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バスに乗り遅れた朝、私は予定外の方法で国境を越えることになった。それは、時速150kmで走る乗合タクシーだった。
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「バスに乗り遅れてしまった・・・」
夜が明けきらない時間に宿を出発し、何度も道を間違えながら、やっと辿り着いたカザフスタン・アルマトイのバスターミナル。なのに、案内所の女性が私に告げた言葉は無情なものでした。「キルギス行きのバスは今、出発したところ。次は2時間後よ」
旅の計画が狂った私は、無気力になってベンチに腰掛けます。しばし放心。
早朝だというのに、子どもを連れた人の姿が目立ちました。冷たく固いベンチで肩を寄せ合うように眠っている母子の姿も見られます。〝みんな、どこへ行くのだろう〟〝キルギスに行けない私は、どこへ行ったらいいんだろう〟
「カザフスタンとキルギスは、日帰り旅行ができるほど近い」
そんな話を聞いたのは2日前。調べてみると、カザフスタンのアルマトイからキルギスのビシュケクまでは、一日5便の大型バスが出ていました。値段は片道3000テンゲ(約1000円)。1000円で国境を越える夢のような手段にバックパッカーの血が騒ぎます。
「絶対に陸路で国境を越えたい」そう思っていたのに、バスに乗り遅れてしまったのです。アルマトイからビシュケクまでバスで3~4時間。次のバスを待っていたらキルギスの滞在時間が2時間ほどになってしまいます。それでも行くべきなのか。心の整理がつかない私は、バスターミナルの外へ向かって歩き出します。
バンのようなミニバスや乗用車が停まる駐車場をフラフラと彷徨っていると「ビシュケク?」と声をかけられました。
「ビシュケク?」空耳かと思って振り向くと、タクシーの運転手でした。
「ビシュケク?はい、私が行きたい場所はビシュケク!」怪しいとか、危ないとか、そういった何かをキャッチする前に声が出ていました。
と同時に、ネットで見た情報を思い出します。〝乗合タクシーも出ていますが、交渉が必要なため観光客には非推奨〟確かそんな事が書かれていました。
ドライバーは気の弱そうな細身の男性でした。値段は5000テンゲ。バスより少し高いけれど許容範囲でした。ただ古いタイプの4人乗りの普通車、シートも固そうです。
大きな駐車場の角を曲がります。すると沢山の乗用車が並んでいました。どうやら私は正面玄関の位置を間違えていたようで、車の数も人の数も桁違いでした。
男の人が集まっている場所は大抵がタクシー運転手の集まりで、それぞれのグループが客引きをしていました。異国での国境越え。車とドライバーは慎重に選ばないといけません。
道の中央にピカピカのSUVが停まっていました。傍には金髪にタンクトップのTHE外国人という姿をした2人の女性と、地元民らしき若いカップルが立っています。「このチームなら大丈夫かも」
ピンときた瞬間に、相手側から声をかけられました「ビシュケク?一人5000テンゲだよ。」少しふっくらとした優しそうなおじさんが私を誘います。第一印象は良し。でも念のため質問を重ねます。
「このSUVで行くの?」
「そうだよ。快適な車だよ」
「いつ出発?」
「今最後の一人を探している。君が決めてくれたら、すぐに出発できる」
「ビシュケクまで何時間かかるの?」
「2時間かな」(バスで3~4時間かかる道のりを2時間で?)
信頼に値すると確信できるまで質問を重ねているうちに、人々がSUVに乗り込み始めます。先ほど見た外国人風の女性たちの口から英語が発せられました。英語が話せる外国人(非現地人)と同じグループなら、万一の時も助け合えるでしょう。心が決まりました。
「OK。私も乗るよ。」そう伝えると、おじさんは大きな笑みで私をタクシーに座らせました。
「お金はドライバーに直接払ってね」
「え?おじさんドライバーじゃないの?」私の不安をよそに、次々にドアが閉まります。
でも、運転席だけが空っぽ。なかなか出発しないなと思っていたら、客引きをしていたグループの男性たちが笑顔で握手を交わしていました。日々の仕事だろうに盛大なお別れをしています。そして、サングラスが似合う中国人風の男性が運転席に乗り込んできました。
会話の場にいなかった男性が運転手だと知って、私は戸惑います。不安になっておじさんの方へ視線をやると、おじさんは笑顔で手を振ってくれました。
タクシーが出発します。車は外だけでなく中もピカピカ。ただ、運転手が違うという違和感が少し引っかかります。彼は運転直後からスマホを取り出し、誰かとずっと通話をしています。「この人、大丈夫かな?」
道は混雑。そして10分もしないうちに車はガソリンスタンドに止まりました。全員がタクシーを降ります。お水を買ったり、お金を降ろしたり、トイレに行ったり…。不安がぬぐえない私は、ただ周囲を観察していました。怪しかったら、このガソリンスタンドで降りようと思いながら。
同行者の一人が運転手にお金を払っていました。値段は私と同じ5000テンゲ。ぼったくりでないと分かり一安心です。念のために隣に座っていた40代の男性に行き先を尋ねます。ビシュケクで合っていました。
ウトウトとしているうちに、気が付いたら車は郊外を走っていました。
窓の外に広がる景色は、ソ連風の建物から、見渡す限りの草原へと変わっていました。淡い青空には、儚げな雲がたなびくように浮かんでいます。遠くには美しい雪山が連なり、その控えめな自然の色使いがどこか懐かしさを感じさせます。中央アジアらしい広大な景色に、私は目を奪われ続けました。
道路は広い2車線。真っ直ぐな道がどこまでも続きます。凸凹道を想像していましたが、幸いなことに整備されたアスファルトの道で揺れも気になりませんでした。立派な道路だというのに、車は10分に一台見かける程度でほとんど走っていません。私を乗せたSUVはビュンビュンと快適に進みます。
運転手は相変わらずスマホで誰かと通話していますが、スイスイ車を動かします。「このドライバーさん運転上手だな」。そんなことを考えていました。
やがて、先を走っている車を視界に捉えてから追い抜かすまで数分しかかかっていないことに気付きました。「アレ?結構スピード出ている?」何気なくメーターを見ると針は150kmをさしていました。
150kmという数字を出す車に乗ったのは初めてです。でも不思議と怖さは感じませんでした。視界が開けているからでしょうか、そこまでスピードが出ているようには感じられません。車を追い抜くときも、先の車が「どうぞ抜いてください」と言わんばかりに道を譲ってくれるので、特に危ないとも思いませんでした。
ビュンビュンと快適にタクシーは進みます。時速何kmで走っているか、そんなことは矮小に感じられるほど、中央アジアの景色は広大でした。
民家などもうずっと見ていないというのに、放牧されている馬を見かけました。山何個分の放牧でしょうか?草を食べたり、集団で走ったり、その姿は自然の馬と勘違いするほど自由に見えました。
巨大な風力発電所の前を通り過ぎるときは、その振動に車の中にいた全員が目を覚ましました。久々に見る人工的な建物はどこか不気味で、誰も何も発しません。
両サイドを岩で囲まれた狭い道を走り抜けると、感嘆の声が出てしまうほど美しい景色が広がっていました。ミラー越しに運転手と目が合います。「そうだろ?ここが一番いい景色なんだよ」とでも言いたげに彼は私を見つめてきました。私達は無言でうなずき合います。
珍しく視界が悪いクネクネ道を走っていると、巨大なタンカーの残骸が残されていました。きっと道を曲がり切れなかったのでしょう。放置されて朽ち果てた姿はSF映画のようでもありました。
移り行く景色にみとれているうちに、車は国境へと到着していました。アルマトイからビシュケクの国境まで本当に2時間もかかりませんでした。あんなに迷っていたのに、寧ろタクシーを選んで正解だったと言い切れるほど快適な旅になりました。
大学卒業後、ライター&編集者として出版社や新聞社に勤務。マイナーな国をメインに、世界中を旅する。旅先で出会ったイスラム教徒と国際結婚。出産&離婚&再婚を経て現在は2児の母。公式HP:Lucia Travel
バスに乗り遅れた朝、私は予定外の方法で国境を越えることになった。
それは、時速150kmで走る乗合タクシーだった。
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目次
カザフスタン(アルマトイ)からキルギス(ビシュケク)までの日帰り旅行
「バスに乗り遅れてしまった・・・」
夜が明けきらない時間に宿を出発し、何度も道を間違えながら、やっと辿り着いたカザフスタン・アルマトイのバスターミナル。なのに、案内所の女性が私に告げた言葉は無情なものでした。
「キルギス行きのバスは今、出発したところ。次は2時間後よ」
旅の計画が狂った私は、無気力になってベンチに腰掛けます。しばし放心。
早朝だというのに、子どもを連れた人の姿が目立ちました。冷たく固いベンチで肩を寄せ合うように眠っている母子の姿も見られます。
〝みんな、どこへ行くのだろう〟
〝キルギスに行けない私は、どこへ行ったらいいんだろう〟
1000円で越える国境
「カザフスタンとキルギスは、日帰り旅行ができるほど近い」
そんな話を聞いたのは2日前。調べてみると、カザフスタンのアルマトイからキルギスのビシュケクまでは、一日5便の大型バスが出ていました。
値段は片道3000テンゲ(約1000円)。1000円で国境を越える夢のような手段にバックパッカーの血が騒ぎます。
「絶対に陸路で国境を越えたい」そう思っていたのに、バスに乗り遅れてしまったのです。
アルマトイからビシュケクまでバスで3~4時間。次のバスを待っていたらキルギスの滞在時間が2時間ほどになってしまいます。
それでも行くべきなのか。心の整理がつかない私は、バスターミナルの外へ向かって歩き出します。
バンのようなミニバスや乗用車が停まる駐車場をフラフラと彷徨っていると「ビシュケク?」と声をかけられました。
「ビシュケク?」
空耳かと思って振り向くと、タクシーの運転手でした。
「ビシュケク?はい、私が行きたい場所はビシュケク!」
怪しいとか、危ないとか、そういった何かをキャッチする前に声が出ていました。
と同時に、ネットで見た情報を思い出します。
〝乗合タクシーも出ていますが、交渉が必要なため観光客には非推奨〟
確かそんな事が書かれていました。
ドライバーは気の弱そうな細身の男性でした。値段は5000テンゲ。
バスより少し高いけれど許容範囲でした。ただ古いタイプの4人乗りの普通車、シートも固そうです。
入り口の人影はゼロですが駐車場は人で溢れています
ビシュケクへ向かう人々
大きな駐車場の角を曲がります。すると沢山の乗用車が並んでいました。
どうやら私は正面玄関の位置を間違えていたようで、車の数も人の数も桁違いでした。
男の人が集まっている場所は大抵がタクシー運転手の集まりで、それぞれのグループが客引きをしていました。
異国での国境越え。車とドライバーは慎重に選ばないといけません。
道の中央にピカピカのSUVが停まっていました。傍には金髪にタンクトップのTHE外国人という姿をした2人の女性と、地元民らしき若いカップルが立っています。
「このチームなら大丈夫かも」
ピンときた瞬間に、相手側から声をかけられました「ビシュケク?一人5000テンゲだよ。」
少しふっくらとした優しそうなおじさんが私を誘います。第一印象は良し。でも念のため質問を重ねます。
「このSUVで行くの?」
「そうだよ。快適な車だよ」
「いつ出発?」
「今最後の一人を探している。君が決めてくれたら、すぐに出発できる」
「ビシュケクまで何時間かかるの?」
「2時間かな」
(バスで3~4時間かかる道のりを2時間で?)
信頼に値すると確信できるまで質問を重ねているうちに、人々がSUVに乗り込み始めます。先ほど見た外国人風の女性たちの口から英語が発せられました。
英語が話せる外国人(非現地人)と同じグループなら、万一の時も助け合えるでしょう。心が決まりました。
知らない運転手の登場
「OK。私も乗るよ。」
そう伝えると、おじさんは大きな笑みで私をタクシーに座らせました。
「お金はドライバーに直接払ってね」
「え?おじさんドライバーじゃないの?」
私の不安をよそに、次々にドアが閉まります。
でも、運転席だけが空っぽ。なかなか出発しないなと思っていたら、客引きをしていたグループの男性たちが笑顔で握手を交わしていました。
日々の仕事だろうに盛大なお別れをしています。そして、サングラスが似合う中国人風の男性が運転席に乗り込んできました。
会話の場にいなかった男性が運転手だと知って、私は戸惑います。
不安になっておじさんの方へ視線をやると、おじさんは笑顔で手を振ってくれました。
タクシーが出発します。車は外だけでなく中もピカピカ。ただ、運転手が違うという違和感が少し引っかかります。彼は運転直後からスマホを取り出し、誰かとずっと通話をしています。「この人、大丈夫かな?」
道は混雑。そして10分もしないうちに車はガソリンスタンドに止まりました。全員がタクシーを降ります。お水を買ったり、お金を降ろしたり、トイレに行ったり…。
不安がぬぐえない私は、ただ周囲を観察していました。怪しかったら、このガソリンスタンドで降りようと思いながら。
同行者の一人が運転手にお金を払っていました。値段は私と同じ5000テンゲ。ぼったくりでないと分かり一安心です。
念のために隣に座っていた40代の男性に行き先を尋ねます。ビシュケクで合っていました。
時速150kmのドライブ
ウトウトとしているうちに、気が付いたら車は郊外を走っていました。
窓の外に広がる景色は、ソ連風の建物から、見渡す限りの草原へと変わっていました。淡い青空には、儚げな雲がたなびくように浮かんでいます。
遠くには美しい雪山が連なり、その控えめな自然の色使いがどこか懐かしさを感じさせます。中央アジアらしい広大な景色に、私は目を奪われ続けました。
道路は広い2車線。真っ直ぐな道がどこまでも続きます。凸凹道を想像していましたが、幸いなことに整備されたアスファルトの道で揺れも気になりませんでした。
立派な道路だというのに、車は10分に一台見かける程度でほとんど走っていません。私を乗せたSUVはビュンビュンと快適に進みます。
運転手は相変わらずスマホで誰かと通話していますが、スイスイ車を動かします。「このドライバーさん運転上手だな」。そんなことを考えていました。
やがて、先を走っている車を視界に捉えてから追い抜かすまで数分しかかかっていないことに気付きました。「アレ?結構スピード出ている?」何気なくメーターを見ると針は150kmをさしていました。
150kmという数字を出す車に乗ったのは初めてです。でも不思議と怖さは感じませんでした。視界が開けているからでしょうか、そこまでスピードが出ているようには感じられません。
車を追い抜くときも、先の車が「どうぞ抜いてください」と言わんばかりに道を譲ってくれるので、特に危ないとも思いませんでした。
ビュンビュンと快適にタクシーは進みます。時速何kmで走っているか、そんなことは矮小に感じられるほど、中央アジアの景色は広大でした。
時速150kmでも全く怖くありませんでした
公式バスの半分の時間で到着
民家などもうずっと見ていないというのに、放牧されている馬を見かけました。
山何個分の放牧でしょうか?草を食べたり、集団で走ったり、その姿は自然の馬と勘違いするほど自由に見えました。
巨大な風力発電所の前を通り過ぎるときは、その振動に車の中にいた全員が目を覚ましました。久々に見る人工的な建物はどこか不気味で、誰も何も発しません。
両サイドを岩で囲まれた狭い道を走り抜けると、感嘆の声が出てしまうほど美しい景色が広がっていました。ミラー越しに運転手と目が合います。
「そうだろ?ここが一番いい景色なんだよ」とでも言いたげに彼は私を見つめてきました。私達は無言でうなずき合います。
珍しく視界が悪いクネクネ道を走っていると、巨大なタンカーの残骸が残されていました。
きっと道を曲がり切れなかったのでしょう。放置されて朽ち果てた姿はSF映画のようでもありました。
移り行く景色にみとれているうちに、車は国境へと到着していました。アルマトイからビシュケクの国境まで本当に2時間もかかりませんでした。
あんなに迷っていたのに、寧ろタクシーを選んで正解だったと言い切れるほど快適な旅になりました。
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筆者プロフィール:R.香月(かつき)
大学卒業後、ライター&編集者として出版社や新聞社に勤務。
マイナーな国をメインに、世界中を旅する。
旅先で出会ったイスラム教徒と国際結婚。
出産&離婚&再婚を経て現在は2児の母。
公式HP:Lucia Travel