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自然とともに過ごす豊かさを、滞在というかたちで届けたい——そんな想いから生まれた「サトヤマテラス」。構想の原点は、自然と共に生きる文化への関心と、一つの土地との出会いにありました。 幾度もの試行錯誤を経てたどり着いたこの場所で、里山再生と事業の両立に挑んだ軌跡を、アミナコレクション代表自らの言葉で紐解きます。
いつからだったかは思い出せないが、おぼろげに自然との触れ合いをテーマに事業をやりたいという想いはあった。それは個人的な想いもあったかもしれないが、アミナコレクションの理念である民俗文化が自然と共に生きた人間社会の文化であるという理念もあり、大きく影響していたと思う。
2015年にチャイハネのイベントとしてキャンプイベントを始めてからは、そのイベント拠点としてのキャンプ場が欲しいと思い、可能性のある土地情報が入れば見に行く、ということをしていた。
2026/10/24(土)-25(日)GLOBALCAMP FESTIVALvol.14開催決定!
のちにサトヤマテラス事業の責任者になるリーダーと、箱根、富士、道志、厚木、館山、などの土地を一緒に見に行ったのだが、かすりもせず、ほとんど笑い話だった。 箱根の土地では温泉が湧いていたことに興奮したものの、ほとんど崖に近い斜面ばかりで話にならなかった。 富士も面積も狭いうえに、オーナーさんも売る意思も曖昧。 道志は完全なる斜面の林道で、敷地を歩き回ったときに大量のヒルが吸い付いて血だらけになって帰る。 厚木は既存のアスレチックがあって平地がほとんどなく、ウサギに指を食いちぎられた人の話や、アスレチックで骨折した人の話などを聞かされて帰る。
そしてコロナ禍となったときに館山の土地の話が来た。 リサーチはもうこりごりだったが、コロナ禍で時間に余裕があったため行くことにした。やはり館山も竹藪の土地で、平地が少なく、何かアウトドア事業をやるとかは論外であった。 その帰りの高速道路で、私が助手席でネットで土地情報を見ていたら、富津の土地が売りに出ていた。どうもその物件は平地が広く見えて可能性を感じたので、もう懲りていたのだが、翌週その土地を見に行くことにした。 ほとんど期待せずに現地に辿り着いてみて、驚いた。
里山とそのほとりに広がる土地だったのだが、まず気が晴れいてるというか土地の気持ち良さを感じた。ほとりには小川も流れていて、近隣に清浄な水が湧いている場所もあって地元の人も観光客も汲みに来たりしていた。これは行ける、という不思議な高揚感と直感のもと、ひとまず土地を買うことにした。
その後にチャイハネのリーダーも連れて現地に来たが、キャンプ用地としては小さい土地であり、チャイハネでは使えない、収支的にはグランピングならば成り立つな、となった。
本棟を建築して、トレーラーハウスを並べて宿泊棟としてしまえばどうだろう、とかいう構想となっていった。そのときに、チャイハネリーダーがふと、「サトヤマテラス」というネーミングを提案してきて、里山のふもとの施設としてぴったりと思い、そのまま使われることとなった。
グランピングの構想を練っていた時に、本棟の建築はちょっと尖ったものにしたかった。 そこで星野リゾートも手掛けているような設計事務所に設計を依頼しに行った。設計の契約を進めていく中で、ちょうど 呼子での町おこし でサウナをやろうという話が持ち上がった。 普通のグランピングをやっても差別化が難しいので、このグランピングでもサウナをやったらどうかという話になる。
最初はバレルサウナという安価な量産型のサウナ室を設置するぐらいのイメージであったが、サウナをリサーチして全国行脚をしている中、そんな安易なものでは集客にならないと察して、本格的なアウトドアサウナを目指すこととなる。
サウナは呼子と横浜、そしてこの富津と同時設計となり、サウナ王と呼ばれるコンサルタントと組んで企画を進めた。 設計士の提案は素晴らしいもので、富津の地域特性を参考に、鋸山をイメージしたキャビン群やサウナを組み込んだ本棟を提案してきた。
その設計を進める中で重要なテーマが浮上してきた。何度も富津に足を運んでいるうちに、千葉県の里山という里山が竹藪化していることに気づいた。サトヤマテラスの里山も一部竹藪化したり、斜面が崩壊していたりしていた。 そこで里山再生で有名な方々に会いに行き、実情と対策を聞きこんでいった。
もともと里山のふもとの村では、水源に関わる山や谷筋を守ってきた。千葉県の房総半島は豊かな里山により巨大な地下水が形成され、その潤沢で清浄な地下水を汲み上げて東京湾岸の工業地帯が形成されたという。その地域を支えてきた里山が公共工事や人為的な開発により傷んでしまっている。
なぜ里山が壊れてしまうのか? どうやったら息を吹き返すのか? 事業開発と自然が共存できるのか?
その問いかけの答えは、水と風の循環だと教えてもらった。地面の下、土の中で水が循環していれば、ほぼ一定温度の地下水と大気の温度差で風が吹く。水と風が循環することで、土地が呼吸して植生や生態系も活発化し、自然の力を取り戻していくということであった。
このお話を聞いているときに、こみ上げるものがあった。
自然の恵みの恩恵に感謝を捧げ、同時に冒涜すれば災害となってかえってくるという畏怖も持ちつつ、里山を守ってきた先人達。それに比べて、私たち現代人は何をしてきてしまったのか。 日本中で起きいてる土砂崩れや熊などの問題も里山を壊してしまったから。土砂崩れを恐れさらにコンクリートで固めて山を窒息させ、さらなる土砂崩れの要因としてしまう。 山の食物連鎖の頂点の熊でさえ山を降りざるを得ないほど自然が壊れてしまって、熊の次にその厄災を被るのは人類であるということに気づかない。
そして個人的な話ではあるが、私が父からいただいた名前は「さわと」、川(沢)の男を意味していて、水を司る。そして奥さんの強い希望で、私の子供達にはすべて風の字を入れ込んでいた。里山再生のキーワードも、水と風。運命的なものを感じた。
さらにブランディングデザインを依頼していた会社から、まるで示し合わせたかのように「水と風を味わう」という施設コンセプトが提案されたのだ。すべてが重なって怖いほどだった。
よし! 里山再生と共存を図る事業を目指そう。 里山の自然とともに滞在する豊かさをサウナと宿泊を通して伝えていこう! その意思と想いが立ち上げの苦難を乗り越える原動力となり、運営を続ける強い意思へと変わっていった。
実際にコロナ禍終盤の建築費高騰で、建築予算が倍に膨れ上がり、何度もあきらめかけた。継続していくにも、スーパーヒットさせないと投資を回収できないほどに予算が膨らんでいた。 予算を少しでも抑えるために設計を練り直したり、スーパーヒットに繋がる魅力を向上することでリスクを押さえようとしたり、ストレスな試行錯誤を続けた。
里山再生を進め、同時に真に人が居心地のよいサウナと宿泊の滞在を提供する事業を成立させる。 この意思だけが最後の拠りどころとなり、心が折れそうなとき何度もそこに立ち返って進めていったのだ。 さらにはこの里山再生のミッションがアミナコレクション理念にとっても重要な位置づけになると感じて、会社50周年プロジェクトとして格上げもして進めたのである。
里山再生と事業の両立という方針に共感してくれた設計士からも、土中の水の循環を壊さず風を通す建築案が提案された。本棟は斜面の形状をなるべく変えずに寄り添うように建てたことで、階段の多い設計となった。 また風を妨げないために、年間の風向き統計をとり、年間を通してなるべく風が抜けるよう、大きな屋根下の空洞を作り、サウナの外気浴のスペースとした。
宿泊キャビンについても、まず重量物である水回り設備は1つの棟に集約して、各キャビンは水回りはなしで束基礎とすることで土への荷重を押さえた。
またなるべく小さなキャビンとすることで、キャビン間を風が抜けるように設計した。この設計により、お客様にとっての不便が生じることになるので悩んだのは確かだ。 風を通すため壁のないテント下のスペースでバーベキューをするわけだが、雨の日や寒い日などは快適ではない。水回りが各棟にないので、シャワーや給水や食器洗いは外に行かないといけない。
悩んだのだが、そのときにリサーチで行ったグランピング施設で強く思うところがあった。そのグランピングは今どき主流の、シャワーとバーベキュー部屋付きキャビンだった。雨も寒さもへっちゃらでエアコン利かせてバーベキューできるし、シャワーもついてるから外に出る必要がない。そう、外に出る必要がないから、ずっと屋内にいる。
それってアウトドアだろうか?と思った。
本来グランピングというのは、屋内で過ごすホテルの利便性とテントキャンプの間にあるべきもの。良い天候で気持ち良い時もあれば天候に振り回されてしまう部分もあって、いろいろな意味で深く自然を感じる、でも快適な宿泊スペースや屋内リビングの滞在もできる、本来のグランピングを目指そう、と決意。 そのことで事業と里山再生との共存が見えてきた。
サウナについては「アウトドアサウナの革命」を掲げた。 アウトドアサウナは、水着を着て自然の中、外でサウナをするスタイルだが、悪い口コミが多かったし、リサーチしていても私も感じることが多かった。 夏は水風呂がぬるくなる。冬は外で寒いし、サウナ室に寒気が流入してぬるくなる。虫が多い、などなど。100点は無理でも、なるべく克服していこうと計画した。
例えば浴槽を二つ用意して、1つは天然水のかけ流しの水風呂だが、もう1つは夏に10度以下にキンキンに冷やす水風呂となり、冬は40度の温まれる温浴となる。 冬や暑い日は内気浴も可能。サウナ室には風除室を設けて寒気が入らないようにする。自然環境が健康になれば、虫が大量発生しない、など対策を積み上げていった。
また遠方からわざわざ来ていただける観光サウナでもあるので、ある程度のインパクトと質の両立を目指さなければならない。これも設計士とサウナ王、アミナコレクションでアイデアを掛け合わせていって納得いくものとなった。
山サウナは日本初で暖炉の火を眺めることに主眼目としたサウナで、ベンチが熱いので足を先に冷ますために風除室に水を流したり、それらはアミナコレクションのアイデア。サウナ室の中に生の木を設置するアイデアはサウナ王。
滝サウナの、滝を流すアイデアや床に水を流すアイデアは設計士だが、当初サウナ室の窓の外に滝を流す案をサウナ室の中に流そう(それもギネスに乗るレベルの水量の滝を落とそう)と提案したのはサウナ王。
水風呂を、近隣の水汲み場「滝の不動尊」と同じように筒に水を流して落とそうとアイデアを出したのはサウナ王。二つの浴槽の提案はアミナコレクション。風が抜けるような設計(冬は北風をシャットアウトする設計でもある)によって最高の外気浴を産み出したが、設計士のアイデア。
互いに言い合いになったりしたものの、世の中を圧倒するものを創ろうという大きな方向性は一致していたし、力のある人それぞれが力を発揮して、かつ結果として融合していった。もはや誰のアイデアだったかというより、自分たちが創り出した、と皆が感じてると思う。
施設オープン前から里山再生のワークショップも自社で試行していった。里山再生もいろいろな流派があって、私たちは日本古来の手法に基づきたいと思うものの、その手法すら専門家によって言うことが異なる。 いろいろ考えた末、彼らから学びつつも、自分たちなりのノウハウを創っていこう、となった。やってみて、実際に良くなっていったことを是としよう。失敗を繰り返しても、それもノウハウとして昇華していって、長期的には里山が元気になっていけばよい、と信じている。
サトヤマテラスがオープンすると、広告ゼロで何もしていないにもかかわらず、SNS中心に口コミが広がり想像以上のお客様がいらっしゃった。 サウナシュラン という業界で最も影響力ある賞も獲得した。
コロナ禍であった2021年から始まって開業まで3~4年かけ、スーパーヒットしか許されないプロジェクトだったので、まずは嬉しく思った。 ただ里山の再生は10年20年単位で進めねばならないし、事業の共存という意味では課題も多々ある。 サトヤマテラスという価値と魅力をさらに磨き上げて、お客様の滞在の喜びと共に、世に伝えていきたい。
「水と風を、味わう。」をコンセプトとしたグランピング・サウナ施設のSATOYAMA TERRACE。 昔ながらの里山風景を今に残す千葉・富津。吹く風は、森、土、海の匂いを連れて、どこまでもおおらかです。
ここには水脈と自然景観を活かし、水と風を味わえる、人と自然が共に息づく本格アウトドアサウナがあります。 暖炉の火を眺めながら五感を刺激する山サウナ、サウナの中に滝が流れる幻想的な滝サウナがあり、どちらも水着着用の男女共用サウナです。 レンタルの水着やサウナハットもあるので、気軽に本格アウトドアサウナが楽しめます。
千葉県富津市/SATOYAMA TERRACE
アミナコレクション創業者 進藤幸彦の次男坊。2010年に社長に就任。 1975年生まれ。自然と歴史と文化、それを巡る旅が好き。
自然とともに過ごす豊かさを、滞在というかたちで届けたい——そんな想いから生まれた「サトヤマテラス」。構想の原点は、自然と共に生きる文化への関心と、一つの土地との出会いにありました。
幾度もの試行錯誤を経てたどり着いたこの場所で、里山再生と事業の両立に挑んだ軌跡を、アミナコレクション代表自らの言葉で紐解きます。
目次
自然とともにある事業への想い
いつからだったかは思い出せないが、おぼろげに自然との触れ合いをテーマに事業をやりたいという想いはあった。それは個人的な想いもあったかもしれないが、アミナコレクションの理念である民俗文化が自然と共に生きた人間社会の文化であるという理念もあり、大きく影響していたと思う。
2015年にチャイハネのイベントとしてキャンプイベントを始めてからは、そのイベント拠点としてのキャンプ場が欲しいと思い、可能性のある土地情報が入れば見に行く、ということをしていた。
模索の連続:理想の土地を探して
2026/10/24(土)-25(日)GLOBALCAMP FESTIVALvol.14開催決定!
のちにサトヤマテラス事業の責任者になるリーダーと、箱根、富士、道志、厚木、館山、などの土地を一緒に見に行ったのだが、かすりもせず、ほとんど笑い話だった。
箱根の土地では温泉が湧いていたことに興奮したものの、ほとんど崖に近い斜面ばかりで話にならなかった。
富士も面積も狭いうえに、オーナーさんも売る意思も曖昧。
道志は完全なる斜面の林道で、敷地を歩き回ったときに大量のヒルが吸い付いて血だらけになって帰る。
厚木は既存のアスレチックがあって平地がほとんどなく、ウサギに指を食いちぎられた人の話や、アスレチックで骨折した人の話などを聞かされて帰る。
そしてコロナ禍となったときに館山の土地の話が来た。
リサーチはもうこりごりだったが、コロナ禍で時間に余裕があったため行くことにした。やはり館山も竹藪の土地で、平地が少なく、何かアウトドア事業をやるとかは論外であった。
その帰りの高速道路で、私が助手席でネットで土地情報を見ていたら、富津の土地が売りに出ていた。どうもその物件は平地が広く見えて可能性を感じたので、もう懲りていたのだが、翌週その土地を見に行くことにした。
ほとんど期待せずに現地に辿り着いてみて、驚いた。
里山とそのほとりに広がる土地だったのだが、まず気が晴れいてるというか土地の気持ち良さを感じた。ほとりには小川も流れていて、近隣に清浄な水が湧いている場所もあって地元の人も観光客も汲みに来たりしていた。これは行ける、という不思議な高揚感と直感のもと、ひとまず土地を買うことにした。
グランピングからサウナへ
その後にチャイハネのリーダーも連れて現地に来たが、キャンプ用地としては小さい土地であり、チャイハネでは使えない、収支的にはグランピングならば成り立つな、となった。
本棟を建築して、トレーラーハウスを並べて宿泊棟としてしまえばどうだろう、とかいう構想となっていった。そのときに、チャイハネリーダーがふと、「サトヤマテラス」というネーミングを提案してきて、里山のふもとの施設としてぴったりと思い、そのまま使われることとなった。
グランピングの構想を練っていた時に、本棟の建築はちょっと尖ったものにしたかった。
そこで星野リゾートも手掛けているような設計事務所に設計を依頼しに行った。設計の契約を進めていく中で、ちょうど 呼子での町おこし でサウナをやろうという話が持ち上がった。
普通のグランピングをやっても差別化が難しいので、このグランピングでもサウナをやったらどうかという話になる。
最初はバレルサウナという安価な量産型のサウナ室を設置するぐらいのイメージであったが、サウナをリサーチして全国行脚をしている中、そんな安易なものでは集客にならないと察して、本格的なアウトドアサウナを目指すこととなる。
サウナは呼子と横浜、そしてこの富津と同時設計となり、サウナ王と呼ばれるコンサルタントと組んで企画を進めた。
設計士の提案は素晴らしいもので、富津の地域特性を参考に、鋸山をイメージしたキャビン群やサウナを組み込んだ本棟を提案してきた。
里山再生と「水と風」
その設計を進める中で重要なテーマが浮上してきた。何度も富津に足を運んでいるうちに、千葉県の里山という里山が竹藪化していることに気づいた。サトヤマテラスの里山も一部竹藪化したり、斜面が崩壊していたりしていた。
そこで里山再生で有名な方々に会いに行き、実情と対策を聞きこんでいった。
もともと里山のふもとの村では、水源に関わる山や谷筋を守ってきた。千葉県の房総半島は豊かな里山により巨大な地下水が形成され、その潤沢で清浄な地下水を汲み上げて東京湾岸の工業地帯が形成されたという。その地域を支えてきた里山が公共工事や人為的な開発により傷んでしまっている。
なぜ里山が壊れてしまうのか?
どうやったら息を吹き返すのか?
事業開発と自然が共存できるのか?
その問いかけの答えは、水と風の循環だと教えてもらった。地面の下、土の中で水が循環していれば、ほぼ一定温度の地下水と大気の温度差で風が吹く。水と風が循環することで、土地が呼吸して植生や生態系も活発化し、自然の力を取り戻していくということであった。
このお話を聞いているときに、こみ上げるものがあった。
自然の恵みの恩恵に感謝を捧げ、同時に冒涜すれば災害となってかえってくるという畏怖も持ちつつ、里山を守ってきた先人達。それに比べて、私たち現代人は何をしてきてしまったのか。
日本中で起きいてる土砂崩れや熊などの問題も里山を壊してしまったから。土砂崩れを恐れさらにコンクリートで固めて山を窒息させ、さらなる土砂崩れの要因としてしまう。
山の食物連鎖の頂点の熊でさえ山を降りざるを得ないほど自然が壊れてしまって、熊の次にその厄災を被るのは人類であるということに気づかない。
そして個人的な話ではあるが、私が父からいただいた名前は「さわと」、川(沢)の男を意味していて、水を司る。そして奥さんの強い希望で、私の子供達にはすべて風の字を入れ込んでいた。里山再生のキーワードも、水と風。運命的なものを感じた。
さらにブランディングデザインを依頼していた会社から、まるで示し合わせたかのように「水と風を味わう」という施設コンセプトが提案されたのだ。すべてが重なって怖いほどだった。
自然と共存する設計思想
よし! 里山再生と共存を図る事業を目指そう。
里山の自然とともに滞在する豊かさをサウナと宿泊を通して伝えていこう!
その意思と想いが立ち上げの苦難を乗り越える原動力となり、運営を続ける強い意思へと変わっていった。
実際にコロナ禍終盤の建築費高騰で、建築予算が倍に膨れ上がり、何度もあきらめかけた。継続していくにも、スーパーヒットさせないと投資を回収できないほどに予算が膨らんでいた。
予算を少しでも抑えるために設計を練り直したり、スーパーヒットに繋がる魅力を向上することでリスクを押さえようとしたり、ストレスな試行錯誤を続けた。
里山再生を進め、同時に真に人が居心地のよいサウナと宿泊の滞在を提供する事業を成立させる。
この意思だけが最後の拠りどころとなり、心が折れそうなとき何度もそこに立ち返って進めていったのだ。
さらにはこの里山再生のミッションがアミナコレクション理念にとっても重要な位置づけになると感じて、会社50周年プロジェクトとして格上げもして進めたのである。
里山再生と事業の両立という方針に共感してくれた設計士からも、土中の水の循環を壊さず風を通す建築案が提案された。本棟は斜面の形状をなるべく変えずに寄り添うように建てたことで、階段の多い設計となった。
また風を妨げないために、年間の風向き統計をとり、年間を通してなるべく風が抜けるよう、大きな屋根下の空洞を作り、サウナの外気浴のスペースとした。
より深く自然を感じて
宿泊キャビンについても、まず重量物である水回り設備は1つの棟に集約して、各キャビンは水回りはなしで束基礎とすることで土への荷重を押さえた。
またなるべく小さなキャビンとすることで、キャビン間を風が抜けるように設計した。この設計により、お客様にとっての不便が生じることになるので悩んだのは確かだ。
風を通すため壁のないテント下のスペースでバーベキューをするわけだが、雨の日や寒い日などは快適ではない。水回りが各棟にないので、シャワーや給水や食器洗いは外に行かないといけない。
悩んだのだが、そのときにリサーチで行ったグランピング施設で強く思うところがあった。そのグランピングは今どき主流の、シャワーとバーベキュー部屋付きキャビンだった。雨も寒さもへっちゃらでエアコン利かせてバーベキューできるし、シャワーもついてるから外に出る必要がない。そう、外に出る必要がないから、ずっと屋内にいる。
それってアウトドアだろうか?と思った。
本来グランピングというのは、屋内で過ごすホテルの利便性とテントキャンプの間にあるべきもの。良い天候で気持ち良い時もあれば天候に振り回されてしまう部分もあって、いろいろな意味で深く自然を感じる、でも快適な宿泊スペースや屋内リビングの滞在もできる、本来のグランピングを目指そう、と決意。
そのことで事業と里山再生との共存が見えてきた。
快適なアウトドアサウナ
サウナについては「アウトドアサウナの革命」を掲げた。
アウトドアサウナは、水着を着て自然の中、外でサウナをするスタイルだが、悪い口コミが多かったし、リサーチしていても私も感じることが多かった。
夏は水風呂がぬるくなる。冬は外で寒いし、サウナ室に寒気が流入してぬるくなる。虫が多い、などなど。100点は無理でも、なるべく克服していこうと計画した。
例えば浴槽を二つ用意して、1つは天然水のかけ流しの水風呂だが、もう1つは夏に10度以下にキンキンに冷やす水風呂となり、冬は40度の温まれる温浴となる。
冬や暑い日は内気浴も可能。サウナ室には風除室を設けて寒気が入らないようにする。自然環境が健康になれば、虫が大量発生しない、など対策を積み上げていった。
また遠方からわざわざ来ていただける観光サウナでもあるので、ある程度のインパクトと質の両立を目指さなければならない。これも設計士とサウナ王、アミナコレクションでアイデアを掛け合わせていって納得いくものとなった。
山サウナは日本初で暖炉の火を眺めることに主眼目としたサウナで、ベンチが熱いので足を先に冷ますために風除室に水を流したり、それらはアミナコレクションのアイデア。サウナ室の中に生の木を設置するアイデアはサウナ王。
滝サウナの、滝を流すアイデアや床に水を流すアイデアは設計士だが、当初サウナ室の窓の外に滝を流す案をサウナ室の中に流そう(それもギネスに乗るレベルの水量の滝を落とそう)と提案したのはサウナ王。
水風呂を、近隣の水汲み場「滝の不動尊」と同じように筒に水を流して落とそうとアイデアを出したのはサウナ王。二つの浴槽の提案はアミナコレクション。風が抜けるような設計(冬は北風をシャットアウトする設計でもある)によって最高の外気浴を産み出したが、設計士のアイデア。
互いに言い合いになったりしたものの、世の中を圧倒するものを創ろうという大きな方向性は一致していたし、力のある人それぞれが力を発揮して、かつ結果として融合していった。もはや誰のアイデアだったかというより、自分たちが創り出した、と皆が感じてると思う。
事業と里山の未来
施設オープン前から里山再生のワークショップも自社で試行していった。里山再生もいろいろな流派があって、私たちは日本古来の手法に基づきたいと思うものの、その手法すら専門家によって言うことが異なる。
いろいろ考えた末、彼らから学びつつも、自分たちなりのノウハウを創っていこう、となった。やってみて、実際に良くなっていったことを是としよう。失敗を繰り返しても、それもノウハウとして昇華していって、長期的には里山が元気になっていけばよい、と信じている。
サトヤマテラスがオープンすると、広告ゼロで何もしていないにもかかわらず、SNS中心に口コミが広がり想像以上のお客様がいらっしゃった。
サウナシュラン という業界で最も影響力ある賞も獲得した。
コロナ禍であった2021年から始まって開業まで3~4年かけ、スーパーヒットしか許されないプロジェクトだったので、まずは嬉しく思った。
ただ里山の再生は10年20年単位で進めねばならないし、事業の共存という意味では課題も多々ある。
サトヤマテラスという価値と魅力をさらに磨き上げて、お客様の滞在の喜びと共に、世に伝えていきたい。
千葉県富津市/SATOYAMA TERRACE
「水と風を、味わう。」をコンセプトとしたグランピング・サウナ施設のSATOYAMA TERRACE。
昔ながらの里山風景を今に残す千葉・富津。吹く風は、森、土、海の匂いを連れて、どこまでもおおらかです。
ここには水脈と自然景観を活かし、水と風を味わえる、人と自然が共に息づく本格アウトドアサウナがあります。
暖炉の火を眺めながら五感を刺激する山サウナ、サウナの中に滝が流れる幻想的な滝サウナがあり、どちらも水着着用の男女共用サウナです。
レンタルの水着やサウナハットもあるので、気軽に本格アウトドアサウナが楽しめます。
千葉県富津市/SATOYAMA TERRACE
筆者プロフィール:進藤さわと
アミナコレクション創業者 進藤幸彦の次男坊。2010年に社長に就任。
1975年生まれ。自然と歴史と文化、それを巡る旅が好き。
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