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みなさんは、「マチュピチュ」という世界遺産を知っていますか? なんとなく名前は聞いたことがあるけれど、詳しくは知らない……という方も多いのではないでしょうか。
マチュピチュは、インカ帝国の遺跡で現在のペルーという国にあります。今回のコラムでは、そんなマチュピチュの歴史や謎、日本からの行き方や行く際に気をつけた方がいいことなどをわかりやすくご紹介します。
マチュピチュについて興味を持っている方や、マチュピチュの歴史について知りたい方などは、ぜひ最後まで読んで参考にしてみてくださいね。
今回ご紹介するマチュピチュはインカ帝国の古代遺跡なのですが、インカ帝国のことをよく知らないという方も多いかもしれません。
インカ帝国は13~16世紀ごろに南米を広く支配した国です。国王は全部で14代いましたが、8代目までは現在のペルーのクスコ市でひっそりと暮らしていました。そんな環境が大きく変わったのが9代目インカ国王パチャクティの時代。彼によって急激に領土が拡大し、インカ帝国は日本の約3倍ほどになりました。
今回紹介していくマチュピチュは、15世紀頃にインカ帝国によって創られたと考えられています。インカ帝国は1533年にスペイン人によって滅ぼされましたが、山奥にひっそりと佇んでいたマチュピチュは、壊されることなく現在まで残ったのです。
マチュピチュは南米ペルーのアンデス山脈、標高約2,430mの場所にあるインカ帝国時代に作られた古代都市遺跡です。インカ帝国時代が最も栄えた時代には数百人が住んでいたともいわれ、総面積はなんと325.9km²もあります。
「マチュピチュ」という名前も気になりますよね。これは、南米で話されている現地の言葉・ケチャ語で「古い」を意味する「マチュ(Machu)」と、「山頂」という意味を持つ「ピチュ(Picchu)」を組み合わせた言葉。全体として「年老いた峰」または「古い山」と訳されています。
また、マチュピチュは、ボリビアのウユニ塩湖と並ぶ南米二大絶景のひとつに数えられており、「一生に一度は訪れたい観光地」と称されています。
マチュピチュは興味深い歴史を持っています。
1450年ごろにマチュピチュの建築が開始されたのですが、1533年にはスペイン人に襲撃されインカ帝国は早くも滅亡してしまいます。しかし、マチュピチュは非常に高い山の上にあり、さらに密林に覆われていたため、スペイン人はその存在に気づきませんでした。
その後長い月日を経て、1911年にアメリカの考古学者ハイラム・ビンガム氏によって発見。スペインによる襲撃から、アメリカ人による発見まで、約400年間忘れ去られていたため、神殿や段々畑、住居跡などが当時の状態で残されているのが特徴です。
マチュピチュは、1983年に世界遺産(複合遺産:「文化遺産」と「自然遺産」それぞれの登録基準のうち、少なくとも一項目ずつ以上が適用された遺産のこと)に登録されました。世界遺産に登録された理由としては、インカ帝国の歴史を語る遺跡であること、絶滅危惧種を含む貴重な生物の生息地であることなどが挙げられます。
なお、アンデス文明は文字を持たないため、このような断崖絶壁に建築された理由や、何のために建築したのか、神殿や住居をどのように建設したのか、そもそも材料となる巨石をどこから調達し、どうやって山の上まで運んだのかといった謎は明確になっていません。
先ほどもご紹介したとおり、多くの謎が残るマチュピチュ。建築の理由にはさまざまな説がありますが、一説によると、「宗教都市としての役割」があったのではないかとされています。
この説が唱えられている理由としては、マチュピチュ遺跡内にはインカのシンボルでもある「コンドルの神殿」があることが挙げられます。インカ帝国は太陽崇拝だったため、太陽の神殿、日時計など、太陽にまつわる遺跡が多く残されているのですが、コンドルは太陽の使者としてインカ帝国で崇拝の対象でした。 そして、マチュピチュの背後にそびえる山「ワイナ・ピチュ」からマチュピチュ遺跡を見下ろすと、ちょうどコンドルの形に見えるのです。
また、マチュピチュ遺跡の一番高い場所(最も太陽に近い位置)に、「インティワタナ」という四角柱の遺跡があります。太陽をつなぎとめる場所という意味をもっており、日時計として使用されていた、生贄の儀式が行われた場所だったとも言われています。
上記のように、太陽の使者であるコンドルや、最も太陽に近い位置にあるインティワタナの存在から、マチュピチュは、太陽崇拝を象徴するような宗教都市としての役割があったと考えられているのです。
マチュピチュは標高約2,430mの場所にあるため、頭痛や吐き気などの高山病に注意が必要です。腹式呼吸をすること、暖かくし寒さを防ぐこと、水分補給を忘れないことなどの対策を取りましょう。また、できる限り睡眠をしっかりとることも大切です。
遺産の保護や観光客の安全を理由として、マチュピチュ遺跡に入場する際には公認ガイドの同伴が必要です。現地に着いてからだとバタバタしてしまう可能性もあるため、日本にいる間にガイドを手配するか、ガイド付きのツアーを予約しておくことをおすすめします。
残念ながら、マチュピチュは建築から長い月日を経て、劣化が進行しています。そのため、劣化を防ぐために、入場時間は6:00~17:00、入場人数は1日675名(1時間あたり75名まで)、滞在時間は2時間以内などの規制があります。
遺跡内は、遺跡の保護・管理を理由として、火気厳禁・禁煙で食事も禁止されています。ペットボトルも持ち込めないため、飲みものは水筒に入れてゴミを出さないようにしましょう。食事ができないため、あらかじめ軽く食べておくことをおすすめします。
遺跡内にトイレはありません。一度遺跡外に出ると再入場はできないため、必ず入場前にトイレを済ませておきましょう。また、高山病で嘔吐などの可能性もあるため、高山病の薬も持参し、飲んでおくようにしてください。
日本からマチュピチュへ行くためには、まず飛行機でペルーの首都・リマを目指します。アメリカやカナダを経由してリマへ行き、その後国内線でマチュピチュの最寄りであるクスコ空港へ。クスコからマチュピチュまでは、列車とバスを利用して約4時間ほどで到着します。
マチュピチュのベストシーズンは、雨が少なく晴天が多い5月から10月ごろの乾季です。特に6月から7月はペルーの冬にあたり、空気が澄んでマチュピチュの遺跡が綺麗に見えるため特におすすめです。
マチュピチュの誕生や歴史には、さまざまな謎や不思議があることがわかりましたね。解明されていないことも多いですが、まさにそれこそがマチュピチュの魅力。
日本から遠く離れた世界遺産ですが、ぜひマチュピチュの歴史に想いを馳せてみてはいかがでしょうか。また、「実際に見てみたい!」という方は、体調を整え、準備をしっかりして日本からマチュピチュを目指してみてくださいね。
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みなさんは、「マチュピチュ」という世界遺産を知っていますか?
なんとなく名前は聞いたことがあるけれど、詳しくは知らない……という方も多いのではないでしょうか。
マチュピチュは、インカ帝国の遺跡で現在のペルーという国にあります。今回のコラムでは、そんなマチュピチュの歴史や謎、日本からの行き方や行く際に気をつけた方がいいことなどをわかりやすくご紹介します。
マチュピチュについて興味を持っている方や、マチュピチュの歴史について知りたい方などは、ぜひ最後まで読んで参考にしてみてくださいね。
目次
そもそもインカ帝国とは?
今回ご紹介するマチュピチュはインカ帝国の古代遺跡なのですが、インカ帝国のことをよく知らないという方も多いかもしれません。
インカ帝国は13~16世紀ごろに南米を広く支配した国です。国王は全部で14代いましたが、8代目までは現在のペルーのクスコ市でひっそりと暮らしていました。そんな環境が大きく変わったのが9代目インカ国王パチャクティの時代。彼によって急激に領土が拡大し、インカ帝国は日本の約3倍ほどになりました。
今回紹介していくマチュピチュは、15世紀頃にインカ帝国によって創られたと考えられています。インカ帝国は1533年にスペイン人によって滅ぼされましたが、山奥にひっそりと佇んでいたマチュピチュは、壊されることなく現在まで残ったのです。
古代遺跡マチュピチュとは?
マチュピチュは南米ペルーのアンデス山脈、標高約2,430mの場所にあるインカ帝国時代に作られた古代都市遺跡です。インカ帝国時代が最も栄えた時代には数百人が住んでいたともいわれ、総面積はなんと325.9km²もあります。
「マチュピチュ」という名前も気になりますよね。これは、南米で話されている現地の言葉・ケチャ語で「古い」を意味する「マチュ(Machu)」と、「山頂」という意味を持つ「ピチュ(Picchu)」を組み合わせた言葉。全体として「年老いた峰」または「古い山」と訳されています。
また、マチュピチュは、ボリビアのウユニ塩湖と並ぶ南米二大絶景のひとつに数えられており、「一生に一度は訪れたい観光地」と称されています。
マチュピチュは400年間忘れ去られていた?
マチュピチュは興味深い歴史を持っています。
1450年ごろにマチュピチュの建築が開始されたのですが、1533年にはスペイン人に襲撃されインカ帝国は早くも滅亡してしまいます。しかし、マチュピチュは非常に高い山の上にあり、さらに密林に覆われていたため、スペイン人はその存在に気づきませんでした。
その後長い月日を経て、1911年にアメリカの考古学者ハイラム・ビンガム氏によって発見。スペインによる襲撃から、アメリカ人による発見まで、約400年間忘れ去られていたため、神殿や段々畑、住居跡などが当時の状態で残されているのが特徴です。
マチュピチュが世界遺産になった理由
マチュピチュは、1983年に世界遺産(複合遺産:「文化遺産」と「自然遺産」それぞれの登録基準のうち、少なくとも一項目ずつ以上が適用された遺産のこと)に登録されました。世界遺産に登録された理由としては、インカ帝国の歴史を語る遺跡であること、絶滅危惧種を含む貴重な生物の生息地であることなどが挙げられます。
なお、アンデス文明は文字を持たないため、このような断崖絶壁に建築された理由や、何のために建築したのか、神殿や住居をどのように建設したのか、そもそも材料となる巨石をどこから調達し、どうやって山の上まで運んだのかといった謎は明確になっていません。
マチュピチュは太陽神を祀るために建てられた?
先ほどもご紹介したとおり、多くの謎が残るマチュピチュ。建築の理由にはさまざまな説がありますが、一説によると、「宗教都市としての役割」があったのではないかとされています。
この説が唱えられている理由としては、マチュピチュ遺跡内にはインカのシンボルでもある「コンドルの神殿」があることが挙げられます。インカ帝国は太陽崇拝だったため、太陽の神殿、日時計など、太陽にまつわる遺跡が多く残されているのですが、コンドルは太陽の使者としてインカ帝国で崇拝の対象でした。
そして、マチュピチュの背後にそびえる山「ワイナ・ピチュ」からマチュピチュ遺跡を見下ろすと、ちょうどコンドルの形に見えるのです。
また、マチュピチュ遺跡の一番高い場所(最も太陽に近い位置)に、「インティワタナ」という四角柱の遺跡があります。太陽をつなぎとめる場所という意味をもっており、日時計として使用されていた、生贄の儀式が行われた場所だったとも言われています。
上記のように、太陽の使者であるコンドルや、最も太陽に近い位置にあるインティワタナの存在から、マチュピチュは、太陽崇拝を象徴するような宗教都市としての役割があったと考えられているのです。
マチュピチュを訪れる際の注意点
1.高山病に注意
マチュピチュは標高約2,430mの場所にあるため、頭痛や吐き気などの高山病に注意が必要です。腹式呼吸をすること、暖かくし寒さを防ぐこと、水分補給を忘れないことなどの対策を取りましょう。また、できる限り睡眠をしっかりとることも大切です。
2.公認ガイドの同伴が義務付けられている
遺産の保護や観光客の安全を理由として、マチュピチュ遺跡に入場する際には公認ガイドの同伴が必要です。現地に着いてからだとバタバタしてしまう可能性もあるため、日本にいる間にガイドを手配するか、ガイド付きのツアーを予約しておくことをおすすめします。
3.遺跡の劣化を防ぐための入場規制がある
残念ながら、マチュピチュは建築から長い月日を経て、劣化が進行しています。そのため、劣化を防ぐために、入場時間は6:00~17:00、入場人数は1日675名(1時間あたり75名まで)、滞在時間は2時間以内などの規制があります。
4.火気厳禁&禁煙で食事も禁止
遺跡内は、遺跡の保護・管理を理由として、火気厳禁・禁煙で食事も禁止されています。ペットボトルも持ち込めないため、飲みものは水筒に入れてゴミを出さないようにしましょう。食事ができないため、あらかじめ軽く食べておくことをおすすめします。
5.遺跡内にトイレは無い
遺跡内にトイレはありません。一度遺跡外に出ると再入場はできないため、必ず入場前にトイレを済ませておきましょう。また、高山病で嘔吐などの可能性もあるため、高山病の薬も持参し、飲んでおくようにしてください。
日本からマチュピチュへのアクセス
日本からマチュピチュへ行くためには、まず飛行機でペルーの首都・リマを目指します。アメリカやカナダを経由してリマへ行き、その後国内線でマチュピチュの最寄りであるクスコ空港へ。クスコからマチュピチュまでは、列車とバスを利用して約4時間ほどで到着します。
マチュピチュのベストシーズンは、雨が少なく晴天が多い5月から10月ごろの乾季です。特に6月から7月はペルーの冬にあたり、空気が澄んでマチュピチュの遺跡が綺麗に見えるため特におすすめです。
謎多き世界遺産マチュピチュ
マチュピチュの誕生や歴史には、さまざまな謎や不思議があることがわかりましたね。解明されていないことも多いですが、まさにそれこそがマチュピチュの魅力。
日本から遠く離れた世界遺産ですが、ぜひマチュピチュの歴史に想いを馳せてみてはいかがでしょうか。また、「実際に見てみたい!」という方は、体調を整え、準備をしっかりして日本からマチュピチュを目指してみてくださいね。
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