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古代インドの神々は、お釈迦様が開いた仏教の守護神ともなって日本でもお奉りされています。豊穣と富、そして美と幸運を利益として叶えてくれるラクシュミーは、功徳天あるいは吉祥天となって私たちを見守ってくれているのです。今回は、そんなラクシュミーという女神様についてご紹介しましょう。
ラクシュミーは、ヒンドゥー教の神々のなかでもズバ抜けた美貌を誇り、物質的にも精神的にも豊穣と巨万の富貴を利益として、美と健康と幸福をも授けてくれる女神です。インドでは、古代から現在にいたるまで人々の厚い信仰をあつめて拝み奉られています。
ヒンドゥー教の神話において天地創造は《乳海攪拌》というもので、乳海を1000年間もの長きにわたって攪拌すると、太陽や月や神々や宝石など、ありとあらゆるものが生まれたのですが、このときにラクシュミーは蓮の花に乗って浮かび上がり、絶世の美女神として誕生したのでした。その美貌ゆえでしょう、ラクシュミーは生まれながらに現世すべての豊穣と富貴、それぞれの美と幸運を司る絶大な力を持っていたのです。
このことからラクシュミーは、世界の母という意味を込めてローカマーターとか、海から生まれる者という意味でジャラディジャとも呼ばれています。ラクシュミーが誕生したときには、神々と対立する悪魔たちでさえ見とれて心を奪われたそうです。悪魔たちは、何がなんでもラクシュミーを手に入れようと競い合いました。
しかし、ことごとく失敗に終わり、そのうち1匹の悪魔がラクシュミーを捕まえて自分の頭の上に載せようとしたところ、たちまち逃げられてしまい、その腹いせというか悔しまぎれに、「ラクシュミーは移り気な女神だ」などと言いふらしたりもしたのだとか。
そんなラクシュミーには、アラクシュミーというお姉さんがいるのですが、どういうワケだか、アラクシュミーは不幸を司る女神なのだそうです。かつてヒンドゥー教で最高神の1人であるビシュヌがラクシュミーにプロポーズしたときにラクシュミーは、「お受けするには1つ条件があります」と会釈しながら、ヴィシュヌの左側に座りました。
その条件とは、ただ1人の姉・アラクシュミーにも永久の配偶者となる結婚相手を見つけて縁結びしてほしいという誓願です。このときにラクシュミーは、なぜヴィシュヌの左側に座ったのか?!については、とても重要な意味があると私は考えています。
ただし、私は古代インドのバラモン教やヒンドゥー教については不勉強ですので、自分自身が30年近く信仰してきた真言密教の祈祷法のうちから推察してみましょう。私を指導してくださった僧侶かつ行者の方によれば、祭壇の左側が重要なのだそうです。左側には《悟りを生み出す智恵すなわち仏母》の座席という意味と同時に、それを極めて神聖なる性行為によって導く!という、キワどい意味合いも含まれているのだそうです。
ともあれ、ヴィシュヌは、神々が憩いおわしますヒマラヤ山脈で修行に励む1人のリシ(聖仙)とアラクシュミーを結婚させ、自らはラクシュミーを永遠の伴侶としたのでした。
ラクシュミーが、攪拌された乳海から誕生するシーンとして描かれる絵では、蓮の花に座った彼女の左右から2頭の白象が聖水を注いでいて、彼女には4本の腕があります。
そのうち2本の腕で深紅の蓮華を持ち、1本の手のひらと、残る1本の腕に抱えた壺から黄金の塊が溢れつづけているといった、いかにも神々しく美しい姿で描かれることが多いです。こうした絵画に描かれるときには、彼女の周りにキレイな蓮の花が散りばめられ、蓮の花を持つ女性という意味を込めて、パドマーヴァティーと呼ばれたりもしています。
したがって、ラクシュミーのシンボルとしては、まず4本の腕でしょう。そして蓮の花と水、2頭の白象、その象が向かい合って注ぐ聖水はラクシュミーが座った蓮の花が浮かぶ乳海に充ち満ちていますから、決して枯渇することはありません。
日本に仏教が伝わったのは飛鳥時代ですが、もともと日本列島には太古の昔から八百万の神々が憩いおわします。そこへ新たに古代インドの神々が仏教の守護神としてやってきたワケで、ふつうなら、「来るな!出て行け!」となりそうですが、日本人の祖先たちは、それぞれの御魂に融合していただいた神仏として、一緒にお奉りすることにしたのです。
その流れのうちにラクシュミーは、功徳天あるいは吉祥天として奈良時代の貴族たちから厚く信仰されていました。日本仏教のなかで吉祥天は、毘沙門天の奥さんとなり、富貴と豊穣と幸福と美を司るばかりか、家内安全と家運長久をも守護してくださっています。
また、皆さんも、純白の順風満帆に朱で大きな○に宝の一文字を染め抜いた宝船に乗った七福神をご存じでしょう。もともと平安時代には、大黒・恵比寿・毘沙門という3柱の神々を一緒にお奉りして拝むことが始まりでしたが、室町時代には当時のチャイナ地方で盛んだった道教のうちから福禄寿・寿老人もやってきて、その船に仏教の守護神として布袋を乗せて六福神としました。
そこへ庶民信仰のうちから紅一点として、ヒンドゥー教のなかの創造神ブラフマーの妻で、芸術と学問の女神サラスバティーを乗せて七福神とした宝船ができたのだとか。この女神も、ラクシュミーと同じく4本の腕を持っていて、2本の腕には数珠を持ち、残る2本の腕でヴィーナという琵琶のような楽器を奏でています。しかし、貴族の間では富貴と幸福と美と健康を授けてくれるラクシュミーつまり吉祥天のほうが大人気でして、こちらを紅一点とする金箔貼りで大小の宝船が大流行となりました。
ラクシュミーが、どれほどインドはじめ世界中で厚く信仰され、敬愛されているかは彼女のための大祭であるディワリを見物すれば一目瞭然です。古代から引き継がれてきたヒンドゥー教暦において7番目の月であるカールッティカ月(西暦では、毎年の10月末~11月初めころ)の新月の夜にクライマックスを迎えるように5日間をかけて行われるヒンドゥー教でも屈指の大祭で、スリランカやシンガポールでは祝日となっており、インドでは10億人あまりが参加するほどの大祭です。
ディワリは、光のフェスティバルとも呼ばれていて、おなじく世界中で熱狂的に信仰されているガネーシャも、わざわざラクシュミーのためのお祝いに駆けつけますよ。ラクシュミーの信奉者にとっては、たとえば日本での正月や欧米諸国ならクリスマスにも相当する心持ちだそうです。各家や職場の大掃除と修繕を行い、明日からディワリという前日には、慎みながら心身を清めて感謝するということで断食します。
また、たとえば家具やテレビ・冷蔵庫など電気製品とか、自動車や住宅を購入するには、このディワリの時期が最適とされているのは、もちろんラクシュミーの御加護があるからでして、そこにガネーシャまでお迎えするのですから、各メーカーと販売業者にとっては、年間最高のかき入れ時ともなっているのです。
美と健康を授けてくれるラクシュミーの名前にちなんだミストやお香、幸運と富も合わせて願うなら彼女をあしらった御守りとしてステッカーやスマホケースもありますよ。
美と健康を授けてくれるラクシュミーの名前にちなんだお香やミスト。ラクシュミーとかかわりの深いロータス(蓮の花)の清々しい香りでリラックス。
お年玉などの心づけを贈る「ぽち袋」。福の神のラクシュミーももちろんいます。
神仏なんて、最先端科学で証明できないんだからくだらない!なんて言うのは、もう古い!祈りには確かなパワーがあることが、とっくに脳科学で実証されています。近年のコロナ騒動によって、目には見えないものこそが一瞬で世界と人生をも変えてしまうということも、イヤというほど実体験なさっているでしょう。あなたが心を開けば、すぐにラクシュミーはじめヒンドゥー教の神々や、日本の八百万の神仏も、たちまち絶大なる力でもって応援してくださいますよ。感謝・合掌。
古代インドの神々は、お釈迦様が開いた仏教の守護神ともなって日本でもお奉りされています。豊穣と富、そして美と幸運を利益として叶えてくれるラクシュミーは、功徳天あるいは吉祥天となって私たちを見守ってくれているのです。
今回は、そんなラクシュミーという女神様についてご紹介しましょう。
目次
ラクシュミーって、どんな女神?!
ラクシュミーは、ヒンドゥー教の神々のなかでもズバ抜けた美貌を誇り、物質的にも精神的にも豊穣と巨万の富貴を利益として、美と健康と幸福をも授けてくれる女神です。
インドでは、古代から現在にいたるまで人々の厚い信仰をあつめて拝み奉られています。
誕生
ヒンドゥー教の神話において天地創造は《乳海攪拌》というもので、乳海を1000年間もの長きにわたって攪拌すると、太陽や月や神々や宝石など、ありとあらゆるものが生まれたのですが、このときにラクシュミーは蓮の花に乗って浮かび上がり、絶世の美女神として誕生したのでした。その美貌ゆえでしょう、ラクシュミーは生まれながらに現世すべての豊穣と富貴、それぞれの美と幸運を司る絶大な力を持っていたのです。
このことからラクシュミーは、世界の母という意味を込めてローカマーターとか、海から生まれる者という意味でジャラディジャとも呼ばれています。
ラクシュミーが誕生したときには、神々と対立する悪魔たちでさえ見とれて心を奪われたそうです。悪魔たちは、何がなんでもラクシュミーを手に入れようと競い合いました。
しかし、ことごとく失敗に終わり、そのうち1匹の悪魔がラクシュミーを捕まえて自分の頭の上に載せようとしたところ、たちまち逃げられてしまい、その腹いせというか悔しまぎれに、「ラクシュミーは移り気な女神だ」などと言いふらしたりもしたのだとか。
結婚
そんなラクシュミーには、アラクシュミーというお姉さんがいるのですが、どういうワケだか、アラクシュミーは不幸を司る女神なのだそうです。
かつてヒンドゥー教で最高神の1人であるビシュヌがラクシュミーにプロポーズしたときにラクシュミーは、「お受けするには1つ条件があります」と会釈しながら、ヴィシュヌの左側に座りました。
その条件とは、ただ1人の姉・アラクシュミーにも永久の配偶者となる結婚相手を見つけて縁結びしてほしいという誓願です。このときにラクシュミーは、なぜヴィシュヌの左側に座ったのか?!については、とても重要な意味があると私は考えています。
ただし、私は古代インドのバラモン教やヒンドゥー教については不勉強ですので、自分自身が30年近く信仰してきた真言密教の祈祷法のうちから推察してみましょう。
私を指導してくださった僧侶かつ行者の方によれば、祭壇の左側が重要なのだそうです。
左側には《悟りを生み出す智恵すなわち仏母》の座席という意味と同時に、それを極めて神聖なる性行為によって導く!という、キワどい意味合いも含まれているのだそうです。
ともあれ、ヴィシュヌは、神々が憩いおわしますヒマラヤ山脈で修行に励む1人のリシ(聖仙)とアラクシュミーを結婚させ、自らはラクシュミーを永遠の伴侶としたのでした。
ラクシュミーのシンボル
ラクシュミーが、攪拌された乳海から誕生するシーンとして描かれる絵では、蓮の花に座った彼女の左右から2頭の白象が聖水を注いでいて、彼女には4本の腕があります。
そのうち2本の腕で深紅の蓮華を持ち、1本の手のひらと、残る1本の腕に抱えた壺から黄金の塊が溢れつづけているといった、いかにも神々しく美しい姿で描かれることが多いです。こうした絵画に描かれるときには、彼女の周りにキレイな蓮の花が散りばめられ、蓮の花を持つ女性という意味を込めて、パドマーヴァティーと呼ばれたりもしています。
したがって、ラクシュミーのシンボルとしては、まず4本の腕でしょう。
そして蓮の花と水、2頭の白象、その象が向かい合って注ぐ聖水はラクシュミーが座った蓮の花が浮かぶ乳海に充ち満ちていますから、決して枯渇することはありません。
日本に渡ってきたラクシュミー「吉祥天」
日本に仏教が伝わったのは飛鳥時代ですが、もともと日本列島には太古の昔から八百万の神々が憩いおわします。そこへ新たに古代インドの神々が仏教の守護神としてやってきたワケで、ふつうなら、「来るな!出て行け!」となりそうですが、日本人の祖先たちは、
それぞれの御魂に融合していただいた神仏として、一緒にお奉りすることにしたのです。
その流れのうちにラクシュミーは、功徳天あるいは吉祥天として奈良時代の貴族たちから厚く信仰されていました。日本仏教のなかで吉祥天は、毘沙門天の奥さんとなり、富貴と豊穣と幸福と美を司るばかりか、家内安全と家運長久をも守護してくださっています。
また、皆さんも、純白の順風満帆に朱で大きな○に宝の一文字を染め抜いた宝船に乗った七福神をご存じでしょう。
もともと平安時代には、大黒・恵比寿・毘沙門という3柱の神々を一緒にお奉りして拝む
ことが始まりでしたが、室町時代には当時のチャイナ地方で盛んだった道教のうちから福禄寿・寿老人もやってきて、その船に仏教の守護神として布袋を乗せて六福神としました。
そこへ庶民信仰のうちから紅一点として、ヒンドゥー教のなかの創造神ブラフマーの妻で、芸術と学問の女神サラスバティーを乗せて七福神とした宝船ができたのだとか。
この女神も、ラクシュミーと同じく4本の腕を持っていて、2本の腕には数珠を持ち、残る2本の腕でヴィーナという琵琶のような楽器を奏でています。
しかし、貴族の間では富貴と幸福と美と健康を授けてくれるラクシュミーつまり吉祥天のほうが大人気でして、こちらを紅一点とする金箔貼りで大小の宝船が大流行となりました。
ラクシュミーのお奉り「ディワリ」
別名「光のフェスティバル」
ラクシュミーが、どれほどインドはじめ世界中で厚く信仰され、敬愛されているかは彼女のための大祭であるディワリを見物すれば一目瞭然です。
古代から引き継がれてきたヒンドゥー教暦において7番目の月であるカールッティカ月(西暦では、毎年の10月末~11月初めころ)の新月の夜にクライマックスを迎えるように5日間をかけて行われるヒンドゥー教でも屈指の大祭で、スリランカやシンガポールでは祝日となっており、インドでは10億人あまりが参加するほどの大祭です。
ディワリは、光のフェスティバルとも呼ばれていて、おなじく世界中で熱狂的に信仰されているガネーシャも、わざわざラクシュミーのためのお祝いに駆けつけますよ。
ラクシュミーの信奉者にとっては、たとえば日本での正月や欧米諸国ならクリスマスにも相当する心持ちだそうです。各家や職場の大掃除と修繕を行い、明日からディワリという前日には、慎みながら心身を清めて感謝するということで断食します。
また、たとえば家具やテレビ・冷蔵庫など電気製品とか、自動車や住宅を購入するには、このディワリの時期が最適とされているのは、もちろんラクシュミーの御加護があるからでして、そこにガネーシャまでお迎えするのですから、各メーカーと販売業者にとっては、年間最高のかき入れ時ともなっているのです。
ラクシュミーを身近に
美と健康を授けてくれるラクシュミーの名前にちなんだミストやお香、幸運と富も合わせて願うなら彼女をあしらった御守りとしてステッカーやスマホケースもありますよ。
美と健康を授けてくれるラクシュミーの名前にちなんだお香やミスト。ラクシュミーとかかわりの深いロータス(蓮の花)の清々しい香りでリラックス。
お年玉などの心づけを贈る「ぽち袋」。福の神のラクシュミーももちろんいます。
祈りのパワー
神仏なんて、最先端科学で証明できないんだからくだらない!なんて言うのは、もう古い!
祈りには確かなパワーがあることが、とっくに脳科学で実証されています。
近年のコロナ騒動によって、目には見えないものこそが一瞬で世界と人生をも変えてしまうということも、イヤというほど実体験なさっているでしょう。
あなたが心を開けば、すぐにラクシュミーはじめヒンドゥー教の神々や、日本の八百万の神仏も、たちまち絶大なる力でもって応援してくださいますよ。感謝・合掌。