巨石ハンターの磐座探訪 その2「上州の磐座(いわくら)」

私の故郷、群馬県は「上毛」「上毛野国」また「上州」との別名があります。今回、上州のいくつかの磐座、巨石信仰を紹介します。

写真・文 須田郡司
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迦葉山弥勒寺:群馬県沼田市

沼田市の北、標高約1322mの山中にあり、杉が生い茂る参道はまさに深山幽谷といった雰囲気の中に迦葉山 龍華院 弥勒寺(かしょうざん りゅうげいん みろくじ)はあります。
桓武天皇の皇子葛原親王の発願で、円仁慈覚大師(えんにんじかくだいし)が嘉祥元年(848)に開祖したという曹洞宗の名刹です。東京高尾山の薬王院、栃木県鹿沼の古峰神社とともに関東三大天狗の一つとして知られています。

本殿には顔の長さ6.5m、鼻の高さ2.8mという大天狗面が奉納されている。大小さまざまな天狗面とともに祭られており、その眺めは圧巻です。

上州の磐座01
迦葉山龍華院弥勒寺の天狗面

迦葉山参りでは、最初の年、中峯堂から天狗面を借りて帰り、次にお参りする機会に借りた面を持ち、さらに門前の店で新しい面を購入して、寺に納め、また別の面を借りてくるという、習わしになっています。群馬県人なら誰でも知っている上毛かるたに「繭と生糸は日本一」とあります。群馬は養蚕が盛んな地域で、迦葉山は特に養蚕農家の人々の篤い信仰に支えられているのです。

迦葉山には古くより伝わる「天狗伝説」があります。今から約900年前、迦葉山で修行を積んだ中峰尊(ちゅうほうそん)という僧侶は、人力では決して登れない場所まで修行者を導く神通力を持っていたと言います。

晩年、中峰尊は亡くなる直前に、「我釈迦の化身にして既に権化の業を了せり自今上天して末世の衆生を抜苦興楽せしめん(私はお釈迦様の生まれ変わりです。僧として生まれ変わり、やるべきことは全て行いました。これからはこの山に宿り、人々の幸せを祈っています。)」と言い昇天し、その後、天狗の面だけが残されたと言われています。

弥勒寺から迦葉山への山道を上ると奥の院のある和尚台と呼ばれる巨岩があります。

上州の磐座02
和尚台の巨岩

和尚台は、岩が洞窟状になっていて胎内くぐりができます。鉄の鎖を上ると祠があり、さらに岩上へと鎖で登ることができるのです。

上州の磐座03
和尚台の胎内くぐりとお堂

15年ほど前、NPO法人東京自由大学の夏合宿で、10数名の方を和尚台にご案内したことがあります。胎内潜りでさらに上ると巨岩に打ち込まれた杭と鎖を頼って上るのですが、足を踏み外したりしたらあの世へ行ってしまうような危険な場所でもあるのです。

岩上へ登頂したのは数名だけでした。狭い岩上からは、上州の山々を手にとるように見ることができました。迦葉山は修験の山として岩の荒々しさと、洞窟が持つどこか包み込んでくれる優しさがある山です。

また、今から30数年前、私の母が亡くなったことをきっかけに、自分とゆかりのある場所でセルフポートレイトを撮るセルフドキュメントというシリーズで撮影していた時期があります。

自分が生まれた部屋から始まり、家屋、土蔵、近所の神社、巨木、山、岩などで撮影しました。その時、ここ和尚台の洞窟内で撮影した時、まるで胎内回帰をしたような不思議な安らぎと、大地と一体化したような心地になったのです。聖なる岩は、人間を癒す力があるのではと思える体験でした。

上州の磐座04
和尚台でのセルフポートレイト

三夜沢赤城神社の櫃石:群馬県前橋市

赤城南麓を走る国道353線から参道の松並木の側道を北上すると、杉に囲まれた神社が現れます。
三夜沢赤城神社(みよさわあかぎじんじゃ)の境内にある樹齢1000年を優に超える大きな杉は「たわらスギ」と呼ばれ、平将門を滅ぼしたことで知られる藤原秀郷の寄進と伝えられ、県指定天然記念物に指定されています。
西暦1556年の建立記録が残る「惣門」や、神明造の「本殿」、また極彩色に彩られた「本殿 内宮殿」など多くの県指定重要文化財があります。

927年にまとめられた神社の一覧である「延喜式神名帳(えんぎしき じんみょうちょう)」には「赤城神社」が記されていて、その後裔とされる神社は三つあり、そのうちの二つが赤城山にありますが、どれが本当の後裔なのかはわかっていません。
三夜沢赤城神社は、関東地方を中心として全国に約300社ある赤城神社の、本宮と推測されるうちの1つで、有力な候補の神社です。

この神社のもう一つの魅力は、湧水が湧き出でていることです。この湧き水は、美味しく多くの人が汲みに訪れています。
三夜沢赤城神社境内から赤城山中を約1.3km登ったところにあるのが、「櫃石(ひついし)」と呼ばれる巨石を中心とする祭祀遺跡です。巨石の大きさは長径4.7m、短径2.7m、高さ2.8m、周囲12.2m。周辺からは多くの祭祀物が見つかっており、群馬県指定史跡に指定されています。

上州の磐座05
赤城山の櫃石(ひついし)

榛名神社の御姿岩:群馬県高崎市

最後に上州の巨石信仰を象徴する神社、それは榛名山の中腹にある榛名神社です。
榛名神社は、赤城山・妙義山と共に上毛三山の1つとされる榛名山の神を祀る神社で、主祭神は火の神・火産霊神(ホムスビノカミ)と土の神・埴山姫神(ハニヤマヒメノカミ)を祀り、古来より鎮火、開運、五穀豊穣、商売繁盛のご利益があるといわれています。

雨乞いの神社として、また山岳信仰である修験道の霊場として古くから榛名山信仰の参拝者を集めてきました。

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榛名神社の随神門

榛名神社は、「巖山(いわやま)」とも呼ばれる15万平方メートルの広い境内地を持ち、多くの奇岩・巨石が林立しています。山門を潜り沢沿いの小道をしばらく歩くと、三重塔が現れます。

上州の磐座07
榛名神社の三重塔「神宝殿」

これは元来仏教施設でしたが、神仏分離で破壊を免れた貴重な塔です。神社とお寺が混在していた頃の名残を留める群馬県内唯一の塔だといいます。明治2年(1869)の再建で、現在は神宝殿と呼んでいます。

神社に近づくと社務所、そして双龍門が見えてきます。双龍門は、龍の彫刻や水墨画が描かれていることから双龍門と呼ばれています。辺りはすっかり深山霊谷の趣に変わり、奇岩・怪石が周りを囲んでいます。榛名神社は、第31代用明天皇(585~587)の時代に創建されたといわれ、「延喜式神名帳」の中に「上野国十二社」の一つとして載っている由緒ある神社です。

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榛名神社と御姿岩

榛名神社は大きな岩に食い込むように建てられています。神社の裏に聳える高さ48mもの巨岩が御姿岩(みすがたいわ)です。巨岩の洞窟内に本殿の内陣が造られ、ご祭神が祭祀されているのです。内陣は、祭神を祭る場であるが神職者さえも見ることのできない「秘中の秘」とされ、60年ごと、丙午の年に一度だけ扉が開けられるともいいます。御姿岩は窟でもあり、石神的な存在に見えます。榛名神社の信仰は、この巨石信仰から始まったものと考えられています。

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御姿岩

御姿岩の首元に立てられた御幣は、4月30日の御嶽祭神事で毎年取り替えられています。
神仏習合の頃、榛名神社のご祭神である満行権現の本地仏が地蔵菩薩であり、岩の形が地蔵菩薩が立った姿に似ていることから地蔵岩と呼ばれていました。境内の案内板によると、「徳川時代末期に至る迄神仏習合の時代が続き、満行宮榛名寺などと称えて、上野寛永寺に属し、別当兼学頭が派遣されて一山を管理していたが、明治初年神仏分離の改革によって榛名神社として独立。社殿は寛政四年の改築(170余年前)、御祭神は後に立っている御姿岩の洞窟中に祀られている」とあります。

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九折(つづら)岩

榛名神社の境内を抜けて榛名山に向かう散策路(関東ふれあいの道)沿いに「九折(つづら)岩」と呼ばれる奇岩があります。
榛名川沿いの自然歩道を20分ほど歩くと、どこか天に向かって伸びる巨大な生き物のような岩、スカートをはいた女性のようにも見えます。岩が積み重なっているような様子をつづら折りに見立てたのが、その名の起こりだといいます。

千数百年を越える榛名山の歴史のなかで、神道・仏教・修験道、神仏習合・神仏離合など、時代の変遷によって祀られる神は大きく変わりました。

御姿岩は、明治以前は地蔵岩と呼ばれ名称は変わったとしても、その根源である巨石信仰は変わりません。石の聖地が、より普遍的な存在である証拠でもあります。

須田郡司さんの作品紹介

本記事を執筆いただいた須田郡司さんの1部の作品を岩座にて取り扱っております。
岩座の店舗でも販売しておりますので、ぜひお手に取って磐座のもつ魅力を感じてみてください。

上州の磐座12
写真集 左:日本の巨石 イワクラの世界 右:石の聲を聴け(店舗のみ販売)

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須田郡司

ライタープロフィール:須田郡司

写真家・巨石ハンター・石の語りべ。1962年、群馬県沼田市生まれ。沖縄在住。琉球大学法文学部史学科地理学専攻・写真専門学校卒業。雑誌カメラマンを経て独立。国内や世界50カ国以上を訪ね、聖なる石や巨石を撮影。日本石巡礼(2003~2006)、世界石巡礼(2009~2010)を行う。2004年より巨石文化の魅力を伝えるため「石の語りべ」講演活動を展開。「石の聖地」研究、巨石マップ制作、巨石ツアーのコーディネートを行なっている。ザ・ロックツアー「琉球の聖なる石を訪ねる」を主催。2020年、島根大学大学院人文社会科学研究科言語・社会文化専攻(文化人類学)修士課程修了。

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