フィリピンの貧困を目の当たりにした日|下着のない男の子と、正解のない選択

フィリピンで、下半身に何も身につけていない五歳ほどの男の子に出会った。
私は彼に服をあげた。けれど、食べ物はあげなかった。それが正しかったのか、今も分からない。

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道路の向こう側、下着のない男の子

それは、世界が薄暗くなる時間帯のことだった。日が暮れる前にホテルに戻りたかった私は、足早に歩いていた。息が切れる。
決して安全とは言えない地域。夜になる前に、どうしてもホテルにたどり着きたいと思っていた。

周囲を観察する余裕などないはずなのに、ひとりの男の子に目が止まった。年齢は五歳くらい。母親と手をつなぎ、歩道を歩いている。
その男の子は、車が走る車道を挟んだ反対側の歩道から、私の進む方向へ歩いてきていた。

なぜ気になったのか。改めて母子を見て、すぐに理由が分かった。
男の子はズボンはおろか、下着さえ身につけていない。薄汚れた、ぺらぺらのTシャツの下は丸出しだった。

母親は大きな段ボールを抱えていた。今夜は、その段ボールの上で眠るのだろうか。男の子は母親に寄り添って歩きながら、どこか安心した表情で母親を見つめていた。服を身につけていないのに、不安や恥ずかしさなど微塵も感じていないようだった。

いくらフィリピンとはいえ、それは衝撃的な光景だった。男の子と私の間には、四車線もの道路があり、車がビュンビュンと行き交っている。理解しようとしても埋まらない溝があることを、突きつけられた気がした。

道路の向こう側、下着のない男の子 道路の両脇にズラリ並ぶ露店。
平日の昼間なのに子どもがたくさん。

フィリピンの貧困が映し出される地元市場

翌日、私はスリで有名な市場を訪れた。観光客はほとんどいない。野菜も肉も果物も衣類も、生活に必要なものはすべて道端に並んでいる。人々が日常の買い物をする市場は、驚くほどの活気にあふれていた。

一方で、道路は汚れ、いつのものか分からない雨水があちこちに溜まっている。
道路の両脇に立ち並ぶ露店の間を縫うように人が歩き、そのわずかな隙間に、車やバイクが無理やり突っ込んでくる。驚いた野良犬が走り出す。カオスだった。

市場では、道端に段ボールを敷いて眠っている人が何人もいた。暑さのせいか、布もかけずに横になっている。何かで囲ったり、目線を遮ったりする人はいない。人や車や犬や猫が行き交う真横で、そのまま人が眠っている。その光景は、異様だった。

犬を鎖につないだまま眠る女性もいた。彼女は、きっと今日の食事にも困っている。それでも犬をそばに置く。その姿が、なぜか強く心に残った。

大きな道の角を曲がると、生後半年ほどの赤ん坊が泣いていた。道路で横になる父親に抱かれ、大声で泣いている。きっと暑いのだろう。全身汗びっしょりで、顔が真っ赤だった。

隣では祖父らしき男性が、A4サイズにちぎった段ボールで、懸命に風を送っている。生まれて間もない赤ん坊。彼女に家はあるのだろうか。熱中症にならないのだろうか。
それでも、男性たちの様子からは、彼女を守ろうとする必死さが、はっきりと伝わってきた。

フィリピンの貧困が映し出される地元市場 人、犬、猫で溢れる市場。

男の子との再会。そして……

数日後、ホテルを出たところで、私は再びあの母子に出会った。男の子は、相変わらず下半身の素肌をさらしている。それでも少しも卑屈な表情をしていない。

母親は私に気づくと、英語で施しを求めた。「PLEASE」。

私は反射的に「待って」と返した。「この子に服をあげたい。戻ってくるから、絶対に待っていて」そう強く伝えた。ホテルまで三分。でも、その距離がひどく長く感じられた。
――この子に服を渡したい。どうか、私が戻ってくるのを待っていて。
それだけを考えながら走った。

ホテルに戻り、手当たり次第に服を袋に詰めた。自分の服、子どもの服。清潔な服なら何でもよかったが、その日に限って、洗濯待ちの服ばかりが部屋にあふれていた。彼らが次に洗濯できる日が、いつなのか分からない。だから、清潔な服だけを渡したかった。

気持ちが焦る。あまり時間がかかりすぎると、彼らは待ちぼうけだと勘違いして、帰ってしまうかもしれない。
「もっとあげられる服があるはずなのに」
苛立ってつぶやきながら、出口に転がっていた子どものサンダルをつかみ、私はドアを閉めた。

売られゆくであろう衣服の施し

走って戻ると、男の子は母親に抱っこされて待っていた。控えめに言っても、かなり仲の良い親子に見えた。母は子を慈しみ、子は母を信頼している。そのことが、遠目からでも分かってしまう。胸が痛かった。

私は一枚ずつ服を取り出し、「これは下着」「この子のサイズ。はかせてあげて」と説明した。母親は笑顔で聞いていたが、男の子に服を着せるそぶりは見せなかった。
「これ、下着。着せてあげて」
再度伝えると、母親は神妙な顔でうなずきながらも、「私のは?」と、自分の服を指さした。

「あなたの服は二枚しか用意できなかった。でも、ここにあるよ」
満足した母親は腰をかがめて袋を抱え、その場を去っていった。
母子が去ったあと、私は気づいた。彼女自身も、十分な衣類を身につけていなかったことに。

――知っていれば、女性用の下着も用意したのに。
後悔が押し寄せた。

去っていく二人の背中を見ながら、私は思った。
――服は、きっと売られるのだろう。

そのお金で食べ物を買う。男の子は、私があげたズボンやサンダルはおろか、下着さえ、はかせてもらえないかもしれない。私は男の子のために服をあげたのに…。
いや、分かっている。重要なのは、服より食べ物だ。彼女は、きっと正しい。

売られゆくであろう衣服の施し 右側中央には道路で寝る人の姿が。
こんな場所でも寝ます。

求められていたのは、食べ物?

滞在中、激しい雨が何度も降った。フィリピンの雨は容赦がない。スコールが来れば、街は一気に水に沈む。私が泊まっていたホテルも、少し前に地下が水没したと聞いた。

快適な部屋で雨音を聞きながら、私は市場で見た人たちのことを思い出していた。道路で食事をしていた家族。段ボールの上で眠る人々。洋服のない、あの親子。
雨が降った夜、彼らはどこで体を休めるのだろう。考えても答えは出ない。ただ、心配だけが残った。

そして、雨の夜になると必ず、あの母子のことを思い出した。もうひとつの後悔が、胸に浮かぶ。
私は、食べ物をあげなかった。正確に言えば、あげられなかった。手持ちの食料は、甘いお菓子だけだったからだ。

空腹の子どもにお菓子を渡すことは簡単だ。でも、彼らには歯を磨く習慣がないかもしれないし、歯医者に行くお金もない。虫歯になれば、治療できないまま痛みに耐えることになる。それが分かっていたから、私はお菓子を渡せなかった。

でも、本当にそれは正しかったのだろうか。
将来の虫歯より、今の空腹を満たしてあげることのほうが、正解だったのではないか。お腹を空かせた子どもを前に、私は頭で考えすぎたのではないか。

服も、食べ物も、どちらも十分ではなかった。あの母子は、この嵐から避難できているのだろうか。この大雨を、どうやってしのいでいるのだろうか。
あのとき、私にできたことは、結局ほんのわずかだった。

求められていたのは、食べ物? 新鮮なバナナは1キロ約200円。
頬が落ちる美味しさです。

貧しい人々への正しい行いとは

下半身をさらした男の子のことが忘れられず、私は現地の人に話をした。
以前、カンボジアを旅したとき、目を潰された男の子に出会ったことがある。塀の上に座る彼は、観光客から多くの施しを受けていた。

後から聞いた話では、“より多くの施しを受けるために”親が子どもの目を潰すことがあるという。腕を切り落としたり、四肢の欠けた子どもを“レンタル”したりする例もあるそうだ。
だから、もしかして――。あの親子も、援助を受けるために、意図的に洋服を着せていないのではないか。そんな疑念が頭をよぎった。

30代の女性は、「服をあげたの?」と私の行動に驚き、「時々、本当に支援が必要な人もいる。そのお母さんは、精神的な病気かもしれないね」と、そっけなく言った。「政府が助けるべきだ」とも。

もう一人は、20代の男性。敬虔なカトリック教徒の彼は、「僕もときどき洋服をあげるよ。食事を買ってあげることもある」と話した。
私が「でも数枚の洋服をあげたって、何も解決しない。自分が無力で、泣けてくる」と反論すると、彼は「それでも、君はいいことをしたんだ」と、私を慰めてくれた。

日本人からは、「若い母親なら、働けばいい」という声も聞いた。どの意見も、完全には否定できない。だから今も、自問自答している。
あのとき、私は何ができたのか。もっとできたことはあったのか。それとも、何もできなかったのか。
答えは出ていない。ただ、あの男の子の笑顔だけが、今も心に残っている。

R.香月(かつき)プロフィール画像

筆者プロフィール:R.香月(かつき)

大学卒業後、ライター&編集者として出版社や新聞社に勤務。
マイナーな国をメインに、世界中を旅する。
旅先で出会ったイスラム教徒と国際結婚。
出産&離婚&再婚を経て現在は2児の母。
公式HP:Lucia Travel


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