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ハンガリーの首都ブタペストからチェコの首都プラハへ向かう、ブルガリア発の夜行バス。それは外国人旅行者が絶対に利用してはいけないバスでした。
今回は〝これマズイ〟と五感が警告したバスのエピソードと、ブルガリア・ルーマニアの貧困に関するお話です。
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その日私は、ブタペスト→プラハの夜行バスのサイトを検索していました。そしてとあるサイトで空席のあるバスを見つけました。他のサイトには出てこない、ブルガリア発のバスでした。
ブルガリア→ルーマニアと国を経由してハンガリーに着き、さらに国を経由してチェコへ、と国を巡って横断する長距離バスです。
ただ値段が他のバスより少し安いのが気になります(1000円位だったかな?)。安いのは嬉しいですが、少しひっかかる部分があったので、宿のオーナーに相談することにしました。
オーナーは「こんなバスどこから探してきたの?」と少し不思議な表情で、でも真剣にサイトをチェックしてくれました。「おかしなトコはないけど…これ多分、観光客向けのバスじゃないよ。大丈夫?」と。
アジアを旅していた時の記憶が甦ります。アジア各国では観光客向けのバス=冷房やリクライニング、Wi-Fiなどがついた快適なバスでした。民間バスとの値段差は倍近くあるため、私はいつも民間バスを利用していました。モロッコで9時間乗ったバスも民間バス、ペルーで11時間乗ったバスも民間バス。だから少しも迷うことなく「OK!OK!私このバスにする」そう答えました。
座席は指定席、バスの発着場所もオーナー曰く「怪しい場所ではない」ため、チケットを買った私は〝寧ろラッキーかも〟と浮かれていました。
夜6時、私は夜行バスに乗るため宿を後にしました。夜行バスの発着所まで後少しというとき、目の前にタクシーが止まり、中から2人の若い旅行者と思しき女性が出てきます。もちろん行き先は一緒。お互い外国人ということで自然と3人で行動することになりました。
やがて、3メートルはありそうな真っ黒な門で囲まれた施設に辿り着きます。セキュリティー用の小さな建物が建っている以外には何もない場所で、なんだか少し寂しい感じ。バスを待っている人もいなければ、バス停らしき目印もありません。〝アレ?〟一瞬不安が顔をのぞかせます。それでも、3人も仲間がいるという安心感からでしょうか。私たちには、談笑するほどの余裕がありました。
20分経ち、30分経ち、バスの到着時刻が過ぎてもバスは来ません。さらに15分。バスがやってくる気配は一切なく、他にバスを待つ乗客もいません。不安を助長するかのように小雨が降ってきました。
私たちは予約表を見せあったり、もしかして遅延の連絡がきているのでは…と淡い期待を込めてメールチェックをしたりしました。でも何一つ情報を得られません。待つ以外の打つ手がなくなった3人の間に沈黙が流れます。時間だけが過ぎていきました。
何時間待ったのか分からなくなった頃、遠くでオレンジ色の光が瞬きました。初めこそ「バスかも!」と顔を上げていた私たちですが、もう誰もそれをしません。でも光は確実にこちらに近付いてきていました。
オレンジ色のライトが雨の粒を照らします。大型のよく見かける普通のバスは私たちの前で止まり、静かに扉を開きました。「良かったね」うなずき合ってバスの中に一歩…。
入った瞬間、マズイ匂いがしました。古臭いというか、埃っぽいというか、手入れされていない車と、疲れ切った人間が醸し出す独特の匂いが渦巻いています。〝これマズイ〟五感がそう語ります。座っている人々は皆うつむいていて余裕がない表情をしていました。旅のワクワク感など誰も持っていません。
チケットに表示された座席に進みます。歩くたびに床から変な音がしました。掴んだ座席は固く軽く、いかにも安いプラスチックといった感じ。とても数か国を旅するバスとは思えませんでした。
そのバスはすべて指定席でした。座席の空きを見て自分で席を決めるタイプの指定席です。それなのに、私の指定席には既にほかの人が座っていました。「えっ!?」二度確認しますが、やっぱりそこは私の指定席。大柄な男の人がいびきをかいて眠っています。
運転手に伝えると「空いてるとこに座ってよ」と冷たい返事が返ってきました。仕方なく私は、比較的キレイな見た目のシートを選んでそこに座ります。車内をよく見渡すと破れてプラスチックが剥き出しになった座席や、シートの部分が抜け落ちた座席などもチラホラ。なかなか悲惨な状態でした。
共に行動していた外国人女性の2人も、指定席は誰かに占領されていたらしく、バラバラに座っています。〝ちょっと嫌な空気〟〝でもバス停に残って朝まで道路で過ごすよりマシ〟〝夜中にホテル探すのは厳しいよ〟嫌な雰囲気のバスに乗るため自分にたくさん言い訳をしました。
比較的マシな見た目の座席に決めたものの、その席はリクライニングが壊れていて背もたれは90度に保たれたままビクともしません。これで7時間はキツい。失敗に気付いた私は、次の停留所で座席を変えることを決意します。
意外にもバスはすぐ止まりました。グルリと周囲を観察、でも座れそうな座席はありませんでした。「どこで拾ってきたの?」と聞きたくなるような灰色の毛布が置いてある座席、そこなら座れるかも知れません。でも…躊躇するほど毛布は汚れていました。
座席の移動を諦めた私は仕方なく前を見つめます。バスは本当にガタガタでした。一体どういう使い方をしたら、何年使ったら、こういう状態になるのか…。これまで沢山の国で夜行バスを利用しましたが、一番古く・不衛生な状態でした。
バスがまた止まります。新しい乗客が入ってくることもありましたが、運転手が出ていくだけの時もありました。何の停車なのか全く分からないSTOP。定刻より2時間以上遅れている理由はコレなのだと思いました。
またもやバスが止まります。「僕の座る場所がない!」新しい乗客は皆、同じ言葉を口にしました。やがて座席は全席、人で埋まりました。例の毛布の座席にも人が座っています。それでもバスは止まり、席に座れなくなった人々が通路に座りだしました。
苦しい夜でした。バスには旅の高揚感ではなく絶望が漂っています。まるで難民キャンプか疎開へ行くような状態で、誰も何も言葉を発しません。理由もなく何十回と停車を繰り返しながらも夜の間ずっとバスは走り続けました。
翌朝、バスが変な音を立てて停車しました。そこは、これまでの停車場所とは違って、誰がどう見てもバス停と分かるきちんとした場所でした。人々が静かに降り始めます。憧れのプラハ。でも、誰も黄色い声をあげません。
疲れ切った顔と心でバスから降りると、昨夜一緒にバス待ちをした女性2人がいました。彼女たちも疲れ切った顔をしています。「仲良くなったんだしお茶でも」なんて言う気力はお互いありません。私たちは言葉も交わさず引きずるように体を動かし別れました。
アジアやアフリカ、南米を旅する中で沢山の貧困を見てきました。悲惨な現実に苦しい思いをしたこともあります。でも、このバスはレベルが違うものでした。関わってはいけないレベルの何かがそこにありました。
「どこを旅してもいいけど、ブルガリアとルーマニアだけは気を付けなよ」。昔バックパッカー仲間が言っていた言葉を思い出します。彼いわく、ブルガリアとルーマニアの一部の地域の貧しさは日本人が理解できないレベルだそうで「現実を知ってから行け」と何度か釘を刺されました。
ヨーロッパの中でもっとも貧しい国に入るこの2国では、赤ちゃんの売買が問題になっています。
また、ルーマニアには一生を地下道で暮らす「マンホール・チルドレン」と呼ばれる子どもたちが存在します。薬を使ってその日暮らしをする子どもたちは生まれながら、もしくは後天的にHIVに感染している子が大多数で社会問題となっていました。マンホールの中でハイハイをして遊ぶ幼児。その子を育てる女の子も12歳かそこらで、身売りをしては食料を調達します。生まれた時からそれが世界。
「ブルガリア発の観光客向けではないバスだよ。本当に大丈夫?」ブタペストでお世話になった宿のオーナーが繰り返し私に確認をしたのは、だからだったのでしょう。そこまで考えが至らなかった自分の浅はかさを恨みます。〝過信してはいけない〟〝次は無事とは限らない〟旅のあり方を考えさせられる夜行バスでした。
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大学卒業後、ライター&編集者として出版社や新聞社に勤務。マイナーな国をメインに、世界中を旅する。旅先で出会ったイスラム教徒と国際結婚。出産&離婚&再婚を経て現在は2児の母。公式HP:Lucia Travel
ハンガリーの首都ブタペストからチェコの首都プラハへ向かう、ブルガリア発の夜行バス。それは外国人旅行者が絶対に利用してはいけないバスでした。
今回は〝これマズイ〟と五感が警告したバスのエピソードと、ブルガリア・ルーマニアの貧困に関するお話です。
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目次
ブルガリア発の格安バスを発見!
その日私は、ブタペスト→プラハの夜行バスのサイトを検索していました。
そしてとあるサイトで空席のあるバスを見つけました。他のサイトには出てこない、ブルガリア発のバスでした。
ブルガリア→ルーマニアと国を経由してハンガリーに着き、さらに国を経由してチェコへ、と国を巡って横断する長距離バスです。
ただ値段が他のバスより少し安いのが気になります(1000円位だったかな?)。
安いのは嬉しいですが、少しひっかかる部分があったので、宿のオーナーに相談することにしました。
オーナーは「こんなバスどこから探してきたの?」と少し不思議な表情で、でも真剣にサイトをチェックしてくれました。「おかしなトコはないけど…これ多分、観光客向けのバスじゃないよ。大丈夫?」と。
アジアを旅していた時の記憶が甦ります。アジア各国では観光客向けのバス=冷房やリクライニング、Wi-Fiなどがついた快適なバスでした。民間バスとの値段差は倍近くあるため、私はいつも民間バスを利用していました。
モロッコで9時間乗ったバスも民間バス、ペルーで11時間乗ったバスも民間バス。だから少しも迷うことなく「OK!OK!私このバスにする」そう答えました。
座席は指定席、バスの発着場所もオーナー曰く「怪しい場所ではない」ため、チケットを買った私は〝寧ろラッキーかも〟と浮かれていました。
寂しい夜のバス停で〝アレ?〟
夜6時、私は夜行バスに乗るため宿を後にしました。
夜行バスの発着所まで後少しというとき、目の前にタクシーが止まり、中から2人の若い旅行者と思しき女性が出てきます。もちろん行き先は一緒。
お互い外国人ということで自然と3人で行動することになりました。
やがて、3メートルはありそうな真っ黒な門で囲まれた施設に辿り着きます。セキュリティー用の小さな建物が建っている以外には何もない場所で、なんだか少し寂しい感じ。
バスを待っている人もいなければ、バス停らしき目印もありません。〝アレ?〟一瞬不安が顔をのぞかせます。
それでも、3人も仲間がいるという安心感からでしょうか。私たちには、談笑するほどの余裕がありました。
20分経ち、30分経ち、バスの到着時刻が過ぎてもバスは来ません。さらに15分。
バスがやってくる気配は一切なく、他にバスを待つ乗客もいません。不安を助長するかのように小雨が降ってきました。
私たちは予約表を見せあったり、もしかして遅延の連絡がきているのでは…と淡い期待を込めてメールチェックをしたりしました。でも何一つ情報を得られません。
待つ以外の打つ手がなくなった3人の間に沈黙が流れます。時間だけが過ぎていきました。
不穏な空気が漂う車内
何時間待ったのか分からなくなった頃、遠くでオレンジ色の光が瞬きました。
初めこそ「バスかも!」と顔を上げていた私たちですが、もう誰もそれをしません。でも光は確実にこちらに近付いてきていました。
オレンジ色のライトが雨の粒を照らします。大型のよく見かける普通のバスは私たちの前で止まり、静かに扉を開きました。「良かったね」うなずき合ってバスの中に一歩…。
入った瞬間、マズイ匂いがしました。古臭いというか、埃っぽいというか、手入れされていない車と、疲れ切った人間が醸し出す独特の匂いが渦巻いています。
〝これマズイ〟五感がそう語ります。座っている人々は皆うつむいていて余裕がない表情をしていました。旅のワクワク感など誰も持っていません。
チケットに表示された座席に進みます。歩くたびに床から変な音がしました。
掴んだ座席は固く軽く、いかにも安いプラスチックといった感じ。とても数か国を旅するバスとは思えませんでした。
予約した指定席に座っていたのは…
そのバスはすべて指定席でした。座席の空きを見て自分で席を決めるタイプの指定席です。
それなのに、私の指定席には既にほかの人が座っていました。「えっ!?」二度確認しますが、やっぱりそこは私の指定席。大柄な男の人がいびきをかいて眠っています。
運転手に伝えると「空いてるとこに座ってよ」と冷たい返事が返ってきました。仕方なく私は、比較的キレイな見た目のシートを選んでそこに座ります。
車内をよく見渡すと破れてプラスチックが剥き出しになった座席や、シートの部分が抜け落ちた座席などもチラホラ。なかなか悲惨な状態でした。
共に行動していた外国人女性の2人も、指定席は誰かに占領されていたらしく、バラバラに座っています。
〝ちょっと嫌な空気〟〝でもバス停に残って朝まで道路で過ごすよりマシ〟〝夜中にホテル探すのは厳しいよ〟
嫌な雰囲気のバスに乗るため自分にたくさん言い訳をしました。
劣悪な環境に詰め込まれる人々
比較的マシな見た目の座席に決めたものの、その席はリクライニングが壊れていて背もたれは90度に保たれたままビクともしません。
これで7時間はキツい。失敗に気付いた私は、次の停留所で座席を変えることを決意します。
意外にもバスはすぐ止まりました。グルリと周囲を観察、でも座れそうな座席はありませんでした。
「どこで拾ってきたの?」と聞きたくなるような灰色の毛布が置いてある座席、そこなら座れるかも知れません。でも…躊躇するほど毛布は汚れていました。
座席の移動を諦めた私は仕方なく前を見つめます。バスは本当にガタガタでした。一体どういう使い方をしたら、何年使ったら、こういう状態になるのか…。
これまで沢山の国で夜行バスを利用しましたが、一番古く・不衛生な状態でした。
バスがまた止まります。新しい乗客が入ってくることもありましたが、運転手が出ていくだけの時もありました。
何の停車なのか全く分からないSTOP。定刻より2時間以上遅れている理由はコレなのだと思いました。
またもやバスが止まります。「僕の座る場所がない!」新しい乗客は皆、同じ言葉を口にしました。
やがて座席は全席、人で埋まりました。例の毛布の座席にも人が座っています。それでもバスは止まり、席に座れなくなった人々が通路に座りだしました。
苦しい夜でした。バスには旅の高揚感ではなく絶望が漂っています。まるで難民キャンプか疎開へ行くような状態で、誰も何も言葉を発しません。
理由もなく何十回と停車を繰り返しながらも夜の間ずっとバスは走り続けました。
プラハに到着したけれど…
翌朝、バスが変な音を立てて停車しました。そこは、これまでの停車場所とは違って、誰がどう見てもバス停と分かるきちんとした場所でした。
人々が静かに降り始めます。憧れのプラハ。でも、誰も黄色い声をあげません。
疲れ切った顔と心でバスから降りると、昨夜一緒にバス待ちをした女性2人がいました。彼女たちも疲れ切った顔をしています。
「仲良くなったんだしお茶でも」なんて言う気力はお互いありません。私たちは言葉も交わさず引きずるように体を動かし別れました。
ブルガリアとルーマニアの想像を絶する貧困
アジアやアフリカ、南米を旅する中で沢山の貧困を見てきました。悲惨な現実に苦しい思いをしたこともあります。でも、このバスはレベルが違うものでした。関わってはいけないレベルの何かがそこにありました。
「どこを旅してもいいけど、ブルガリアとルーマニアだけは気を付けなよ」。昔バックパッカー仲間が言っていた言葉を思い出します。
彼いわく、ブルガリアとルーマニアの一部の地域の貧しさは日本人が理解できないレベルだそうで「現実を知ってから行け」と何度か釘を刺されました。
ヨーロッパの中でもっとも貧しい国に入るこの2国では、赤ちゃんの売買が問題になっています。
また、ルーマニアには一生を地下道で暮らす「マンホール・チルドレン」と呼ばれる子どもたちが存在します。薬を使ってその日暮らしをする子どもたちは生まれながら、もしくは後天的にHIVに感染している子が大多数で社会問題となっていました。
マンホールの中でハイハイをして遊ぶ幼児。その子を育てる女の子も12歳かそこらで、身売りをしては食料を調達します。生まれた時からそれが世界。
「ブルガリア発の観光客向けではないバスだよ。本当に大丈夫?」ブタペストでお世話になった宿のオーナーが繰り返し私に確認をしたのは、だからだったのでしょう。
そこまで考えが至らなかった自分の浅はかさを恨みます。〝過信してはいけない〟〝次は無事とは限らない〟旅のあり方を考えさせられる夜行バスでした。
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筆者プロフィール:R.香月(かつき)
大学卒業後、ライター&編集者として出版社や新聞社に勤務。
マイナーな国をメインに、世界中を旅する。
旅先で出会ったイスラム教徒と国際結婚。
出産&離婚&再婚を経て現在は2児の母。
公式HP:Lucia Travel