人気のキーワード
★隙間時間にコラムを読むならアプリがオススメ★
この記事の連載一覧はこちらから:地方創生 鯨の町おこし
「呼子にもクラフトビールのブルワリーがあればなあ」
呼子の空き家を四つ購買したのちに、どう活用するべきか模索していたところ、「クラフトビールを作ったらどうか?」との声が届いた。
町の方々と食事をした機会に意見を伺ってみると、皆面白がってくれた。 ブルワリー(醸造所)ができれば町の観光や古民家活用のシンボルになるし、飲食や宿泊との相性も良い。町で(特に若い人が)飲める場が消えていっている現状もあるので、若い人の定住や移住促進という視点においても良い。
ブルワリーを作るとしたら朝市通りのど真ん中に買った大き目の古民家になるかなあ、と頭をよぎった。するとその隣に住む元市議の山下さんが、「市議時代に他の地方によく視察に行ったが、クラフトビールのブルワリーで活性化していた地域もあって、呼子にもあればなあと思っていたんです」と嬉しそうに語ってくれた。
構想の手応えを感じたことで、自分なりにもクラフトビール巡りをしながらその魅力に気付いた。 地域の特産の柑橘を織り交ぜていたり、魚料理に合う風味で仕上げていたり。地域特性や作り手の個性を反映できるので、呼子ならではのビールとなるし、その個性は呼子の町のプライドをくすぐるものにもなりえる。 そして醸造のタンクが並んだ圧巻の光景は、なんともいえないインパクトがあり、目を引くのだ。こんなものが呼子朝市のど真ん中にできたら、反響はあるに違いない。
よし、やるぞ!
すぐに頭をよぎったのは、事業主体、建築設計、ブランドデザイン、醸造立ち上げサポートをどうするかだ。
まず運営を誰がやるか、であった。 機械設備中心とはいえ、発酵を扱うので職人的なこだわりが差を生む製造現場である。横浜を拠点とする私が、新規事業でかつ職人的な現場運営をコントロールするのは困難、と感じた。ブルワリー立ち上げのコーディネートは私がやるにしても、事業運営主体となるパートナーを見つけたいと思った。
そして建築設計。古民家特有の良さを活かした、めちゃくちゃカッコ良いブルワリーを設計してくれる方と組みたい。そう、福岡のみならず、東京から見に来たいと思ってもらえるレベルのインパクトで。 建築には遠くから人を引っ張る力があると信じているし、カッコいい古民家リノベーションとなれば、空き家を活用して面白いことをやりたい人が増えていく契機となるだろう。
ブランドデザインも大事だ。呼子ならではの個性や町の未来の一端を担うミッションが、切れ味鋭くブランド表現に組み込まれていなければ、ブランド認知の波及は限定的なものになるからだ。 このブランドデザインについては、故郷唐津に並々ならぬ想いを持つ先崎さんというデザイナー(TETUSIN DESIGN代表)と知り合い、彼の地域との取組実績とお人柄もあって早い段階で気持ちが定まっていた。
この先崎さんから、呼子名物イカ活き造りの長、河太郎の古賀さん(社長)と齋藤さん(支配人)を紹介してもらった。お二人に呼子の観光活性化や、若い人の住みたい町にするためにブルワリーを!という簡単なプレゼンをさせてもらった。
プレゼンをしている段階で、すでにお二人の意気が上がっていた。河太郎さんは店舗を複数展開している中で呼子に長くお世話になってきた歴史もあり、何か町に貢献したいという想いがずっとあったそうだ。でもその町に貢献できる何かが思いつかずにいた、とのことであり、その場で意気投合してくれた。
懸案であった事業主体について、河太郎さんが正式に手を挙げてくれた。渡りに船であり、何か大きな縁の力を感じて感謝しかなかった。
そして建築設計のほうも先崎さんの紹介で、CASEREALの二俣さんと組めることになった。彼も構想を聞いて、面白い!と言ってくれた。 ちょうど嬉野の古民家を地元の酪農家と組んでリノベーションをしたところであり、そこにMILKBREW COFFEEというカフェが開業したことで町の人の流れが変わったと、地域貢献に繋がった手応えを感じていたそうだ。
建築業界の世界的な潮流として、単なる建物を対象とするより、街の歴史や課題解決といった背景のストーリーまで含めた建築がリスペクトされ始めているそう。 二俣さんに「東京から人が来るレベルでお願いしたい」と伝えたところ、「東京と言わず世界から人が来るレベルでやりましょうよ」と返してきてくれた。痺れたし、自分もそういう気概でやりたいと思った。
そして醸造立ち上げサポート体制だが、色々な紆余曲折がありながら最終的に東京の青木さんと繋がることができた。両国にあるポパイというレストランでクラフトビールを東京に広めたレジェンドの方で、自身で醸造所も構えている。そして各方面の専門家とチームを作って、醸造所立ち上げのサポートも行っていた。
青木さんはご高齢なこともありコロナ禍でオンラインのみの対談であったが、トレンドや賞レースや野心といった浮ついた雰囲気とは無縁の、クラフトビールへの見識と深い想い、重心の低いこだわりが言葉の端々から感じられて、その姿勢から学ぶことが非常に多い方であった。愛媛でも古民家のブルワリー立ち上げサポートを経験していたこともあり、強力なサポートを得ることになった。
これ以上望めないレベルでの座組みでプロジェクトを始動することができることとなった。私は運が良い方だと常々思って生きてきたが、今回もそうだ。少し違う部分があるとすれば、やはり呼子の町の魅力や過疎化の危機を背景に、このプロジェクトに何か尊いものを感じてもらえているということだろう。
ブルワリーにリノベーションする古民家についてもお話ししよう。以前住んでいらした方はお亡くなりになっていて、ご子息であるオーナーさんは県外に住んでいた。
空き家になると建物は急速に劣化していく。人が住むということは、生活の中で換気もされるし、細かな手入れや補修もされたりするものだ。無人になって何年も経つと、雨漏りや浸水、こもった湿気による木材の腐敗、白蟻被害などどんどん進んでいく。
この古民家も奥に行くほどそのような状態になっていて、建物の劣化はオーナーさんを追い詰めていくことになる。補修しないと建物が倒壊して人身事故にでもなれば責任問題になるし、補修するにもお金がかかる。こうなったら、建物を壊して土地を売るか、建物現況のまま買ってくれる人がいたら助かる、という訳だ。
日本中で歴史ある建物が壊されていく構図がまさに呼子でも起きていた。壊されるぐらいなら買おうと、この物件を手に入れていた。
朝市通りは江戸時代には捕鯨で捕獲した鯨の解体場所であったのだが、捕鯨の衰退により町並みへと変わっていった。昭和初期に大火があり多くが燃えてしまい、一斉に再建されたのでほぼ同時期に建てられた建物が多い。
私が内見したときは、生活空間として壁や天井が貼られていたが、それらを剥がしたら昭和初期の立派な木造建築が剥き出しになるに違いないと期待して買った。しかし実際にどんな状態かは剥いでみないと分からず、ちょっと心配はあった。
リノベーションの第一段階として、天井や屋内の壁と2階の床を抜く撤去工事を行なった。そうすることで木造建築を剥き出しにするだけでなく、1~2階が吹き抜けた巨大な空間を産み出すのだ。
撤去工事が進むと、想像以上に素晴らしかった。屋根裏には巨大な松がうねった形状そのままの武骨な梁が姿を現した。かつての大工の匠の技、驚くほど素晴らしい古建築空間が姿を現したのであった。
こんな建築は2度と作れない。壊すのは簡単。解体やリノベーションコストが想定以上にかかり気分が沈みがちだったのだが、本当に買う決断をして良かった、と吹っ切れた気分になれた。
次号へ続く。
「地方創生」の連載で登場してくるブルワリーですが、クラウドファンディングを行っています。ご関心のある方々、是非協賛と情報拡散のほどお願いします。
▶クラウドファンディングはこちら
そして是非呼子にいらっしゃってください。 お祭りの復興、ブルワリー、サウナ、レストラン、伝統建築保存地区認定への活動など、毎年何かしらのプロジェクトがローンチされ話題性が継続されるよう奮闘していきます。 日本中で深刻化している地方衰退に、呼子からひとつの大きな波を引き起こせればと思っています。注目してくださると幸いです。
最後に2023/06/09時点での簡単な報告写真です。
アミナコレクション創業者 進藤幸彦の次男坊。2010年に社長に就任。 1975年生まれ。自然と歴史と文化、それを巡る旅が好き。
この記事の連載一覧はこちらから:
地方創生 鯨の町おこし
「呼子にもクラフトビールのブルワリーがあればなあ」
呼子の空き家を四つ購買したのちに、どう活用するべきか模索していたところ、「クラフトビールを作ったらどうか?」との声が届いた。
町の方々と食事をした機会に意見を伺ってみると、皆面白がってくれた。
ブルワリー(醸造所)ができれば町の観光や古民家活用のシンボルになるし、飲食や宿泊との相性も良い。町で(特に若い人が)飲める場が消えていっている現状もあるので、若い人の定住や移住促進という視点においても良い。
ブルワリーを作るとしたら朝市通りのど真ん中に買った大き目の古民家になるかなあ、と頭をよぎった。するとその隣に住む元市議の山下さんが、「市議時代に他の地方によく視察に行ったが、クラフトビールのブルワリーで活性化していた地域もあって、呼子にもあればなあと思っていたんです」と嬉しそうに語ってくれた。
構想の手応えを感じたことで、自分なりにもクラフトビール巡りをしながらその魅力に気付いた。
地域の特産の柑橘を織り交ぜていたり、魚料理に合う風味で仕上げていたり。地域特性や作り手の個性を反映できるので、呼子ならではのビールとなるし、その個性は呼子の町のプライドをくすぐるものにもなりえる。
そして醸造のタンクが並んだ圧巻の光景は、なんともいえないインパクトがあり、目を引くのだ。こんなものが呼子朝市のど真ん中にできたら、反響はあるに違いない。
よし、やるぞ!
すぐに頭をよぎったのは、事業主体、建築設計、ブランドデザイン、醸造立ち上げサポートをどうするかだ。
まず運営を誰がやるか、であった。
機械設備中心とはいえ、発酵を扱うので職人的なこだわりが差を生む製造現場である。横浜を拠点とする私が、新規事業でかつ職人的な現場運営をコントロールするのは困難、と感じた。ブルワリー立ち上げのコーディネートは私がやるにしても、事業運営主体となるパートナーを見つけたいと思った。
そして建築設計。古民家特有の良さを活かした、めちゃくちゃカッコ良いブルワリーを設計してくれる方と組みたい。そう、福岡のみならず、東京から見に来たいと思ってもらえるレベルのインパクトで。
建築には遠くから人を引っ張る力があると信じているし、カッコいい古民家リノベーションとなれば、空き家を活用して面白いことをやりたい人が増えていく契機となるだろう。
ブランドデザインも大事だ。呼子ならではの個性や町の未来の一端を担うミッションが、切れ味鋭くブランド表現に組み込まれていなければ、ブランド認知の波及は限定的なものになるからだ。
このブランドデザインについては、故郷唐津に並々ならぬ想いを持つ先崎さんというデザイナー(TETUSIN DESIGN代表)と知り合い、彼の地域との取組実績とお人柄もあって早い段階で気持ちが定まっていた。
この先崎さんから、呼子名物イカ活き造りの長、河太郎の古賀さん(社長)と齋藤さん(支配人)を紹介してもらった。お二人に呼子の観光活性化や、若い人の住みたい町にするためにブルワリーを!という簡単なプレゼンをさせてもらった。
プレゼンをしている段階で、すでにお二人の意気が上がっていた。河太郎さんは店舗を複数展開している中で呼子に長くお世話になってきた歴史もあり、何か町に貢献したいという想いがずっとあったそうだ。でもその町に貢献できる何かが思いつかずにいた、とのことであり、その場で意気投合してくれた。
懸案であった事業主体について、河太郎さんが正式に手を挙げてくれた。渡りに船であり、何か大きな縁の力を感じて感謝しかなかった。
そして建築設計のほうも先崎さんの紹介で、CASEREALの二俣さんと組めることになった。彼も構想を聞いて、面白い!と言ってくれた。
ちょうど嬉野の古民家を地元の酪農家と組んでリノベーションをしたところであり、そこにMILKBREW COFFEEというカフェが開業したことで町の人の流れが変わったと、地域貢献に繋がった手応えを感じていたそうだ。
建築業界の世界的な潮流として、単なる建物を対象とするより、街の歴史や課題解決といった背景のストーリーまで含めた建築がリスペクトされ始めているそう。
二俣さんに「東京から人が来るレベルでお願いしたい」と伝えたところ、「東京と言わず世界から人が来るレベルでやりましょうよ」と返してきてくれた。痺れたし、自分もそういう気概でやりたいと思った。
そして醸造立ち上げサポート体制だが、色々な紆余曲折がありながら最終的に東京の青木さんと繋がることができた。両国にあるポパイというレストランでクラフトビールを東京に広めたレジェンドの方で、自身で醸造所も構えている。そして各方面の専門家とチームを作って、醸造所立ち上げのサポートも行っていた。
青木さんはご高齢なこともありコロナ禍でオンラインのみの対談であったが、トレンドや賞レースや野心といった浮ついた雰囲気とは無縁の、クラフトビールへの見識と深い想い、重心の低いこだわりが言葉の端々から感じられて、その姿勢から学ぶことが非常に多い方であった。愛媛でも古民家のブルワリー立ち上げサポートを経験していたこともあり、強力なサポートを得ることになった。
これ以上望めないレベルでの座組みでプロジェクトを始動することができることとなった。私は運が良い方だと常々思って生きてきたが、今回もそうだ。少し違う部分があるとすれば、やはり呼子の町の魅力や過疎化の危機を背景に、このプロジェクトに何か尊いものを感じてもらえているということだろう。
ブルワリーにリノベーションする古民家についてもお話ししよう。以前住んでいらした方はお亡くなりになっていて、ご子息であるオーナーさんは県外に住んでいた。
空き家になると建物は急速に劣化していく。人が住むということは、生活の中で換気もされるし、細かな手入れや補修もされたりするものだ。無人になって何年も経つと、雨漏りや浸水、こもった湿気による木材の腐敗、白蟻被害などどんどん進んでいく。
この古民家も奥に行くほどそのような状態になっていて、建物の劣化はオーナーさんを追い詰めていくことになる。補修しないと建物が倒壊して人身事故にでもなれば責任問題になるし、補修するにもお金がかかる。こうなったら、建物を壊して土地を売るか、建物現況のまま買ってくれる人がいたら助かる、という訳だ。
日本中で歴史ある建物が壊されていく構図がまさに呼子でも起きていた。壊されるぐらいなら買おうと、この物件を手に入れていた。
朝市通りは江戸時代には捕鯨で捕獲した鯨の解体場所であったのだが、捕鯨の衰退により町並みへと変わっていった。昭和初期に大火があり多くが燃えてしまい、一斉に再建されたのでほぼ同時期に建てられた建物が多い。
私が内見したときは、生活空間として壁や天井が貼られていたが、それらを剥がしたら昭和初期の立派な木造建築が剥き出しになるに違いないと期待して買った。しかし実際にどんな状態かは剥いでみないと分からず、ちょっと心配はあった。
リノベーションの第一段階として、天井や屋内の壁と2階の床を抜く撤去工事を行なった。そうすることで木造建築を剥き出しにするだけでなく、1~2階が吹き抜けた巨大な空間を産み出すのだ。
撤去工事が進むと、想像以上に素晴らしかった。屋根裏には巨大な松がうねった形状そのままの武骨な梁が姿を現した。かつての大工の匠の技、驚くほど素晴らしい古建築空間が姿を現したのであった。
こんな建築は2度と作れない。壊すのは簡単。解体やリノベーションコストが想定以上にかかり気分が沈みがちだったのだが、本当に買う決断をして良かった、と吹っ切れた気分になれた。
次号へ続く。
「地方創生」の連載で登場してくるブルワリーですが、クラウドファンディングを行っています。ご関心のある方々、是非協賛と情報拡散のほどお願いします。
▶クラウドファンディングはこちら
そして是非呼子にいらっしゃってください。
お祭りの復興、ブルワリー、サウナ、レストラン、伝統建築保存地区認定への活動など、毎年何かしらのプロジェクトがローンチされ話題性が継続されるよう奮闘していきます。
日本中で深刻化している地方衰退に、呼子からひとつの大きな波を引き起こせればと思っています。注目してくださると幸いです。
最後に2023/06/09時点での簡単な報告写真です。
筆者プロフィール:進藤さわと
アミナコレクション創業者 進藤幸彦の次男坊。2010年に社長に就任。
1975年生まれ。自然と歴史と文化、それを巡る旅が好き。