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色とりどりの花が咲き乱れ、極楽鳥が舞い、清らかな水が流れ、あたたかな陽射し、美しい風景、飢えも争いも憂いもない世界――桃源郷は誰もが夢見た理想の世界です。中国の伝説に始まり、日本や世界各地に広がるユートピアの物語には、人々の願いや想いが込められています。それぞれの理想郷の特徴を押さえながら、なぜ人は時代や文化を超えて理想の場所を描き続けてきたのか、一緒に見ていきましょう。
ここでは、桃源郷とは何か、歴史と起源から解説し、その象徴的な意味を紐解きます。
「桃源郷」とは、4世紀〜5世紀に活躍した中国の詩人、陶淵明の作品『桃花源記』に由来する言葉です。『桃花源記』は、漁師が不思議な世界に迷い込むという内容の散文です。その世界は桃林に囲まれた里で、人々が幸せに暮らしています。
漁師はそこの人々にもてなされ、かれらが秦の時代の戦乱を避けてこの地にたどり着き、平和に暮らしていることを聞きました。その証拠に、かれらは秦の時代以降のことについて何も知らず、漁師の話に聞き入りました。
外界へ抜け出た漁師はもう一度その地へ向かいますが、たどり着けません。口外するなとそこの人々から言われていたにも関わらず、様々な人に話してその場所を探しますが、とうとう見つけられませんでした。
この物語に由来して、『桃源郷』という言葉が生まれたのです。
桃源郷は、単なる理想郷というだけではありません。戦乱を逃れた人々の平和な集落というところから、「俗世や乱世をつらいと感じる心から生み出された理想郷」と捉えられます。
さらに、二度と訪れることができなかったという点からも、桃源郷は夢のように儚い存在であり、誰もが到達できる場所ではないという印象を与えます。
また、桃源郷の話を聞いた人々がその地を探し回ったことから、この俗世を抜け出して理想的な世界を探し出したいという人々の欲求も読み取ることができます。
では、桃源郷は実在するのでしょうか。ここでは、『桃花源記』のモデルになった中国の土地と、日本にある桃源郷と呼ばれている場所を紹介します。
『桃花源記』は創作ですが、中国にかつて存在した武陵郡地域の話とされています。漢代から唐代にかけて現在の湖南省から重慶市、広西チワン族自治区にまたがる地域です。
特に武陵源という自然保護区が有名で、現在は世界自然遺産になっている景勝地です。この場所は現代になってから『桃花源記』とは別の詩である王維の『桃源行』にちなんで名前がつけられています。
そのため厳密には桃源郷のモデル地ではありませんが、特徴的な形の岩が立ち並ぶ秘境として知られています。
日本にも桃源郷と呼ばれている場所があります。長野県阿智村はその代表例で、温泉地の周りに約5000本の花桃の木が植えられています。開花時期の4月には3色の花が咲き誇り、観光地として人気です。
もうひとつの代表例である山梨県笛吹市は桃の生産量が日本一の場所として有名です。4月には一斉に桃の花が見頃を迎え、桃を使った観光PR活動も盛んに行われています。市内の様々な場所に「桃」の言葉が入った施設があります。
日本では理想郷というよりも、自然豊かで桃の花が美しい里を指す言葉として使われている印象があります。
「桃源郷」と似た言葉に「ユートピア」があります。2つの言葉はどう違うのでしょうか。ここでは、「ユートピア」の言葉の意味を確認し、「桃源郷」との違いについて解説します。
「ユートピア/Utopia」とは、ギリシャ語の「どこにもない場所」という意味の言葉に由来を持つ造語で、イギリスの思想家トマス・モアによって16世紀に書かれた『ユートピア』という作品に登場する場所です。
ユートピアは巨大な孤島で、そこで住民が計画的に入れ替わりながら生活しています。ユートピアでは私有財産が禁じられており、必要なものはすべて共有されていました。
トマス・モアは『ユートピア』で、理想の社会像として共産主義的な思想からユートピアを考案しました。
桃源郷とユートピアはどう違うのでしょうか。どちらも普段我々が暮らしている世界とは別にある周りから隔たれた場所で、理想郷として創作された場所です。
ただ、桃源郷が自然豊かで人々が社会の混乱を避けて幸せに暮らせると考えられた場所なのに対し、ユートピアは社会の構造を考える上で理想だと考えられた場所です。
桃源郷とユートピアには、苦しみから逃れた先である理想郷と、社会を維持する上での法的な理想郷というように、「理想」を捉える上での方向性の違いがあります。
桃源郷とユートピア以外にも、世界には様々な理想郷の伝承があります。ここでは、表にして見やすくまとめました。
伝承は多様に見えますが、その底には共通点があります。人々は、この世界のどこかに自分たちの住む現実とは異なる特別な場所を思い描いてきたのです。
自由や幸福を願う心は、時代や地域を超えた人類共通のものなのです。
様々な伝説上の桃源郷をご紹介しましたが、桃源郷はどこにあるのでしょう。伝承の中で桃源郷の多くは、海の向こう・海中・山の上・地中・地下・空の上など、自然界でたどり着くことが難しい場所に設定されています。古代の人々はたどり着けない場所を「果て」と捉え、果てには自分たちの知らない理想郷があると想像したのでしょう。
果てにあるにもかかわらず、自分たちの暮らす世界と地続きである点に、人々の桃源郷への切なる願いが映し出されています。
桃源郷を、未来や過去、死後の世界と結びつける伝承もありました。これらもたどり着くことができない場所であり、自分たちとは違う自由で幸福な生活をしている特別な人々がいるという願いも込めて桃源郷を想像したのかもしれません。
最後に、桃源郷の逆の世界も解説します。
特にキリスト教では終末には「黙示(アポカリプス)」が起きるとされています。真実が明らかになり、信者が救われる状態のことです。
桃源郷とは、陶淵明の『桃花源記』に端を発し、戦乱や俗世を離れて平和に暮らしたいという人々の願いから生まれた理想郷の姿でした。その後も各地で「ユートピア」「極楽浄土」「エリュシオン」など、世界中で多様な楽園が語り継がれています。
それらに共通するのは、日常から離れたどこかにあるという設定と、人々が心の奥底で求めてきた自由や幸福への憧れです。現実には存在しなくても、桃源郷という概念は人間の想像力を刺激し、時代や文化を超えて受け継がれてきました。
桃源郷は地図の上には存在しないのかもしれません。けれども、理想を追い求める心があるかぎり、桃源郷は私たちの内面や文化の奥底に生き続けるのです。
仏教においてロータスは極楽の花▼
桃源郷を彩る花々について▼
色とりどりの花が咲き乱れ、極楽鳥が舞い、清らかな水が流れ、あたたかな陽射し、美しい風景、飢えも争いも憂いもない世界――桃源郷は誰もが夢見た理想の世界です。
中国の伝説に始まり、日本や世界各地に広がるユートピアの物語には、人々の願いや想いが込められています。
それぞれの理想郷の特徴を押さえながら、なぜ人は時代や文化を超えて理想の場所を描き続けてきたのか、一緒に見ていきましょう。
目次
桃源郷とは何か?
ここでは、桃源郷とは何か、歴史と起源から解説し、その象徴的な意味を紐解きます。
桃源郷の歴史と起源
「桃源郷」とは、4世紀〜5世紀に活躍した中国の詩人、陶淵明の作品『桃花源記』に由来する言葉です。『桃花源記』は、漁師が不思議な世界に迷い込むという内容の散文です。その世界は桃林に囲まれた里で、人々が幸せに暮らしています。
漁師はそこの人々にもてなされ、かれらが秦の時代の戦乱を避けてこの地にたどり着き、平和に暮らしていることを聞きました。その証拠に、かれらは秦の時代以降のことについて何も知らず、漁師の話に聞き入りました。
外界へ抜け出た漁師はもう一度その地へ向かいますが、たどり着けません。口外するなとそこの人々から言われていたにも関わらず、様々な人に話してその場所を探しますが、とうとう見つけられませんでした。
この物語に由来して、『桃源郷』という言葉が生まれたのです。
桃源郷の象徴的な意味
桃源郷は、単なる理想郷というだけではありません。戦乱を逃れた人々の平和な集落というところから、「俗世や乱世をつらいと感じる心から生み出された理想郷」と捉えられます。
さらに、二度と訪れることができなかったという点からも、桃源郷は夢のように儚い存在であり、誰もが到達できる場所ではないという印象を与えます。
また、桃源郷の話を聞いた人々がその地を探し回ったことから、この俗世を抜け出して理想的な世界を探し出したいという人々の欲求も読み取ることができます。
桃源郷は地球上のどこかに本当にある?
では、桃源郷は実在するのでしょうか。ここでは、『桃花源記』のモデルになった中国の土地と、日本にある桃源郷と呼ばれている場所を紹介します。
モデル地とされる場所
CC BY-SA 4.0,
via Wikimedia Commons
『桃花源記』は創作ですが、中国にかつて存在した武陵郡地域の話とされています。漢代から唐代にかけて現在の湖南省から重慶市、広西チワン族自治区にまたがる地域です。
特に武陵源という自然保護区が有名で、現在は世界自然遺産になっている景勝地です。この場所は現代になってから『桃花源記』とは別の詩である王維の『桃源行』にちなんで名前がつけられています。
そのため厳密には桃源郷のモデル地ではありませんが、特徴的な形の岩が立ち並ぶ秘境として知られています。
日本の桃源郷と呼ばれる場所
日本にも桃源郷と呼ばれている場所があります。
長野県阿智村はその代表例で、温泉地の周りに約5000本の花桃の木が植えられています。開花時期の4月には3色の花が咲き誇り、観光地として人気です。
もうひとつの代表例である山梨県笛吹市は桃の生産量が日本一の場所として有名です。4月には一斉に桃の花が見頃を迎え、桃を使った観光PR活動も盛んに行われています。市内の様々な場所に「桃」の言葉が入った施設があります。
日本では理想郷というよりも、自然豊かで桃の花が美しい里を指す言葉として使われている印象があります。
桃源郷とユートピアは同じもの?
「桃源郷」と似た言葉に「ユートピア」があります。2つの言葉はどう違うのでしょうか。ここでは、「ユートピア」の言葉の意味を確認し、「桃源郷」との違いについて解説します。
ユートピアという言葉の意味
「ユートピア/Utopia」とは、ギリシャ語の「どこにもない場所」という意味の言葉に由来を持つ造語で、イギリスの思想家トマス・モアによって16世紀に書かれた『ユートピア』という作品に登場する場所です。
ユートピアは巨大な孤島で、そこで住民が計画的に入れ替わりながら生活しています。ユートピアでは私有財産が禁じられており、必要なものはすべて共有されていました。
トマス・モアは『ユートピア』で、理想の社会像として共産主義的な思想からユートピアを考案しました。
桃源郷とユートピアの違い
桃源郷とユートピアはどう違うのでしょうか。どちらも普段我々が暮らしている世界とは別にある周りから隔たれた場所で、理想郷として創作された場所です。
ただ、桃源郷が自然豊かで人々が社会の混乱を避けて幸せに暮らせると考えられた場所なのに対し、ユートピアは社会の構造を考える上で理想だと考えられた場所です。
桃源郷とユートピアには、苦しみから逃れた先である理想郷と、社会を維持する上での法的な理想郷というように、「理想」を捉える上での方向性の違いがあります。
世界にある桃源郷の歴史と伝承
桃源郷とユートピア以外にも、世界には様々な理想郷の伝承があります。
ここでは、表にして見やすくまとめました。
伝承は多様に見えますが、その底には共通点があります。人々は、この世界のどこかに自分たちの住む現実とは異なる特別な場所を思い描いてきたのです。
自由や幸福を願う心は、時代や地域を超えた人類共通のものなのです。
伝説の桃源郷はどんなところにある?
様々な伝説上の桃源郷をご紹介しましたが、桃源郷はどこにあるのでしょう。
伝承の中で桃源郷の多くは、海の向こう・海中・山の上・地中・地下・空の上など、自然界でたどり着くことが難しい場所に設定されています。
古代の人々はたどり着けない場所を「果て」と捉え、果てには自分たちの知らない理想郷があると想像したのでしょう。
果てにあるにもかかわらず、自分たちの暮らす世界と地続きである点に、人々の桃源郷への切なる願いが映し出されています。
桃源郷を、未来や過去、死後の世界と結びつける伝承もありました。これらもたどり着くことができない場所であり、自分たちとは違う自由で幸福な生活をしている特別な人々がいるという願いも込めて桃源郷を想像したのかもしれません。
桃源郷とは逆の世界
最後に、桃源郷の逆の世界も解説します。
特にキリスト教では終末には「黙示(アポカリプス)」が起きるとされています。真実が明らかになり、信者が救われる状態のことです。
夢みる桃源郷を追い求めて
桃源郷とは、陶淵明の『桃花源記』に端を発し、戦乱や俗世を離れて平和に暮らしたいという人々の願いから生まれた理想郷の姿でした。その後も各地で「ユートピア」「極楽浄土」「エリュシオン」など、世界中で多様な楽園が語り継がれています。
それらに共通するのは、日常から離れたどこかにあるという設定と、人々が心の奥底で求めてきた自由や幸福への憧れです。現実には存在しなくても、桃源郷という概念は人間の想像力を刺激し、時代や文化を超えて受け継がれてきました。
桃源郷は地図の上には存在しないのかもしれません。けれども、理想を追い求める心があるかぎり、桃源郷は私たちの内面や文化の奥底に生き続けるのです。
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