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フランスにあるモンサンミッシェル。一度は見ておきたい有名な場所なので、行ってみました。観光地だと思って足を踏み入れたのに、アレ?この場所って・・・
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干潟の向こう側に、島ごと浮かび上がるように建っているモンサンミッシェル。その姿は美しくも神秘的で、遥か遠くからでもシルエットを見つけることができます。でもモンサンミッシェルへ行くのは、実は体力勝負。姿は見えているのに、なかなかかたどり着けない。思っている以上に過酷な場所です。
旅の途中からずっとその姿を見せてくれていたモンサンミッシェル。橋のたもとにある駐車場に車を止め、肉眼でその姿を捉えた瞬間「着いた!」と思いました。パリから車で4時間、とても長い移動時間でした。
駐車場からモンサンミッシェルの入口までは、一本の長い橋を渡っていきます。徒歩で約30分。一直線の橋の上をひたすら歩きます。見えているのに、なかなかたどり着かない。何だか少し試されているような気分でした。
モンサンミッシェルを一言で表すとしたら「山」。頂上へ行くためには坂をひたすら登っていかなくてはなりません。
くねくねした石の道を登っていく途中、何度も小さな祈りの場をみかけました。聖人や聖母、天使の像が置かれただけの小さな祈りの空間です。感覚的には日本のお地蔵さんと同じでしょうか。その全てが、思わず跪きたくなるような不思議な雰囲気をもっており、私も思わず足を止めます。
チラリと見ただけですが、どの像の前にも無数の蝋燭が灯っていました。熱心に祈りを捧げる人の姿も幾度となく見かけます。揺らめく火の数があまりに多く、私は思いました。「ここは、観光地ではないのかも」と。
中腹まで登ったところには、立派な教会もありました。さすがフランスと言いたくなるような気品あふれる装飾の数々。光の加減か全てがキラキラ輝いていて、うっとりしてしまいます。
でも、その脇にある聖母象の前では、50代ほどの女性が涙を流していました。隣には若い女性がいて慰めの言葉をかけています。誰かを亡くしたのでしょうか…。その泣き方があまりに悲痛で、私は悟りました。「ここは遊びに来る場所じゃない。祈る場所なのだ」と。
姫路城や首里城のような“見る場所”を想像していたのに、伏見稲荷の参道を歩いている感覚でした。見学するというより、黙って中に入っていく、モンサンミッシェルはそんな場所でした。
教会を出ると、急だった坂がさらに勾配をあげました。もうかなりの距離を歩いています。「こんなにキツイと思わなかった」思わず独り言が出ました。美しい石畳みの坂道は、歩いても歩いても終わりが見えません。それどころか、「人を寄せ付けたくない」とでもいうかのように角度がキツくなっていきます。
周囲の建物もどんどん変化していきました。モンサンミッシェルの入口付近にあったお土産屋さんやホテル、カフェはどこかに去ってしまい、要塞のような無機質な造りの建物が目立ちます。
「入口付近はあんなに賑やかで、テーマパークのようだったのに」そんな事を考えながら歩いていたら、目の前を歩いていた観光客の一人が「失礼」と言って引き返してきました。どこまでも続く階段を前に心が折れてしまったのでしょう。「もう歩けない。私はここでいい」そう言って、階段近くの椅子に座り込んでしまいました。
改めて周囲を見渡すと、頂上を諦める人の姿は、あちらにもこちらにもありました。モンサンミッシェルはアクセスの悪い場所です。「行こう」と心を決めなければ辿りつけません。でも…頂上の景色を断念しても仕方ないくらいキツイ坂が続いていました。
登っても登っても続く坂道をうらめしく思いながらも、私は頂上を目指して歩き続けます。周囲の景色はさらに静かなものになっていました。初期の頃に溢れていた色や装飾、人混みはもうどこにもありません。そぎ落とされた空間だけが広がっていきます。
やっとの思いで最上階の修道院に到着すると、観光客は1/3ほどに減っていました。世界的な観光地だというのに、ただ静かでした。
モンサンミッシェルの修道院といえば、美しい回廊や、繊細な彫刻が施された円柱、ステンドグラスで輝く礼拝堂が有名です。ですが、修道院内を歩いていて私の目に止まったのは、何もない空間の方でした。
飾り一つない空間の中を修道士がゆっくり歩いて行きます。その姿は、タイムスリップを疑うほど非現実的な光景でした。じっと見ていると自分が吸い込まれそうになります。暗がりに消えていく修道士の後ろ姿は「モンサンミッシェルは今も修道院として機能している」そんな当たり前のことを私に伝えているようでした。
美しい回廊を通り過ぎると、全貌を見渡せる塔のような場所に辿り着きました。周囲を見渡すと、どこまでも干潟が続いています。陸の孤島という言葉がピッタリの光景でした。
修道院にいるのに不謹慎にも「まるで刑務所みたい」だと思ってしまいました。モンサンミッシェルは、俗世から隔離された場所。入ってくるのも出ていくのも物凄く大変です。俗世間から隔離された修道院というより、囚人を見張るための刑務所や要塞という言葉の方が似合っているように思いました。それくらい閉鎖的なものを感じました。
そして私のこの感覚は気のせいではありませんでした。モンサンミッシェルは、実際に刑務所や要塞として利用されていた歴史があったのです。
最上階の修道院からの下り道、私の心は無口になっていました。「一度は見ておきたい」そんな軽い気持ちで訪れた自分が、少し場違いに思えていました。険しい坂の上にそびえ立つ修道院の内部に、キャーキャー騒いでいる観光客は一人もいませんでした。
穏やかなフランスの風が駆け抜けていきます。途中、あの教会の前を通りました。涙を流していた女性の姿は、もうありませんでした。彼女は頂上を目指さなかったのかもしれないし、祈りを終えて帰ったのかもしれません。
モンサンミッシェルの頂上は、必ず辿り着かなければならない場所ではありません。どこで立ち止まってもいい。どこで引き返してもいい。島のすべてが祈りの行き先なのです。
修道院と下界を、まるで道しるべのように繋げている小さな祈りの場をたどりながら、私はただ静かに来た道を戻りました。
世界の絶景と称されるお城に訪れる▼
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大学卒業後、ライター&編集者として出版社や新聞社に勤務。マイナーな国をメインに、世界中を旅する。旅先で出会ったイスラム教徒と国際結婚。出産&離婚&再婚を経て現在は2児の母。公式HP:Lucia Travel
フランスにあるモンサンミッシェル。一度は見ておきたい有名な場所なので、行ってみました。
観光地だと思って足を踏み入れたのに、アレ?この場所って・・・
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目次
モンサンミッシェルへの道は険しい
干潟の向こう側に、島ごと浮かび上がるように建っているモンサンミッシェル。その姿は美しくも神秘的で、遥か遠くからでもシルエットを見つけることができます。
でもモンサンミッシェルへ行くのは、実は体力勝負。姿は見えているのに、なかなかかたどり着けない。思っている以上に過酷な場所です。
旅の途中からずっとその姿を見せてくれていたモンサンミッシェル。
橋のたもとにある駐車場に車を止め、肉眼でその姿を捉えた瞬間「着いた!」と思いました。パリから車で4時間、とても長い移動時間でした。
駐車場からモンサンミッシェルの入口までは、一本の長い橋を渡っていきます。
徒歩で約30分。一直線の橋の上をひたすら歩きます。
見えているのに、なかなかたどり着かない。何だか少し試されているような気分でした。
無数にある”祈りの場”
モンサンミッシェルを一言で表すとしたら「山」。
頂上へ行くためには坂をひたすら登っていかなくてはなりません。
くねくねした石の道を登っていく途中、何度も小さな祈りの場をみかけました。
聖人や聖母、天使の像が置かれただけの小さな祈りの空間です。感覚的には日本のお地蔵さんと同じでしょうか。
その全てが、思わず跪きたくなるような不思議な雰囲気をもっており、私も思わず足を止めます。
チラリと見ただけですが、どの像の前にも無数の蝋燭が灯っていました。熱心に祈りを捧げる人の姿も幾度となく見かけます。
揺らめく火の数があまりに多く、私は思いました。「ここは、観光地ではないのかも」と。
中腹まで登ったところには、立派な教会もありました。
さすがフランスと言いたくなるような気品あふれる装飾の数々。光の加減か全てがキラキラ輝いていて、うっとりしてしまいます。
でも、その脇にある聖母象の前では、50代ほどの女性が涙を流していました。隣には若い女性がいて慰めの言葉をかけています。誰かを亡くしたのでしょうか…。
その泣き方があまりに悲痛で、私は悟りました。「ここは遊びに来る場所じゃない。祈る場所なのだ」と。
姫路城や首里城のような“見る場所”を想像していたのに、伏見稲荷の参道を歩いている感覚でした。
見学するというより、黙って中に入っていく、モンサンミッシェルはそんな場所でした。
ふるい落とされる人々
教会を出ると、急だった坂がさらに勾配をあげました。もうかなりの距離を歩いています。「こんなにキツイと思わなかった」思わず独り言が出ました。
美しい石畳みの坂道は、歩いても歩いても終わりが見えません。それどころか、「人を寄せ付けたくない」とでもいうかのように角度がキツくなっていきます。
周囲の建物もどんどん変化していきました。モンサンミッシェルの入口付近にあったお土産屋さんやホテル、カフェはどこかに去ってしまい、要塞のような無機質な造りの建物が目立ちます。
「入口付近はあんなに賑やかで、テーマパークのようだったのに」そんな事を考えながら歩いていたら、目の前を歩いていた観光客の一人が「失礼」と言って引き返してきました。
どこまでも続く階段を前に心が折れてしまったのでしょう。「もう歩けない。私はここでいい」そう言って、階段近くの椅子に座り込んでしまいました。
改めて周囲を見渡すと、頂上を諦める人の姿は、あちらにもこちらにもありました。
モンサンミッシェルはアクセスの悪い場所です。「行こう」と心を決めなければ辿りつけません。でも…頂上の景色を断念しても仕方ないくらいキツイ坂が続いていました。
修道院の静けさ
登っても登っても続く坂道をうらめしく思いながらも、私は頂上を目指して歩き続けます。
周囲の景色はさらに静かなものになっていました。初期の頃に溢れていた色や装飾、人混みはもうどこにもありません。そぎ落とされた空間だけが広がっていきます。
やっとの思いで最上階の修道院に到着すると、観光客は1/3ほどに減っていました。世界的な観光地だというのに、ただ静かでした。
モンサンミッシェルの修道院といえば、美しい回廊や、繊細な彫刻が施された円柱、ステンドグラスで輝く礼拝堂が有名です。
ですが、修道院内を歩いていて私の目に止まったのは、何もない空間の方でした。
飾り一つない空間の中を修道士がゆっくり歩いて行きます。その姿は、タイムスリップを疑うほど非現実的な光景でした。じっと見ていると自分が吸い込まれそうになります。
暗がりに消えていく修道士の後ろ姿は「モンサンミッシェルは今も修道院として機能している」そんな当たり前のことを私に伝えているようでした。
かつて監獄だった歴史
美しい回廊を通り過ぎると、全貌を見渡せる塔のような場所に辿り着きました。
周囲を見渡すと、どこまでも干潟が続いています。陸の孤島という言葉がピッタリの光景でした。
修道院にいるのに不謹慎にも「まるで刑務所みたい」だと思ってしまいました。
モンサンミッシェルは、俗世から隔離された場所。入ってくるのも出ていくのも物凄く大変です。
俗世間から隔離された修道院というより、囚人を見張るための刑務所や要塞という言葉の方が似合っているように思いました。それくらい閉鎖的なものを感じました。
そして私のこの感覚は気のせいではありませんでした。モンサンミッシェルは、実際に刑務所や要塞として利用されていた歴史があったのです。
脱獄はムリそう
モンサンミッシェルの静謐さに触れて
最上階の修道院からの下り道、私の心は無口になっていました。「一度は見ておきたい」そんな軽い気持ちで訪れた自分が、少し場違いに思えていました。
険しい坂の上にそびえ立つ修道院の内部に、キャーキャー騒いでいる観光客は一人もいませんでした。
穏やかなフランスの風が駆け抜けていきます。
途中、あの教会の前を通りました。涙を流していた女性の姿は、もうありませんでした。彼女は頂上を目指さなかったのかもしれないし、祈りを終えて帰ったのかもしれません。
モンサンミッシェルの頂上は、必ず辿り着かなければならない場所ではありません。
どこで立ち止まってもいい。どこで引き返してもいい。島のすべてが祈りの行き先なのです。
修道院と下界を、まるで道しるべのように繋げている小さな祈りの場をたどりながら、私はただ静かに来た道を戻りました。
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世界の絶景と称されるお城に訪れる▼
美しい建築と暖かい人々に触れた旅▼
筆者プロフィール:R.香月(かつき)
大学卒業後、ライター&編集者として出版社や新聞社に勤務。
マイナーな国をメインに、世界中を旅する。
旅先で出会ったイスラム教徒と国際結婚。
出産&離婚&再婚を経て現在は2児の母。
公式HP:Lucia Travel