イスラエル神父と過ごした3日間

イスラエルの聖地エルサレムを旅したとき、立派な教会を管理している神父さんと行動を共にする機会に恵まれました。
民族と宗教が入り混じる国イスラエル。今回はキリスト教の神父目線から見た景色をお伝えします。

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静かで清潔な修道院ホテル

あまり知られていませんが、海外では教会が運営する宿泊所や修道院に泊まることができます。
平均的な安宿と同じくらいの値段で利用でき、他の安宿と比べると清潔さが各段に上のため、私は旅をする時よく利用していました。安宿と修道院が同じ値段なら、迷わず修道院を選びますし、ちょっと値が張る位でもやっぱり修道院を選んできました。

建物の造りは簡素でシンプルなことが多いので、教会の荘厳さや充実した内装を求めていくとガッカリしてしまうかも知れません。
静かで清潔。それが修道院のウリです。

ただ、ガイドブックやネットへの情報掲載は少ないのが現状。大々的に宿泊者を受け入れている施設もありますが、尋ねて初めて「OK」となる場合もあります。

困っているなら、泊まりなさい

イスラエルは物価の高い町です。バックパッカー旅行をしている私にとって高額な宿泊費は痛手のため、文字通り100円でも安い宿を探して、町中を移動していました。

あっちへこっちへ安宿を求めて何往復も移動する私の姿を見ていたのでしょうか。
槍と間違えるような巨大な柵で覆われた教会の前で神父さんに声をかけられました。

「何か困っているのかい?」

「今日、泊まる宿を探しているんです」

「ホテルなら、そことその先の角にもあるじゃないか」

「そこは立派すぎて…。もっと安価な場所を探しています」

実は私、イスラエルへ行く前に訪れたヨルダンで人生初のロストバゲージを体験していました。
飛行機に預けた荷物は10日近くも行方不明となり、予想外の出費が続出。金銭的な余裕がなくなっていました。

神父さんはお話好きな方だったので、話の流れのついでにこの話をしました。そうしたら

「なら私の教会に泊まりなさい」
「この敷地内に離れがあってね。時々、宿泊者を受け入れている。使っていいよ」

神父さん

ドーベルマンは凶器

神父さんの有り難い申し出を受け入れることにしましたが、神父さんは外出しなければならないようで、すぐに利用はできませんでした。

「夜18時にこの場所で待っているからね。そうしたら案内してあげよう。」

神父さんは続けます。

「絶対に私が戻ってくるのを待ちなさい。勝手に門を開けて入ることはしないように。これから犬を放つから…」

犬を放つ? 犬?と疑問でした。

犬の存在が気になった私は外から柵越しに中を覗くことにしました。
教会の扉の中に消えた神父さんは、すぐに男性を一人連れて出てきます。真っ白な肌に真っ黒な服を着ている神父に比べ、男性は有色の肌と庭師を思わせる格好をしていました。

「もしかしたら敬虔な信者でボランティアをしているのかな」

2人は何かを話しながらこちらへ歩いてきます。その雰囲気から、主従関係が見て取れました。
「白人の神父に雇われている有色の男性」の構図に少し悲しくなったのを覚えています。

男性が小さな木の扉を開けます。その瞬間、ドーベルマンが3・4頭、物凄い勢いで走り出てきました。
とがった牙、鍛えられた足、ピンとたった耳、黒々とした毛並み…。縦横無尽に敷地内を走り回りまわるドーベルマンは凶器そのものでした。

ドーベルマン
ドーベルマン(イメージ)

侵入者は絶対に許さない!

夜、時間通りに神父さんは現れました。
ドーベルマンは自分たちの家に戻った後のようで敷地内に犬が走り回る気配はありません。それでも、敷地内に入るときは緊張しました。
あの犬の数、あの唸り声、囲まれたら命の保証はありません。

神父さんに案内された離れは、とても立派なものでした。簡単なキッチン、清潔なシャワールーム、ふかふかなベッド、さらには4~5人がゆったりと座れるソファまで置かれています。
さながらコンドミニアムのようで、金銭的にゆとりがある様子が見てとれます。

神父さんは部屋の使い方を一通り説明したあと帰り際に、言い残していきました。

「これから朝まではドアを開けないで。庭に出たら犬に襲われるから。襲われても助けられないよ」

これから朝、神父さんが活動する時間まで、再び犬を放つというのです。

「あのドーベルマン見たでしょ?噛んだら死ぬまで放さないよ。私がいいというまでは絶対にドアを開けないように!」

茶目っ気たっぷりな様子で話す神父さん。
でも私は、ドーベルマンの牙を思い出し身を震わせました。

銃の代わりになるもの

イスラエルは相容れない宗教と民族が暮らす場所です。

地図

特にエルサレムは、世界三大宗教の聖地がほぼ同じ場所に置かれた特殊な場所。
中には、自分の信念を守るために攻撃的になる人もいます。ましてやここは教会。対策をしないわけにはいきません。

何かが起こらないように銃を持った警備員を雇う場合もありますが、そうすると人件費がかさみます。だからと神父さんはいいます。

「私のところは、銃の変わりに犬を飼っているんだ。人間より信頼できるしね」

許可なしに通れない道路

宿泊した翌日、貧困に困っている信者に施しを与えるからついてこないか、と誘われました。車に乗ってちょっと特殊な地区まで行くそうです。二度とない体験だと思い二つ返事でOKしました。

神父自らが運転する車は真っ黒。昨日見た庭師さんが磨いたのでしょうか、ピカピカに光っていました。
迷路のようなエルサレムの街並みを進みます。
民家の壁も道も白と黄色が混ざったような独特の色合いをしていて、どこまで進んでも景色は同じに見えました。

ガタガタ道を進んでしばらく、車が止まりました。

神父さんはアタッシュボードをゴソゴソ探ると、何か証明書のような紙を取り出します。そして車のフロント部分に貼り付けました。

「こっから先へ進むには、見えるところにこれを貼らなきゃいけない」

神父さんが呟きました。
通行証明書でしょうか?でも紙には、キリスト教徒を示すシンボルが描かれていました。キリスト教地区に行くからキリスト教の証明書?

再び車が走り出します。そこからは、しょっちゅう検問に会いました。
民家しかない町なのに、銃を持った警官(軍人?)が至る所にいて、そのたびに車は止まります。
でも、どの警官も証明書を見ると神父さんと2言3言を話すだけで通してくれました。

パレスチナ自治区の壁の中を旅した時と一緒。
許可がなければ通行できない。
そんな場所が壁の外側にもあるなんて…。

神父さんが話していた特殊な地区とは、このことだったのでしょう。
宗教と民族が入り乱れた地、イスラエルの現実を少しだけ知った日でした。

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R.香月(かつき)プロフィール画像

筆者プロフィール:R.香月(かつき)

大学卒業後、ライター&編集者として出版社や新聞社に勤務。
マイナーな国をメインに、世界中を旅する。
旅先で出会ったイスラム教徒と国際結婚。
出産&離婚&再婚を経て現在は2児の母。
公式HP:Lucia Travel

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