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インドはアジアの中でも占い超大国と言われており、インド発祥の手相占い、西洋タロットを使ったカード占いと占いの種類が豊富です。近年ではコンピューターに運勢を占ってもらうコンピューター占いが注目を集めています。
そんなインドで最も格式の高い占いが「占星術(星占い)」です。ヒンドゥー教では占星術が重要視されています。イギリス領であったインドが、東西パキスタンと現在のインドに分離独立することになったときも、占星術師によってインドの独立記念日について争われました。
今回はインドの占星術である九曜(くよう)についてご紹介します。
【出典・参考文献について】
出典・参考文献は文末にまとめてあります。本文内のローマ数字をクリックすると出典・参考文献に飛びます。出典・参考文献から本文を見たい場合も、ローマ数字をクリックすると該当箇所に飛びます。
古代オリエント(現在の中近東からエジプト周辺地域)では紀元前から星を読み解いていました。新バビロニア王国は天体観測と星についてのデータを保有しており、そのデータは交易によって古代ギリシャへと伝わりました。ギリシャの北方でさかえた古代マケドニア王国のアレキサンダー大王は世界制覇を目指し、東方遠征を行います。この過程で、古代インドにも新バビロニア王国の天文学と古代ギリシャの占星術が流入したのです。
古代で星の動きを見て暦を作成することは、農業従事者にとって、種まきや農作物の収穫時期を知るために必要なものでした。また国を統治・支配する王たちがまつりごとを行ったり、神々の祭りや祈りを捧げる神官たちにとっても重要なものです。古代インドでも暦を作成する関係から天文学や占星術の伝統はありました。しかしながら、地中海から船を渡ってやってきた天文学と占星術の驚くほどの合理性と論理性に、古代インドの人々は衝撃を受けたのです。
これ以降古代インドには…
上記のような概念が取り入れられました。
そうして古代インドの人々は、サンスクリット語で書かれた『ヤヴァナ・ジャータカ(ギリシア人のホロスコープ占い)』を作成しました。
ヒンドゥー教と仏教には、9つの「星」を神格化する九曜という思想[ⅱ]があります。九曜はサンスクリット語で「ナヴァグラハ(Navagraha )[ⅲ]」です。和訳すると「9つの惑星、9つの捉えるもの[ⅳ]」になります。
一週間の曜日を表す日(太陽)、月、火星、水星、木星、金星、土星の7つの惑星にラーフとケートゥというふたつの惑星で構成されています。18世紀以降に発見された天王星、海王星の2つは九曜には含まれていません[ⅴ]。
九曜は一年の吉凶を占い、人の運命を左右する[ⅵ]と考えられています。
インドのアーユルヴェーダで宝石は宝飾品療法を医学に取り入れています。またインドの人々にとって宝石は
と考えられているのです。そのため男女ともに宝石やアクセサリーを身につける人が現在でも多い[ⅶ]です。
またヒンドゥー教の聖典『リグ・ヴェーダ』には神々の肖像や神殿に宝飾品を捧げると幸運を得られることについて言及しています。
それ以外にも、インドの二大叙事詩のひとつ『マハーバーラタ』に登場する英雄神・クリシュナが、ヒンドゥー教の正式な礼拝で奉納する捧げ物の中に宝石を上げています。人々が宝石を捧げることで大きな返礼を得られることについて『バーガヴァタ・プラーナ』という文献の中に書かれているのです。
このようにヒンドゥー教において宝石は重要な地位を占めています。その中でも特に価値の高い聖なる9つの宝石を「ナヴァラトナ(ナオナトラ)」と呼んでいるのです。聖なる9つの宝石が九曜と関連していることが『ナララトナパリクシャー』という宝石について書かれた古い論文で見られます[ⅷ]。
それでは九曜に当てはまる神様と悪鬼、それぞれを象徴する宝石、九曜となる神々が横並びになった際の配置などをご紹介します。
スーリヤ(Surya)は太陽神で『マハーバーラタ』に出てくる主人公アルジュナの異父兄・カルナの父親です。
人間の体を意味します。
配置は一番左です。象徴となる宝石はルビーで、体の色は紅色で表されます。
チャンドラ(Candra)は月神でソーマと同一視されている存在[ⅸ]です。初期は、神々の酒の神でしたが、時代を経るうちに月の神へとなりました。木星を司るブリハスパティの妻を誘拐した過去があり、ブリハスパティとは犬猿の仲[ⅹ]です。
人間の精神を意味します。
配置は左から2番目です。象徴となる宝石は真珠で、体の色はパールカラーで表されます。
マンガラ(Mangala)は破壊神・シヴァと大地の子、またはシヴァや火の神・アグニの精子から生まれたものと考えられています。別名アンガーラカ、マヒースタ[ⅺ]です。空の松明、赤いものという別名を持っています。軍神カルティッケーヤ、スカンダ、韋駄天と同一視されている存在です。
闘争心を意味します。
配置は左から3番目です。象徴となる宝石は珊瑚で、体の色は赤色で表されます。
ブダ(Budha)は月種族の始祖となった賢明な者です。ブダはチャンドラとその妻であるローヒニー(星宿)または、チャンドラと彼がブリハスパティから奪ったターラーとの子供[ⅻ]です。
人間の知性を意味します。
配置は左から4番目です。象徴となる宝石はエメラルドで、体の色は緑色または青色で表されます。
ブリハスパティ(Brhaspati)は祈祷あるいは称賛の主で、当初は神々の祭官でした。時代を経るうちに聖仙・アンギラスの子でターラーという妻を持つ、神々の教師になりました。チャンドラとは妻・ターラーの奪い合いにより、争った過去を持ちます[xiii]。
信仰心を意味します。
配置は真ん中です。象徴となる宝石はイエローサファイヤで、体の色は黄色または青色で表されます。
シュクラ(Sukra)はインド神話の聖仙のひとり[xiv]です。愛を意味します。配置は右から4番目です。象徴となる宝石はダイヤモンドで、体の色は白色で表されます。
シャニ(Sani)はスーリヤとチャーヤーの子、またはパララーレヴァーティの孫です。異名を多く持っており、インドの民間信仰では凶星と考えられています。見るものを破壊する邪眼を持っているのが特徴です。一説にはシヴァとその妻である女神・パールヴァティーの子供であるガネーシャの生誕祭に参加し、ガネーシャの頭を灰にしたそうです。宇宙の維持神ヴィシュヌは頭のなくなったガネーシャを不憫に思い、象の頭を取り付けたため、ガネーシャの頭は象になったと言われています[xv]。
人間の体質や気質を意味します。
配置は右から3番目です。象徴となる宝石はブルーサファイヤで、体の色は黒色または青色で表されます。
ラーフ(Rahu)は和訳すると「捕えるもの」で、悪鬼[xvi]です。太陽の軌道と月の軌道の昇交点(天体が南側から北側へ通過し、赤道で交わる点[xvii])です。日本では羅睺星(らごう・らごせい)と呼ばれています[xviii]。
日食と月食を起こす力を秘めていて前世を意味します。
配置は右から2番目です。象徴となる宝石はヘソナイトガーネットで、体の色は灰色、または赤みがかった青、ピンクがかった白、五色で表されます。
ケートゥ(Ketu)は和訳すると「輝き」、「印」で、悪鬼[xix]です。古くは「彗星」という意味もありました。
ラーフと同じ力を秘め、前世を意味します。太陽の軌道と月の軌道の降交点(天体が北側から南側へと通過し、赤道で交わる点[xx])です。日本では計都星(けいとと)と呼ばれている惑星[xxi]になります。
配置は一番右です。象徴となる宝石はキャッツアイで、体の色はまだら、または青、ピンクかかった白、煙色で表されます。
実はラーフとケートゥは実在しません。このふたつの惑星は想像上の天体[xxii]になります。インドで古くから日食と月食を起こす悪鬼として考えられていました[xxiii]。
どうしてラーフとケートゥが日食と月食を起こす存在なのかを解説していきます。
ヒンドゥー教の叙事詩である『マハーバーラタ』や聖典『プラーナ』で語られるポピュラーな創造神話に「乳海撹拌(にゅうかいかくはん[xxiv])」というものがあります。「乳海撹拌」には神々を不死にした霊薬であるアムリタ(甘露)という飲料について書かれています。
ヴィシュヌと創造神・ブラフマーは力の弱くなった神々に不死となる方法、または姿を隠してしまった幸運の女神・ラクシュミーを探す方法についてアドバイスをしました[xxv]。それは乳でできた原始の海を、かき混ぜ続けることです。
実は神々以外にもアムリタを求めるものたちがいました。それは鬼神であるアスラたちです。アスラは神々と同等または、それ以上の力を有する超自然的存在と言われています。日本では奈良県の興福寺で見られる阿修羅像が有名[xxvi]です。
乳をかき混ぜ続けることについては諸説あります。
どちらのパターンも乳をかき混ぜていくうちに海がバター状になり、太陽と月といった天体や神々が誕生しました。神々の医師であるダヌヴァンタリ、またはラクシュミーがアムリタとともに現れ、神々とアスラはアムリタの争奪戦を行うのです[xxvii]。神々はアスラたちに勝利し、アムリタを天上に保管します。そして負けたアスラたちを地下や海底へ追いやりました[xxviii]。
ところがラーフだけは、どさくさに紛れてコッソリとアムリタを飲んでしまったのです!これを見ていた太陽神・スーリヤと月神・チャンドラは、ヴィシュヌにラーフのことを報告。急いでヴィシュヌは武器である円盤チャクラで、ラーフの首を切り落としました[xxix]。しかしながら時すでに遅し。ラーフは不死となっていたため、太陽や月を恨み、彼らを飲み込む存在(日食と月食)へとなった[xxx]のです。
最初は彗星と考えられてきたケートゥですが、時代を経るうちにヴィシュヌに首を切り落とされたラーフの胴体として扱われるようになり、現在ではラーフ同様に日食と月食を司る存在になりました。
平安時代、日本には安倍晴明や芦屋道満といった「陰陽師」という官僚が、占いによって国の政治を左右していたのです。陰陽師にとても似た仕事をする官僚で占星術を行う「宿曜師」がいました。宿曜師は星や天体についての吉凶を司っていたのです。陰陽師と宿曜師はときに手を取り、ときにはライバル関係となりました。
2024年にNHKで放映された大河ドラマ『光る君へ』の主人公・紫式部の書いた『源氏物語』にも、宿曜師の姿が伺えます。『源氏物語』に登場する宿曜師は主人公・光源氏の将来や、光源氏の子供たちの将来についてを占っています。
宿曜師の支持する宿曜道を取り入れたのは、平安時代初期に唐(中国)からインド伝来の密教を日本に持ち帰った弘法大師(空海[xxxi])です。宿曜道は密教の一部で、九曜の思想を含んでいます。
日本では数え年で一年の吉凶を九曜で占います。
上記の順番で九年ごとのサイクルで人間の運勢を占っていくのです。
空海が真言密教とともに九曜の概念が含まれた『宿曜経』を日本に伝来したため、曜日の概念も導入されました。平安貴族の間では広く分布し、使用されていました[xxxii]。
しかし残念ながら、現在カレンダーで使用されている7日間の曜日が日本全土に広く普及するようになったのは、明治になってからです。1873年に太陰暦、1876年に週休制が導入され、以降ゆっくりと時間をかけて曜日の概念が定着していった[xxxiii]のです。
空海は師匠である恵果の教えである「真言密教は言葉だけでは真の意味を伝えることができない。絵画でその意味を示す」という言葉を忠実に守り、「曼荼羅(まんだら)」という図像を取り入れました。曼荼羅は中央に円がひとつあり、その周りを8つの円が取り巻いている形です。
日本に現存する最古の曼荼羅は神護寺の高雄曼荼羅[xxxiv]です。
九曜曼荼羅が普及すると平安貴族は交通の厄除けとして、牛車にも九曜を描きました。
鎌倉時代になると源平合戦が起こります。紅白で陣営が別れていましたが、平家が滅亡すると色以外で家を区別する必要が生まれました。結果、武家や公家はマークで家紋を日常的に表すようになった[xxxv]のです。
そして戦国武将たちは己の一族を表すマークである家紋に、平安時代から広く使われている九曜紋を使用しました。九曜紋を使用していた有名な武将は
上記3名です。
その後、江戸時代では多くの大名が九曜紋を使用するようになり、特に千葉氏一族が九曜紋を多く使用しました[xxxvi]。
今回の記事で九曜がどんなものか知ることができましたか?
九曜は…
実のところ九曜は日本においても身近な存在です。今でも家紋や真言密教で使用されていたり、占いで用いられています。
仕事や旅行でインドを旅行する機会があるときは、本場の九曜占いで2025年のあなたの運勢を占ってみませんか?
出典
◎ 『図説 インド神秘事典』、伊藤武、講談社、1999年、337〜340頁
◎『ヒンドゥー神話の神々』、立川武蔵、せりか書房、2008年、316頁
◎ 『仏教用語事典』、須藤隆仙、新人物往来社、1993年、102頁
◎『図説 インド神秘事典』、伊藤武、講談社、1999年、347頁
◎『図説 インド神秘事典』、伊藤武、講談社、1999年、177〜179頁
◎『図説 宝石と鉱物の文化誌【伝説・迷信・象徴】』、ジョージ・フレデリック・クンツ【著】、鏡リュウジ【監訳】、原書房、2011年、43頁
◎『図説 宝石と鉱物の文化誌【伝説・迷信・象徴】』、ジョージ・フレデリック・クンツ【著】、鏡リュウジ【監訳】、原書房、2011年、195,196頁
◎『[増補新版]星の文化史事典』、出雲晶子【編著】、白水社、2023年、280頁
◎『[増補新版]星の文化史事典』、出雲晶子【編著】、白水社、2023年、245,246頁
◎『[増補新版]星の文化史事典』、出雲晶子【編著】、白水社、2023年、124,436頁
◎『[増補新版]星の文化史事典』、出雲晶子【編著】、白水社、2023年、245,246,386頁
◎『[増補新版]星の文化史事典』、出雲晶子【編著】、白水社、2023年、245,246,392頁
◎『[増補新版]星の文化史事典』、出雲晶子【編著】、白水社、2023年、213頁
◎『[増補新版]星の文化史事典』、出雲晶子【編著】、白水社、2023年、204頁
◎『神の文化史事典』、松村一男,平藤喜久子,山田仁史【編】、白水社、2013年、560頁
◎昇交点 の定義 | GIS 用語集 - Esri Support
◎『陰陽師の解剖図鑑 日本を裏で支えた異能の者たち』、川合章子、X-Knowledge、2021年、122頁
◎『世界神話伝説大事典』、篠田知和基・丸山顯德【編】、勉誠出版、2016年、616頁
◎降交点 の定義 | GIS 用語集 - Esri Support
◎『世界神話伝説大事典』、篠田知和基・丸山顯德【編】、勉誠出版、2016年、171頁
◎『『ヴィジュアル版 世界の神話百科[東洋編]エジプトからインド、中国まで』、レイチェル・ストーム【著】、山本史郎・山本泰子【訳】、原書房、2000年、190頁
◎『世界の神話伝説・総解説』、自由国民社、1994年、76頁
◎阿修羅像【八部衆】(あしゅらぞう) - 法相宗大本山 興福寺
◎『世界神話伝説大事典』、篠田知和基・丸山顯德【編】、勉誠出版、2016年、929頁
◎『世界の神話伝説・総解説』、自由国民社、1994年、76頁『[ヴィジュアル版]インド神話物語百科』、マーティン・J・ドハティ【著】、井上廣美【訳】、原書房、2021年、87〜89頁
◎『仏教用語事典』、須藤隆仙、新人物往来社、1993年、103頁
◎空海がもたらした曜日 ― 唐から『宿曜経』持ち帰る 作花一志氏(1/2ページ) - 中外日報
◎日本で初めて曜日(日・月・火・水・木・金・土)を使いだした時期と理由を知りたい。 | レファレンス協同データベース
◎ 6年間の修復が終わった国宝「高雄曼荼羅」の開眼法要行われる。来年4月から「空海 KUKAI-密教のルーツとマンダラ世界」(奈良国立博物館)で一般公開 - 美術展ナビ
◎名字トップ3「佐藤」「鈴木」「高橋」の「家紋」は?日本独自の「家紋」の不思議
◎九曜紋(くよう) - 家紋のいろは
◎『[増補新版]星の文化史事典』、出雲晶子【編著】、白水社、2023年、150頁
インドはアジアの中でも占い超大国と言われており、インド発祥の手相占い、西洋タロットを使ったカード占いと占いの種類が豊富です。
近年ではコンピューターに運勢を占ってもらうコンピューター占いが注目を集めています。
そんなインドで最も格式の高い占いが「占星術(星占い)」です。
ヒンドゥー教では占星術が重要視されています。
イギリス領であったインドが、東西パキスタンと現在のインドに分離独立することになったときも、占星術師によってインドの独立記念日について争われました。
今回はインドの占星術である九曜(くよう)についてご紹介します。
目次
【出典・参考文献について】
出典・参考文献は文末にまとめてあります。
本文内のローマ数字をクリックすると出典・参考文献に飛びます。
出典・参考文献から本文を見たい場合も、ローマ数字をクリックすると該当箇所に飛びます。
インドの占いは新バビロニア王国の天文学と古代ギリシャの占星術がベースとなっている
古代オリエント(現在の中近東からエジプト周辺地域)では紀元前から星を読み解いていました。
新バビロニア王国は天体観測と星についてのデータを保有しており、そのデータは交易によって古代ギリシャへと伝わりました。
ギリシャの北方でさかえた古代マケドニア王国のアレキサンダー大王は世界制覇を目指し、東方遠征を行います。
この過程で、古代インドにも新バビロニア王国の天文学と古代ギリシャの占星術が流入したのです。
古代で星の動きを見て暦を作成することは、農業従事者にとって、種まきや農作物の収穫時期を知るために必要なものでした。
また国を統治・支配する王たちがまつりごとを行ったり、神々の祭りや祈りを捧げる神官たちにとっても重要なものです。
古代インドでも暦を作成する関係から天文学や占星術の伝統はありました。
しかしながら、地中海から船を渡ってやってきた天文学と占星術の驚くほどの合理性と論理性に、古代インドの人々は衝撃を受けたのです。
これ以降古代インドには…
上記のような概念が取り入れられました。
そうして古代インドの人々は、サンスクリット語で書かれた『ヤヴァナ・ジャータカ(ギリシア人のホロスコープ占い)』を作成しました。
九曜(ナヴァグラハ)はヒンドゥー教の神々と悪鬼を神格化したもの
ヒンドゥー教と仏教には、9つの「星」を神格化する九曜という思想[ⅱ]があります。
九曜はサンスクリット語で「ナヴァグラハ(Navagraha )[ⅲ]」です。
和訳すると「9つの惑星、9つの捉えるもの[ⅳ]」になります。
一週間の曜日を表す日(太陽)、月、火星、水星、木星、金星、土星の7つの惑星にラーフとケートゥというふたつの惑星で構成されています。
18世紀以降に発見された天王星、海王星の2つは九曜には含まれていません[ⅴ]。
九曜は一年の吉凶を占い、人の運命を左右する[ⅵ]と考えられています。
九曜を構成するヒンドゥー教の神々と悪鬼、宝石についてを大紹介!
インドのアーユルヴェーダで宝石は宝飾品療法を医学に取り入れています。
またインドの人々にとって宝石は
と考えられているのです。
そのため男女ともに宝石やアクセサリーを身につける人が現在でも多い[ⅶ]です。
またヒンドゥー教の聖典『リグ・ヴェーダ』には神々の肖像や神殿に宝飾品を捧げると幸運を得られることについて言及しています。
それ以外にも、インドの二大叙事詩のひとつ『マハーバーラタ』に登場する英雄神・クリシュナが、ヒンドゥー教の正式な礼拝で奉納する捧げ物の中に宝石を上げています。
人々が宝石を捧げることで大きな返礼を得られることについて『バーガヴァタ・プラーナ』という文献の中に書かれているのです。
このようにヒンドゥー教において宝石は重要な地位を占めています。
その中でも特に価値の高い聖なる9つの宝石を「ナヴァラトナ(ナオナトラ)」と呼んでいるのです。
聖なる9つの宝石が九曜と関連していることが『ナララトナパリクシャー』という宝石について書かれた古い論文で見られます[ⅷ]。
それでは九曜に当てはまる神様と悪鬼、それぞれを象徴する宝石、九曜となる神々が横並びになった際の配置などをご紹介します。
スーリヤ【日(太陽)】
スーリヤ(Surya)は太陽神で『マハーバーラタ』に出てくる主人公アルジュナの異父兄・カルナの父親です。
人間の体を意味します。
配置は一番左です。
象徴となる宝石はルビーで、体の色は紅色で表されます。
チャンドラ【月】
チャンドラ(Candra)は月神でソーマと同一視されている存在[ⅸ]です。
初期は、神々の酒の神でしたが、時代を経るうちに月の神へとなりました。
木星を司るブリハスパティの妻を誘拐した過去があり、ブリハスパティとは犬猿の仲[ⅹ]です。
人間の精神を意味します。
配置は左から2番目です。
象徴となる宝石は真珠で、体の色はパールカラーで表されます。
マンガラ【火星】
マンガラ(Mangala)は破壊神・シヴァと大地の子、またはシヴァや火の神・アグニの精子から生まれたものと考えられています。
別名アンガーラカ、マヒースタ[ⅺ]です。
空の松明、赤いものという別名を持っています。
軍神カルティッケーヤ、スカンダ、韋駄天と同一視されている存在です。
闘争心を意味します。
配置は左から3番目です。
象徴となる宝石は珊瑚で、体の色は赤色で表されます。
ブダ【水星】
ブダ(Budha)は月種族の始祖となった賢明な者です。
ブダはチャンドラとその妻であるローヒニー(星宿)または、チャンドラと彼がブリハスパティから奪ったターラーとの子供[ⅻ]です。
人間の知性を意味します。
配置は左から4番目です。
象徴となる宝石はエメラルドで、体の色は緑色または青色で表されます。
ブリハスパティ【木星】
ブリハスパティ(Brhaspati)は祈祷あるいは称賛の主で、当初は神々の祭官でした。
時代を経るうちに聖仙・アンギラスの子でターラーという妻を持つ、神々の教師になりました。
チャンドラとは妻・ターラーの奪い合いにより、争った過去を持ちます[xiii]。
信仰心を意味します。
配置は真ん中です。
象徴となる宝石はイエローサファイヤで、体の色は黄色または青色で表されます。
シュクラ【金星】
シュクラ(Sukra)はインド神話の聖仙のひとり[xiv]です。
愛を意味します。
配置は右から4番目です。
象徴となる宝石はダイヤモンドで、体の色は白色で表されます。
シャニ【土星】
シャニ(Sani)はスーリヤとチャーヤーの子、またはパララーレヴァーティの孫です。
異名を多く持っており、インドの民間信仰では凶星と考えられています。
見るものを破壊する邪眼を持っているのが特徴です。
一説にはシヴァとその妻である女神・パールヴァティーの子供であるガネーシャの生誕祭に参加し、ガネーシャの頭を灰にしたそうです。
宇宙の維持神ヴィシュヌは頭のなくなったガネーシャを不憫に思い、象の頭を取り付けたため、ガネーシャの頭は象になったと言われています[xv]。
人間の体質や気質を意味します。
配置は右から3番目です。
象徴となる宝石はブルーサファイヤで、体の色は黒色または青色で表されます。
ラーフ 【日食・月食(昇交点)】
ラーフ(Rahu)は和訳すると「捕えるもの」で、悪鬼[xvi]です。
太陽の軌道と月の軌道の昇交点(天体が南側から北側へ通過し、赤道で交わる点[xvii])です。
日本では羅睺星(らごう・らごせい)と呼ばれています[xviii]。
日食と月食を起こす力を秘めていて前世を意味します。
配置は右から2番目です。
象徴となる宝石はヘソナイトガーネットで、体の色は灰色、または赤みがかった青、ピンクがかった白、五色で表されます。
ケートゥ【日食・月食(降交点)】
ケートゥ(Ketu)は和訳すると「輝き」、「印」で、悪鬼[xix]です。
古くは「彗星」という意味もありました。
ラーフと同じ力を秘め、前世を意味します。
太陽の軌道と月の軌道の降交点(天体が北側から南側へと通過し、赤道で交わる点[xx])です。
日本では計都星(けいとと)と呼ばれている惑星[xxi]になります。
配置は一番右です。
象徴となる宝石はキャッツアイで、体の色はまだら、または青、ピンクかかった白、煙色で表されます。
ラーフとケートゥは空想上の惑星で、存在しない!?
実はラーフとケートゥは実在しません。
このふたつの惑星は想像上の天体[xxii]になります。
インドで古くから日食と月食を起こす悪鬼として考えられていました[xxiii]。
どうしてラーフとケートゥが日食と月食を起こす存在なのかを解説していきます。
ラーフとケートゥの神話〜「乳海撹拌」とアムリタ〜
ヒンドゥー教の叙事詩である『マハーバーラタ』や聖典『プラーナ』で語られるポピュラーな創造神話に「乳海撹拌(にゅうかいかくはん[xxiv])」というものがあります。
「乳海撹拌」には神々を不死にした霊薬であるアムリタ(甘露)という飲料について書かれています。
ヴィシュヌと創造神・ブラフマーは力の弱くなった神々に不死となる方法、または姿を隠してしまった幸運の女神・ラクシュミーを探す方法についてアドバイスをしました[xxv]。
それは乳でできた原始の海を、かき混ぜ続けることです。
実は神々以外にもアムリタを求めるものたちがいました。
それは鬼神であるアスラたちです。
アスラは神々と同等または、それ以上の力を有する超自然的存在と言われています。
日本では奈良県の興福寺で見られる阿修羅像が有名[xxvi]です。
乳をかき混ぜ続けることについては諸説あります。
どちらのパターンも乳をかき混ぜていくうちに海がバター状になり、太陽と月といった天体や神々が誕生しました。
神々の医師であるダヌヴァンタリ、またはラクシュミーがアムリタとともに現れ、神々とアスラはアムリタの争奪戦を行うのです[xxvii]。
神々はアスラたちに勝利し、アムリタを天上に保管します。
そして負けたアスラたちを地下や海底へ追いやりました[xxviii]。
ところがラーフだけは、どさくさに紛れてコッソリとアムリタを飲んでしまったのです!
これを見ていた太陽神・スーリヤと月神・チャンドラは、ヴィシュヌにラーフのことを報告。
急いでヴィシュヌは武器である円盤チャクラで、ラーフの首を切り落としました[xxix]。
しかしながら時すでに遅し。
ラーフは不死となっていたため、太陽や月を恨み、彼らを飲み込む存在(日食と月食)へとなった[xxx]のです。
最初は彗星と考えられてきたケートゥですが、時代を経るうちにヴィシュヌに首を切り落とされたラーフの胴体として扱われるようになり、現在ではラーフ同様に日食と月食を司る存在になりました。
九曜の日本での影響とその歴史
平安時代、日本には安倍晴明や芦屋道満といった「陰陽師」という官僚が、占いによって国の政治を左右していたのです。
陰陽師にとても似た仕事をする官僚で占星術を行う「宿曜師」がいました。
宿曜師は星や天体についての吉凶を司っていたのです。
陰陽師と宿曜師はときに手を取り、ときにはライバル関係となりました。
2024年にNHKで放映された大河ドラマ『光る君へ』の主人公・紫式部の書いた『源氏物語』にも、宿曜師の姿が伺えます。
『源氏物語』に登場する宿曜師は主人公・光源氏の将来や、光源氏の子供たちの将来についてを占っています。
宿曜師の支持する宿曜道を取り入れたのは、平安時代初期に唐(中国)からインド伝来の密教を日本に持ち帰った弘法大師(空海[xxxi])です。
宿曜道は密教の一部で、九曜の思想を含んでいます。
日本では数え年で一年の吉凶を九曜で占います。
上記の順番で九年ごとのサイクルで人間の運勢を占っていくのです。
曜日の導入
空海が真言密教とともに九曜の概念が含まれた『宿曜経』を日本に伝来したため、曜日の概念も導入されました。
平安貴族の間では広く分布し、使用されていました[xxxii]。
しかし残念ながら、現在カレンダーで使用されている7日間の曜日が日本全土に広く普及するようになったのは、明治になってからです。
1873年に太陰暦、1876年に週休制が導入され、以降ゆっくりと時間をかけて曜日の概念が定着していった[xxxiii]のです。
九曜曼荼羅が描かれた
空海は師匠である恵果の教えである「真言密教は言葉だけでは真の意味を伝えることができない。絵画でその意味を示す」という言葉を忠実に守り、「曼荼羅(まんだら)」という図像を取り入れました。
曼荼羅は中央に円がひとつあり、その周りを8つの円が取り巻いている形です。
日本に現存する最古の曼荼羅は神護寺の高雄曼荼羅[xxxiv]です。
九曜曼荼羅が家紋に使用される
九曜曼荼羅が普及すると平安貴族は交通の厄除けとして、牛車にも九曜を描きました。
鎌倉時代になると源平合戦が起こります。
紅白で陣営が別れていましたが、平家が滅亡すると色以外で家を区別する必要が生まれました。
結果、武家や公家はマークで家紋を日常的に表すようになった[xxxv]のです。
そして戦国武将たちは己の一族を表すマークである家紋に、平安時代から広く使われている九曜紋を使用しました。
九曜紋を使用していた有名な武将は
上記3名です。
その後、江戸時代では多くの大名が九曜紋を使用するようになり、特に千葉氏一族が九曜紋を多く使用しました[xxxvi]。
夜空に輝く星たちと、見る人を魅了する宝石からスピリチュアルな力を人々は感じ、神様に繋げた
今回の記事で九曜がどんなものか知ることができましたか?
九曜は…
実のところ九曜は日本においても身近な存在です。
今でも家紋や真言密教で使用されていたり、占いで用いられています。
仕事や旅行でインドを旅行する機会があるときは、本場の九曜占いで2025年のあなたの運勢を占ってみませんか?
出典
◎ 『図説 インド神秘事典』、伊藤武、講談社、1999年、337〜340頁
◎『ヒンドゥー神話の神々』、立川武蔵、せりか書房、2008年、316頁
◎ 『仏教用語事典』、須藤隆仙、新人物往来社、1993年、102頁
◎『ヒンドゥー神話の神々』、立川武蔵、せりか書房、2008年、316頁
◎『図説 インド神秘事典』、伊藤武、講談社、1999年、347頁
◎『図説 インド神秘事典』、伊藤武、講談社、1999年、177〜179頁
◎『図説 宝石と鉱物の文化誌【伝説・迷信・象徴】』、ジョージ・フレデリック・クンツ【著】、鏡リュウジ【監訳】、原書房、2011年、43頁
◎『図説 インド神秘事典』、伊藤武、講談社、1999年、177〜179頁
◎『図説 宝石と鉱物の文化誌【伝説・迷信・象徴】』、ジョージ・フレデリック・クンツ【著】、鏡リュウジ【監訳】、原書房、2011年、43頁
◎『図説 宝石と鉱物の文化誌【伝説・迷信・象徴】』、ジョージ・フレデリック・クンツ【著】、鏡リュウジ【監訳】、原書房、2011年、195,196頁
◎『[増補新版]星の文化史事典』、出雲晶子【編著】、白水社、2023年、280頁
◎『[増補新版]星の文化史事典』、出雲晶子【編著】、白水社、2023年、245,246頁
◎『[増補新版]星の文化史事典』、出雲晶子【編著】、白水社、2023年、124,436頁
◎『[増補新版]星の文化史事典』、出雲晶子【編著】、白水社、2023年、245,246,386頁
◎『[増補新版]星の文化史事典』、出雲晶子【編著】、白水社、2023年、245,246,392頁
◎『[増補新版]星の文化史事典』、出雲晶子【編著】、白水社、2023年、213頁
◎『[増補新版]星の文化史事典』、出雲晶子【編著】、白水社、2023年、204頁
◎『神の文化史事典』、松村一男,平藤喜久子,山田仁史【編】、白水社、2013年、560頁
◎昇交点 の定義 | GIS 用語集 - Esri Support
◎『陰陽師の解剖図鑑 日本を裏で支えた異能の者たち』、川合章子、X-Knowledge、2021年、122頁
◎『世界神話伝説大事典』、篠田知和基・丸山顯德【編】、勉誠出版、2016年、616頁
◎『世界神話伝説大事典』、篠田知和基・丸山顯德【編】、勉誠出版、2016年、616頁
◎降交点 の定義 | GIS 用語集 - Esri Support
◎『陰陽師の解剖図鑑 日本を裏で支えた異能の者たち』、川合章子、X-Knowledge、2021年、122頁
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◎『図説 インド神秘事典』、伊藤武、講談社、1999年、347頁
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◎阿修羅像【八部衆】(あしゅらぞう) - 法相宗大本山 興福寺
◎『世界の神話伝説・総解説』、自由国民社、1994年、76頁
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◎『世界の神話伝説・総解説』、自由国民社、1994年、76頁
◎『世界神話伝説大事典』、篠田知和基・丸山顯德【編】、勉誠出版、2016年、929頁
◎『世界の神話伝説・総解説』、自由国民社、1994年、76頁『[ヴィジュアル版]インド神話物語百科』、マーティン・J・ドハティ【著】、井上廣美【訳】、原書房、2021年、87〜89頁
◎『仏教用語事典』、須藤隆仙、新人物往来社、1993年、103頁
◎空海がもたらした曜日 ― 唐から『宿曜経』持ち帰る 作花一志氏(1/2ページ) - 中外日報
◎日本で初めて曜日(日・月・火・水・木・金・土)を使いだした時期と理由を知りたい。 | レファレンス協同データベース
◎ 6年間の修復が終わった国宝「高雄曼荼羅」の開眼法要行われる。来年4月から「空海 KUKAI-密教のルーツとマンダラ世界」(奈良国立博物館)で一般公開 - 美術展ナビ
◎名字トップ3「佐藤」「鈴木」「高橋」の「家紋」は?日本独自の「家紋」の不思議
◎九曜紋(くよう) - 家紋のいろは
◎『[増補新版]星の文化史事典』、出雲晶子【編著】、白水社、2023年、150頁