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ウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、カザフスタン。中央アジアには「〜スタン」と名のつく国が多くあります。地図の上では隣同士。でも、現実の距離はずっと遠い。カザフスタンの女性医師との会話を通して見えてきた〝スタン〟の関係性は、私が思っていたよりずっと複雑でした。
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ウズベキスタンを出国した私の飛行機の隣に座ったのは、カザフスタンの若い女性医師でした。顔立ちを見てすぐ、ウズベキスタンかその周辺の人だと分かりました。堀が深く、スタイルがよく、どこか華奢。ウズベキスタンで幾度となくすれ違った女性たちと同じ種類の美しさを持っていました。
彼女はつややかな髪をまとめ、限りなく白に近い淡いベージュのスーツを着用していました。指先まできちんと整っていて、どことなく都会的な香りがします。私は彼女の振る舞いに〝自信と余裕〟を感じていました。しばらくフライトを楽しんで、お互いが女性の一人旅だと分かると、自然に会話が弾みました。
彼女はカザフスタン出身の医者だと、そう自己紹介してくれました。20代前半か、もしかしたら10代にも見えそうなほど若いのにお医者さん。そして「日本で研修があるの」とフライトの目的をさらりと紹介してくれました。明るいトーンで話すその顔には、不安も迷いも見えません。
軽くショックを受けました。旧ソ連圏の女性が、日本で医療研修を受ける。中央アジアの国々はどこも少し閉鎖的で他国との交流を望まないイメージがあったので、そのギャップに驚きました。
日本でのカザフスタンのイメージといえば、「中央アジアのどこか」「砂漠」「何となく貧しい国」「情勢が不安」「宗教的な不自由」…。でも彼女を見ていると、それが勝手なイメージでしかないのだと思い知らされました。
彼女は無知な私に色々と教えてくれました。首都アスタナ(旧ヌルスルタン)やアルマトイには、高層ビルが立ち並んでいること。街を走る車はドイツ車ばかりだということ。国は石油と天然ガスで潤っており、中央アジアの中では別格の経済力をもっていること。
話を聞きながら改めて彼女を見ると、豊かさが全身に滲んでいました。清潔な服、最新のスマホ、揺れる黄金のピアス。どちらかと言えば、日本人の私の方が少し薄汚れて見えました。「そんなに若くてお医者さんなんて、すごいね」素直に尋ねると、彼女は少し笑って答えます。「それほど、特別なことじゃないのよ」言葉は謙虚でしたが、自信たっぷりに黄金色のピアスがきらりと光りました。
話の流れで中央アジアの話になると、少しだけ彼女の声のトーンが変わりました。
「ウズベクに行ったんだ。ふぅーん…」
「トルクメニスタンは、正直よく分からない国だよね」
同じスタンでも、彼女の中ではしっかり序列があるようで、その言葉には自国への誇りと少しの優越感が混じっていました。ウズベキスタンを旅して、ウズベキスタンが大好きになった私にとって、彼女の優劣をつけた話しぶりに胸の奥が静かに冷えました。
――あの美しい国を、そうとらえているんだ
「カザフスタンは豊かで近代的。女性も大学に行くし、医者や研究者になる。でも、ウズベキスタンやトルクメニスタン、タジキスタンでは正直難しいだろうね」
「そもそもカザフスタン以外では、大学に行けない女性もまだ多いのよ」
「私たちはかなり自由だけど、トルクメニスタンの女性は学校の制服の色まで国に指定されるんだって。閉鎖的よね」
国を超えるたびに、女性の可能性の線引きが変わる。それを思い知らされる発言でした。
彼女の話を聞きながら、私はウズベキスタンの街角で出会った少女の顔を思い出していました。まだ十歳そこそこの少女は、いつも橋のふもとで商売をしていました。学校に行くはずの年齢なのに、学校には行っていない。親の代わりに兄弟の面倒をみて、家のために働いて…。
彼女の色あせた洋服や人懐っこい目、眩しい笑顔が甦ります。独学で複数の外国語を覚え、観光客に合わせて言葉を変えていた、眩しいくらい真っ直ぐに生きる彼女と、今私の隣に座っているカザフスタンの女性医師。
どちらも中央アジアで生まれた女性なのに、ひとりは大学に行き医師になり研修で日本へ、もうひとりは…彼女はきっと今日も市場で笑っている。国境をひとつ越えるだけで生まれる現実を突きつけられて胸が痛みました。
機内サービスのコーヒーを片付けながら、私は小さく息を吐きました。
「あなたの国にはまだ行ったことがない。私の持っていたイメージと全然違うのね」そう彼女に伝えます。
「ウズベキスタンよりカザフスタンに来るべきだったと思うわ」
その言葉が、静かに胸に残りました。
カザフスタンの女性医師は、飛行機が到着するなり「私、迎えがくるから」と颯爽と飛行機を出て行きました。彼女が悪いわけではありません。でも、世界の不平等を目の当たりにして、胸の奥に複雑な気持ちがこみ上げました。
入国ゲートに近づきながら思いました。〝でも、こうして自由に飛行機に乗れる私も不平等のひとりなのだ〟と。私は自由に旅ができる。だから、いつかまた中央アジアを歩きたい。カザフスタンの医師は他の国を下に見ていたけれど、私はウズベキスタンが素晴らしい国だと断言できる。他の国も自分の目で確かめたい。“スタン”とひとくくりにされる国々の、その微妙な違いを、肌で感じながら歩きたい――。
ウズベキスタンで出会った少女の話はこちら▼
「スタン」にまつわる知識を徹底解説!▼
大学卒業後、ライター&編集者として出版社や新聞社に勤務。マイナーな国をメインに、世界中を旅する。旅先で出会ったイスラム教徒と国際結婚。出産&離婚&再婚を経て現在は2児の母。公式HP:Lucia Travel
ウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、カザフスタン。中央アジアには「〜スタン」と名のつく国が多くあります。
地図の上では隣同士。でも、現実の距離はずっと遠い。
カザフスタンの女性医師との会話を通して見えてきた〝スタン〟の関係性は、私が思っていたよりずっと複雑でした。
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目次
空の上で出会った若い医師
ウズベキスタンを出国した私の飛行機の隣に座ったのは、カザフスタンの若い女性医師でした。
顔立ちを見てすぐ、ウズベキスタンかその周辺の人だと分かりました。堀が深く、スタイルがよく、どこか華奢。
ウズベキスタンで幾度となくすれ違った女性たちと同じ種類の美しさを持っていました。
彼女はつややかな髪をまとめ、限りなく白に近い淡いベージュのスーツを着用していました。指先まできちんと整っていて、どことなく都会的な香りがします。私は彼女の振る舞いに〝自信と余裕〟を感じていました。
しばらくフライトを楽しんで、お互いが女性の一人旅だと分かると、自然に会話が弾みました。
彼女はカザフスタン出身の医者だと、そう自己紹介してくれました。20代前半か、もしかしたら10代にも見えそうなほど若いのにお医者さん。
そして「日本で研修があるの」とフライトの目的をさらりと紹介してくれました。明るいトーンで話すその顔には、不安も迷いも見えません。
軽くショックを受けました。旧ソ連圏の女性が、日本で医療研修を受ける。
中央アジアの国々はどこも少し閉鎖的で他国との交流を望まないイメージがあったので、そのギャップに驚きました。
中央アジアで一番リッチな国は?
日本でのカザフスタンのイメージといえば、「中央アジアのどこか」「砂漠」「何となく貧しい国」「情勢が不安」「宗教的な不自由」…。
でも彼女を見ていると、それが勝手なイメージでしかないのだと思い知らされました。
彼女は無知な私に色々と教えてくれました。
首都アスタナ(旧ヌルスルタン)やアルマトイには、高層ビルが立ち並んでいること。街を走る車はドイツ車ばかりだということ。国は石油と天然ガスで潤っており、中央アジアの中では別格の経済力をもっていること。
話を聞きながら改めて彼女を見ると、豊かさが全身に滲んでいました。清潔な服、最新のスマホ、揺れる黄金のピアス。どちらかと言えば、日本人の私の方が少し薄汚れて見えました。
「そんなに若くてお医者さんなんて、すごいね」素直に尋ねると、彼女は少し笑って答えます。
「それほど、特別なことじゃないのよ」言葉は謙虚でしたが、自信たっぷりに黄金色のピアスがきらりと光りました。
「スタン」のつく国の見えない序列
話の流れで中央アジアの話になると、少しだけ彼女の声のトーンが変わりました。
「ウズベクに行ったんだ。ふぅーん…」
「トルクメニスタンは、正直よく分からない国だよね」
同じスタンでも、彼女の中ではしっかり序列があるようで、その言葉には自国への誇りと少しの優越感が混じっていました。
ウズベキスタンを旅して、ウズベキスタンが大好きになった私にとって、彼女の優劣をつけた話しぶりに胸の奥が静かに冷えました。
――あの美しい国を、そうとらえているんだ
「カザフスタンは豊かで近代的。女性も大学に行くし、医者や研究者になる。でも、ウズベキスタンやトルクメニスタン、タジキスタンでは正直難しいだろうね」
「そもそもカザフスタン以外では、大学に行けない女性もまだ多いのよ」
「私たちはかなり自由だけど、トルクメニスタンの女性は学校の制服の色まで国に指定されるんだって。閉鎖的よね」
国を超えるたびに、女性の可能性の線引きが変わる。それを思い知らされる発言でした。
生まれた国と人生の差
彼女の話を聞きながら、私はウズベキスタンの街角で出会った少女の顔を思い出していました。
まだ十歳そこそこの少女は、いつも橋のふもとで商売をしていました。学校に行くはずの年齢なのに、学校には行っていない。親の代わりに兄弟の面倒をみて、家のために働いて…。
彼女の色あせた洋服や人懐っこい目、眩しい笑顔が甦ります。独学で複数の外国語を覚え、観光客に合わせて言葉を変えていた、眩しいくらい真っ直ぐに生きる彼女と、今私の隣に座っているカザフスタンの女性医師。
どちらも中央アジアで生まれた女性なのに、ひとりは大学に行き医師になり研修で日本へ、もうひとりは…彼女はきっと今日も市場で笑っている。
国境をひとつ越えるだけで生まれる現実を突きつけられて胸が痛みました。
自由と不平等の間で
機内サービスのコーヒーを片付けながら、私は小さく息を吐きました。
「あなたの国にはまだ行ったことがない。私の持っていたイメージと全然違うのね」そう彼女に伝えます。
「ウズベキスタンよりカザフスタンに来るべきだったと思うわ」
その言葉が、静かに胸に残りました。
カザフスタンの女性医師は、飛行機が到着するなり「私、迎えがくるから」と颯爽と飛行機を出て行きました。
彼女が悪いわけではありません。でも、世界の不平等を目の当たりにして、胸の奥に複雑な気持ちがこみ上げました。
入国ゲートに近づきながら思いました。〝でも、こうして自由に飛行機に乗れる私も不平等のひとりなのだ〟と。
私は自由に旅ができる。だから、いつかまた中央アジアを歩きたい。
カザフスタンの医師は他の国を下に見ていたけれど、私はウズベキスタンが素晴らしい国だと断言できる。他の国も自分の目で確かめたい。“スタン”とひとくくりにされる国々の、その微妙な違いを、肌で感じながら歩きたい――。
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筆者プロフィール:R.香月(かつき)
大学卒業後、ライター&編集者として出版社や新聞社に勤務。
マイナーな国をメインに、世界中を旅する。
旅先で出会ったイスラム教徒と国際結婚。
出産&離婚&再婚を経て現在は2児の母。
公式HP:Lucia Travel