イスラエルとパレスチナの苦しみ

新たな大惨事が起こってしまいました。私はイスラエルとパレスチナ、どちらかの肩入れをするつもりはありません。
でも巨大な壁で囲われたパレスチナ自治区を旅したとき、私は確かに惨めになり不安な気持ちを味わいました。四方を壁に囲まれた暮らしはこんなに苦しいのかと泣きたくなりました。

イスラエルとパレスチナ自治区の問題は、何千年も前から続く問題。最悪なことに、アメリカや欧州はイスラエル側を支持・連帯し、アラブ諸国はイスラエル側を非難しているため、国際社会も二分されています。ウクライナの時のように手を差し伸べてくれる国はありません…。

今回はかつてイスラエルを旅した人間が語る「イスラエルとパレスチナの苦しみ」です。

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君たちには理解できないよ

かつてイスラム教徒の男性と結婚していた時、私はこう言われたことがあります。

「(説明しても)君には理解できないよ」

20万人の死傷者をだしたボスニア内戦。その争いの後を色濃く残す町モルドバを旅した時、現地ガイドが言いました。
「最初は独立問題だったんだ。それが民族対立になり宗教対立になり、最後には隣人や親族を殺しあうまでなった。なぜこうなったのか誰も説明できない」

ハマスから奇襲攻撃を受けた後、イスラエル軍で従軍取材を行っているBBCの記者は、イスラエル国防軍・少将にインタビューの中で鋭い質問をしていました。

「全ての軍隊は戦争法に従い民間人を守る義務があります。あなた方の行為(無差別的な空爆や地上作戦)は民間人を守っているといえますか?」

答えはこうでした。

「私たちは自分たちの価値規範のために戦います。我々の文化と道徳と命のために。パレスチナの民間人が苦しむのはハマスのせいなのです。」

イスラエル軍のこの回答を聞いたとき、元夫とモルドバの現地ガイドの発した言葉の意味をやっと理解することができました。
結局は「自分たちは悪くない」なのです。それは、パズルのピースが埋まるようでした。

イスラム教徒の元夫は、他宗教を揶揄することがありました。私はそれが許せなくて言い合いに発展することも多々。
でも「僕と僕たちの神様は悪くない。もともとは〇〇が悪い。だから揶揄してなにが悪い。神への信仰と道徳を貫いているだけだ。」夫の考えはコレでした。
そしてコレを私は理解できなかったんです。

イスラエル軍の回答と同じですね。「我々は悪くない」のですから何をいってもダメなのです。
そしてボスニアの現地ガイドの言葉へ続きます。

「我々は悪くない同士が争い続けた結果、何が悪なのかさえ分からなくなった。もう誰にも説明できない。」

どれだけの絶望がこの言葉に込められていたのか、当時の私は気付くことができませんでした。

※現地ガイドから聞いた表現で、ボスニア内戦には諸説あります

「病院を撃つな」

2015年10月3日アフガニスタンの病院が米軍による爆撃を受け、患者と医療スタッフ42人が亡くなる大惨事が起きました。アメリカは米軍による爆撃を認めています。

この病院は、国境なき医師団が中立の立場で運営していた病院で、その後すぐ「病院を撃つな」という世界的なキャンペーンも行われています。でも、米国はだんまり。
なぜ病院を撃ったのか真相は解明されないまま、僅かな見舞金が提示されただけで一方的に幕引きが行われました。

信じられないことですが、これまで沢山の病院の上に爆弾が落ちました。
アフガニスタン、シリア、イエメン…。そして今、そこにパレスチナ自治区ガザが加わってしまいました。

国境なき医師団は15日、
「病院も救急車も爆撃された。爆撃の犠牲者のほとんどは民間人だ」
と発表しています。また17日にはガザの病院が空爆を受け500人近くの死者が出ています。

CNNやBBCを見ていると、病院はどこも保育器で命を繋ぐ新生児、家族で唯一生き残った少女、ケガで動けなくなった青年、彼らを助ける医療従事者で溢れかえっていました。
それだけではありません。行き場がなく避難場所として病院に身を寄せる市民もたくさんいました。

命を救う場所を標的にして爆弾を落とす。それだけは絶対に許してはいけないこと。
でもガザではそれが起きています。

病院を撃つな

高さ8m巨大な壁の中に入った感想

ガザ地区は、その一帯をグルリと巨大な壁に囲まれた場所です。

私はガザに行ったことはありませんが、パレスチナ自治区の別の壁の中へ入ったことがあります。
分離壁と呼ばれる巨大なその壁は、想像していたよりずっと分厚く高く威圧的で、絶対に自由に行き来させないのだという強い圧を感じました。

壁の高さは6~8m。頂上には有刺鉄線が張り巡らされていて、地下も何mも深くまで壁が設置されていると言われています。
壁の外と中を行き来できる数少ない出入口は物々しい検問所と化していて、銃を持った軍人が何人も監視しています。どこの国籍の人であろうと怪しいと疑われたら通過はさせてもらえません。

高さ8m巨大な壁の中に入った感想

初めて見たとき、その壁は私にベルリンの壁を思い出させました。ドイツ東西を分裂させ、そこに住まう人々の人生を狂わせた巨大なあの壁です。
それほど壁は威圧的で、隔離という言葉がピッタリ似合っていました。

壁の中に入ります。外とは何も変わらない。でも、ここは壁の中。まるで巨大な檻でした。
壁づたいに歩きます。すぐに遠くの物見台から銃を持った軍人が私を監視しているのに気付きました。おかしな行動をしたら私も撃たれるのでしょうか。
最初こそ緊張しましたが、それもすぐになくなりました。

壁・壁・壁。ひたすら壁づたいを歩きます。
灰色の味気ない壁のほとんどはカラフルな巨大アート作品で彩られていました。
冷徹な壁に咲くアートは、緻密な絵だったり、一言メッセージだったりさまざま。
その中には有名なバンクシーの作品もいくつかありました。

アートは人々の無言の抗議です。
バンクシーの有名な絵を生で見て嬉しいはずなのに、心が沈んだのを覚えています。

バンクシー平和の鳩
壁に描かれたバンクシーの絵

『進撃の巨人』との対比

もっと分かりやすく伝えるのなら、大ヒットした漫画『進撃の巨人』の世界です。

あの世界で、主人公エレン・イェーガーは壁の中の世界・パラディ島で生まれ育ちます。そびえる壁は高く外の世界を見ることは叶いませんが壁の中は安全。もちろん壁を造ったのも、パラディ島です。

でも、パレスチナ自治区の場合はイスラエル側が一方的に壁を造り上げました。
そのため親族が分断されたり、病院や学校に通いづらくなったりしたケースも多々あったといいます。

また壁の中も安全ではありません。
これまでも武力衝突、爆弾テロ…。報道されているだけでも沢山のトラブルが起こっています。
かつて目にした、4人の子ども全員を爆撃で亡くした父親のインタビューは、今思い出しても胸が締め付けられる思いです。

壁の中で不自由を感じながら生きる人々は、日々何を思っているのか。私が壁の中に滞在したのは僅か数日でした。
でも、その数日でさえ諦めに似た境地に陥りました。

どこまで歩いても分厚い壁がある暮らし。走っても走っても壁が消えない現実。惨めでした。囚人の気分でした。不安や焦りを感じました。
羽があればこの壁は越えられる、でも羽のない私の存在は鳥以下なのだと思ったほどです。

もちろん、イスラエルの人々が一方的に悪な訳でもありません。
『進撃の巨人』で、壁の外の世界の一つとしてマーレが登場します。作中ではマーレの国の人々が戦う理由も丁寧に描かれていましたよね?
同様にイスラエルの人々にも戦わなければいけない理由があるのです。

BBCのジェレミー・ボウエン記者が、印象的なことを話していました。

「ハマスがイスラエルの民間人を殺したことは紛れもなく戦争犯罪です。でもイスラエルがハマスに反撃するなかで、パレスチナの民間人を殺しているのは、これはどうなのでしょうか」

イスラエル、パレスチナ自治区ともに民間人の死傷者は増えるばかりです。

音楽フェス

日本に帰国してしばらくたった頃、「音楽フェスに参加する」という日本の民間団体と交流したことがあります。

「毎年、参加しているんだよ」
グループの指導者はすごく丁寧にあれこれ話をしてくれました。

「イスラエルってね、音楽フェスに力いれているんだよ。世界中からたくさん人がきて、毎年すごく盛り上がるの。ほら、ここの広場。こんな大きな広場がフェス会場なんだよ。」

「あそこで踊っている彼?わかる? 彼は中学から引きこもりでね。でも僕らの団体に入って踊る楽しみを知って、去年も一昨年も音楽フェスに参加したんだ、今年も連れていく予定だよ。イスラエルってね、いいとこなんだよ」

饒舌な指導者。彼と呼ばれた青年は多分20歳そこそこです。

今回の出来事の発端は音楽フェスとされています。

イスラエルといっても広いので、この団体の地域は直接関係ありません。ですが、遠く離れたイスラエルでの音楽フェス。日本は、日本人は無関係だと思ってはいませんか?

ですが、話題にならないだけでイスラエルの音楽フェスに参加している日本の団体もあるのです。
私たちも無関係ではないし、世界は思っているよりずっと狭いのだと気付くきっかけになればと思っています。

モルドバ
戦後最大のジェノサイドが行われたボスニア内戦。モルドバという町には今も銃弾の跡があちこちに残っています。
ユダヤ教の聖地・嘆きの壁
ユダヤ教の聖地・嘆きの壁は、イスラエルにあります。
ユダヤ人にとってイスラエルは悲願の国。だからどうしても領土を、国を守りたい。

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R.香月(かつき)プロフィール画像

筆者プロフィール:R.香月(かつき)

大学卒業後、ライター&編集者として出版社や新聞社に勤務。
マイナーな国をメインに、世界中を旅する。
旅先で出会ったイスラム教徒と国際結婚。
出産&離婚&再婚を経て現在は2児の母。
公式HP:Lucia Travel

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