神々に寿命が生まれた物語 永遠の象徴、磐長姫(イワナガヒメ)とは?

この時代であっても、解き明かされることのない不思議。
古の時代に紡がれたこの国のはじまりを記した日本神話は、そんなところにもスポットを当てています。

寿命が生まれたわけ。
そのはじまりの物語に登場するのが、今回の主人公イワナガヒメです。
イワナガヒメは、永遠を象徴する神様。
繁栄を象徴する美しき妹コノハナサクヤヒメと共に描かれますが、この姉妹を中心に、ちょっと切ない物語が展開していきます。

永遠を表すはずのイワナガヒメ、なぜこの女神の物語から人間の命のさだめが生まれたのでしょうか。
さあ、一緒にみていくことにしましょう。

イワナガヒメとはどんな神様?

全名 石長比売(イワナガヒメ『古事記』)、磐長姫(イワナガヒメ『日本書紀』)
神祇 国津神(クニツカミ)
別名 岩永姫、岩長比売、苔牟須売神(コケムスメノカミ)など
大山津見神(オオヤマツミ)
姉妹 妹:木花之佐久夜毘売(コノハナサクヤヒメ)
神社 大室山浅間神社、雲見浅間神社、銀鏡神社、貴船神社など
神格 岩の神 山の神 寿命長久の神
ご神徳・ご利益 健康長寿、良縁成就、家庭円満、縁切り、安産など

山の神オオヤマツミの二人の娘

イワナガヒメは、岩を司る女神です。

山の神オオヤマツミの二人の娘

父神は、イザナギとイザナミの神生みで生まれた神々の一柱、山の神オオヤマツミ。
この神には他にも多くの子がいますが、広く知られるのがコノハナサクヤヒメ、そして今回の主人公イワナガヒメです。

妹コノハナサクヤヒメは、花の神。桜の花の化身とされ、華やかで見目麗しいことでも知られます。
繁栄を象徴するものの、同時に桜の命になぞられ、儚さの象徴でもあります。

イワナガヒメは、いつもこの美しい妹の陰になりがち。
永く変わることのない、頑強な岩の神として知られ、だいぶ地味な印象。
そして姿は「たいそう醜い」とされているのです。
イワナガヒメの容姿を巡り、この物語は始まります。

イワナガヒメという名前は何を意味する?

古事記では、イワナガヒメの「イワ」には石・岩が使われます。また日本書紀で使われているのは、磐の字。

硬い石や岩は、永くその姿を変えることはなく、恒久・永遠の象徴です。

また、イワナガヒメには、「コケムスヒメ」という別名も。
苔生す(こけむす)とは、じっと動かず、苔が生えるほどの永い永い時間の例えです。
岩などにつき、風雨に耐え忍ぶ苔のさまが思い浮かびます。

イワナガヒメという名前は何を意味する?

イワナガヒメにまつわる神話

さあ、寿命が生まれた物語をみていくことにしましょう。

それは天孫降臨、天照大神の孫である邇邇芸(ニニギ)が、高天原から地上に降り立ったそのあとの物語。

ニニギがコノハナサクヤヒメに一目惚れ

笠沙の御岬(かささのみさき)、現在の鹿児島県南さつま市笠沙町にある野間岬。
この笠沙は、ニニギが天降りはじめて宮居を定めたとされている場所です。

ある日ニニギは、ここで美しきコノハナサクヤヒメと出会い、一目で恋に落ちます。

ニニギがコノハナサクヤヒメに一目惚れ

「そなたは誰の娘か」
ニニギが尋ねると、「オオヤマツミの娘、名は神阿多都比売(カムアタツヒメ)、またの名をコノハナサクヤヒメと申します」と答えました。

「そなたには兄弟があるか」

「姉イワナガヒメがおります」

「私はそなたと結婚したいと思う。そなたはどう思うか」

「私からは申し上げられません。私の父オオヤマツミが申し上げるでしょう」

ニニギは、さっそくオオヤマツミに使者を遣わします。
オオヤマツミはこの縁談をたいへんに喜び、たくさんの結納の品を添え、コノハナサクヤヒメと一緒に姉イワナガヒメも送り出しました。

結婚による家同士の結びつきを非常に大切にした時代、一人の男性に姉妹が一緒に嫁ぐ、いわゆる姉妹連帯婚はよくあったことだったといいます。

娘二人を嫁がせたわけ

コノハナサクヤヒメとともに嫁いできた、姉神イワナガヒメの醜い姿を見ると、ニニギは恐れを抱き、その日のうちにオオヤマツミの元に帰してしまいました。

このことをオオヤマツミは大いに悲しみ、こう申し伝えました。

「イワナガヒメをおそばに置いていただければ、天津神の御子たちの命は何があろうとも石のように永遠に揺るがないものとなり、コノハナサクヤヒメをおそばに置いていただければ、花が咲くように栄えるよう、誓約して二人を送り出したのです。コノハナサクヤヒメ一人をとどめおいたとなれば、今後天津神の御子たちの命は、桜の花の如く儚いものとなるでしょう」

オオヤマツミが、イワナガヒメも一緒にニニギに嫁がせたことには、ニニギとその御子たちまで、命が桜の花のごとく見事に咲き誇り栄え、さらに岩のごとく永遠に続くように、との願いが込められていたのでした。

古事記では、オオヤマツミの誓約が成らなかったために寿命ができたと伝えられています。一方日本書紀では、受け入れられなかったイワナガヒメが恨み呪ったためと記されています。

世界に伝わる人間の寿命が生まれる神話

天孫ニニギがイワナガヒメをそばに留めずに返してしまったことで、天津神の永遠の命には限りができ、天津神の子孫である天皇にも、人間同様の寿命が生まれてしまいました。
日本書紀では、人間すべてに寿命が与えられたとしています。

どちらか一方を選んだことで寿命が生まれるという神話は、インドネシアやアフリカなど世界中に見られ、「バナナ型神話」と呼ばれます。

たとえば、インドネシア・スラウェシ島に伝わるのはこんな神話。
人間は創造神が天から縄に結んで下ろし与えてくれる贈り物で生きていた。
ある日、縄に結ばれて降りてきたのは、石だった。
人間が、他のものがよいと神に叫ぶと、神は代わりにバナナを結んで下ろしてくださった。人間がそのバナナを食べると、神は告げた。
「バナナは子ができると親の木は枯れて死ぬ。だからバナナの命のように、お前たちは死に、子が後を継ぐことになるだろう。石を取っていたら、石の命のように、お前たちの命も揺るがないものになっていただろう」

石を受け取っていれば永遠の命が与えられたが、バナナを選んだために命が限られたものになってしまったというお話。
ギリシャ神話などにも同じような説話がみられます。

磐の神イワナガヒメ

磐長姫とも表記されるイワナガヒメ。
この「磐」という字は、岩盤や地殻を形成するような、堅牢で巨大な岩石を指し、不変のさまを表しています。

そう聞くと、何とも無骨な印象の字ですが、とても奥深い意味を持つ字でもあります。

例えばこの字を用いた「常磐」。
長寿や繁栄といった、たいへん縁起のよい意味合いもあります。
常盤木は、常緑樹、千年生きるともいわれる松の木のことを指し、婚礼の衣装に用いられることも多い縁起のよい植物です。

また、磐がもう一つ持つのが、神聖な意味合い。
古来、信仰の対象であった場所や岩をさすのにもこの字が使われます。
神が降臨し、宿る岩のことを神聖なものとして、磐座(いわくら)といいます。

イワナガヒメをお祀りしている神社

イワナガヒメを御祭神とする神社には、とても興味深い由緒や言い伝えが残ります。

切ない思いをしたであろう、イワナガヒメ。そして妹のコノハナサクヤヒメ。
その心中までも窺い知ることができるような逸話が残される神社もあります。

浅間神社

浅間神社 北口本宮富士浅間神社 詩でたどる日本神社百選より

富士山信仰の神社、浅間神社。
全国に約1300社あるといわれる浅間神社は、霊峰富士山を神格化した浅間大神や、コノハナサクヤヒメを御祭神とし、その多くが富士山を望める場所に鎮座します。

その中には、イワナガヒメだけを御祭神として祀る神社もいくつかあります。

大室山浅間神社

静岡県伊東市のシンボル的存在、大室山。
約4000年前の噴火でできた、標高580mの火山、スコリア丘です。
緑の季節になると、青々としたなだらかな山肌が美しいシルエットを見せます。

大室山浅間神社は、その山頂、すり鉢状にぽっかり開いた噴火口を中ほどまで降りたところにある小さなお社。そこにイワナガヒメが祀られています。
山全体が国の天然記念物に指定されているため、登山は禁じられており、山頂まではリフトを利用。

山頂からはコノハナサクヤヒメに喩えられる富士山を望むことができます。
ただ、この大室山で富士山の美しさを褒めることは、禍の元になるともいわれています。イワナガヒメが嫉妬するというのです。
そのため、大室山の地元の方たちは、富士山には近づかない、なんていう話も。

700年もの間受け継がれてきた大室山の山焼き。毎年2月に行われる伝統行事で、伊東に春の訪れを告げます。

【大室山浅間神社】

所在地:静岡県伊東市池672−2

雲見浅間神社

伊豆半島の南西部、海辺に聳え立つ烏帽子山の頂にあります。
烏帽子山は、「火山の根」といわれるマグマの通り道が隆起してできた山で、切り立ったその形から、烏帽子の名がつきました。

天気のよい日には、駿河湾の彼方に富士山や南アルプスの連なる山々まで望むことができます。

急峻な階段や、木の根や岩を越えてたどり着いた先にある本殿、さらにその先には小さな展望台もあります。

この烏帽子山にも、富士山を褒めると海に振り落とされる、という言い伝えがあります。
また、烏帽子山が晴れる日、富士山は雲に隠れ、富士山が晴れ渡る日には烏帽子山の天候が悪いのだそう。
地元では、「富士」という言葉が禁句という話があるとかないとか。

雲見浅間神社は、国学者として知られる本居宣長の『古事記伝』にも登場します。
ニニギの元から返されたイワナガヒメが、この雲見の地に身を隠しました。
そんな姉を心配したコノハナサクヤヒメは、背伸びをして姉の様子を窺ってばかりいたので、どんどん背は伸び、スラリと美しい日本一の山になったのだそうです。

【雲見浅間神社】

所在地:静岡県賀茂郡松崎町雲見386−1

銀鏡神社

西都市の中心部から車で1時間ほど、九州山地の中央部、一ノ瀬川を遡った銀鏡川沿いにある歴史ある神社。
この銀鏡は、山深く険しい土地ながら、縄文の時代から人々が暮らしたと伝わります。

御祭神はイワナガヒメと父神オオヤマツミ、そして後醍醐天皇の皇子である懐良親王(かねよししんのう)の三柱。
御神体は、背後に聳える霊峰龍房山と、イワナガヒメと懐良親王それぞれの鏡二面です。

イワナガヒメの鏡がこの地に祀られるようになった物語が伝わっています。

ニニギから愛されないイワナガヒメは嘆き悲しみ、父オオヤマツミから譲り受けた鏡を取り出し覗き込んだ。
すると、そこに写り込んだの、は龍の如く、醜い姿。
思わず彼方に鏡を投げやると、その鏡は龍房山の頂にある大杉に引っかかった。

その鏡は昼夜問わず、麓の村を照らし続ける。
その村は白見村、鏡が銀であったことからその後銀鏡村と呼ばれるようになった。

その鏡を村人たちが持ち帰り祀ったのが、この銀鏡神社の起源といわれます。

またこの神社に伝えられる、銀鏡神楽。500年以上の歴史があり、この地からほとんど持ち出されることのない神楽です。
2022年には、この村の人々の暮らしと、銀鏡神楽を丁寧に追ったドキュメンタリー映画『銀鏡SHIROMI』が制作されました。

【銀鏡神社】

所在地:宮崎県西都市大字銀鏡492

貴船神社

京の奥座敷ともいわれる洛北・貴船。
全国に500社を超える貴船神社の総本宮、貴船神社です。

この地は「きぶね」と読みますが、社名は「きふね」。この地から湧き出る水が、清らかに濁らぬように、という祈りが込められています。

御祭神は、本宮が高龗神(タカオカミノカミ)、結宮(ゆいのみや)がイワナガヒメ、奥宮が闇龗神(クラオカミノカミ)。

タカオカミノカミ、クラオカミノカミは水を司る龍神として知られ、貴船神社も水源を司る神社とされています。

そしてこの貴船、「氣生根」とも記され、よい気が集まるように計画的に作られた京の都の中でも、万物のエネルギーが生まれ出る根源ともいわれ、気が満ち満ちた場所ともいわれているのです。

結宮に祀られているイワナガヒメは、ニニギに受け入れてもらうことができずに返されたのち、「吾ここに留まりて人々に良縁を授けん」と、この地に鎮まったのだと伝えられています。

平安の頃には、すでに縁結びの神として信仰を集めていたようです。
有名な歌人・和泉式部は、夫の心変わりに悩みこの神社に参り、見事夫の愛を取り戻したと伝わります。
そしていつしか、京都随一の縁結びのパワースポットになりました。

縁は男女の間にとどまらず、人と人、学問、仕事など、ありとあらゆる縁をとりもつ神様として、篤い信仰を集めています。

【貴船神社】

所在地:京都府京都市左京区鞍馬貴船町180

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イワナガヒメの永遠

ぼんやりと思い描く、永遠。
変わらないまま、果てがない。

永遠て、どこかかっこいい素敵な印象だったけれど、少し怖い言葉なのかもしれません。
それを一人で背負うイワナガヒメ。

イワナガヒメの切ない物語は、きっと私たちに“今”を生きる力をくれる物語。
限りがあるからこその、命の大切な意味と少しの安堵を伝えてくれている物語でもあるように思えます。

そして、日本各地の神社に伝わる豊かな逸話と、イワナガヒメの元を訪れるたくさんの人々。イワナガヒメは、ずっとずっと、愛され続けているようですね。


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