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ドラマチックに、またどこかユーモラスに、この国で八百万の神が繰り広げるさまざまな物語、日本神話。
クシナダヒメという神様は、この日本神話の中でもとくに有名な物語、ヤマタノオロチ退治のヒロインとして登場します。
息を呑む恐ろしい大蛇との対峙、夫婦二柱が新しい生活を始める様子、さまざまな場面が展開するこの物語の中で、クシナダヒメはどんな存在として描かれているのでしょうか。 日本神話と一緒にクシダナヒメについてご紹介します。
日本の神様を紹介しているシリーズは こちら
クシナダヒメは、国津神である出雲国(=現在の島根県東部)の足名椎命(アシナヅチ)・手名椎命(テナヅチ)の8人娘の末っ子として生まれます。 ヤマタノオロチの生贄になるところを、スサノオに助けられ、妻となった神様です。
スサノオが牛頭天王と同体であるとされているため、牛頭天王の妻である歳徳神もクシナダヒメと同一視されることがあります。
クシナダヒメの両親アシナヅチ・テナヅチは、日本書紀では「脚摩乳・手摩乳」と表記されています。
ナヅ=撫づとも解釈され、「摩」という字は撫でるという意味も。 クシナダヒメは、アシナヅチ・テナヅチに足や手を撫でられ慈しまれ、大切に大切に育てられたとされています。
そこから「撫でるように可愛がられる子」という、「大和撫子(やまとなでしこ)」の語源になったともいわれている神様です。
クシナダヒメが登場する神話は、主に八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の伝説になります。 ヤマタノオロチ伝説は、高天原(=神々の生まれる場所、天上の世界)から追放されたスサノオが出雲国に降り立つことで幕が開きます。
ちなみに、出雲国をたびたび襲ったヤマタノオロチは、古事記では「八俣遠呂智」、日本書紀では「八岐大蛇」と表記されています。
さまざまな悪行をはたらき、高天原を追放されたスサノオ。 出雲国、肥の川(現在の斐伊川)の上流にある鳥髪(とりかみ)に降り立ち、涙に暮れる親子に出会います。
それが足名椎(アシナヅチ)・手名椎命(テナヅチ)の夫婦と、その幼い娘クシナダヒメでした。
スサノオは尋ねます。
なぜ泣いているのだ?
私にはもともと娘が8人おりました。 ところが高志(こし)に住む恐ろしい怪物ヤマタノオロチは、毎年やってきては娘たちを1人ずつ喰っていったのです。 また、今年もヤマタノオロチがやってくる季節がきたため、こうして泣いているのです。
ヤマタノオロチの姿形を尋ねられたアシナヅチは、こう答えます。
ヤマタノオロチの姿は、目は真っ赤な鬼灯(ほおずき)のよう。 胴体に八つの頭と八つの尾を持ち、身体には苔や檜・杉が生え、八つの谷、八つの尾根に渡るほどの長さで、腹からはいつでも血が滴っているのでございます。
その話を聞いたスサノオは、クシナダヒメを妻とすることを条件に、ヤマタノオロチの退治を申し出ました。
恐れながら、あなたがどなたか存じません。
私は天照大御神の弟、今しがた天から降り立ちました。
それは恐れ多いこと、娘を差し上げましょう。
こうして、クシナダヒメはスサノオの妻となります。
スサノオは、たちまちクシナダヒメを湯津爪櫛(ゆつつまぐし)に変え、結った自らの髪に挿し込みました。
記紀(=「古事記」「日本書紀」の総称)に度々登場する、湯津爪櫛。 湯津とは、神聖な、清浄なという意味を持つのだそう。櫛は、「奇し(不思議な、霊妙な)」が語源ともいわれ、古より特別な力を持つものとして扱われています。
この湯津爪櫛は、旺盛な生命力を持つ竹で作られており、魔除けとなったり、霊力を授かることができたりするとされます。 また、求婚の際に男性が女性に贈る風習があったため、婚姻を暗示するものといわれることも。
スサノオは、さっそくアシナヅチ・テナヅチにヤマタノオロチ退治の備えをさせます。
八塩折(やしおり)の酒を醸しなさい。そして垣根を張り巡らせ、そこに八つの門を作りその一つひとつに台を設えて、そこに酒樽を置く。それぞれに八塩折の酒を満たして待ちなさい。
八塩折の酒というのは、何度も繰り返し醸造した強い酒のことをいいます。
そうして待ち構えていると、轟たる地響きとともにヤマタノオロチが現れます。 そして、芳醇な酒の匂いにつられたのか、まんまとそれぞれの酒槽に頭を突っ込んで酒を飲み、酩酊し突っ伏して寝てしまうのです。
そこでスサノオが腰につけた十拳の剣(とつかのつるぎ)を抜いて、ヤマタノオロチを斬り付け、退治しました。
ちなみに、記紀の中では櫛に姿を変えられて以降、クシナダヒメの描写は出てきませんが、このあいだも湯津爪櫛に姿を変えたクシナダヒメは、スサノオの髪に挿しこまれたままでいました。
スサノオは櫛に姿を変えたクシナダヒメを身につけることで、古より生命の源であるとされた女性の力、また櫛の持つ魔力を得て、ヤマタノオロチを倒すことができたのかもしれません。
こうして、生贄となるはずのクシナダヒメはスサノオによって救われ、出雲国には平和がもたらされたのです。
無事にヤマタノオロチを退治したのち、スサノオとクシナダヒメは、ともに暮す宮を建てる場所を求め、出雲国を巡ります。
現在の島根県雲南市大東町に至ると、スサノオは、
この地に来りて 我が御心は 須賀須賀し。 (この地に来たら、心持ちが清々しいことだ)
として、この地に宮を造ることを決めました。それ以来、この地は須賀と名付けられたといいます。
宮を建てたとき、そこから雲が湧き立つさまをスサノオが歌に詠みました。
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を
この和歌は日本で初めて詠まれた和歌だといわれています。
そののち、スサノオとクシナダヒメは八嶋士奴美神(ヤシマジヌミノカミ)を授かりました。 日本書紀では、この時2人の間に生まれたのは、国造り国堅めをした大国主命であったと伝えています。
このヤマタノオロチ伝説についてはさまざまな解釈があり、どれも興味深いものばかりです。クシナダヒメが稲田の豊かな実りを司る神様とされている点については、どのような説があるのでしょうか?
古事記では「櫛名田比売」と表されるクシナダヒメ。 日本書紀では「奇稲田姫」と記されています。
奇とは、ものを称える美称として使われる古語。霊妙な、という意味があります。 霊妙は、「人間の知恵でははかり知れないほどすぐれていること、神秘的な尊さをそなえていること※」という意味です。
「稲田」に「奇」がかかる奇稲田姫とは、例えようのないほど美しく、豊かに実っている稲田を司る神ということ。 クシナダヒメは、稲作守護、五穀豊穣のご神徳をもつ神様として知られています。
一方、古事記の「櫛」は、クシナダヒメがスサノオによって櫛に変えられたことから当てられたとされています。
クシナダヒメは、古代出雲の農耕儀礼に関わり、毎年豊かな実りのために水神様をお迎えした巫女だったという解釈も。
ヤマタノオロチは恐ろしい大蛇や龍と表現されているのをみますが、古より蛇や龍は水や川を司る水神であるとされてきました。 稲作が国の成り立ちを支えてきた日本では、水神は田の神様とも深い関わりがあるとされています。
また、稲妻にもたとえられる蛇や龍。 雷が多い年は豊作となるという言い伝え(現代では科学的に解明されていますが)があり、古の時代「稲は、雷が当たることで子を宿す(=実る)」と考えられていたのだそうです。
そうなると、ただ恐ろしい怪物と生贄という関係ではなさそうですね。
クシナダヒメの両親であるアシナヅチ・テナヅチの名前に注目してみましょう。 古語特有のさまざまな解釈から、クシナダヒメが稲田の神であることも見えてきそうです。
このことから、クシナダヒメは稲の精霊の子として生まれたとも考えられるそうです。
また「足名椎」を「畦(あ)の土」、「手名椎」を「田の土」と理解すると、畦と田んぼがあり稲田となる、という解釈もできるのだそう。
このヤマタノオロチの物語は、たびたび氾濫し出雲の人々の暮らしを脅かしていた肥の川(現在の斐伊川)の治水を表しているとも伝えられます。
洪水を起こす肥の川は、生きて暴れるヤマタノオロチにたとえられ、クシナダヒメ…つまり豊かな水田を飲み込もうとします。
そこに登場したスサノオによって、ヤマタノオロチが退治された、つまり暴れ川の氾濫が治められたことで、稲田が豊かな実りを迎えることができたとも解釈されています。
スサノオはその数々のエピソードから、暴れん坊の神様というイメージを持っている人も少なくないはず。そのイメージの通り「荒ぶる神」ともいわれ、海や暴風雨を司る神ともいわれています。
暴風雨は豊かな実りを妨げる厄介者ともいえる存在ですが、この物語でのスサノオはヤマタノオロチを退治し、クシナダヒメを救った英雄。 さらには、垣を巡らせて妻を守ろうとしたり、穏やかな暮らしを思い描く和歌を詠んだスサノオは、かつての悪行を重ねた姿とはまるで別人のようです。
それは、きっとクシナダヒメの存在があったからこそ。 スサノオのおかげ、いえ実はクシナダヒメのおかげで、出雲に平和がもたらされたのかもしれません。
クシナダヒメは、全国の神社で稲田や五穀豊穣の神として祀られています。スサノオと一緒にお祀りされることが多く、夫婦和合や子授け、良縁成就などのご利益があるとして信仰を集めています。
とくに出雲には、このヤマタノオロチ退治にまつわる神社や旧跡・伝承が多く残り、いにしえの物語に思いを馳せることができます。
ヤマタノオロチを退治したのち、住む場所を求めて巡り歩いたスサノオとクシナダヒメ。 須賀を訪れたスサノオは「我が御心清々(すがすが)し」と言い、この地に宮殿を造り、鎮まったとされます。 記紀に伝えられている「須賀宮」であり、「日本初之宮」です。
スサノオは、この地に湧き立つ八重雲のさまを和歌に詠み、日本で初めて和歌が詠まれたとされる地でもあります。
この神社は本社と奥宮の二宮言詣りの習わし。奥宮は、本殿裏手にそびえる八雲山から御室山の中腹にあります。
八雲山から流れ落ちる湧水で手水を行い、勾配のある木で作られた階段を登っていくと、大小三つの岩からなる磐座(いわくら)があります。
その三つの岩には、スサノオ、クシナダヒメ、その子清之湯山主三名狭漏彦八島野命(スガノユヤマヌシミナサロヒコヤシマノミコト)が鎮座されています。
【須我神社】
所在地:島根県雲南市大東町須賀260
アシナズチとテナズチがこの稲田の地で耕作していた際、テナズチがにわかに産気づき、クシナダヒメはこの稲田地区で生まれたとされています。
もともとは稲原の稲田に小さな祠があり、「稲田明神」として地元に親しまれてきましたが、昭和初頭に南の矢入に遷されました。
近くには、クシナダヒメ誕生の際に産湯として使われたという「産湯の池」があります。また、クシナダヒメのへその緒を切るために使った竹から萌芽したと伝えられる「笹宮」もみることができます。こんもりと茂った笹は、地元の方々によって大切にされています。
この笹は毎年花を咲かせ実をつけるといわれ、ヤマタノオロチ退治のために醸した八塩折の酒には、この笹の実が入れられたとも伝わります。
【稲田神社】
所在地:島根県仁多郡奥出雲町稲原2128−1
スサノオが詠んだ「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣造る その八重垣を」の和歌から名がついた神社です。 境内奥「佐久佐女(さくさめ)の森」は、クシナダヒメがヤマタノオロチから身を隠していたといわれる場所。
クシナダヒメも姿を映したと伝わる「鏡の池」では、縁占いができます。小銭を乗せた半紙を水面に浮かべて、その行方でご縁を占うというものです。
また、宝物収蔵庫ではたいへん貴重な壁画を見ることができます。 そこに描かれているのはスサノオ、クシナダヒメのほか、天照大御神、市杵島姫命、アシナズチ・テナズチの六神像。
平安時代の宮廷画家によるとされ、古びた色合いながらも神社建築史上類をみない貴重な壁画であり、国の重要文化財にも指定されています。
【八重垣神社】
所在地:島根県松江市佐草町227
埼玉をはじめ、関東一円に280数社あるといわれる氷川神社の総本山。「大いなる宮居」として、大宮の地名の由来となった2500年以上ともいわれる歴史ある神社です。
出雲の国の杵築大社(出雲大社)を遷して、氷川神社の神号を賜ったとされます。
この一帯は出雲族が開拓したとも伝わり、「氷川」というのは、ヤマタノオロチ退治の舞台出雲の肥の川、現在の斐伊川を由来とするといわれています。
【武蔵一宮 氷川神社】
所在地:埼玉県さいたま市大宮区高花町1−407
四条通のどんつき、日本屈指の花街祇園にある八坂神社。平安遷都より古くからこの地に鎮座し、京都の人々に「祇園さん」「八坂さん」と呼ばれ、親しまれています。
京都の夏を彩る祇園祭は、この八坂神社の祭礼。 平安初期、全国で流行った疫病は牛頭天王の祟りであるとされ、平安京の禁苑であった神泉苑で御霊会を行い、疫神怨霊を鎮めたことが起源です。
もともと八坂神社は、古代インドの僧院である祇園精舎の守護神、牛頭天王を祀り「祇園社」という名でした。 この牛頭天王は神仏習合でスサノオであるとされ、現在、八坂神社本殿のご祭神は、スサノオ・クシナダヒメ、さらにその子どもの八柱、クシナダヒメの両親アシナズチ・テナズチです。
【八坂神社】
所在地:京都府京都市東山区祇園町北側625
角度によって絵柄が変わるチェンジングカードのおみくじです。表面には日本の神さまが、裏面には助言が記載されています。 ※クシナダヒメはラインナップに含まれておりません。
岩座が開催する学びの場「COTOAGE」から生まれたノート。学びの助けとなる「神様の系図一覧」「天岩戸神話あらすじ」付き。神社へお出かけの際、気付きや想いを書き留めておくのにおすすめです。
どちらも店舗での取り扱いがございますので、岩座公式オンラインショップまたはお近くの店舗にておむかえください。
ヤマタノオロチの生贄となるところを、スサノオに救われたクシナダヒメ。
物語がダイナミックに展開していく中で、クシナダヒメは何か言葉を発することもなく、スサノオに櫛に姿を変えられ、スサノオの髪に挿しこまれたまま。 それなのに、物語の中心に静かに立っているようにも感じられます。
まさに嵐の中にあって、穏やかに凛とした佇まいを感じさせる不思議な存在感がある神様。
強い力で物事を動かすのではなく、その時々で流れに身をまかせつつ、よき方向に向かうように支える。
私たちの身近にいる神様は、きっとこんな神様なのではないだろうか、そうだったらいいな、そんなふうに感じさせてくれるクシナダヒメなのです。
ドラマチックに、またどこかユーモラスに、この国で八百万の神が繰り広げるさまざまな物語、日本神話。
クシナダヒメという神様は、この日本神話の中でもとくに有名な物語、ヤマタノオロチ退治のヒロインとして登場します。
息を呑む恐ろしい大蛇との対峙、夫婦二柱が新しい生活を始める様子、さまざまな場面が展開するこの物語の中で、クシナダヒメはどんな存在として描かれているのでしょうか。
日本神話と一緒にクシダナヒメについてご紹介します。
日本の神様を紹介しているシリーズは こちら
目次
クシナダヒメとはどんな神様?
久志伊奈太美等与麻奴良比売(クシイナダミトヨマヌラヒメ)
櫛田神社など
クシナダヒメは、国津神である出雲国(=現在の島根県東部)の足名椎命(アシナヅチ)・手名椎命(テナヅチ)の8人娘の末っ子として生まれます。
ヤマタノオロチの生贄になるところを、スサノオに助けられ、妻となった神様です。
スサノオが牛頭天王と同体であるとされているため、牛頭天王の妻である歳徳神もクシナダヒメと同一視されることがあります。
大和撫子の語源?大切に育てられた末娘
クシナダヒメの両親アシナヅチ・テナヅチは、日本書紀では「脚摩乳・手摩乳」と表記されています。
ナヅ=撫づとも解釈され、「摩」という字は撫でるという意味も。
クシナダヒメは、アシナヅチ・テナヅチに足や手を撫でられ慈しまれ、大切に大切に育てられたとされています。
そこから「撫でるように可愛がられる子」という、「大和撫子(やまとなでしこ)」の語源になったともいわれている神様です。
クシナダヒメに関する神話
クシナダヒメが登場する神話は、主に八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の伝説になります。
ヤマタノオロチ伝説は、高天原(=神々の生まれる場所、天上の世界)から追放されたスサノオが出雲国に降り立つことで幕が開きます。
ちなみに、出雲国をたびたび襲ったヤマタノオロチは、古事記では「八俣遠呂智」、日本書紀では「八岐大蛇」と表記されています。
三貴子の末弟、須佐之男命(スサノオ)との出会い
さまざまな悪行をはたらき、高天原を追放されたスサノオ。
出雲国、肥の川(現在の斐伊川)の上流にある鳥髪(とりかみ)に降り立ち、涙に暮れる親子に出会います。
それが足名椎(アシナヅチ)・手名椎命(テナヅチ)の夫婦と、その幼い娘クシナダヒメでした。
スサノオは尋ねます。
なぜ泣いているのだ?
私にはもともと娘が8人おりました。
ところが高志(こし)に住む恐ろしい怪物ヤマタノオロチは、毎年やってきては娘たちを1人ずつ喰っていったのです。
また、今年もヤマタノオロチがやってくる季節がきたため、こうして泣いているのです。
ヤマタノオロチの姿形を尋ねられたアシナヅチは、こう答えます。
ヤマタノオロチの姿は、目は真っ赤な鬼灯(ほおずき)のよう。
胴体に八つの頭と八つの尾を持ち、身体には苔や檜・杉が生え、八つの谷、八つの尾根に渡るほどの長さで、腹からはいつでも血が滴っているのでございます。
その話を聞いたスサノオは、クシナダヒメを妻とすることを条件に、ヤマタノオロチの退治を申し出ました。
恐れながら、あなたがどなたか存じません。
私は天照大御神の弟、今しがた天から降り立ちました。
それは恐れ多いこと、娘を差し上げましょう。
こうして、クシナダヒメはスサノオの妻となります。
スサノオは、たちまちクシナダヒメを湯津爪櫛(ゆつつまぐし)に変え、結った自らの髪に挿し込みました。
湯津爪櫛(ゆつつまぐし)とは?
記紀(=「古事記」「日本書紀」の総称)に度々登場する、湯津爪櫛。
湯津とは、神聖な、清浄なという意味を持つのだそう。櫛は、「奇し(不思議な、霊妙な)」が語源ともいわれ、古より特別な力を持つものとして扱われています。
この湯津爪櫛は、旺盛な生命力を持つ竹で作られており、魔除けとなったり、霊力を授かることができたりするとされます。
また、求婚の際に男性が女性に贈る風習があったため、婚姻を暗示するものといわれることも。
恐ろしい大蛇、ヤマタノオロチとの戦い
スサノオは、さっそくアシナヅチ・テナヅチにヤマタノオロチ退治の備えをさせます。
八塩折(やしおり)の酒を醸しなさい。そして垣根を張り巡らせ、そこに八つの門を作りその一つひとつに台を設えて、そこに酒樽を置く。それぞれに八塩折の酒を満たして待ちなさい。
八塩折の酒というのは、何度も繰り返し醸造した強い酒のことをいいます。
そうして待ち構えていると、轟たる地響きとともにヤマタノオロチが現れます。
そして、芳醇な酒の匂いにつられたのか、まんまとそれぞれの酒槽に頭を突っ込んで酒を飲み、酩酊し突っ伏して寝てしまうのです。
そこでスサノオが腰につけた十拳の剣(とつかのつるぎ)を抜いて、ヤマタノオロチを斬り付け、退治しました。
ちなみに、記紀の中では櫛に姿を変えられて以降、クシナダヒメの描写は出てきませんが、このあいだも湯津爪櫛に姿を変えたクシナダヒメは、スサノオの髪に挿しこまれたままでいました。
スサノオは櫛に姿を変えたクシナダヒメを身につけることで、古より生命の源であるとされた女性の力、また櫛の持つ魔力を得て、ヤマタノオロチを倒すことができたのかもしれません。
こうして、生贄となるはずのクシナダヒメはスサノオによって救われ、出雲国には平和がもたらされたのです。
スサノオとの暮らし
無事にヤマタノオロチを退治したのち、スサノオとクシナダヒメは、ともに暮す宮を建てる場所を求め、出雲国を巡ります。
現在の島根県雲南市大東町に至ると、スサノオは、
この地に来りて 我が御心は 須賀須賀し。
(この地に来たら、心持ちが清々しいことだ)
として、この地に宮を造ることを決めました。それ以来、この地は須賀と名付けられたといいます。
宮を建てたとき、そこから雲が湧き立つさまをスサノオが歌に詠みました。
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を
盛んに湧き立つ雲が八重の垣を巡らせている妻を守るために私も幾重にも雲を巡らせて垣を造ろう、あの素晴らしい八重垣のように
この和歌は日本で初めて詠まれた和歌だといわれています。
そののち、スサノオとクシナダヒメは八嶋士奴美神(ヤシマジヌミノカミ)を授かりました。
日本書紀では、この時2人の間に生まれたのは、国造り国堅めをした大国主命であったと伝えています。
クシナダヒメが稲田の神様といわれる理由
このヤマタノオロチ伝説についてはさまざまな解釈があり、どれも興味深いものばかりです。クシナダヒメが稲田の豊かな実りを司る神様とされている点については、どのような説があるのでしょうか?
クシナダヒメという名の由来
古事記では「櫛名田比売」と表されるクシナダヒメ。
日本書紀では「奇稲田姫」と記されています。
奇とは、ものを称える美称として使われる古語。霊妙な、という意味があります。
霊妙は、「人間の知恵でははかり知れないほどすぐれていること、神秘的な尊さをそなえていること※」という意味です。
「稲田」に「奇」がかかる奇稲田姫とは、例えようのないほど美しく、豊かに実っている稲田を司る神ということ。
クシナダヒメは、稲作守護、五穀豊穣のご神徳をもつ神様として知られています。
一方、古事記の「櫛」は、クシナダヒメがスサノオによって櫛に変えられたことから当てられたとされています。
※引用:日本国語大辞典実は水神と巫女の関係?
クシナダヒメは、古代出雲の農耕儀礼に関わり、毎年豊かな実りのために水神様をお迎えした巫女だったという解釈も。
ヤマタノオロチは恐ろしい大蛇や龍と表現されているのをみますが、古より蛇や龍は水や川を司る水神であるとされてきました。
稲作が国の成り立ちを支えてきた日本では、水神は田の神様とも深い関わりがあるとされています。
また、稲妻にもたとえられる蛇や龍。
雷が多い年は豊作となるという言い伝え(現代では科学的に解明されていますが)があり、古の時代「稲は、雷が当たることで子を宿す(=実る)」と考えられていたのだそうです。
そうなると、ただ恐ろしい怪物と生贄という関係ではなさそうですね。
稲の精霊の娘?
クシナダヒメの両親であるアシナヅチ・テナヅチの名前に注目してみましょう。
古語特有のさまざまな解釈から、クシナダヒメが稲田の神であることも見えてきそうです。
このことから、クシナダヒメは稲の精霊の子として生まれたとも考えられるそうです。
また「足名椎」を「畦(あ)の土」、「手名椎」を「田の土」と理解すると、畦と田んぼがあり稲田となる、という解釈もできるのだそう。
参考:國學院大学「古典文化学」事業 神名データベースヤマタノオロチ=川としている?
このヤマタノオロチの物語は、たびたび氾濫し出雲の人々の暮らしを脅かしていた肥の川(現在の斐伊川)の治水を表しているとも伝えられます。
洪水を起こす肥の川は、生きて暴れるヤマタノオロチにたとえられ、クシナダヒメ…つまり豊かな水田を飲み込もうとします。
そこに登場したスサノオによって、ヤマタノオロチが退治された、つまり暴れ川の氾濫が治められたことで、稲田が豊かな実りを迎えることができたとも解釈されています。
横暴なスサノオをヒーローに変えたことから?
スサノオはその数々のエピソードから、暴れん坊の神様というイメージを持っている人も少なくないはず。そのイメージの通り「荒ぶる神」ともいわれ、海や暴風雨を司る神ともいわれています。
暴風雨は豊かな実りを妨げる厄介者ともいえる存在ですが、この物語でのスサノオはヤマタノオロチを退治し、クシナダヒメを救った英雄。
さらには、垣を巡らせて妻を守ろうとしたり、穏やかな暮らしを思い描く和歌を詠んだスサノオは、かつての悪行を重ねた姿とはまるで別人のようです。
それは、きっとクシナダヒメの存在があったからこそ。
スサノオのおかげ、いえ実はクシナダヒメのおかげで、出雲に平和がもたらされたのかもしれません。
クシナダヒメをお祀りしている神社
クシナダヒメは、全国の神社で稲田や五穀豊穣の神として祀られています。スサノオと一緒にお祀りされることが多く、夫婦和合や子授け、良縁成就などのご利益があるとして信仰を集めています。
とくに出雲には、このヤマタノオロチ退治にまつわる神社や旧跡・伝承が多く残り、いにしえの物語に思いを馳せることができます。
須我神社/島根県
ヤマタノオロチを退治したのち、住む場所を求めて巡り歩いたスサノオとクシナダヒメ。
須賀を訪れたスサノオは「我が御心清々(すがすが)し」と言い、この地に宮殿を造り、鎮まったとされます。
記紀に伝えられている「須賀宮」であり、「日本初之宮」です。
スサノオは、この地に湧き立つ八重雲のさまを和歌に詠み、日本で初めて和歌が詠まれたとされる地でもあります。
この神社は本社と奥宮の二宮言詣りの習わし。奥宮は、本殿裏手にそびえる八雲山から御室山の中腹にあります。
八雲山から流れ落ちる湧水で手水を行い、勾配のある木で作られた階段を登っていくと、大小三つの岩からなる磐座(いわくら)があります。
その三つの岩には、スサノオ、クシナダヒメ、その子清之湯山主三名狭漏彦八島野命(スガノユヤマヌシミナサロヒコヤシマノミコト)が鎮座されています。
【須我神社】
所在地:島根県雲南市大東町須賀260
稲田神社/島根県
アシナズチとテナズチがこの稲田の地で耕作していた際、テナズチがにわかに産気づき、クシナダヒメはこの稲田地区で生まれたとされています。
もともとは稲原の稲田に小さな祠があり、「稲田明神」として地元に親しまれてきましたが、昭和初頭に南の矢入に遷されました。
近くには、クシナダヒメ誕生の際に産湯として使われたという「産湯の池」があります。また、クシナダヒメのへその緒を切るために使った竹から萌芽したと伝えられる「笹宮」もみることができます。こんもりと茂った笹は、地元の方々によって大切にされています。
この笹は毎年花を咲かせ実をつけるといわれ、ヤマタノオロチ退治のために醸した八塩折の酒には、この笹の実が入れられたとも伝わります。
【稲田神社】
所在地:島根県仁多郡奥出雲町稲原2128−1
八重垣神社/島根県
スサノオが詠んだ「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣造る その八重垣を」の和歌から名がついた神社です。
境内奥「佐久佐女(さくさめ)の森」は、クシナダヒメがヤマタノオロチから身を隠していたといわれる場所。
クシナダヒメも姿を映したと伝わる「鏡の池」では、縁占いができます。小銭を乗せた半紙を水面に浮かべて、その行方でご縁を占うというものです。
また、宝物収蔵庫ではたいへん貴重な壁画を見ることができます。
そこに描かれているのはスサノオ、クシナダヒメのほか、天照大御神、市杵島姫命、アシナズチ・テナズチの六神像。
平安時代の宮廷画家によるとされ、古びた色合いながらも神社建築史上類をみない貴重な壁画であり、国の重要文化財にも指定されています。
【八重垣神社】
所在地:島根県松江市佐草町227
武蔵一宮 氷川神社/埼玉県
埼玉をはじめ、関東一円に280数社あるといわれる氷川神社の総本山。「大いなる宮居」として、大宮の地名の由来となった2500年以上ともいわれる歴史ある神社です。
出雲の国の杵築大社(出雲大社)を遷して、氷川神社の神号を賜ったとされます。
この一帯は出雲族が開拓したとも伝わり、「氷川」というのは、ヤマタノオロチ退治の舞台出雲の肥の川、現在の斐伊川を由来とするといわれています。
【武蔵一宮 氷川神社】
所在地:埼玉県さいたま市大宮区高花町1−407
八坂神社/京都府
四条通のどんつき、日本屈指の花街祇園にある八坂神社。平安遷都より古くからこの地に鎮座し、京都の人々に「祇園さん」「八坂さん」と呼ばれ、親しまれています。
京都の夏を彩る祇園祭は、この八坂神社の祭礼。
平安初期、全国で流行った疫病は牛頭天王の祟りであるとされ、平安京の禁苑であった神泉苑で御霊会を行い、疫神怨霊を鎮めたことが起源です。
もともと八坂神社は、古代インドの僧院である祇園精舎の守護神、牛頭天王を祀り「祇園社」という名でした。
この牛頭天王は神仏習合でスサノオであるとされ、現在、八坂神社本殿のご祭神は、スサノオ・クシナダヒメ、さらにその子どもの八柱、クシナダヒメの両親アシナズチ・テナズチです。
【八坂神社】
所在地:京都府京都市東山区祇園町北側625
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※クシナダヒメはラインナップに含まれておりません。
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まとめ:そこにいる、クシナダヒメの存在感
ヤマタノオロチの生贄となるところを、スサノオに救われたクシナダヒメ。
物語がダイナミックに展開していく中で、クシナダヒメは何か言葉を発することもなく、スサノオに櫛に姿を変えられ、スサノオの髪に挿しこまれたまま。
それなのに、物語の中心に静かに立っているようにも感じられます。
まさに嵐の中にあって、穏やかに凛とした佇まいを感じさせる不思議な存在感がある神様。
強い力で物事を動かすのではなく、その時々で流れに身をまかせつつ、よき方向に向かうように支える。
私たちの身近にいる神様は、きっとこんな神様なのではないだろうか、そうだったらいいな、そんなふうに感じさせてくれるクシナダヒメなのです。