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長い歴史をもつこの国の、そのはじまりを記した日本神話。そこで神々が織りなす物語は、時代を越え、読む人を神秘的で心惹かれる世界へといざなってくれます。
ククリヒメは、そんな日本神話の中でも、また一段と謎めいた女神。その名が登場するのは、『古事記』でも『日本書紀』でもなく、『日本書紀』の本文とは異なる伝承として記される『一書(あるふみ)』です。そこに一度だけ姿を現し、先にも後にもそれきり。
そして大切な言葉を口にするのですが、それがどんな言葉だったのかは残されていません。
なぜか惹かれてしまう、ククリヒメの不思議な存在感。さあ、このククリヒメを探しに行きましょう。
ククリヒメを追うと、必ず登場するのが白山比咩神。ククリヒメと同一神であるとされている、白山信仰の神です。
白山比咩神は、全国に3000社以上あるという白山神社の御祭神として知られます。
ただ、なぜククリヒメが白山比咩神と同一神であるとされるようになったのかについてはわかっていません。
一般的に白山比咩神は、イザナギ・イザナミとともに祀られることが多いため、その二柱の仲を取り持ったとされるククリヒメと同一視されるようになったのではないかといわれています。
またこんな推論もあるようです。百の字に一足りない、白山の白という字。同じく百に一つ足りない九九は、くくとも読めるため、白山比咩神とククリヒメの間に関わりがあるのではないか、というものです。
ククリヒメが日本神話に登場するのは、イザナギ、イザナミの夫婦神が永遠に別れる、そのときです。
なんとも不思議なその場面をみてみましょう。
国生みを終え、神生みに取り掛かったイザナギ・イザナミの二柱。しかし、イザナミは神生みの途中、火の神火之迦具土神(ヒノカグツチ)を生んだ際に負ったホト(陰部)の大火傷が原因で、神避って(かむさる=神が亡くなる)しまいます。
イザナミは、死者の国である黄泉の国へ。イザナギは悲しみに暮れ、ついにはイザナミを追いかけて黄泉の国に立ち入ります。
しかし恋しく思っていたイザナミは、すでに黄泉の国の食べ物を口にした身。虫が湧き、からだから雷神が生り出でた、おぞましい姿に変わり果てていたのです。
その姿に恐れ慄いたイザナギは慌てて逃げ出しますが、本当の姿を見られたイザナミは怒り狂い、どこまでもどこまでも追いかけてきます。
そして、追いつかれた黄泉平坂(よもつひらさか)。千人かかって動かすほどの大岩、千引の石を挟んで、イザナギとイザナミは対峙します。
「はじめ、私があなたのことを悲しみ慕ったのは、私の心が弱かったからだ」とイザナギが語りかけると、道の番人泉守道物(ヨモツチモリビト)が、イザナミの言葉を伝えます。
「私はあなたとともに国を生んできました。もうこれ以上生むことはありません。私はこの黄泉の国にとどまります。あなたと一緒に戻るつもりはありません」
このとき、ククリヒメがあることを口にします。それを聞いたイザナギは納得し、そして黄泉の国を去ったのでした。
この場面、「是時、菊理媛神亦白事。伊弉諾尊聞而善之。乃散去矣」(この時、またククリヒメが申し上げたことがあった。イザナギはそれを聞き、よしとして去っていった)と、ただそれだけが記されています。
ククリヒメは、はじめからそこにいたのか、どこからかやってきたのか。
ククリヒメが何を伝えたのか、それだけでなく、ククリヒメについては一切記されていません。その場にいて、なにごとかをイザナギに伝えた、ただそれただけ。
『古事記』や別の伝承では、どこか殺伐と描かれるイザナギとイザナミの別れ。ククリヒメが現れるこの一書では、少し穏やかな空気が流れているようにも感じられるのです。
「菊理媛」を「ククリヒメ」と読む、独特な読み方。これは、その昔中国から伝わった菊を「kuk(くく)」と読んでいたため、この字が当てられたのではないかとされています。
そしてククリヒメ、その名前についても何ひとつ記されていないこともあり、さまざまな説があるようです。
ククリヒメが登場する、イザナギとイザナミが別れる黄泉平坂の場面。
意見はすれ違い、あわや修羅場となりそうな場面に、ククリヒメは現れます。そこでククリヒメが発した言葉。イザナギはそれを聞き入れ、黄泉の国を後にしました。
別れることになったとはいえ、このククリヒメの言葉で二柱が穏やかに袂を分かつことができた。そのことから、二柱の仲を取り持った、縁を「括った」として、その名の由来となったといわれています。
また、くくに「菊」の字が当てられたのは、花びらが中央で一つに括られたような菊の花の形に因むという説もあるようです。
ククリヒメの言葉を聞き入れ、黄泉の国から戻ったイザナギ。最初にしたのは、禊祓いでした。
心身についた、黄泉の国の死のケガレと罪を浄めるため、筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原(=現在の宮崎県といわれる)で海に入り、からだを濯ぎます。
この禊祓いこそ、三貴子(みはしらのうずのみこ)と呼ばれる、天照大御神(アマテラスオオミカミ)、月読命(ツクヨミノミコト)、須佐之男命(スサノオノミコト)の神々が生まれた、とても大切な行い。
このことから、黄泉平坂でククリヒメがイザナギに伝えた言葉は、禊祓いに関わることだったのではないか、ともいわれます。
そこで、水に「くぐる」ことが、ククリヒメの名の由来となったとも考えられているのです。
『古事記』や『日本書紀』の原書となったのではないかともいわれる『ホツマツタエ(秀真伝)』。じつは、この中にもククリヒメが登場しています。
ただこの『ホツマツタエ』、現存するのは江戸時代に製本された写本のみということもあって、偽書であるとされており、学術的な評価はなされていません。
『ホツマツタエ』の中では、イザナギの姉妹、つまり天照大御神(ホツマツタエではアマテル)のおばであるとされているククリヒメ。
生まれたアマテルを産湯に入れ、まだ言葉を話せないアマテルの泣き声から伝えたいことを聞きとることができたとされます。そのことから聞く切り姫と呼ばれるようになったとも伝わります。
その名の由来と同じように、その正体についてさまざまな推論があるのも、謎多きこの女神ならでは。
そして、生者イザナギと死者イザナミを取り持つ役目をしたことから、シャーマン的な存在であるともいわれています。
白山比咩神(シラヤマヒメノカミ)と同一神といわれるククリヒメ。全国で「しらやまさん」「はくさんさん」と、親しみを込めて呼ばれています。
白山とは、主峰御前峰(ごぜんがみね)をはじめ、石川、福井、岐阜、富山の4県にまたがる峰々の総称です。その雪解け水は、広大な大地を潤し、多くの人々の暮らしを支えています。
また、富士山、立山と並び「日本三大霊山」と呼ばれ、長く信仰の対象となってきました。
白山を御神体とし、白山比咩大神(シラヤマヒメノオオカミ=菊理媛尊)、伊弉諾尊(イザナギノミコト)、伊弉諾尊(イザナミノミコト)の三柱を御祭神として祀る、白山比咩神社。
創建は紀元前ともいわれ、今から1300年以上昔、僧侶泰澄が夢に現れた女神の言葉「白山に来たれ」を受け、弟子たちと登拝したと伝わります。
それまで、神の領域として人が足を踏み入れることが許されなかった白山。それまで、遥か遠く神々しく輝く山頂を遥拝していた信仰に、神仏習合の流れの中、泰澄の登拝により山頂を目指し、またその山に入り修行するという流れも生まれました。
この白山比咩神社には、めずらしく一般人でも禊祓いを体験できる禊場があり、白山からの伏流水で心身を浄化する、貴重な体験ができます。
【白山比咩神社】
所在地:石川県白山市三宮町二105−1
ククリヒメのイラストをデザインした愛らしい御守り袋。お気に入りの天然石や勾玉を入れて身に着ける事ができます。一筆箋付きで、感謝のことばや誓いをたてて御守りにするのも素敵です。
『日本書紀』の一書、ある大切な場面に、一度だけ現れたククリヒメ。
あえて記されなかったかのようにも思える、ククリヒメのその口からこぼれ落ちた言葉は、いったい何を伝えていたのか。私たちがこうして思いを馳せるように、どの時代も人々は、さまざまに思い巡らせてきたことでしょう。
イザナギとイザナミの縁を括ったとされるその静かで確かな力は、今も人と人ばかりではなく、さまざまな縁をつなぎ調和を保つとされています。
ククリヒメ。その不思議な存在は、日本神話に触れこの女神に思いを馳せる人たちを、時を越えてしっかりと結びつけてくれているように思えるのです。
海を司る日本の神さまってどんな神様?▼
神様のアクセサリーといわれる「勾玉」▼
長い歴史をもつこの国の、そのはじまりを記した日本神話。
そこで神々が織りなす物語は、時代を越え、読む人を神秘的で心惹かれる世界へといざなってくれます。
ククリヒメは、そんな日本神話の中でも、また一段と謎めいた女神。
その名が登場するのは、『古事記』でも『日本書紀』でもなく、『日本書紀』の本文とは異なる伝承として記される『一書(あるふみ)』です。
そこに一度だけ姿を現し、先にも後にもそれきり。
そして大切な言葉を口にするのですが、それがどんな言葉だったのかは残されていません。
なぜか惹かれてしまう、ククリヒメの不思議な存在感。
さあ、このククリヒメを探しに行きましょう。
目次
ククリヒメとはどんな神様?
ククリヒメと白山比咩神は同一神?
[中央]白山妙理権現(白山宮)[右]剣明神(金剣宮)[左]三宮姫(三宮)の神像が描かれる
ククリヒメを追うと、必ず登場するのが白山比咩神。
ククリヒメと同一神であるとされている、白山信仰の神です。
白山比咩神は、全国に3000社以上あるという白山神社の御祭神として知られます。
ただ、なぜククリヒメが白山比咩神と同一神であるとされるようになったのかについてはわかっていません。
一般的に白山比咩神は、イザナギ・イザナミとともに祀られることが多いため、その二柱の仲を取り持ったとされるククリヒメと同一視されるようになったのではないかといわれています。
またこんな推論もあるようです。
百の字に一足りない、白山の白という字。
同じく百に一つ足りない九九は、くくとも読めるため、白山比咩神とククリヒメの間に関わりがあるのではないか、というものです。
ククリヒメにまつわる神話
ククリヒメが日本神話に登場するのは、イザナギ、イザナミの夫婦神が永遠に別れる、そのときです。
なんとも不思議なその場面をみてみましょう。
イザナミとイザナギの仲を取り持った?
国生みを終え、神生みに取り掛かったイザナギ・イザナミの二柱。
しかし、イザナミは神生みの途中、火の神火之迦具土神(ヒノカグツチ)を生んだ際に負ったホト(陰部)の大火傷が原因で、神避って(かむさる=神が亡くなる)しまいます。
イザナミは、死者の国である黄泉の国へ。
イザナギは悲しみに暮れ、ついにはイザナミを追いかけて黄泉の国に立ち入ります。
しかし恋しく思っていたイザナミは、すでに黄泉の国の食べ物を口にした身。
虫が湧き、からだから雷神が生り出でた、おぞましい姿に変わり果てていたのです。
その姿に恐れ慄いたイザナギは慌てて逃げ出しますが、本当の姿を見られたイザナミは怒り狂い、どこまでもどこまでも追いかけてきます。
そして、追いつかれた黄泉平坂(よもつひらさか)。
千人かかって動かすほどの大岩、千引の石を挟んで、イザナギとイザナミは対峙します。
「はじめ、私があなたのことを悲しみ慕ったのは、私の心が弱かったからだ」とイザナギが語りかけると、道の番人泉守道物(ヨモツチモリビト)が、イザナミの言葉を伝えます。
「私はあなたとともに国を生んできました。もうこれ以上生むことはありません。私はこの黄泉の国にとどまります。あなたと一緒に戻るつもりはありません」
このとき、ククリヒメがあることを口にします。
それを聞いたイザナギは納得し、そして黄泉の国を去ったのでした。
この場面、
「是時、菊理媛神亦白事。伊弉諾尊聞而善之。乃散去矣」
(この時、またククリヒメが申し上げたことがあった。イザナギはそれを聞き、よしとして去っていった)
と、ただそれだけが記されています。
ククリヒメは、はじめからそこにいたのか、どこからかやってきたのか。
ククリヒメが何を伝えたのか、それだけでなく、ククリヒメについては一切記されていません。
その場にいて、なにごとかをイザナギに伝えた、ただそれただけ。
『古事記』や別の伝承では、どこか殺伐と描かれるイザナギとイザナミの別れ。
ククリヒメが現れるこの一書では、少し穏やかな空気が流れているようにも感じられるのです。
「ククリヒメ」の名の由来とは?
「菊理媛」を「ククリヒメ」と読む、独特な読み方。
これは、その昔中国から伝わった菊を「kuk(くく)」と読んでいたため、この字が当てられたのではないかとされています。
そしてククリヒメ、その名前についても何ひとつ記されていないこともあり、さまざまな説があるようです。
縁を括る(くくる)
ククリヒメが登場する、イザナギとイザナミが別れる黄泉平坂の場面。
意見はすれ違い、あわや修羅場となりそうな場面に、ククリヒメは現れます。
そこでククリヒメが発した言葉。イザナギはそれを聞き入れ、黄泉の国を後にしました。
別れることになったとはいえ、このククリヒメの言葉で二柱が穏やかに袂を分かつことができた。
そのことから、二柱の仲を取り持った、縁を「括った」として、その名の由来となったといわれています。
また、くくに「菊」の字が当てられたのは、花びらが中央で一つに括られたような菊の花の形に因むという説もあるようです。
水を潜る(くぐる)
ククリヒメの言葉を聞き入れ、黄泉の国から戻ったイザナギ。
最初にしたのは、禊祓いでした。
心身についた、黄泉の国の死のケガレと罪を浄めるため、筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原(=現在の宮崎県といわれる)で海に入り、からだを濯ぎます。
この禊祓いこそ、三貴子(みはしらのうずのみこ)と呼ばれる、天照大御神(アマテラスオオミカミ)、月読命(ツクヨミノミコト)、須佐之男命(スサノオノミコト)の神々が生まれた、とても大切な行い。
このことから、黄泉平坂でククリヒメがイザナギに伝えた言葉は、禊祓いに関わることだったのではないか、ともいわれます。
そこで、水に「くぐる」ことが、ククリヒメの名の由来となったとも考えられているのです。
聞き取る
『古事記』や『日本書紀』の原書となったのではないかともいわれる『ホツマツタエ(秀真伝)』。
じつは、この中にもククリヒメが登場しています。
ただこの『ホツマツタエ』、現存するのは江戸時代に製本された写本のみということもあって、偽書であるとされており、学術的な評価はなされていません。
『ホツマツタエ』の中では、イザナギの姉妹、つまり天照大御神(ホツマツタエではアマテル)のおばであるとされているククリヒメ。
生まれたアマテルを産湯に入れ、まだ言葉を話せないアマテルの泣き声から伝えたいことを聞きとることができたとされます。
そのことから聞く切り姫と呼ばれるようになったとも伝わります。
謎が深まるククリヒメの正体とは?
その名の由来と同じように、その正体についてさまざまな推論があるのも、謎多きこの女神ならでは。
そして、生者イザナギと死者イザナミを取り持つ役目をしたことから、シャーマン的な存在であるともいわれています。
ククリヒメをお祀りする神社
白山比咩神(シラヤマヒメノカミ)と同一神といわれるククリヒメ。
全国で「しらやまさん」「はくさんさん」と、親しみを込めて呼ばれています。
白山比咩神社/石川県
白山とは、主峰御前峰(ごぜんがみね)をはじめ、石川、福井、岐阜、富山の4県にまたがる峰々の総称です。
その雪解け水は、広大な大地を潤し、多くの人々の暮らしを支えています。
また、富士山、立山と並び「日本三大霊山」と呼ばれ、長く信仰の対象となってきました。
白山を御神体とし、白山比咩大神(シラヤマヒメノオオカミ=菊理媛尊)、伊弉諾尊(イザナギノミコト)、伊弉諾尊(イザナミノミコト)の三柱を御祭神として祀る、白山比咩神社。
創建は紀元前ともいわれ、今から1300年以上昔、僧侶泰澄が夢に現れた女神の言葉「白山に来たれ」を受け、弟子たちと登拝したと伝わります。
それまで、神の領域として人が足を踏み入れることが許されなかった白山。
それまで、遥か遠く神々しく輝く山頂を遥拝していた信仰に、神仏習合の流れの中、泰澄の登拝により山頂を目指し、またその山に入り修行するという流れも生まれました。
この白山比咩神社には、めずらしく一般人でも禊祓いを体験できる禊場があり、白山からの伏流水で心身を浄化する、貴重な体験ができます。
【白山比咩神社】
所在地:石川県白山市三宮町二105−1
ククリヒメがデザインされたおすすめアイテム
ククリヒメのイラストをデザインした愛らしい御守り袋。
お気に入りの天然石や勾玉を入れて身に着ける事ができます。
一筆箋付きで、感謝のことばや誓いをたてて御守りにするのも素敵です。
時を超えて人々をつなぐ
『日本書紀』の一書、ある大切な場面に、一度だけ現れたククリヒメ。
あえて記されなかったかのようにも思える、ククリヒメのその口からこぼれ落ちた言葉は、いったい何を伝えていたのか。
私たちがこうして思いを馳せるように、どの時代も人々は、さまざまに思い巡らせてきたことでしょう。
イザナギとイザナミの縁を括ったとされるその静かで確かな力は、今も人と人ばかりではなく、さまざまな縁をつなぎ調和を保つとされています。
ククリヒメ。
その不思議な存在は、日本神話に触れこの女神に思いを馳せる人たちを、時を越えてしっかりと結びつけてくれているように思えるのです。
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