4月4日は清明節!中国の春を祝う行事とは?

「清明」…素敵な言葉ですよね。
「清明」は万物が清々しく明るく美しい頃のことで、春分から数えて15日後が二十四節気の「清明」です。二十四節気は一年を24に分けるので、15日ごとに変わります。春のこの頃は「春分」→「清明」→「穀雨」と気持ちのいい言葉が続きます。

二十四節気発祥の国、中国では清明はことさら大切な日で「清明節」として祝うのです。今回はそんな清明節に関して詳しく解説します。

清明節って何?

清明節とは中国の祝日で3連休となり、春の訪れを祝う日です。二十四節気のひとつで年によって日付が変わりますが、4月4日あるいは4月5日です。

  • 2025年4月4日(金)
  • 2026年4月5日(日)
  • 2027年4月5日(月)

日本でも同じ日が二十四節気の清明です。

日本に二十四節気が伝わってきたのは6世紀と言われています。仏教をはじめとして、中国から様々な文化が伝わってきた時代です。中国とは気候が若干異なりますが、春を祝う気持ちは同じです。現代ではお花見がこの時期の行事ですが、祝日ではありません。

中国の清明節とは

中国の清明節とは

中国での清明節は、先祖に見守ってもらい平和を祈る日です。中国では先祖を大切にする風習が残っているため、家族でお墓参りに出かけます。一年間風雨にさらされたお墓の掃除をして、お供え物をします。

ご先祖様を偲んで一緒に時を過ごすという意味では、日本のお盆とお彼岸を合わせたような日です。春のお彼岸の2週間後ですから季節は春爛漫です。

清明節は辛い冬の時期がようやく終わり、春が来たことへの喜びを満喫するお祝いでもあります。野山に出かけるにもちょうどいい気候ですね。

この日は中国では一年の中で重要な位置を占め、記念日であると同時に春を祝う日でもあります。ですから中国では3日間の連休となり、人々はお墓参りだけでなく春の行楽も楽しむのです。

清明節の起源

清明節の起源は漢の時代(約2000年前)あるいはもっと古く周の時代(約3000年前)など諸説あります。中でも有力なのが春秋時代の覇者、晋の文公(約2700年前)が起源となる説です。

文公の忠臣である介子推(かいしすい)は焼死します。それを憐れんだ文公が、数日間は火を使わずに冷たい食事すなわち「寒食」にするようにおふれを出します。このようにして「寒食節」の風習が生まれました。

この寒食節が、いつしか清明節に変わっていったとされています。
そのため清明節では、今でも冷たい食べ物の食事をする風習が残っているのです。

清明節の活動や風習

先祖を敬いお墓参りをするとともに、春の訪れを祝うお祭りでもある清明節。
お墓参りも春を祝う行事も、中国らしいダイナミックな風習があります。

日本人の目から見ると不思議な風習もあれば、共通するものもあるようです。
もちろん中国は広く、文化や風土もさまざまであり、中国全土で同じように行われているわけではありません。以下で詳しく紹介していきます。

お墓参りでお金を燃やす

清明節で行われるお墓参りは掃墓(サオムー)と呼ばれ、掃墓をするために一族とその縁者がお墓に集まります。これはお墓をきれいに掃除するのがメインの目的です。
お墓のまわりの草むしりやお墓の修復もすれば、土が削られていれば盛り土を行うこともあります。

お墓の整備が終わったら、次はお供え物です。食べ物やお酒等のご馳走を供えます。そして蝋燭に火をつけ、線香を焚きます。
お供え物として特徴的なのは、あの世のご先祖様が困らないように紙幣をお供えすることです。しかもあちらの世界に届くようにその紙幣を燃やします。

お墓参りでお金を燃やす 紙幣以外にも、紙で作られたスマホや車なども燃やされる

実はこの紙幣は「紙銭(ジーチェン)」と呼ばれる紙で作ったダミーで、お供え物として普及しているそうです。ですから燃やしても心配ありません。同じく紙で作った人形を並べることもあり、こちらはあの世のご先祖様にお仕えする従者なのだそうです。

最後にお墓に向かってお祈りをしますが、お辞儀や膝をつく、あるいは地にひれ伏す礼を3回します。さらに爆竹を鳴らすこともあります。このあたりも墓前に手を合わせる日本式とは違ってダイナミックです。

儀式への参加

お墓参りが終わると、その場で次の儀式が開催されます。一同が墓前に半円形に座って、肉を食べ、酒を飲みます。儀式とはご先祖様を交えた宴会のことです。

宴会をするために、墓前には広くスペースを確保してある場合が多いようです。この野外での宴会は、付近の家の人も招待されます。この人たちがいつも先祖のお墓を見守ってくれているお礼ですね。屋外での宴会は、日本のお花見の光景に似ています。

この宴会で食べられるのは、持ってきたお供え物などのご馳走です。寒食節の風習があるところでは、あえて冷たい食べ物を用意します。その地方に伝わるお惣菜や菓子などを、一族と地元の人とみんなで楽しみます。清明節のお墓参りは、賑やかでお祭りのようなイベントです。

清明節の食事

清明節のお墓参りの宴会で食べられるメニューをもう少し詳しく見ていきましょう。基本は「寒食節」ですから、冷たい食べ物です。もちろん地域によって違うため、代表的なものを紹介します。

【ゆで卵】

ゆで卵のような卵料理は喜ばれます。卵は新しい命の象徴であるため、墓前の宴会にはふさわしいご馳走です。ゆで卵と冷えた饅頭を食べる地域があります。また、ゆで卵と冷えたコーリャンご飯を食べる地域もあります。ゆで卵は人気の食材です。

【青団】

清明節のご馳走で最も親しまれているのは青団(よもぎ餅)です。
この時期は野原でよもぎの若葉が摘めますが、これを洗って水に浸し、もち米に混ぜます。さらに石臼で粉にし、黒砂糖の汁を入れ、蒸すと鮮やかな青緑の青団の出来上がりです。

蒸しあがったセイロのフタを開けると、台所はたちまちよもぎのいい香りに満たされます。薬膳の考え方では、よもぎ餅は目をよくし、解毒と熱冷ましに効果があり、月経を整えるとされています。人の身体の水分を調整する役割があるとか。

出来たては温かいのですが、寒食節用のご馳走なので、あえて冷まして食べることもあるようです。

青団 青団には甘いものとしょっぱいものがある。甘い方が一般的。

凧あげで幸運を願う

中国南部の地域では、凧あげ、綱引き、ブランコ遊びや弓矢の射的などが、春の野遊びの風習として残っています。

本来、凧あげは厄除け、あるいは不運が立ち去ることを祈るものでした。凧に自分の悩みを書き、凧が大空に舞い上がったら凧糸を切るのです。すると、邪気や悩みが風に乗って流されていきます。

清明節は厄を払い、縁起を担ぐ日です。この日に凧をあげる時は、亡くなった人の名前などを書き記します。凧あげはご先祖様へのメッセージや幸せを祈る気持ちを伝えます。自分では行けない天につながる凧に思いが込められ、あの世とのつながりを深めてくれると信じられているのです。

中国以外における清明節

清明節は中国の風習であり、まわりの地域にも文化として伝わっています。春を祝う気持ちは、どの国も同じということでしょう。

韓国やベトナム、シンガポール、マレーシアなどでもお祝いの風習が残っていますが、ここでは2つの地域の清明節を紹介します。

台湾の清明節

台湾の清明節も3連休の祝日で、基本はお墓参りです。ただし、台湾のお墓は原則として一人ずつ別々で、しかも家族であっても、一か所に集まってはいません。清明節のお墓参りも、別々の場所を全て回ります。お墓参りのスタンプラリーみたいですね。

食べ物としては、台湾式春巻きの「潤餅」が好まれます。春巻きの薄い皮で肉と野菜を包みます。こちらも寒食節に則っているので、冷めた状態の潤餅を食べるようです。

沖縄の清明節

清明節は沖縄にも「清明祭」という形で伝承されています。「清明」を沖縄の方言で「シーミー」と言いますが、そこに「御」を付けて「御清明」すなわち「ウシーミー」と呼ばれます。

清明節の時期にお墓参りをし、花や線香を供えます。お墓の前で賑やかに宴会をするのも似ていますよね。お供え物として重箱に入った料理が持参されます。お重には餅や豚肉、揚げ豆腐、魚の天ぷら、紅かまぼこなど、沖縄の料理が詰められています。料理をお重に詰めて賑やかに楽しむ様子は、さながらピクニックのようです。

先祖を想い、春を祝う清明節

日本のお花見は独特の習慣で、他の国では行わないと言われます。確かにソメイヨシノの下でビニールシートを敷いて行う宴会はないでしょう。

しかし清明節は、ほぼ同じ時期に中国などで楽しむ行事です。お墓参りなのでお墓をきれいにして、先祖を供養して、宴会をします。春の訪れを祝い、清々しく明るい季節を満喫します。

清明節は「中国版お盆」と言われることもありますが、実際は「お盆」と「お彼岸」と「お花見」をあわせたような家族で行うイベントです。国によって春の祝い方が異なるのも面白いですね。


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