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色鮮やかなマリーゴールドの首飾りが、そっとかけられる。額には赤いティカが施され、人々は手を合わせて静かに祈りを捧げます。その対象は人ではなく、犬です。
ネパールで行われる犬の祭り、ククル・ティハールは、SNSでも多くの人々の関心を集めました。犬を家族として大切にする文化は世界各地に見られますが、「神聖な存在」として祝福される光景は、どこか特別に映ります。そこには、単なる動物愛護では語りきれない、人と犬、そして生と死の関係性が映し出されているのかもしれません。
ククル・ティハールは、ネパールの祭り「ティハール」の中の1日で、「犬の日」と呼ばれています。5日間にわたって続く祭りの中で、犬に祈りが捧げられる特別な一日です。
「光の祭り」とも呼ばれるティハールは、毎年10月から11月にかけて行われる5日間の祝祭です。インドのディワリと同時期に開催され、家々にはランプや電飾が灯り、夜の街は柔らかな光に包まれていきます。
ティハールは、ネパール最大の祭り「ダサイン」に次ぐ国民的な祝祭です。ダサインは毎年秋に開催されるヒンドゥー教の祭りで、約15日間にわたり女神ドゥルガーの勝利を祝います。その数週間後に続いて行われるのがティハールです。ティハールでは、富と繁栄の女神ラクシュミーを家に迎え入れるために、人々は家を丁寧に掃除し、玄関や窓をマリーゴールドで飾ります。
2026年の日程:2026年11月7日(土)〜11月11日(水)※ヒンドゥー暦に基づくため、毎年日程が変わります。
ティハールの5日間はそれぞれ異なる対象に祈りが捧げられます。
カラスはヒンドゥー教において、死神ヤマの使いとされ、食べ物を供えることで悲しみや死が訪れないよう祈ります。
犬を祝福する日で、飼い犬だけでなく、路上に暮らす犬や警察犬など、すべての犬が祝福の対象となります。
午前は牛を祀り、夜には富の女神ラクシュミーを迎える最も重要な日です。街は光で彩られ、祭りは最も華やかな雰囲気に包まれます。
この日は地域や民族によって異なる儀礼が重なり合う日です。牛への感謝が捧げられる「ゴル・プジャ」や、聖なる山・ゴバルダンを礼拝する「ゴバルダン・プジャ」のほか、ネワール族では新年を祝う「マ・プジャ」が行われます。
兄弟姉妹の絆を祝い、互いにティカを施し贈り物を交わします。家族の無事や長寿を願う、大切な締めくくりの日とされています。動物から神、そして人へと祈りの対象が移っていくこの流れは、生と死、日常と非日常の境界を静かに行き来する、ネパールの世界観を映しているのかもしれません。
ククル・ティハールは、ティハールの2日目に行われる儀式です。「ククル」はネパール語で犬、「ティハール」は祭りを意味し、「ククル・プジャ(犬の礼拝)」とも呼ばれています。この日は、飼い犬はもちろん、路上に暮らす犬や警察犬まで、すべての犬が祝福を受けるのです。
ククル・ティハールの当日、犬にはマリーゴールドの首飾りがかけられます。額に赤い印のティカが施され、目の前には肉・卵・牛乳・セルロティ(ネパール伝統の揚げパン)などのごちそうが並べられます。そして、人々は犬の額をなで、手を合わせて祈るのです。
ティカは、ヒンドゥー教の儀式で額に施される印で、祝福や加護を表します。赤色は生命力や神聖さを象徴し、神々の恩恵を受けていることを示すとされています。額が選ばれるのは、眉間が「第三の目(アージュニャー・チャクラ)」の位置にあたり、直感や霊的な洞察力が宿る場所とされているためです。
犬の額にティカを施すことは、神や人に向けるのと同じ敬意を犬に対しても向けているともいえるでしょう。そこに、この祭りの意味が表れているのかもしれません。
ククル・ティハールに欠かせないマリーゴールドには、どのような意味があるのでしょうか。ネパールでマリーゴールドは、縁起の良さと神聖さを象徴する花として古くから用いられてきました。鮮やかなオレンジ色は太陽を象徴し、邪悪なものを遠ざける力があると信じられています。また豊穣と繁栄の象徴でもあり、祭事や儀式には欠かせない存在です。
ティハールでは、家の入口や神棚を飾る花としても使われており、犬にかけられる首飾りにも神聖な空間を作り出す意味が込められています。
ネパールでは、なぜ犬が祈りの対象となるのでしょうか。その背景には、ヒンドゥー教に受け継がれてきた「死」と「忠誠」の神話があります。
ヒンドゥー教において、犬は単なる動物ではなく、冥界の門を守る存在として考えられています。
死の神ヤマには、シャーマとシャルバラという2匹の犬が仕えているとされます。冥界の門番でもあるこの2匹は、死期が近づいた者の匂いを嗅ぎ分け、その魂を導くと言われているのです。
また、シヴァ神の怒りの化身とされるバイラヴァは、犬を聖なる乗り物(ヴァーハナ)としています。バイラヴァは、死や変化、そして守護を司る神とされ、そのそばにいる犬もまた、境界を見守る象徴とされてきました。
インドでは黒犬にごちそうを与えることでバイラヴァの祝福が得られるとされており、ククル・ティハールで犬に食べ物を供える慣わしとも、深くつながっているのです。
犬は、死と深く結びついた存在であり、現世とあの世の境界に立つ案内役として位置づけられてきました。
「境界を守り、魂を導く動物」の伝承は、日本の文化にも通じるものがあります。
たとえば、神社の入口に立つ狛犬は神域と人の世界の境界を守る存在ですし、稲荷神社の狐や、神の使いである神使(しんし)もまた、人と神をつなぐ役割を担っています。
さらに、ヒンドゥー教のヤマ神は仏教とともに中国へ渡り、やがて閻魔大王と形を変え、日本で信仰されるようになりました。死後の世界を司る存在に仕える動物や、境界を守る動物という考え方は、地域を越えてどこか通じるものがあるのかもしれません。
古代叙事詩『マハーバーラタ』には、犬と人との関係を象徴する印象的な物語が描かれています。
王ユディシュティラは、兄弟や妻を失いながらもヒマラヤを越え、天界へと向かう旅を続けていました。その長い道のりのなかで、いつしか一匹の犬が寄り添うようになります。犬は、最後まで王のそばを離れることはありませんでした。
やがて天界の門にたどり着いたとき、神々はこう告げます。「その犬を置いていけば、天に入ることができる」
しかし王は、それを拒みます。「忠実に付き従ったこの犬を見捨てることはできない」
すると次の瞬間、犬は姿を変えます。それは神の化身だったのです。
この物語が示しているのは、犬が単なる動物ではなく、忠誠や信義といった人間の倫理を映し出す存在として捉えられてきたということです。ククル・ティハールで犬が敬われる背景にも、こうした価値観が息づいているのかもしれません。
ククル・ティハールに広がる光景は、どこか日常の中に溶け込む特別さを感じさせます。普段とは少し違うその風景には、この祭りならではの意味が込められています。
祭りの日、通りを歩く犬たちにはマリーゴールドの首飾りがかけられ、額には赤いティカが施されていく。そんな風景が、街のあちこちで見られます。
この祝福は、飼い犬だけに向けられたものではありません。路地に暮らす犬も、名前も知らない街角の犬も、同じように首飾りを受け取り、ティカを施されます。
世話をしている犬だけを大切にするのではなく、目の前にいるすべての犬が対象となる。それが、この祭りの大きな特徴です。
その背景には、ヒンドゥー思想に根ざした「命の平等」という考え方があります。すべての生き物には魂が宿り、どんな存在にも敬意を向けることが、やがて功徳(カルマ)として積み重なっていく。
だからこそ、飼い犬と路上犬を分けて考える必要はないのかもしれません。それは、「どこまでの存在を祈りや敬意の対象として認めるのか」という問いでもあります。
ネパールの人々はこの祭りを通して、そうした境界や共存のあり方に、静かに向き合っているようにも見えます。
カトマンズの街を歩いていると、あちこちで犬の姿を見かけます。軒先で静かに眠る犬、市場の隅で人の流れを眺める犬、路地をゆっくりと歩く犬。その存在は、この街の日常に溶け込んでいます。
カトマンズ盆地だけでも、その数はおよそ2万頭にのぼるとも言われています。一方で、衛生や安全の観点から駆除の対象となることもあり、彼らはどこか「境界の外側」に置かれた存在でもあります。
それでもネパールでは、こうした犬たちが単に排除されるべき存在と見なされているわけではありません。夜になると家や家畜を守る番犬としての役割を担い、ヒマラヤの地域では人と犬がともに暮らしてきた長い歴史があります。
完全に管理・収容するのではなく、街の中に犬がいることを受け入れる。そんな関係性が、生活の一部としてこの土地に自然と根づいているようにも感じられます。
現代の日本では、飼い主のいない犬は行政によって保護・管理され、街中で路上犬を見かけることはほとんどありません。どちらが良い・悪いということではありませんが、「管理することで共存する日本」と「あるがままに共存するネパール」という距離感の違いは、とても興味深いものです。
ひとつ、旅の中で意識しておきたいのが狂犬病のリスクです。ネパールでは日本のようにワクチン接種が義務化されていないため、路上犬には注意が必要とされています。
祝福の光景に心を動かされる一方で、見知らぬ犬には無理に近づかないこと。もし咬まれてしまった場合には、できるだけ早く医療機関を受診することが大切です。
文化の美しさに触れる時間と、安全に過ごす意識。そのどちらも大切にしながら、この土地ならではの関係性を感じてみてください。
ククル・ティハールの日、カトマンズやパタンの街は普段とは異なる空気に包まれます。
軒先には鮮やかなオレンジのマリーゴールドが並び、路地には線香のやわらかな煙が漂います。華やかな色と香りに満ちた街の中で、人々は近所の犬を見つけては、首飾りをかけ、額にティカを施し、食べ物を差し出していきます。迷惑そうな顔をしながらも食べ物に飛びつく犬。飾り立てられたまま、どこか誇らしげに歩く犬。慣れない首飾りに戸惑いながらも、おとなしく祈りを受ける犬。
その表情はさまざまで、見ているだけで心がほどけていきます。夕方になると、無数のオイルランプに火が灯され、路地全体がやわらかな光に包まれていきます。それは観光地として整えられた風景というよりも、人々の祈りと日常が、同じ場所に静かに重なっているような光景です。
ククル・ティハールで印象的なのは、家庭の犬や街の犬だけでなく、働く犬たちにも敬意が向けられることです。ネパールではこの日、警察犬や軍用犬に向けた感謝の式典が行われます。首飾りをかけ、ティカを施し、日々の任務をねぎらう。公的な場でもその功績が称えられることから、犬たちが社会の中で重要な役割を担っていることがうかがえます。過去には、捜査に貢献した警察犬が表彰されることもあり、この日は単なる祝祭にとどまらず、犬という存在をあらためて見つめ直す機会にもなっています。こうした文化は海外でもたびたび紹介され、ククル・ティハールは「世界で最も心温まる祭り」のひとつとして知られるようになりました。
花に飾られた犬たちの姿は、どこか微笑ましく、やさしい光景に映ります。しかし、その奥には、かわいらしさだけでは捉えきれない、人と動物の関係が広がっています。
ネパールでは、犬だけが特別な存在というわけではありません。多くの動物が、人々の信仰と深く結びついています。
牛はヒンドゥー教において神聖な生き物とされ、国獣にも指定されています。また、猿は神ハヌマーンの化身として敬われ、寺院に棲む猿は保護の対象です。そして犬は、冥界の守護者として、年に一度この祭りで祝福を受けます。動物と人間が、信仰という共通の感覚の中でゆるやかにつながっている。そんな関係性もまた、ネパールの文化の特徴のひとつといえるのかもしれません。
動物保護団体の中には、この祭りを「思いやりの力」を伝える象徴として発信すると同時に、こんな言葉を添えるところもあります。「祭りの日だけでなく、365日の優しさを」。この言葉は、ネパールだけに向けられたものではないのかもしれません。動物への感謝とは何か。共に生きるとはどういうことなのか。ククル・ティハールの風景は、その答えをはっきり示すのではなく、静かに考えるきっかけを与えてくれているようにも感じられます。
ククル・ティハールは、犬を祝福する珍しい祭りとして知られています。しかしその背景には、ヒンドゥー教の神話や死生観があり、動物と人間の在り方を静かに問いかけてきます。マリーゴールドの首飾りとティカというささやかな儀式には、どこまでを祈りや敬意の対象とするのか——そんな思いが静かに込められています。それは単に「犬をかわいがる」ということではなく、存在そのものへ敬意を向ける価値観と言えるでしょう。もしこの季節にネパールを訪れたなら、その光景は単なる観光では終わらないかもしれません。色鮮やかなマリーゴールドの首飾りをかけられた犬が歩く姿は、旅の記憶の中で、ゆっくりと意味を持ちはじめるはずです。
色鮮やかなマリーゴールドの首飾りが、そっとかけられる。額には赤いティカが施され、人々は手を合わせて静かに祈りを捧げます。
その対象は人ではなく、犬です。
ネパールで行われる犬の祭り、ククル・ティハールは、SNSでも多くの人々の関心を集めました。
犬を家族として大切にする文化は世界各地に見られますが、「神聖な存在」として祝福される光景は、どこか特別に映ります。
そこには、単なる動物愛護では語りきれない、人と犬、そして生と死の関係性が映し出されているのかもしれません。
目次
ククル・ティハールとは?
ククル・ティハールは、ネパールの祭り「ティハール」の中の1日で、「犬の日」と呼ばれています。
5日間にわたって続く祭りの中で、犬に祈りが捧げられる特別な一日です。
ティハールとは?ネパールの「光の祭り」の全体像
「光の祭り」とも呼ばれるティハールは、毎年10月から11月にかけて行われる5日間の祝祭です。インドのディワリと同時期に開催され、家々にはランプや電飾が灯り、夜の街は柔らかな光に包まれていきます。
ティハールは、ネパール最大の祭り「ダサイン」に次ぐ国民的な祝祭です。ダサインは毎年秋に開催されるヒンドゥー教の祭りで、約15日間にわたり女神ドゥルガーの勝利を祝います。その数週間後に続いて行われるのがティハールです。ティハールでは、富と繁栄の女神ラクシュミーを家に迎え入れるために、人々は家を丁寧に掃除し、玄関や窓をマリーゴールドで飾ります。
2026年の日程:2026年11月7日(土)〜11月11日(水)
※ヒンドゥー暦に基づくため、毎年日程が変わります。
ティハール祭りの5日間
ティハールの5日間はそれぞれ異なる対象に祈りが捧げられます。
1日目:カーグ・ティハール(カラスの日)Kaag Tihar
カラスはヒンドゥー教において、死神ヤマの使いとされ、食べ物を供えることで悲しみや死が訪れないよう祈ります。
2日目:ククル・ティハール(犬の日)Kukur Tihar
犬を祝福する日で、飼い犬だけでなく、路上に暮らす犬や警察犬など、すべての犬が祝福の対象となります。
3日目:ガイ・ティハールとラクシュミ・プジャ(牛の日と富の女神ラクシュミーの日)Gai Tihar and Lakshmi Puja
午前は牛を祀り、夜には富の女神ラクシュミーを迎える最も重要な日です。街は光で彩られ、祭りは最も華やかな雰囲気に包まれます。
4日目:ゴル・プジャ、ゴバルダン・プジャとマ・プジャ(牛の日とネワール族のお正月)Goru Puja, Govardhan Puja and Mha Puja
この日は地域や民族によって異なる儀礼が重なり合う日です。牛への感謝が捧げられる「ゴル・プジャ」や、聖なる山・ゴバルダンを礼拝する「ゴバルダン・プジャ」のほか、ネワール族では新年を祝う「マ・プジャ」が行われます。
5日目:バイ・ティカ(兄弟・姉妹の日)Bhai Tika
兄弟姉妹の絆を祝い、互いにティカを施し贈り物を交わします。家族の無事や長寿を願う、大切な締めくくりの日とされています。
動物から神、そして人へと祈りの対象が移っていくこの流れは、生と死、日常と非日常の境界を静かに行き来する、ネパールの世界観を映しているのかもしれません。
犬に行われる儀式
ククル・ティハールは、ティハールの2日目に行われる儀式です。「ククル」はネパール語で犬、「ティハール」は祭りを意味し、「ククル・プジャ(犬の礼拝)」とも呼ばれています。この日は、飼い犬はもちろん、路上に暮らす犬や警察犬まで、すべての犬が祝福を受けるのです。
ククル・ティハールの当日、犬にはマリーゴールドの首飾りがかけられます。額に赤い印のティカが施され、目の前には肉・卵・牛乳・セルロティ(ネパール伝統の揚げパン)などのごちそうが並べられます。そして、人々は犬の額をなで、手を合わせて祈るのです。
ティカとは?祝福と加護のしるし
ティカは、ヒンドゥー教の儀式で額に施される印で、祝福や加護を表します。赤色は生命力や神聖さを象徴し、神々の恩恵を受けていることを示すとされています。額が選ばれるのは、眉間が「第三の目(アージュニャー・チャクラ)」の位置にあたり、直感や霊的な洞察力が宿る場所とされているためです。
犬の額にティカを施すことは、神や人に向けるのと同じ敬意を犬に対しても向けているともいえるでしょう。そこに、この祭りの意味が表れているのかもしれません。
どうしてマリーゴールドの花なのか
ククル・ティハールに欠かせないマリーゴールドには、どのような意味があるのでしょうか。
ネパールでマリーゴールドは、縁起の良さと神聖さを象徴する花として古くから用いられてきました。鮮やかなオレンジ色は太陽を象徴し、邪悪なものを遠ざける力があると信じられています。また豊穣と繁栄の象徴でもあり、祭事や儀式には欠かせない存在です。
ティハールでは、家の入口や神棚を飾る花としても使われており、犬にかけられる首飾りにも神聖な空間を作り出す意味が込められています。
犬を崇拝するのはなぜ?|ヒンドゥー文化における犬の意味
ネパールでは、なぜ犬が祈りの対象となるのでしょうか。その背景には、ヒンドゥー教に受け継がれてきた「死」と「忠誠」の神話があります。
死後の世界の案内役
ヒンドゥー教において、犬は単なる動物ではなく、冥界の門を守る存在として考えられています。
死の神ヤマには、シャーマとシャルバラという2匹の犬が仕えているとされます。冥界の門番でもあるこの2匹は、死期が近づいた者の匂いを嗅ぎ分け、その魂を導くと言われているのです。
また、シヴァ神の怒りの化身とされるバイラヴァは、犬を聖なる乗り物(ヴァーハナ)としています。バイラヴァは、死や変化、そして守護を司る神とされ、そのそばにいる犬もまた、境界を見守る象徴とされてきました。
インドでは黒犬にごちそうを与えることでバイラヴァの祝福が得られるとされており、ククル・ティハールで犬に食べ物を供える慣わしとも、深くつながっているのです。
日本文化・伝統との比較
犬は、死と深く結びついた存在であり、現世とあの世の境界に立つ案内役として位置づけられてきました。
「境界を守り、魂を導く動物」の伝承は、日本の文化にも通じるものがあります。
たとえば、神社の入口に立つ狛犬は神域と人の世界の境界を守る存在ですし、稲荷神社の狐や、神の使いである神使(しんし)もまた、人と神をつなぐ役割を担っています。
さらに、ヒンドゥー教のヤマ神は仏教とともに中国へ渡り、やがて閻魔大王と形を変え、日本で信仰されるようになりました。
死後の世界を司る存在に仕える動物や、境界を守る動物という考え方は、地域を越えてどこか通じるものがあるのかもしれません。
忠誠心と守護の象徴|マハーバーラタの犬の逸話
Public domain, via Wikimedia Commons
古代叙事詩『マハーバーラタ』には、犬と人との関係を象徴する印象的な物語が描かれています。
王ユディシュティラは、兄弟や妻を失いながらもヒマラヤを越え、天界へと向かう旅を続けていました。その長い道のりのなかで、いつしか一匹の犬が寄り添うようになります。犬は、最後まで王のそばを離れることはありませんでした。
やがて天界の門にたどり着いたとき、神々はこう告げます。
「その犬を置いていけば、天に入ることができる」
しかし王は、それを拒みます。
「忠実に付き従ったこの犬を見捨てることはできない」
すると次の瞬間、犬は姿を変えます。
それは神の化身だったのです。
この物語が示しているのは、犬が単なる動物ではなく、忠誠や信義といった人間の倫理を映し出す存在として捉えられてきたということです。ククル・ティハールで犬が敬われる背景にも、こうした価値観が息づいているのかもしれません。
野良犬にも花輪をかける理由|なぜ野良犬にも祝福するのか
ククル・ティハールに広がる光景は、どこか日常の中に溶け込む特別さを感じさせます。普段とは少し違うその風景には、この祭りならではの意味が込められています。
「飼い犬だけ」の祭りではない
祭りの日、通りを歩く犬たちにはマリーゴールドの首飾りがかけられ、額には赤いティカが施されていく。そんな風景が、街のあちこちで見られます。
この祝福は、飼い犬だけに向けられたものではありません。路地に暮らす犬も、名前も知らない街角の犬も、同じように首飾りを受け取り、ティカを施されます。
世話をしている犬だけを大切にするのではなく、目の前にいるすべての犬が対象となる。それが、この祭りの大きな特徴です。
その背景には、ヒンドゥー思想に根ざした「命の平等」という考え方があります。すべての生き物には魂が宿り、どんな存在にも敬意を向けることが、やがて功徳(カルマ)として積み重なっていく。
だからこそ、飼い犬と路上犬を分けて考える必要はないのかもしれません。それは、「どこまでの存在を祈りや敬意の対象として認めるのか」という問いでもあります。
ネパールの人々はこの祭りを通して、そうした境界や共存のあり方に、静かに向き合っているようにも見えます。
ネパールの街と犬たちの関係
カトマンズの街を歩いていると、あちこちで犬の姿を見かけます。軒先で静かに眠る犬、市場の隅で人の流れを眺める犬、路地をゆっくりと歩く犬。その存在は、この街の日常に溶け込んでいます。
カトマンズ盆地だけでも、その数はおよそ2万頭にのぼるとも言われています。一方で、衛生や安全の観点から駆除の対象となることもあり、彼らはどこか「境界の外側」に置かれた存在でもあります。
それでもネパールでは、こうした犬たちが単に排除されるべき存在と見なされているわけではありません。夜になると家や家畜を守る番犬としての役割を担い、ヒマラヤの地域では人と犬がともに暮らしてきた長い歴史があります。
完全に管理・収容するのではなく、街の中に犬がいることを受け入れる。そんな関係性が、生活の一部としてこの土地に自然と根づいているようにも感じられます。
現代日本との対比
現代の日本では、飼い主のいない犬は行政によって保護・管理され、街中で路上犬を見かけることはほとんどありません。どちらが良い・悪いということではありませんが、「管理することで共存する日本」と「あるがままに共存するネパール」という距離感の違いは、とても興味深いものです。
ひとつ、旅の中で意識しておきたいのが狂犬病のリスクです。ネパールでは日本のようにワクチン接種が義務化されていないため、路上犬には注意が必要とされています。
祝福の光景に心を動かされる一方で、見知らぬ犬には無理に近づかないこと。もし咬まれてしまった場合には、できるだけ早く医療機関を受診することが大切です。
文化の美しさに触れる時間と、安全に過ごす意識。そのどちらも大切にしながら、この土地ならではの関係性を感じてみてください。
ククル・ティハールの実際の風景
ククル・ティハールの日、カトマンズやパタンの街は普段とは異なる空気に包まれます。
カトマンズの街に広がる花の色
軒先には鮮やかなオレンジのマリーゴールドが並び、路地には線香のやわらかな煙が漂います。
華やかな色と香りに満ちた街の中で、人々は近所の犬を見つけては、首飾りをかけ、額にティカを施し、食べ物を差し出していきます。
迷惑そうな顔をしながらも食べ物に飛びつく犬。
飾り立てられたまま、どこか誇らしげに歩く犬。
慣れない首飾りに戸惑いながらも、おとなしく祈りを受ける犬。
その表情はさまざまで、見ているだけで心がほどけていきます。
夕方になると、無数のオイルランプに火が灯され、路地全体がやわらかな光に包まれていきます。
それは観光地として整えられた風景というよりも、人々の祈りと日常が、同じ場所に静かに重なっているような光景です。
警察犬や軍用犬も祝福される
ククル・ティハールで印象的なのは、家庭の犬や街の犬だけでなく、働く犬たちにも敬意が向けられることです。
ネパールではこの日、警察犬や軍用犬に向けた感謝の式典が行われます。
首飾りをかけ、ティカを施し、日々の任務をねぎらう。公的な場でもその功績が称えられることから、犬たちが社会の中で重要な役割を担っていることがうかがえます。
過去には、捜査に貢献した警察犬が表彰されることもあり、この日は単なる祝祭にとどまらず、犬という存在をあらためて見つめ直す機会にもなっています。
こうした文化は海外でもたびたび紹介され、ククル・ティハールは「世界で最も心温まる祭り」のひとつとして知られるようになりました。
かわいいだけではない犬との関係
花に飾られた犬たちの姿は、どこか微笑ましく、やさしい光景に映ります。
しかし、その奥には、かわいらしさだけでは捉えきれない、人と動物の関係が広がっています。
ネパールでは動物が宗教と近い
ネパールでは、犬だけが特別な存在というわけではありません。多くの動物が、人々の信仰と深く結びついています。
牛はヒンドゥー教において神聖な生き物とされ、国獣にも指定されています。また、猿は神ハヌマーンの化身として敬われ、寺院に棲む猿は保護の対象です。そして犬は、冥界の守護者として、年に一度この祭りで祝福を受けます。
動物と人間が、信仰という共通の感覚の中でゆるやかにつながっている。そんな関係性もまた、ネパールの文化の特徴のひとつといえるのかもしれません。
動物との共生を考え直すきっかけ|現代の私たちへの問い
動物保護団体の中には、この祭りを「思いやりの力」を伝える象徴として発信すると同時に、こんな言葉を添えるところもあります。
「祭りの日だけでなく、365日の優しさを」。
この言葉は、ネパールだけに向けられたものではないのかもしれません。
動物への感謝とは何か。共に生きるとはどういうことなのか。
ククル・ティハールの風景は、その答えをはっきり示すのではなく、静かに考えるきっかけを与えてくれているようにも感じられます。
犬をかわいがるを超えて|存在そのものへの敬意という文化
ククル・ティハールは、犬を祝福する珍しい祭りとして知られています。しかしその背景には、ヒンドゥー教の神話や死生観があり、動物と人間の在り方を静かに問いかけてきます。
マリーゴールドの首飾りとティカというささやかな儀式には、どこまでを祈りや敬意の対象とするのか——そんな思いが静かに込められています。
それは単に「犬をかわいがる」ということではなく、存在そのものへ敬意を向ける価値観と言えるでしょう。
もしこの季節にネパールを訪れたなら、その光景は単なる観光では終わらないかもしれません。色鮮やかなマリーゴールドの首飾りをかけられた犬が歩く姿は、旅の記憶の中で、ゆっくりと意味を持ちはじめるはずです。
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