゲル風でも良いかとは妥協できませんでした。
また旅行会社を経由すれば本物のゲルに宿泊することもできるようでしたが、高額な手数料がネックです。 年の瀬の日本からバタバタと逃げるようにモンゴルに向かった私は、結局なんの情報も手にできないまま飛行機に乗ることになりました。
モンゴル到着後は、郊外にある安宿に宿泊。 ゲルは今でも現役で使われていること、街中より郊外に多いことを考えたら、早々に郊外へ向かう方が良いと考えたのです。
とりあえずの気分で宿泊した宿は思っていたよりずっと快適でした。 個室として案内された部屋には、なぜか枠組みだけのベッドが8台並んでいます。「お好きなベッドをどうぞ」らしいのですが、きっと繁忙期にはドミトリーとして利用しているのでしょう。
毛布は自分で倉庫から持ってくるスタイルです。 驚くことにベッドに敷く毛布は動物の毛皮でした。動物を解体したのだなと分かる、ちょっとだけ生々しい形の毛皮がズラリと並ぶ姿は圧巻でした。
でも、寒々しく薄暗い倉庫。本物の毛皮が何枚も並んでいるのに、高級感はありません。 ここにあるのは、生活のための毛皮、寒さから身を守るための毛皮。染色のされていない不揃いの毛皮を一枚手にします。 「これ一枚で足りるの?」と思うほど薄い存在感でしたが、夜は驚くほど温かく私を包んでくれました。
郊外ツアーの休憩場所としても利用されるその宿には、複数のスタッフが出入りしていました。 どのスタッフも20代前半の若さで、男女関係なくみんなお喋りが大好きした。ツアー客が休憩している間スタッフたちはずっとお喋りに花を咲かせています。 その雰囲気は職場の同僚というより、気のおけない友人のそれ。宿は「なんか、いいな」そう思わせる雰囲気に満ち溢れていました。
ゲルへの宿泊を諦めきれない私は翌朝、思い切って宿で働くスタッフと交渉することにしました「私、ゲルに泊まりたいの」と。 一人のスタッフに話をしていると、どこからか別のスタッフ、また別のスタッフと人が集まってきて、いつの間にか私の周りには人だかりができます。 私の願いを叶えるために、ああでもない、こうでもないと次々に提案をしてくれる彼ら。携帯電話で郊外に住むお兄さんに連絡をとってくれた人もいました。
ツアーは取り扱っていないと断ることもできるのに、みんな何て親切なのでしょう。 真剣に耳を傾けてもらえて嬉しい気持ちと、余りによくして貰ってちょっと申し訳ない気持ちと、色々な感情が混ざり合います。
程なくして凄くラッキーなことにスタッフの一人の実家がゲルだと分かりました。しかも宿泊している宿から歩いて行ける距離にあると言います。 私が宿泊をお願いする前にスタッフ間でやりとりがあったのでしょう。彼は私の顔を見るなり、「もちろんOKだよ」とゲルへの宿泊を了承してくれました。
お金や期間で多少揉めることを覚悟していたので、余りに軽い「OK」に戸惑います。 話を進めると、料金は安宿と同じ金額で3食ご飯つき、期間は好きなだけどうぞとなりました。旅行会社が紹介していたゲルの料金とあまりにかけ離れた金額です。 流石に不安になった私は「本当にこの値段でいいの?」と確認をします。彼は何でそんなこと聞くんだ?と言わんばかりに「そうだよ」と言うと私に準備を促しました。
宿をチェックアウトして表に出ると、馬を引き連れた彼が待っていてくれました。彼は馬に乗って通勤しているそうで、移動手段はすべて馬だと言います。 “私は歩くの?”と若干不安になっていたら、優しい彼に馬に乗るよう促されました。 一頭の馬に大人が2人。凄く重そうですが逞しい馬はビクともせず、私たちはスタッフに見送れる形で出発しました。
宿のスタッフは最後まで私に親切でした。私はここを出ていく身なのに、たくさんのスタッフが「良かったね」「楽しんできてね」と声をかけてくれます。二度と会うことのない旅行者でしかない私に、何でこんなに親切にしてくれるのでしょうか。 その親切さ、都会で揉まれて擦れてしまった私は“もしかして私がゲルに宿泊すると、あなたたちにも幾らかバックマージンが入るの?”と邪心してしまうレベルでした。
でも、そうでないことは知っていました。宿が斡旋しているツアーではないので、マージンなんて入りません。 みんな純粋に誰かのために動くのが好きで私の願いが叶って喜んでくれているのです。
馬に乗って草原を進んでいると、彼が話しかけてきました。
「もう少し進んだ先に僕の家があるよ。家には僕のママがいる。僕はすぐ職場に戻るからいなくなるけど、いいよね?何かあったらママに相談してね」
「ママは英語喋れるの?」
「英語?全く喋れないよ」
「え!私モンゴルの言葉は分からないよ。あなたはいつ帰ってくるの?」
「う~ん、多分2~3日後かな?君がゲルにいる間は、僕は職場に泊まるつもりだよ」
「じゃあゲルには、私とあなたのママの2人だけってこと?」
「そうだね。もしかしたらお客さんがくるかも。まあ何かあったら電話してね」
電気もWi-Fiも無いゲルでどうやって?そもそもお母さんとどうやって意思疎通するの?と色々疑問が浮かびます。でも馬に揺られているとそんなことは大した問題ではないように思えました。
「ママは面倒見が良いから大丈夫だよ!僕も時々ゲルを覗くから」私の不安を払拭するように彼は笑顔で続けます。
「それからね、僕の家は本物のゲルだからトイレもシャワーもないよ!」
「トイレないの?」
「うん、ないよ!」
トイレがないのは盲点でしたが、ないものは仕方ありません。それより“正真正銘、本物のゲルに泊まれる”ことが嬉しくて小躍りしたい気分でした。
高まる期待を鎮めるために(操縦もできないのに)馬の手綱を握りしめ遊牧民になった気分を味わいます。少し先に白い帆が見えてきました。 “ただいま”と言った先に、どんな暮らしが待っているのか。憧れのゲルは目前に迫っていました。
— 次回へ続く ―
大学卒業後、ライター&編集者として出版社や新聞社に勤務。 マイナーな国をメインに、世界中を旅する。 旅先で出会ったイスラム教徒と国際結婚。 出産&離婚&再婚を経て現在は2児の母。 公式HP: Lucia Travel
モンゴルといえば移動式住居「ゲル」。
遊牧民が暮らす伝統的な住居にどうしても泊まってみたいと思っていた私は、有力な情報をつかめないままモンゴルに旅立ちました。
今回は正真正銘、本物のゲルに宿泊することになった日の事を紹介します。
前回の記事はこちらから▼
【モンゴルの大草原で恐怖の乗馬体験と羊狩り見学】
Lucia Travel連載一覧は こちら
目次
ゲルに泊まるのは至難の業?
ゲルに憧れがあった私。モンゴルに行くなら“絶対ゲルに宿泊したい!”と思っていました。
でもネットで予約できるのは、旅行者向けに改造されたゲル風のホテルばかり。ゲル風でも良いかとは妥協できませんでした。
また旅行会社を経由すれば本物のゲルに宿泊することもできるようでしたが、高額な手数料がネックです。
年の瀬の日本からバタバタと逃げるようにモンゴルに向かった私は、結局なんの情報も手にできないまま飛行機に乗ることになりました。
本物の毛皮を使ったベッド
モンゴル到着後は、郊外にある安宿に宿泊。
ゲルは今でも現役で使われていること、街中より郊外に多いことを考えたら、早々に郊外へ向かう方が良いと考えたのです。
とりあえずの気分で宿泊した宿は思っていたよりずっと快適でした。
個室として案内された部屋には、なぜか枠組みだけのベッドが8台並んでいます。「お好きなベッドをどうぞ」らしいのですが、きっと繁忙期にはドミトリーとして利用しているのでしょう。
毛布は自分で倉庫から持ってくるスタイルです。
驚くことにベッドに敷く毛布は動物の毛皮でした。動物を解体したのだなと分かる、ちょっとだけ生々しい形の毛皮がズラリと並ぶ姿は圧巻でした。
でも、寒々しく薄暗い倉庫。本物の毛皮が何枚も並んでいるのに、高級感はありません。
ここにあるのは、生活のための毛皮、寒さから身を守るための毛皮。染色のされていない不揃いの毛皮を一枚手にします。
「これ一枚で足りるの?」と思うほど薄い存在感でしたが、夜は驚くほど温かく私を包んでくれました。
安宿のスタッフに交渉
郊外ツアーの休憩場所としても利用されるその宿には、複数のスタッフが出入りしていました。
どのスタッフも20代前半の若さで、男女関係なくみんなお喋りが大好きした。ツアー客が休憩している間スタッフたちはずっとお喋りに花を咲かせています。
その雰囲気は職場の同僚というより、気のおけない友人のそれ。宿は「なんか、いいな」そう思わせる雰囲気に満ち溢れていました。
ゲルへの宿泊を諦めきれない私は翌朝、思い切って宿で働くスタッフと交渉することにしました「私、ゲルに泊まりたいの」と。
一人のスタッフに話をしていると、どこからか別のスタッフ、また別のスタッフと人が集まってきて、いつの間にか私の周りには人だかりができます。
私の願いを叶えるために、ああでもない、こうでもないと次々に提案をしてくれる彼ら。携帯電話で郊外に住むお兄さんに連絡をとってくれた人もいました。
ツアーは取り扱っていないと断ることもできるのに、みんな何て親切なのでしょう。
真剣に耳を傾けてもらえて嬉しい気持ちと、余りによくして貰ってちょっと申し訳ない気持ちと、色々な感情が混ざり合います。
「僕の実家はゲルだよ」
程なくして凄くラッキーなことにスタッフの一人の実家がゲルだと分かりました。しかも宿泊している宿から歩いて行ける距離にあると言います。
私が宿泊をお願いする前にスタッフ間でやりとりがあったのでしょう。彼は私の顔を見るなり、「もちろんOKだよ」とゲルへの宿泊を了承してくれました。
お金や期間で多少揉めることを覚悟していたので、余りに軽い「OK」に戸惑います。
話を進めると、料金は安宿と同じ金額で3食ご飯つき、期間は好きなだけどうぞとなりました。旅行会社が紹介していたゲルの料金とあまりにかけ離れた金額です。
流石に不安になった私は「本当にこの値段でいいの?」と確認をします。彼は何でそんなこと聞くんだ?と言わんばかりに「そうだよ」と言うと私に準備を促しました。
親切すぎるスタッフと邪心する私
宿をチェックアウトして表に出ると、馬を引き連れた彼が待っていてくれました。彼は馬に乗って通勤しているそうで、移動手段はすべて馬だと言います。
“私は歩くの?”と若干不安になっていたら、優しい彼に馬に乗るよう促されました。
一頭の馬に大人が2人。凄く重そうですが逞しい馬はビクともせず、私たちはスタッフに見送れる形で出発しました。
宿のスタッフは最後まで私に親切でした。私はここを出ていく身なのに、たくさんのスタッフが「良かったね」「楽しんできてね」と声をかけてくれます。二度と会うことのない旅行者でしかない私に、何でこんなに親切にしてくれるのでしょうか。
その親切さ、都会で揉まれて擦れてしまった私は“もしかして私がゲルに宿泊すると、あなたたちにも幾らかバックマージンが入るの?”と邪心してしまうレベルでした。
でも、そうでないことは知っていました。宿が斡旋しているツアーではないので、マージンなんて入りません。
みんな純粋に誰かのために動くのが好きで私の願いが叶って喜んでくれているのです。
シャワーもトイレも無いけど、いいよね!
馬に乗って草原を進んでいると、彼が話しかけてきました。
「もう少し進んだ先に僕の家があるよ。家には僕のママがいる。僕はすぐ職場に戻るからいなくなるけど、いいよね?何かあったらママに相談してね」
「ママは英語喋れるの?」
「英語?全く喋れないよ」
「え!私モンゴルの言葉は分からないよ。あなたはいつ帰ってくるの?」
「う~ん、多分2~3日後かな?君がゲルにいる間は、僕は職場に泊まるつもりだよ」
「じゃあゲルには、私とあなたのママの2人だけってこと?」
「そうだね。もしかしたらお客さんがくるかも。まあ何かあったら電話してね」
電気もWi-Fiも無いゲルでどうやって?そもそもお母さんとどうやって意思疎通するの?と色々疑問が浮かびます。でも馬に揺られているとそんなことは大した問題ではないように思えました。
「ママは面倒見が良いから大丈夫だよ!僕も時々ゲルを覗くから」私の不安を払拭するように彼は笑顔で続けます。
「それからね、僕の家は本物のゲルだからトイレもシャワーもないよ!」
「トイレないの?」
「うん、ないよ!」
トイレがないのは盲点でしたが、ないものは仕方ありません。それより“正真正銘、本物のゲルに泊まれる”ことが嬉しくて小躍りしたい気分でした。
高まる期待を鎮めるために(操縦もできないのに)馬の手綱を握りしめ遊牧民になった気分を味わいます。少し先に白い帆が見えてきました。
“ただいま”と言った先に、どんな暮らしが待っているのか。憧れのゲルは目前に迫っていました。
— 次回へ続く ―
筆者プロフィール:R.香月(かつき)
大学卒業後、ライター&編集者として出版社や新聞社に勤務。
マイナーな国をメインに、世界中を旅する。
旅先で出会ったイスラム教徒と国際結婚。
出産&離婚&再婚を経て現在は2児の母。
公式HP: Lucia Travel