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エクアドル、ペルー、ボリビア、チリと南米を旅した中で特に印象に残っているのが「バス」。南米の広大な大地を移動するには、バスしかありません。けれどそのバス旅は、日本の感覚とはまるで別物。今回は命の危険すら感じた、忘れられない南米バスの旅をお届けします。
Lucia Travel連載一覧は こちら
南米のバスと聞き、まず思い浮かべるのが断崖絶壁を走る光景です。アンデス山脈を貫く国道は、片側は切り立った山肌、もう片側は底知れぬ谷という恐怖を覚えるような大絶景。
道は舗装されていないのが基本で、ガードレールもありません。〝一歩間違えば谷底に転落〟そんな断崖絶壁を、バスは何時間も走り抜けます。
どう見ても一台しか通れない道なので、対向車が現れた瞬間は恐怖そのもの。どちらが下がるのか、こんな断崖で本当にバックできるのか…気が気ではありませんでした。
実際バスが崖から落ちる事故は珍しくありません。毎年のように転落事故はニュースになりますし、私自身も何度か「あっダメかも」と思う体験をしました。まさに〝命がけの移動手段〟でもバスでしか行けない場所が殆どなので、私は結構楽しんでバスに乗っていました。
マチュピチュ遺跡からクスコへの帰りだったでしょうか。定刻から2~3時間も遅れてきたバスに乗りこんだ私は、旅の疲れもあってウトウトしていました。
バスは断崖絶壁を結構なスピードで走っています。「こんなスピード出して大丈夫かな?」とちょっと不安になりましたが、バスの運転手を信じるしかありません。「これで食べている人だし、もしもの時は運転手ごと転落する訳だしきっと大丈夫」そんな風に自分に言い聞かせていました。
心地よい振動音にウトウト、ウトウト…。突然ガタンと凄まじい音がしてバスが大きく跳ねました。通路で寝ていたインディヘナ(先住民)の女性が飛び起きて何かを叫びます。瞬時にバスの中にいた全員の顔色が変わりました。寝ぼけていた私は、ぼんやりと声を上げるインディヘナの女性に視線を向けました。なんと彼女は震えていました。
バスが不自然に傾いていきます。ゆっくり全員が顔を見合わせていました。思わず目の前にあった手すりをギュっと握りしめます。意味がないと分かっていても、握らずにはいられませんでした。先ほどまで震えていた女性は「降ろして!」「降ろして!」とドアを叩いています。
沈黙。何とか態勢を取り戻したバスは、再び結構なスピードで走り出しました。そんなハプニングが2度ほど起こりバスは無事クスコに到着。もう二度と乗りたくない?でも乗らないとマチュピチュ遺跡に行けないなら、私はまた乗車すると思います。
旅に更なるスパイスを加えてくれるのがストライキ。社会情勢の影響で道路が封鎖されることが日常茶飯事の南米では、特に理由もなくバスが2~3時間遅れたり、バスが行方不明になったり、崖の上から巨石が降ってきて立往生したなんてこともありました。予定は簡単に狂います。
でも苛立つことはありませんでした。「これが南米の旅」とむしろワクワクした感覚が胸に広がりました。
そんな不確実さが最も強く印象に残ったのは、ボリビア・ラパスからサンタクルス行きのバスに乗った時のことです。ラバスからサンタクルスへはバスで19時間前後。もちろん、明るい時間に到着する予定でした。でも遅延が重なり、バスがサンタクルスに到着したのは真夜中でした。
走行中からアレ?アレ?と思ってはいました。バスの大幅な遅れを考えると、真夜中の1時か2時にサンタクルスに到着する計算です。
バスに揺られながら、見知らぬ街にひとり放り出される恐怖に襲われました。しかもボリビアはあまり治安のよくない国です。「バスターミナルのような、きちんとしたバス停なら頑張れるけれど、道端のバス停だったらどうしよう」
願いもむなしく、サンタクルスのバス停はただの道端でした。街灯は頼りない一本だけ。闇に沈む風景の中に私はぽつんと降ろされてしまいました。
バスから降りた私は、どうしていいのか分からず立ち尽くします。でも外国人の私は強盗の格好の餌食。少しでも目立つことを避けるため、とりあえず目の前の人の列に加わりました。
現地の人ばかり10人ほどが特大の荷物を持った姿で歩道に座り込んでいます。人の背丈ほどあるビニールのカバンを両脇に抱え、みんな下を向いていました。バスを待っているのでしょうか?誰もお喋りなどせず、身動き一つしません。疲れ切っているようにも、眠っているようにも見えました。
右を見ても左を見ても、前を見ても後ろを見ても周囲は真っ暗。オレンジ色の街灯がバス停の上に一基あるだけで、何も灯りはありませんでした。時刻は深夜2時。夜明けまで少なくとも4時間はあります。明るくなるまで無事にいられる自信はどこを探してもありませんでした。
やがてバスがやってきました。暗すぎて行先すら分かりません。でもきっと待ちわびたバスなのでしょう、道端に座り込んでいた人々が一斉に乗り込みました。
サンタクルスは、20時間近くバスに揺られてやっと辿り着いた場所です。でも、ここに残る選択はありませんでした。見知らぬ場所で真っ暗な中取り残される恐怖は想像以上のものです。身の安全が何より、でも行先の分からないバスに乗る勇気もなく、私は身動きできず途方にくれていました。
私のすぐ後ろにいたインディヘナの女性がスッと私を抜かしてバスに乗り込みます。そして私に向かって手招きしました。「あなたも乗るんでしょう?」彼女は無言で話しかけてきます。
誘われるようにバスに乗ると、先ほどのインディヘナの女性と運転手が私にはわからない言葉で話をしていました。なぜか、助手席に座るよう促されます。助手席は運転席より一段低く、まるで運転席が2階、助手席が1階のような造り。出入口の前にぽっかりと空いた広いスペースは、特等席のようでした。そのスペースにインディヘナの女性と私は仲良くおさまります。
インディヘナの女性が持参した毛布を広げてくれました。さらに、「寒いでしょ」と元々そこに座っていた助手らしき男性が私たちに毛布を貸してくれます。私は訳もわからないまま、毛布にくるまれました。
窓の外は真っ暗闇。時折かすかに見える街灯の灯りや、遠くの山影だけが存在を主張しています。それでも温かな毛布が私の緊張感をゆっくり取り除いていきました。
どこ行きのバスなのでしょうか。幸運なことに、サンタクルスの次に行く予定だった土地でした。インディヘナの女性に背中を押され、料金を支払います。私はインディヘナの女性と同じ金額を支払ました。そしてそれは、ガイドブックに掲載された金額のほぼ半値でした。
「席がないから安いの?」疑問が生まれます。でも私が座っている席は、他のどんな席より広くて快適でした。1人の席を2人で使用しているからなのか、インディヘナの女性と一緒だからなのか、よく分かりません。とにかく、その場にいた全員が私に親切にしてくれました。
助手席から眺めた景色は、いま思い返しても特別なものです。ハンドルを握る運転手の隣には席を譲ってくれた男性が座っていました。広い運転席なので2人で座っても特に問題ありません。
楽しそうに話しながら運転する彼らの横顔、なぜか私を気にかけてくれるインディヘナの女性。言葉も通じない土地で私は彼らの家族の一員のように扱われていました。不思議な気分でした。旅は思い通りにいかない。でもだからこそ、信じられないような出会いもある。
サンタクルス観光は叶わなかったけれど、それ以上に価値がある忘れられない体験を得られたと私は信じています。予期せぬ出来事に翻弄されながらも、それを楽しむ。それこそが私の「南米のバス旅」です。
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大学卒業後、ライター&編集者として出版社や新聞社に勤務。マイナーな国をメインに、世界中を旅する。旅先で出会ったイスラム教徒と国際結婚。出産&離婚&再婚を経て現在は2児の母。公式HP:Lucia Travel
エクアドル、ペルー、ボリビア、チリと南米を旅した中で特に印象に残っているのが「バス」。
南米の広大な大地を移動するには、バスしかありません。けれどそのバス旅は、日本の感覚とはまるで別物。
今回は命の危険すら感じた、忘れられない南米バスの旅をお届けします。
Lucia Travel連載一覧は こちら
目次
断崖絶壁を走るペルーのバス
南米のバスと聞き、まず思い浮かべるのが断崖絶壁を走る光景です。
アンデス山脈を貫く国道は、片側は切り立った山肌、もう片側は底知れぬ谷という恐怖を覚えるような大絶景。
道は舗装されていないのが基本で、ガードレールもありません。
〝一歩間違えば谷底に転落〟そんな断崖絶壁を、バスは何時間も走り抜けます。
どう見ても一台しか通れない道なので、対向車が現れた瞬間は恐怖そのもの。どちらが下がるのか、こんな断崖で本当にバックできるのか…気が気ではありませんでした。
実際バスが崖から落ちる事故は珍しくありません。毎年のように転落事故はニュースになりますし、私自身も何度か「あっダメかも」と思う体験をしました。まさに〝命がけの移動手段〟
でもバスでしか行けない場所が殆どなので、私は結構楽しんでバスに乗っていました。
あわや転落?マチュピチュ遺跡からの帰り道
マチュピチュ遺跡からクスコへの帰りだったでしょうか。定刻から2~3時間も遅れてきたバスに乗りこんだ私は、旅の疲れもあってウトウトしていました。
バスは断崖絶壁を結構なスピードで走っています。「こんなスピード出して大丈夫かな?」とちょっと不安になりましたが、バスの運転手を信じるしかありません。
「これで食べている人だし、もしもの時は運転手ごと転落する訳だしきっと大丈夫」そんな風に自分に言い聞かせていました。
心地よい振動音にウトウト、ウトウト…。
突然ガタンと凄まじい音がしてバスが大きく跳ねました。通路で寝ていたインディヘナ(先住民)の女性が飛び起きて何かを叫びます。瞬時にバスの中にいた全員の顔色が変わりました。
寝ぼけていた私は、ぼんやりと声を上げるインディヘナの女性に視線を向けました。なんと彼女は震えていました。
バスが不自然に傾いていきます。ゆっくり全員が顔を見合わせていました。
思わず目の前にあった手すりをギュっと握りしめます。意味がないと分かっていても、握らずにはいられませんでした。
先ほどまで震えていた女性は「降ろして!」「降ろして!」とドアを叩いています。
沈黙。
何とか態勢を取り戻したバスは、再び結構なスピードで走り出しました。そんなハプニングが2度ほど起こりバスは無事クスコに到着。
もう二度と乗りたくない?でも乗らないとマチュピチュ遺跡に行けないなら、私はまた乗車すると思います。
南米のバスに遅延はつきもの
旅に更なるスパイスを加えてくれるのがストライキ。
社会情勢の影響で道路が封鎖されることが日常茶飯事の南米では、特に理由もなくバスが2~3時間遅れたり、バスが行方不明になったり、崖の上から巨石が降ってきて立往生したなんてこともありました。予定は簡単に狂います。
でも苛立つことはありませんでした。「これが南米の旅」とむしろワクワクした感覚が胸に広がりました。
そんな不確実さが最も強く印象に残ったのは、ボリビア・ラパスからサンタクルス行きのバスに乗った時のことです。
ラバスからサンタクルスへはバスで19時間前後。もちろん、明るい時間に到着する予定でした。でも遅延が重なり、バスがサンタクルスに到着したのは真夜中でした。
走行中からアレ?アレ?と思ってはいました。バスの大幅な遅れを考えると、真夜中の1時か2時にサンタクルスに到着する計算です。
バスに揺られながら、見知らぬ街にひとり放り出される恐怖に襲われました。
しかもボリビアはあまり治安のよくない国です。「バスターミナルのような、きちんとしたバス停なら頑張れるけれど、道端のバス停だったらどうしよう」
願いもむなしく、サンタクルスのバス停はただの道端でした。街灯は頼りない一本だけ。闇に沈む風景の中に私はぽつんと降ろされてしまいました。
深夜のボリビアで朝まで野宿?
バスから降りた私は、どうしていいのか分からず立ち尽くします。
でも外国人の私は強盗の格好の餌食。少しでも目立つことを避けるため、とりあえず目の前の人の列に加わりました。
現地の人ばかり10人ほどが特大の荷物を持った姿で歩道に座り込んでいます。人の背丈ほどあるビニールのカバンを両脇に抱え、みんな下を向いていました。
バスを待っているのでしょうか?誰もお喋りなどせず、身動き一つしません。疲れ切っているようにも、眠っているようにも見えました。
右を見ても左を見ても、前を見ても後ろを見ても周囲は真っ暗。オレンジ色の街灯がバス停の上に一基あるだけで、何も灯りはありませんでした。
時刻は深夜2時。夜明けまで少なくとも4時間はあります。明るくなるまで無事にいられる自信はどこを探してもありませんでした。
行先の分からないバスに乗る?究極の選択
やがてバスがやってきました。暗すぎて行先すら分かりません。でもきっと待ちわびたバスなのでしょう、道端に座り込んでいた人々が一斉に乗り込みました。
サンタクルスは、20時間近くバスに揺られてやっと辿り着いた場所です。でも、ここに残る選択はありませんでした。
見知らぬ場所で真っ暗な中取り残される恐怖は想像以上のものです。身の安全が何より、でも行先の分からないバスに乗る勇気もなく、私は身動きできず途方にくれていました。
私のすぐ後ろにいたインディヘナの女性がスッと私を抜かしてバスに乗り込みます。そして私に向かって手招きしました。
「あなたも乗るんでしょう?」彼女は無言で話しかけてきます。
誘われるようにバスに乗ると、先ほどのインディヘナの女性と運転手が私にはわからない言葉で話をしていました。なぜか、助手席に座るよう促されます。
助手席は運転席より一段低く、まるで運転席が2階、助手席が1階のような造り。出入口の前にぽっかりと空いた広いスペースは、特等席のようでした。そのスペースにインディヘナの女性と私は仲良くおさまります。
インディヘナの女性が持参した毛布を広げてくれました。さらに、「寒いでしょ」と元々そこに座っていた助手らしき男性が私たちに毛布を貸してくれます。私は訳もわからないまま、毛布にくるまれました。
どうして?快適なのに料金は半額
窓の外は真っ暗闇。時折かすかに見える街灯の灯りや、遠くの山影だけが存在を主張しています。それでも温かな毛布が私の緊張感をゆっくり取り除いていきました。
どこ行きのバスなのでしょうか。幸運なことに、サンタクルスの次に行く予定だった土地でした。
インディヘナの女性に背中を押され、料金を支払います。私はインディヘナの女性と同じ金額を支払ました。そしてそれは、ガイドブックに掲載された金額のほぼ半値でした。
「席がないから安いの?」疑問が生まれます。でも私が座っている席は、他のどんな席より広くて快適でした。1人の席を2人で使用しているからなのか、インディヘナの女性と一緒だからなのか、よく分かりません。
とにかく、その場にいた全員が私に親切にしてくれました。
予期せぬ出来事がくれた出会い
助手席から眺めた景色は、いま思い返しても特別なものです。
ハンドルを握る運転手の隣には席を譲ってくれた男性が座っていました。広い運転席なので2人で座っても特に問題ありません。
楽しそうに話しながら運転する彼らの横顔、なぜか私を気にかけてくれるインディヘナの女性。言葉も通じない土地で私は彼らの家族の一員のように扱われていました。
不思議な気分でした。旅は思い通りにいかない。でもだからこそ、信じられないような出会いもある。
サンタクルス観光は叶わなかったけれど、それ以上に価値がある忘れられない体験を得られたと私は信じています。
予期せぬ出来事に翻弄されながらも、それを楽しむ。それこそが私の「南米のバス旅」です。
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筆者プロフィール:R.香月(かつき)
大学卒業後、ライター&編集者として出版社や新聞社に勤務。
マイナーな国をメインに、世界中を旅する。
旅先で出会ったイスラム教徒と国際結婚。
出産&離婚&再婚を経て現在は2児の母。
公式HP:Lucia Travel