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たった一本の栓抜きを手に入れるために、繰り広げられた大冒険。今回は、小さな買い物が忘れられない思い出になる瞬間を紹介します。
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その日私は、どうしても瓶ビールが飲みたいと思っていました。缶より瓶のほうが断然おいしい──これは私の不動の持論です。特にフィリピンのサンミゲルは、瓶で飲むと風味が際立ちます。「中身、一緒ですか?」と聞きたくなるくらい美味しい!
だから立ち寄った先で瓶ビールを見つけた瞬間、心が踊りました。しかし私は栓抜きを持っていません。そしてこの店では栓抜きの販売がありませんでした。
缶なら手軽に開けられますが、瓶は栓抜きがないと開けられません。ライターや瓶同士をぶつけて栓を抜く方法もありますが、私はそれが下手…。大好きなビールにガラスが混入して捨てる羽目になることだけは避けたいと思いました。
どうして日本から栓抜きを持ってこなかったのか、どうして栓抜きが売っていないのか。愚痴とも困惑ともつかない気持ちがふくらんでいきます。
残念がっていると、棚の端に小さな一枚のPOPを見つけました。「ハイネケン3本購入で栓抜きプレゼント!」瞬間、世界が躍りました。
本当はサンミゲルが飲みたい。でも栓抜きがもらえるのならハイネケンでも問題なし。両方買って帰ろう!
そう思ってハイネケンをカートに入れていると、一緒にいた友人が「本当にやってるか確認したほうがいいよ」とボソリ。確かにPOP=現物保証ではありません。20年フィリピンで働く友人の助言に従い、店員に尋ねました。
通りかかった店員は「分からない」との返事。でもすぐに酒売り場の担当スタッフを呼んでくれました。何やら会話をしたあと、「カスタマーセンターで渡しますよ」と英語で教えてくれました。
私は安心して友人に「カスタマーセンターでもらえるって」と伝えましたが、友人は「カスタマーセンターの場所を聞いた?あと在庫も確認しよう」とトーン低めの返し。ごもっともです。
私たちはカスタマーセンターを探して店内を往復しましたが、レジ付近にも出入口にも見当たりません。
「カスタマーセンターって目立つところにあるんじゃないの?もしかして店外とか?」そんな疑問が浮かびます。
店員をつかまえて場所を聞くと、「付いてきて!」と明るく案内してくれました。確かにそこには「カスタマーセンター」と書いてありますが…こじんまりしていて、とても自力で辿り着ける場所ではありません。
さらに案内されたブースは無人。近くの店員をつかまえてハイネケンの特典について尋ねると、「え?!」と目を丸くされました。「え?!と言いたいのは私だよ…」と思いつつ、説明をします。
「ね、見て。ハイネケン3本買ったら栓抜き一本プレゼントって書いてあるよ。この栓抜き、まだある?」
念のため撮影しておいたPOPの写真を見せると、店員は何も知らない様子で別の店員を呼びました。ザワザワと相談が始まります。とうとう向かいの薬局から、ボスらしき女性まで登場。再びPOPの写真を見せながら説明します。
「このPOPどこで見たの?」
「お酒売り場だよ」
「それならお酒売り場で聞いて」
「お酒売り場の人に“カスタマーセンターで渡す”って言われたから、ここに来たんです。在庫ありますか?」
私が説明役になる、なんとも不思議な時間でした。
女性は「待ってて〜」と言い残し、どこかへ消えました。
私は友人に振り返り「分からないって」と伝えます。何度目でしょうか。友人は慣れた様子で何も言いません。5分ほどして女性が戻り、棚をごそごそ探すと栓抜きを取り出しました。
「コレ?」
女性は不安げに、Heinekenのロゴ入りの栓抜きを見せてきます。私は畳みかけるように「コレ!在庫あるよね?交換してもらえるよね?」と答えました。
「うん、在庫あるよ。ビールを買ったらレシート持ってまた戻ってきてね」
ようやく解決。私は軽い足取りでレジへ。
友人に「ごめんね、待たせたね」と言うと、微妙な表情。(待たされすぎて飽きちゃったかな?)
しかし会計後に戻ると、カスタマーセンターはまた空っぽでした。
ボスらしき女性がいた薬局に声をかけると、6人の女性が円陣を組んで談笑しています。私に気づいた一人が「Wait〜!」と目で合図。“待つことが当然”という空気が漂います。
しばらくして、一人の女性が「なぁに〜」とにこやかに来ました。また新しい人。仕切り直しの説明です。
「そこ、棚の中を見て!栓抜きあるでしょ?それが特典だよ」
しかし彼女は栓抜きを手にするとファイルを開き、「サインがいるのよ」と言い出しました。
「よく分からないの」とファイルをめくる彼女。“分からないなら私のサインでいいじゃない!”と「サインなら私が書くよ!」と応戦します。
急かす私とのんびりした店員。まさに日本とフィリピンの国民性の差を感じる時間でした。
しばらくすると店員が「はいどうぞ!」と栓抜きを差し出してきました。サインは結局不要とのこと。ペラペラの栓抜きでしたが、手に入れるまでのプロセスを思うと「生涯大切にしよう」と思えるものでした。
一部始終を見ていた友人は、「トップダウンがうまくいってないだけ。これがフィリピンスタイルだよ」と笑います。日本ならきっと怒っていたでしょう。でも、この日は違いました。たかが栓抜き、されど栓抜き。宝探しのようなこのプロセスが楽しかったのです。
すべてを見越していたのでしょう。友人は笑って言いました。「Welcome to Pilipinas。体験しなきゃ分からないでしょ?」
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大学卒業後、ライター&編集者として出版社や新聞社に勤務。マイナーな国をメインに、世界中を旅する。旅先で出会ったイスラム教徒と国際結婚。出産&離婚&再婚を経て現在は2児の母。公式HP:Lucia Travel
たった一本の栓抜きを手に入れるために、繰り広げられた大冒険。
今回は、小さな買い物が忘れられない思い出になる瞬間を紹介します。
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目次
瓶で飲む喜びを求めて
その日私は、どうしても瓶ビールが飲みたいと思っていました。
缶より瓶のほうが断然おいしい──これは私の不動の持論です。特にフィリピンのサンミゲルは、瓶で飲むと風味が際立ちます。「中身、一緒ですか?」と聞きたくなるくらい美味しい!
だから立ち寄った先で瓶ビールを見つけた瞬間、心が踊りました。しかし私は栓抜きを持っていません。そしてこの店では栓抜きの販売がありませんでした。
缶なら手軽に開けられますが、瓶は栓抜きがないと開けられません。ライターや瓶同士をぶつけて栓を抜く方法もありますが、私はそれが下手…。
大好きなビールにガラスが混入して捨てる羽目になることだけは避けたいと思いました。
どうして日本から栓抜きを持ってこなかったのか、どうして栓抜きが売っていないのか。愚痴とも困惑ともつかない気持ちがふくらんでいきます。
POPを信じるな!確認せよ!
残念がっていると、棚の端に小さな一枚のPOPを見つけました。
「ハイネケン3本購入で栓抜きプレゼント!」
瞬間、世界が躍りました。
本当はサンミゲルが飲みたい。でも栓抜きがもらえるのならハイネケンでも問題なし。両方買って帰ろう!
そう思ってハイネケンをカートに入れていると、一緒にいた友人が「本当にやってるか確認したほうがいいよ」とボソリ。
確かにPOP=現物保証ではありません。20年フィリピンで働く友人の助言に従い、店員に尋ねました。
通りかかった店員は「分からない」との返事。
でもすぐに酒売り場の担当スタッフを呼んでくれました。何やら会話をしたあと、「カスタマーセンターで渡しますよ」と英語で教えてくれました。
私は安心して友人に「カスタマーセンターでもらえるって」と伝えましたが、友人は「カスタマーセンターの場所を聞いた?あと在庫も確認しよう」とトーン低めの返し。ごもっともです。
人気のないカスタマーセンター
私たちはカスタマーセンターを探して店内を往復しましたが、レジ付近にも出入口にも見当たりません。
「カスタマーセンターって目立つところにあるんじゃないの?もしかして店外とか?」
そんな疑問が浮かびます。
店員をつかまえて場所を聞くと、「付いてきて!」と明るく案内してくれました。
確かにそこには「カスタマーセンター」と書いてありますが…こじんまりしていて、とても自力で辿り着ける場所ではありません。
さらに案内されたブースは無人。近くの店員をつかまえてハイネケンの特典について尋ねると、「え?!」と目を丸くされました。
「え?!と言いたいのは私だよ…」と思いつつ、説明をします。
「ね、見て。ハイネケン3本買ったら栓抜き一本プレゼントって書いてあるよ。この栓抜き、まだある?」
念のため撮影しておいたPOPの写真を見せると、店員は何も知らない様子で別の店員を呼びました。ザワザワと相談が始まります。
とうとう向かいの薬局から、ボスらしき女性まで登場。再びPOPの写真を見せながら説明します。
「このPOPどこで見たの?」
「お酒売り場だよ」
「それならお酒売り場で聞いて」
「お酒売り場の人に“カスタマーセンターで渡す”って言われたから、ここに来たんです。在庫ありますか?」
私が説明役になる、なんとも不思議な時間でした。
たらい回しの果てに
女性は「待ってて〜」と言い残し、どこかへ消えました。
私は友人に振り返り「分からないって」と伝えます。何度目でしょうか。友人は慣れた様子で何も言いません。
5分ほどして女性が戻り、棚をごそごそ探すと栓抜きを取り出しました。
「コレ?」
女性は不安げに、Heinekenのロゴ入りの栓抜きを見せてきます。
私は畳みかけるように「コレ!在庫あるよね?交換してもらえるよね?」と答えました。
「うん、在庫あるよ。ビールを買ったらレシート持ってまた戻ってきてね」
ようやく解決。私は軽い足取りでレジへ。
友人に「ごめんね、待たせたね」と言うと、微妙な表情。
(待たされすぎて飽きちゃったかな?)
しかし会計後に戻ると、カスタマーセンターはまた空っぽでした。
「待つ・待たせる」が当然のフィリピン文化
ボスらしき女性がいた薬局に声をかけると、6人の女性が円陣を組んで談笑しています。私に気づいた一人が「Wait〜!」と目で合図。
“待つことが当然”という空気が漂います。
しばらくして、一人の女性が「なぁに〜」とにこやかに来ました。
また新しい人。仕切り直しの説明です。
「そこ、棚の中を見て!栓抜きあるでしょ?それが特典だよ」
しかし彼女は栓抜きを手にするとファイルを開き、「サインがいるのよ」と言い出しました。
「よく分からないの」とファイルをめくる彼女。
“分からないなら私のサインでいいじゃない!”と「サインなら私が書くよ!」と応戦します。
急かす私とのんびりした店員。まさに日本とフィリピンの国民性の差を感じる時間でした。
Welcome to Pilipinas
しばらくすると店員が「はいどうぞ!」と栓抜きを差し出してきました。サインは結局不要とのこと。
ペラペラの栓抜きでしたが、手に入れるまでのプロセスを思うと「生涯大切にしよう」と思えるものでした。
一部始終を見ていた友人は、「トップダウンがうまくいってないだけ。これがフィリピンスタイルだよ」と笑います。
日本ならきっと怒っていたでしょう。でも、この日は違いました。たかが栓抜き、されど栓抜き。宝探しのようなこのプロセスが楽しかったのです。
すべてを見越していたのでしょう。友人は笑って言いました。
「Welcome to Pilipinas。体験しなきゃ分からないでしょ?」
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筆者プロフィール:R.香月(かつき)
大学卒業後、ライター&編集者として出版社や新聞社に勤務。
マイナーな国をメインに、世界中を旅する。
旅先で出会ったイスラム教徒と国際結婚。
出産&離婚&再婚を経て現在は2児の母。
公式HP:Lucia Travel