バリ島の伝統舞踊「ケチャ」に触れる

陽が暮れはじめる頃、松明の火を持った半裸の男性が「チャッ、チャ」と叫び踊り狂う…。それがインドネシア・バリ島を代表する民族芸能ケチャ。今回は、ケチャ鑑賞にまつわる体験談です。

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ケチャとは

ケチャはインドネシア・バリ島の民族芸能・舞踊の一つ。
上半身裸の男性が何人も何十人も集まって「ケチャ、ケチャ、ケチャ…」と時に囁くように、時に怒鳴るように声をだして合唱します。

楽器は一切使わず、音源は人間の声だけ。声に合わせて飛んだり、跳ねたり、円陣を作ったり、男性の群衆がおりなすダイナミックな動きも見どころです。

人間の声と体の動きだけで表現される世界は、力強くどこか怖く、幻想的。TVやYouTube超しでは味わえない、ゾクっとした怖さは本物を鑑賞しないと分からないもの。バリ島に行ったら、ぜひ見て欲しい演目です。

インドネシアケチャ01
民族衣装を着たダンサー。おじさん同様、プロではなく地元の女の子が演じます

日本の伝統芸能と違い、ゆる~いケチャ

バリ島を代表する民族芸能「ケチャ」。

舞台で鑑賞する芸能といえば日本の「能」や「歌舞伎」を思い浮かべる人も多いかと思います。
何日も何カ月も前からチケットを買って、演目の事前勉強をして、それ相応の服装をして、鑑賞中はじっと座って、チケットも高額で…と日本の伝統芸能鑑賞は、なかなかハードルが高めなのですが「ケチャ」は違います。

チケットは1000円でお釣りがくる値段。席も自由。〇列の〇番に座ってと指定される訳ではなく、空いているところにお座りください。自由に見てくださいと言った、ゆる~い雰囲気です。鑑賞中に席の移動もできますし、服装も、もちろん自由。のんびりした気分で楽しめます。

日本のそれとは違ってすごくハードルが低い伝統芸能なので、私は音楽や舞台にあまり興味がない人にこそ見てもらいたいなと思っています。気軽な気持ちで鑑賞して「感激!」できたらステキですよね。

インドネシアケチャ02
私が鑑賞した時は、ケチャの前後に、他の民族舞踊も観れました

チケットは当日でも買えるの?

バリの人々にとって「ケチャ」は、伝統芸能であると同時に大切な観光資源の一つ。そのため観光客向けの舞台がきちんと用意されており、ほぼ毎日どこかしらで観劇が可能です。

毎日観られるだけあって、チケットを取るのは凄く簡単。チケットの購入方法は主に4パターンがあります。

  • 開演直前にその場所に行きチケットを買う
  • 日本の旅行会社経由で購入する
  • ケチャの鑑賞付きツアーに参加する
  • 町中で出演者のおじさんから買う

おすすめは①。時間と場所だけ調べておけば、その場でチケットが買えるのでこの手軽なシステムを見逃さない手はないなと思っています。

ただ、公演開始時間は前後するのが当たり前の世界。時間に厳しい人にはおススメできません。また自由席なので、良い席は早く埋まります。余裕をもって30分程前にいき良い席に座っておくのがより良い鑑賞に繋がると思います(屋外の自由席なので、満席で座れないかもやチケットは完売かもという心配はあまりしなくてOKです)

時間に厳しい人、チケットがないと不安になる人、スケジュールをきちんと組み立てたい人には、②と③がおススメ。日本の旅行会社や現地旅行代理店の会社経由でしたら、有名どころの公演である場合が多いので安心して観劇できます。
また町から少し離れた場所で夜の公演となるため、行き帰りが不安という人にも③がおススメです。

近所のおじさんが出演者?

私の場合は④の方法でチケットを買いました。小さな町を歩いていた時に「ケチャ見る?」と声をかけられて購入したのですが、よくよく話を聞くと声をかけてくれたおじさんはケチャの出演者でした。

バリを代表する伝統芸能「ケチャ」は、プロのダンサーや歌手が出演する訳ではなく、近所のおじさんたちが歌い踊っているそうです。そして、おじさんたちは他にも仕事をしているため、ケチャはWワークの一つ、いわゆる副業にあたるとか。

ケチャを行うためには、10人から時に100人規模のおじさんの群衆が必要です。
そんな数のおじさんをどうやって集めるのか、どうやって給料を払っているのかとても不思議だったのですが、近所のおじさんが副業として参加しているとは…。初めは驚きましたが、運営のことを考えるとなかなか良く出来たシステムだなと関心しました。

チケット代=おじさんの収入。でも、1人1000円しないチケット代を例えば50人のおじさんで割ったら、スズメの涙程度の額にしかなりません。

「観光客を一人でも二人でも多く呼びたい!」「お客さんを呼びこむほど収入が見込める!」そんな心意気があってか、私に声をかけてくれたおじさんは一生懸命呼び込みをしていました。

インドネシアケチャ03
上半身裸のおじさん達が歌い踊るケチャ。呪術がベースにあるため、ちょっと怖い

夕方公演。でも夕方って何時ですか?

ケチャは夕方、陽が沈む時間に合わせてヒンドゥー寺院で開催されます。

「ケチャ観ない?」
「観たい!何時にどこで?」
「この道を真っ直ぐ進んで、10分位歩いた左手に広場があるよ。そこが会場」
「何時に?」
「夕方。陽が沈む時間だよ。」

特に問題もなく買えたチケット。ただ一つ問題がありました。
「何時スタート?」と聞いても
おじさんは、「夕方だよ」と答えるばかり。

「夕方…。夕方って何時?」
ガイドブックには一般的に18時から19時がケチャの開始時間と書いてあります。
「夕方の18時かな?」
「18時?18時に開始するの?」
「そうだよ。それ位に始まる予定だよ。じゃぁ僕、待ってるからね」

おじさんは、最後まで開始時刻をぼやかしたまま「じゃぁ夕方に~」と言って去っていきました。

観客は3人だけ???始まらない劇

演劇や舞台が好きな私。途中参加は避けたかったので、おじさんに教えてもらった時間よりちょっと早めに到着しました。

会場に着いてビックリ。あれ?ほとんど誰も観客がいない?そして会場が狭い?
ケチャはヒンドゥー寺院で開催されることが多いと聞きます。でも案内された場所は、ただの広場。町中の何もない公園といったイメージです。

そして観客がほぼ0。私より前に席に座っていたのは、欧米人のカップルと、一人旅らしきアジア圏の男性だけでした。

「観客が少ない。こんな状態でも開演するの?」私の心配をよそに、案内の男性はにこやか。「好きな場所に座ってね」とウインクを投げかけてきます。

好きな場所に座る。でも待てども、待てども劇は始まらない。そのうちに18時が過ぎ、18時15分が過ぎ、18時30分が過ぎ…。結局、公演が開始されたのは19時も近くになってからでした。

待つ時間のなんと長いことか。この時やっとチケット売りのおじさんが、時間を最後までぼかしていた理由に気付きました。だから「だいたい」とか「予定」とか「そんなくらい」なんだ、と。

おじさんたちは最後までチケット売りに奔走したのでしょうか。時間の経過に合わせ観客が増えてくれたので、演目が開始される頃には席はそこそこ埋まっていました。そして演目が始まった後も「私は気にしないわ~」という雰囲気をまとった観客がチラホラ入場。結果的には30人位お客さんが入っていました。

インドネシアケチャ04
祈りが生活の中に溶け込んでいるバリ島。手前の二本の柱は鳥居かな?

頭に残る音。呪術の儀式に参加して 

陽がくれてすっかり暗くなった頃ケチャは始まりました。

チャッ、チャッ、チャ、ケチャ、ケチャ、ケチャ…
闇夜に響き渡る何十人もの男性の声。松明に照らされて上半身裸の男の人々の体が浮かび上がります。

チャッ、チャッ、チャッ、ケチャ
怒っていたり、囁いていたり、何人、何十人もの声という声が重なって響き渡って、それはまるで生きている何かのよう。呪術の歌のような不気味ささえ感じます。

ケチャ、ケチャ、チャ、チャ、チャ
よく見るとおじさんのたるんだお腹が見えます。あっちのおじさんも、こっちのおじさんも、結構なお腹。そんなおじさんが跳んだり、頭を垂れて歌ったり、円陣を組んだり、縦横無尽に動き回ります。

チャッ、チャッ、チャッ、ケチャ
煌々と燃える火。真っ赤な火。揺れる人間の肉。

ケチャ、ケチャ、ケチャ、ケチャ、
ケチャの起源は諸説ありますが、呪術的な意味合いがベースにあると言われています。人間の声しか音がないのに、背筋がゾクゾクするような怖さを感じるのはそのせいでしょうか。

夕闇に紛れてユラユラ動く人間の肉。何重もの声が重なり合って、曼荼羅のような音ができあがって、見てはいけない儀式を見ているような、秘密の儀式に参加しているような、憑依の光景を観たような。人間の本能にうったえかけるような〝怖さ〟の存在をケチャは教えてくれました。

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R.香月(かつき)プロフィール画像

筆者プロフィール:R.香月(かつき)

大学卒業後、ライター&編集者として出版社や新聞社に勤務。
マイナーな国をメインに、世界中を旅する。
旅先で出会ったイスラム教徒と国際結婚。
出産&離婚&再婚を経て現在は2児の母。
公式HP:Lucia Travel

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