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「ミラーワーク」というインドの伝統刺繍を知っていますか?美しい刺繍の中に、いくつもの小さな鏡が留め付けられている手工芸です。衣類や家の装飾品に使われることが多く、太陽の光が当たると鏡が反射してキラキラと輝きます。
インドにはさまざまな伝統刺繍が各地に残っていますが、鏡を使った刺繍は、中でも特に個性的。一体どうして鏡を身につけるようになったのか、知れば知るほど奥深いのです。
遊牧民の間で代々受け継がれてきたミラーワーク。色彩の少ない砂漠地帯を、色とりどりの刺繍と輝く鏡で彩る人々を想像しながら、いざ、ミラーワークの世界へ!
子供や女性の衣類・壁掛け・のれん・照明など家の装飾品に使われるミラーワーク。鏡を糸で留め付けて周りに刺繍をほどこすのは共通ですが、鏡や刺繍をよく見てみて下さい。
まず、鏡は基本的に小さなものが使われますが、形状はよく見ると同じではありません。一番多いのは丸型ですが、民族によって異なり、三角や四角、菱形や涙型なども見られます。
ミラーワークはまず、布の上に鏡を置いて糸で留め付けます。その留め付けた糸をすくいながら、ボタンホール・ステッチと呼ばれるボタンの穴をかがる刺繍で鏡を固定してゆく方法が一般的。ボタンの穴ならかがったことがありますが、ひとつ作るのにもなかなか時間のかかる作業です。これを鏡の数だけ繰り返した後からが刺繍の始まりなんて、想像を絶する作業です。
ところでもし伝統的なミラーワークを手に取る機会があれば、ぜひ裏返して見て下さい。びっしり刺繍がほどこされた表側とは裏腹に、裏側はあっけないほどさっぱり。糸が少量しか使われていません。これは遊牧民にとって、糸がとても貴重なものだったことのあらわれだそうです。パッチワークが盛んなのも、はぎれ布ひとつでも無駄にしない砂漠の生き方故なのかもしれませんね。
鏡の周りにほどこされる細かな刺繍が民族や宗教によって異なるのも、ミラーワークの特色のひとつです。
たとえば多神教のヒンドゥー教徒の間では神様の姿や寺院、人々の生活の様子、動物や植物などの刺繍が多く見られます。一方、絵画などを崇拝することを禁じられていた一神教のイスラム教徒の間ではモチーフは幾何学模様など、より抽象的です。もしミラーワークを眼にする機会があれば、刺繍や鏡の形から、ルーツとなる民族や宗教を想像してみるのも楽しいですね。
ミラーワークは13世紀頃のペルシャ(今のイラン)が起源と言われています。それがアフガニスタンやパキスタンを通ってインドまで伝わったのは17世紀。イスラム教徒の遊牧民からヒンドゥー教徒へと、インド北西部の砂漠地帯に広がりました。鏡を布に縫い付ける独特の装飾のルーツは、たどってゆくと王族のファッションにあるようです。
その昔、王族などお金持ちの人々は富を示すために宝石を縫い付けた衣装を身につけていたそうです。さらに宝石のまわりは金や銀の糸できらびやかな刺繍がほどこされていました。それに憧れた庶民が真似たのが、ミラーワークの始まりと言われています。
最初は高価な宝石の代わりに、地域で取れる雲母(うんも)を糸で縫い付けたそうです。雲母は「きらきらと美しい」ことから、別名「きらら」とも呼ばれる鉱物。インドではよく見られ、庶民にとって手軽に手に入れることの出来る宝石の代用品だったようです。ただ雲母は、層になっていてとても剥がれやすい性質を持ちます。なので後々、雲母ではなく耐久性のあるガラスなどで作られた鏡が使われるようになりました。
現在もミラーワークの伝統が残るインドの代表的な地域は、北西部のグジャラート州やジャイプール州、ハリヤナ州です。特に様々な少数民族が暮らすグジャラート州のカッチ地方は、インド国内で最も伝統手工芸が残る地域とも言われています。
その伝統手工芸は、織物や染め物、ブロックプリントなど多岐に渡り、刺繍にしてもその種類は民族ごとに多様です。中でも代表的な刺繍がミラーワーク。現代になってからは、観光客が足を運ぶことの少ないこの地域にミラーワークを目当てに世界中からファッションバイヤーが訪れるようになったそうです。
2001年、そのカッチ地方でインド西部大地震が起こり、2万人以上が亡くなる大きな被害が出ました。たくさんの職人が亡くなり、工房も崩壊しました。
その際ミラーワークを始めとしたこの地方のたくさんの伝統工芸品が外の地域に流出し、デリーなどの大都市へと流れたそうです。各家庭の大切な財産である品々を手放さざるを得なかったのは悲しいことですが、そのお陰で工房や家を再建できたという人も少なくないそうです。
現代では純粋にファッションとしての注目も集め、海外のデザイナーが自身のブランドコレクションにミラーワークの装飾を取り入れることも増えているようです。王族のファッションだった時代から現代まで、やはりミラーワークは人々を虜にするようです。
では、鏡を装飾品として取り入れるという珍しい技法は、ファッションの延長として引き継がれていったのでしょうか。それはどうやら違うようです。
ミラーワークの大切な役割のひとつが「魔除け」です。元々イスラム教徒の間では眼差しや視線に宿る力を信じる「邪視」と言われる信仰があり、ヒンドゥー教徒の間にも広がりました。
それは悪意を持って相手をにらみつけることで、その相手に災いをもたらすという昔からの言い伝え。言ってみれば、視線で呪いを掛けてしまう魔力のようなものです。ちょっと怖いですね……。
妬みや嫉妬の眼差しは「邪視」の代表的なものと言われ、悪いものを寄せ付けてしまうと考えられていたのです。人々はその災いを恐れていて、「邪視」を寄せ付けないよう身を守ることのできる魔除けのお守りが鏡でした。特に子供や女性などをその「邪視」から守るために、衣類に鏡を縫い付けたのが、ミラーワークが発展するきっかけとなりました。
玄関に飾るトーランと呼ばれるのれんにミラーワークが使われるのも、入り口から悪いものが入ってこないようにという願いが込められています。室内に飾る壁掛けやランプシェードなどにもミラーワークが使われていることが多々ありますが、インテリア目的だけではなく、実は魔除けのお守りという意味が大きいのですね。
また、様々な民族や宗教が行き交う砂漠地帯の遊牧民にとっては民族や社会的身分が一目でわかることも大切。ミラーワークはそのような目印的な役割も果たしています。
特に女性は未婚か既婚かも、刺繍を見ればわかるそうです。砂漠で見知らぬ人たちとすれ違う時に「ああ、あの人たちは○○族だね~」なんてお互いにわかると安心ですね。 そして長い年月をかけて作られるミラーワークは、一家の貴重な財産でもあるのです。
ミラーワークが引き継がれている地域では、女性にとって刺繍の技術が必須です。女の子は5~6歳から母親に刺繍を習い始めます。そして結婚するまでに、花嫁衣装をはじめとする晴れ着や被り物、袋、壁や窓に飾る調度品などを数ヶ月~数年かけて縫い上げるのです。
そしてそれらは婚礼の際の持参金の代わりになります。結婚後も時間を見つけては刺繍に時間を費やし、娘が産まれたら、その技術をまた娘へと引き継ぎます。それが数世紀のあいだ連綿と行われてきて、今があるのです。
ミラーワークは一部の職人の世界で継がれていった技術なのではなく、どこの家庭でも当たり前のように淡々と受け継がれてきたというのもまた驚きです。果てしない手間がかかり、難易度も高いミラーワークが、女性なら当たり前のように出来てしまうという世界があるなんて……!
きらびやかで美しいだけでなく、大切な家族を想うお守りでもあるミラーワーク。女性たちがひと針ひと針、願いを込めて縫ったことでしょう。そんな背景を知ると、ミラーワークがより一層輝いて見えます。お守りとして自分で持つのもいいし、大切な人にプレゼントするのにもぴったりですね。
「ミラーワーク」というインドの伝統刺繍を知っていますか?美しい刺繍の中に、いくつもの小さな鏡が留め付けられている手工芸です。衣類や家の装飾品に使われることが多く、太陽の光が当たると鏡が反射してキラキラと輝きます。
インドにはさまざまな伝統刺繍が各地に残っていますが、鏡を使った刺繍は、中でも特に個性的。一体どうして鏡を身につけるようになったのか、知れば知るほど奥深いのです。
遊牧民の間で代々受け継がれてきたミラーワーク。色彩の少ない砂漠地帯を、色とりどりの刺繍と輝く鏡で彩る人々を想像しながら、いざ、ミラーワークの世界へ!
目次
「ミラーワーク」とは?鏡と刺繍を見つめてみよう
ミラーワークの作り方
子供や女性の衣類・壁掛け・のれん・照明など家の装飾品に使われるミラーワーク。鏡を糸で留め付けて周りに刺繍をほどこすのは共通ですが、鏡や刺繍をよく見てみて下さい。
まず、鏡は基本的に小さなものが使われますが、形状はよく見ると同じではありません。一番多いのは丸型ですが、民族によって異なり、三角や四角、菱形や涙型なども見られます。
ミラーワークはまず、布の上に鏡を置いて糸で留め付けます。その留め付けた糸をすくいながら、ボタンホール・ステッチと呼ばれるボタンの穴をかがる刺繍で鏡を固定してゆく方法が一般的。ボタンの穴ならかがったことがありますが、ひとつ作るのにもなかなか時間のかかる作業です。これを鏡の数だけ繰り返した後からが刺繍の始まりなんて、想像を絶する作業です。
ところでもし伝統的なミラーワークを手に取る機会があれば、ぜひ裏返して見て下さい。びっしり刺繍がほどこされた表側とは裏腹に、裏側はあっけないほどさっぱり。糸が少量しか使われていません。これは遊牧民にとって、糸がとても貴重なものだったことのあらわれだそうです。パッチワークが盛んなのも、はぎれ布ひとつでも無駄にしない砂漠の生き方故なのかもしれませんね。
ミラーワークの特色
鏡の周りにほどこされる細かな刺繍が民族や宗教によって異なるのも、ミラーワークの特色のひとつです。
たとえば多神教のヒンドゥー教徒の間では神様の姿や寺院、人々の生活の様子、動物や植物などの刺繍が多く見られます。一方、絵画などを崇拝することを禁じられていた一神教のイスラム教徒の間ではモチーフは幾何学模様など、より抽象的です。もしミラーワークを眼にする機会があれば、刺繍や鏡の形から、ルーツとなる民族や宗教を想像してみるのも楽しいですね。
ミラーワークの歴史、それはお金持ちへの憧れから始まった
ミラーワークの起源
ミラーワークは13世紀頃のペルシャ(今のイラン)が起源と言われています。それがアフガニスタンやパキスタンを通ってインドまで伝わったのは17世紀。イスラム教徒の遊牧民からヒンドゥー教徒へと、インド北西部の砂漠地帯に広がりました。鏡を布に縫い付ける独特の装飾のルーツは、たどってゆくと王族のファッションにあるようです。
その昔、王族などお金持ちの人々は富を示すために宝石を縫い付けた衣装を身につけていたそうです。さらに宝石のまわりは金や銀の糸できらびやかな刺繍がほどこされていました。それに憧れた庶民が真似たのが、ミラーワークの始まりと言われています。
最初は高価な宝石の代わりに、地域で取れる雲母(うんも)を糸で縫い付けたそうです。雲母は「きらきらと美しい」ことから、別名「きらら」とも呼ばれる鉱物。インドではよく見られ、庶民にとって手軽に手に入れることの出来る宝石の代用品だったようです。ただ雲母は、層になっていてとても剥がれやすい性質を持ちます。なので後々、雲母ではなく耐久性のあるガラスなどで作られた鏡が使われるようになりました。
伝統手工業が残るカッチ地方
現在もミラーワークの伝統が残るインドの代表的な地域は、北西部のグジャラート州やジャイプール州、ハリヤナ州です。特に様々な少数民族が暮らすグジャラート州のカッチ地方は、インド国内で最も伝統手工芸が残る地域とも言われています。
その伝統手工芸は、織物や染め物、ブロックプリントなど多岐に渡り、刺繍にしてもその種類は民族ごとに多様です。中でも代表的な刺繍がミラーワーク。現代になってからは、観光客が足を運ぶことの少ないこの地域にミラーワークを目当てに世界中からファッションバイヤーが訪れるようになったそうです。
2001年、そのカッチ地方でインド西部大地震が起こり、2万人以上が亡くなる大きな被害が出ました。たくさんの職人が亡くなり、工房も崩壊しました。
その際ミラーワークを始めとしたこの地方のたくさんの伝統工芸品が外の地域に流出し、デリーなどの大都市へと流れたそうです。各家庭の大切な財産である品々を手放さざるを得なかったのは悲しいことですが、そのお陰で工房や家を再建できたという人も少なくないそうです。
現代に受け継がれるミラーワーク
現代では純粋にファッションとしての注目も集め、海外のデザイナーが自身のブランドコレクションにミラーワークの装飾を取り入れることも増えているようです。王族のファッションだった時代から現代まで、やはりミラーワークは人々を虜にするようです。
美しいだけじゃない!ミラーワークの大切な役割
では、鏡を装飾品として取り入れるという珍しい技法は、ファッションの延長として引き継がれていったのでしょうか。それはどうやら違うようです。
魔除けとしてのミラーワーク
ミラーワークの大切な役割のひとつが「魔除け」です。元々イスラム教徒の間では眼差しや視線に宿る力を信じる「邪視」と言われる信仰があり、ヒンドゥー教徒の間にも広がりました。
それは悪意を持って相手をにらみつけることで、その相手に災いをもたらすという昔からの言い伝え。言ってみれば、視線で呪いを掛けてしまう魔力のようなものです。ちょっと怖いですね……。
妬みや嫉妬の眼差しは「邪視」の代表的なものと言われ、悪いものを寄せ付けてしまうと考えられていたのです。人々はその災いを恐れていて、「邪視」を寄せ付けないよう身を守ることのできる魔除けのお守りが鏡でした。特に子供や女性などをその「邪視」から守るために、衣類に鏡を縫い付けたのが、ミラーワークが発展するきっかけとなりました。
玄関に飾るトーランと呼ばれるのれんにミラーワークが使われるのも、入り口から悪いものが入ってこないようにという願いが込められています。室内に飾る壁掛けやランプシェードなどにもミラーワークが使われていることが多々ありますが、インテリア目的だけではなく、実は魔除けのお守りという意味が大きいのですね。
目印としてのミラーワーク
また、様々な民族や宗教が行き交う砂漠地帯の遊牧民にとっては民族や社会的身分が一目でわかることも大切。ミラーワークはそのような目印的な役割も果たしています。
特に女性は未婚か既婚かも、刺繍を見ればわかるそうです。砂漠で見知らぬ人たちとすれ違う時に「ああ、あの人たちは○○族だね~」なんてお互いにわかると安心ですね。
そして長い年月をかけて作られるミラーワークは、一家の貴重な財産でもあるのです。
5歳から始まる、女性のミラーワーク
ミラーワークが引き継がれている地域では、女性にとって刺繍の技術が必須です。女の子は5~6歳から母親に刺繍を習い始めます。そして結婚するまでに、花嫁衣装をはじめとする晴れ着や被り物、袋、壁や窓に飾る調度品などを数ヶ月~数年かけて縫い上げるのです。
そしてそれらは婚礼の際の持参金の代わりになります。結婚後も時間を見つけては刺繍に時間を費やし、娘が産まれたら、その技術をまた娘へと引き継ぎます。それが数世紀のあいだ連綿と行われてきて、今があるのです。
ミラーワークは一部の職人の世界で継がれていった技術なのではなく、どこの家庭でも当たり前のように淡々と受け継がれてきたというのもまた驚きです。果てしない手間がかかり、難易度も高いミラーワークが、女性なら当たり前のように出来てしまうという世界があるなんて……!
美しきお守り・ミラーワーク
きらびやかで美しいだけでなく、大切な家族を想うお守りでもあるミラーワーク。女性たちがひと針ひと針、願いを込めて縫ったことでしょう。そんな背景を知ると、ミラーワークがより一層輝いて見えます。お守りとして自分で持つのもいいし、大切な人にプレゼントするのにもぴったりですね。