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修道院という日常から隔離された場所に身を置いて、自分自身を見つめ直したい。 そんな思いを受け入れてくれる修道院にやっと巡りあえた私。今回はいよいよ修道院の扉を開きます。
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その修道院は、駅から歩いて15分程の場所にありました。 複数路線の電車やバスが行き交う比較的大きな駅。駅ビルの中にはスーパーはもちろん、ちょっとお洒落なお惣菜屋さんなども入っています。
正直、少し驚きました。私が知っている修道院は人里離れた山の上にひっそりと建っていることが多かったからです。
「こんな都会にも修道院があるんだ…」
駅を背に、目的の修道院を目指して歩きます。 閑静な住宅街という言葉がピッタリな場所でした。車が2台余裕ですれちがえる広い道路、右を見ても左を見ても立派な一軒家がそこここにあり、バレエのレッスンへ向かうのでしょうか?白タイツをはき、髪をギュッと結わった小学生が歩いていきます。豊かな生活ぶりが垣間見える場所でした。 目的の修道院は、大通りから一本中に入り、歯医者さんの角を曲がった先にありました。
〝THE修道院〟といった誰が見ても分かる建物ではありませんでした。 そこを目指して歩いている私が気が付かずに通り過ぎてしまうほど、その修道院はごく自然に住宅街に溶け込んでいました。
外からは大きな十字架も聖堂も見当たらず、若干不安になった私は確かめるように柵から柵までをゆっくりと歩き直しました。レンガ色の壁越しに庭が見えました。
「なんて広い敷地。大きな木まである」
「でも他の家も立派だから、そこまで目立っていないかな」
修道院をグルリと一周する間、10歳くらいの男の子を連れた母親にすれ違いました。すぐ近くに住んでいる住人のようです。 思わず聞いてみたくなります「すみません、ここ修道院だってご存じですか?」その修道院は、それくらい町に馴染んでいました。
外国の豪邸にありそうなモダンな黒い柵の前に立ちます。よく見ると呼び鈴の上には、つつましく「〇△会・〇△〇修道院」と書かれた標識が飾ってありました。 宅配会社や郵便会社の人たちはこの「修道院」という文字を、どう思いながら配達しているんだろう、とちょっとした疑問が沸きあがりました。
呼び鈴を押します。緊張。電話やメールでやりとりしていたとはいえ、縁もゆかりもない修道院にこれから入るのですから、やっぱり緊張しました。 一体どんなシスターが迎えてくれるのか。私の身なりはこれで良いのか。もう一度自分の服装を確認しました。今日のために色見を抑え装飾を抑え、なるべく地味な服装で来たつもりですが、それでもいざ修道院に入るとなると、〝正解の服装〟なのか考えこんでしまいました。
「はい」
「本日からお世話になる香月です」
「伺っています。ドア開いてますから、どうぞお入りください~」
明るい声。促されるまま門の中に入ります。と同時に少しだけお年を召したシスターが中から出てきてくれました。 ベールをかぶった修道服を想像していましたが、意外なことにシスターは普通の洋服を着ています。
「ちょっと待って。ついでにポストを」
そう呟いて開けたポストには誰もが聞いたことのある通販のカタログが入っていました。
「あら、また来てる」
シスターはごく自然にカタログを手にすると、玄関に向かって歩きはじめました。
修道院には2つのタイプがあります。 ただひたすらに神を思い、神に祈りを捧げる瞑想中心型の修道院と、人や社会と交流する中で神に近付いていく奉仕活動が中心となる修道院です。
私が今回お世話になるのは後者の方。そのため迎えてくれたシスターも普通の恰好をしていましたし、修道院も都会にありました。人との交流がメインですから山奥に修道院があってはならないのです。
都会型の修道院のあり方は知識として知ってはいましたが、実際に訪れてみると色々と驚くことがたくさんありました。
ごく普通の洋服を着て過ごし、通販を使って買い物をするシスター。 世俗から離れて質素倹約を胸に生きていると(勝手に)想像していたので、その現代的な姿には正直驚きました。と同時に私と変わらない生活をしているシスターの姿に、どこか安心したのを覚えています。
玄関も至って普通でした。一般的な一軒家の玄関より少し広いかな?という程度で、当たり前のように靴が置いてあり、一段上がった床にはスリッパも置いてありました。 土足厳禁が一目で分かる造りで、修道院とはいっても日本のごく普通の家と何ら変わりはありません。
廊下を進むと左右に道が分かれます。右手には小さな礼拝堂がありました。 こじんまりした質素な礼拝堂でしたが、そこだけ空気が違うような、思わず一礼したくなるような神聖な雰囲気のある礼拝堂。
目を奪われて動けなくなる私にシスターがいいます。
「お部屋はこちらですよ」
促されるように礼拝堂とは反対側の廊下へ進みます。 案内された部屋は、入口が襖(ふすま)の和室でした。またまた、驚きました。ドアではなく襖。日本らしいけれど、修道院=洋風の家という思いがあるからか、どこか不似合いな気がしてしまいます。
部屋の中は、例えるなら旅館の一室。全部で畳8畳ほどのスペースでしょうか。一人で使うには充分すぎる広さです。 部屋の右半分には絨毯が敷いてあり、絨毯の上には1人用のベッドも置いてありました。枕元にはサイドテーブルと懐中電灯。 壁にそって押し入れがあり、小さな洗面台があり、床の間があります。床の間には小さなマリア像が飾られ、その前には可憐な花が活けてありました。
そして特筆すべきは、大きな窓とその先に続く庭。部屋には天井から床に届くほどの巨大な窓が4枚あって、部屋は明るさに満ちていました。
窓の外一面に広がる庭は、外から見た時と同様に広々としたものでした。部屋の中にいても、手入れされた芝生や立派に育った木々が見渡せます。 そして窓辺には、その庭を眺めるための、ゆらゆら揺れるロッキングチェアが置いてありました。
何ともなしにロッキングチェアに座ります。ゆらゆら。ゆらゆら。 初めこそ緊張してロッキングチェアの揺れに固くなっていた私ですが、次第にその揺れに身を任せられるようになりました。ゆらゆら。ゆらゆら。
ただ自然を眺めているだけなのに、心が落ち着いていくのを感じました。 「太陽の光がまぶしい、でも優しい」「曇ってこんなに白かったかな。アレ…雲を眺めるなんて、どれくらい振り?」ゆらゆら。ゆらゆら。
ロッキングチェアに座って、移り変わる自然を見るともなしに眺めます。 青い空、流れる雲、大地を這う虫。流れている風。静かに黙って庭を見ているだけなのに、自分自身の五感が甦ってくるのを感じます。ゆらゆら。ザワザワ木が揺れている。ゆらゆら。あっ、あそこにアリがいる。ゆらゆら。ゆらゆら。ゆらゆら。
やがて抗えないような、まどろみが襲ってきました。 「今、目の前に美しい自然があり、それを私は眺めている。それで充分満足。これで充分に幸せ。これ以上、何を求めるの?」いつの間にか瞑想状態に入っていました。暖かい日差しが、まるで神様の光のように私を包み込みます。
母親である自分に疲れ、妻である自分に疲れ、自分自身に疲れ、救われたくて探し出した修道院。それらの悩みが全部どうでもよくなるような不思議な感覚でした。 「今この瞬間、最高に幸せ。それでいいじゃない。何を思い悩む必要がある?」まるで神様に人生を肯定された感覚でした。「人生これで良かったのかも知れない」 どこか遠くから赤子の鳴き声がして、気付いたら私はまどろみに落ちていました。
~修道院生活の続きはまた次回~
大学卒業後、ライター&編集者として出版社や新聞社に勤務。 マイナーな国をメインに、世界中を旅する。 旅先で出会ったイスラム教徒と国際結婚。 出産&離婚&再婚を経て現在は2児の母。 公式HP: Lucia Travel
修道院という日常から隔離された場所に身を置いて、自分自身を見つめ直したい。
そんな思いを受け入れてくれる修道院にやっと巡りあえた私。今回はいよいよ修道院の扉を開きます。
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Lucia Travel連載一覧は こちら
目次
都会の喧噪を離れて
その修道院は、駅から歩いて15分程の場所にありました。
複数路線の電車やバスが行き交う比較的大きな駅。駅ビルの中にはスーパーはもちろん、ちょっとお洒落なお惣菜屋さんなども入っています。
正直、少し驚きました。私が知っている修道院は人里離れた山の上にひっそりと建っていることが多かったからです。
「こんな都会にも修道院があるんだ…」
駅を背に、目的の修道院を目指して歩きます。
閑静な住宅街という言葉がピッタリな場所でした。車が2台余裕ですれちがえる広い道路、右を見ても左を見ても立派な一軒家がそこここにあり、バレエのレッスンへ向かうのでしょうか?白タイツをはき、髪をギュッと結わった小学生が歩いていきます。豊かな生活ぶりが垣間見える場所でした。
目的の修道院は、大通りから一本中に入り、歯医者さんの角を曲がった先にありました。
住宅街に溶け込んだ修道院
〝THE修道院〟といった誰が見ても分かる建物ではありませんでした。
そこを目指して歩いている私が気が付かずに通り過ぎてしまうほど、その修道院はごく自然に住宅街に溶け込んでいました。
外からは大きな十字架も聖堂も見当たらず、若干不安になった私は確かめるように柵から柵までをゆっくりと歩き直しました。レンガ色の壁越しに庭が見えました。
「なんて広い敷地。大きな木まである」
「でも他の家も立派だから、そこまで目立っていないかな」
修道院をグルリと一周する間、10歳くらいの男の子を連れた母親にすれ違いました。すぐ近くに住んでいる住人のようです。
思わず聞いてみたくなります「すみません、ここ修道院だってご存じですか?」その修道院は、それくらい町に馴染んでいました。
〝普通〟の恰好をしたシスター
外国の豪邸にありそうなモダンな黒い柵の前に立ちます。よく見ると呼び鈴の上には、つつましく「〇△会・〇△〇修道院」と書かれた標識が飾ってありました。
宅配会社や郵便会社の人たちはこの「修道院」という文字を、どう思いながら配達しているんだろう、とちょっとした疑問が沸きあがりました。
呼び鈴を押します。緊張。電話やメールでやりとりしていたとはいえ、縁もゆかりもない修道院にこれから入るのですから、やっぱり緊張しました。
一体どんなシスターが迎えてくれるのか。私の身なりはこれで良いのか。もう一度自分の服装を確認しました。今日のために色見を抑え装飾を抑え、なるべく地味な服装で来たつもりですが、それでもいざ修道院に入るとなると、〝正解の服装〟なのか考えこんでしまいました。
「はい」
「本日からお世話になる香月です」
「伺っています。ドア開いてますから、どうぞお入りください~」
明るい声。促されるまま門の中に入ります。と同時に少しだけお年を召したシスターが中から出てきてくれました。
ベールをかぶった修道服を想像していましたが、意外なことにシスターは普通の洋服を着ています。
「ちょっと待って。ついでにポストを」
そう呟いて開けたポストには誰もが聞いたことのある通販のカタログが入っていました。
「あら、また来てる」
シスターはごく自然にカタログを手にすると、玄関に向かって歩きはじめました。
都会型の修道院とは
修道院には2つのタイプがあります。
ただひたすらに神を思い、神に祈りを捧げる瞑想中心型の修道院と、人や社会と交流する中で神に近付いていく奉仕活動が中心となる修道院です。
私が今回お世話になるのは後者の方。そのため迎えてくれたシスターも普通の恰好をしていましたし、修道院も都会にありました。人との交流がメインですから山奥に修道院があってはならないのです。
都会型の修道院のあり方は知識として知ってはいましたが、実際に訪れてみると色々と驚くことがたくさんありました。
ごく普通の洋服を着て過ごし、通販を使って買い物をするシスター。
世俗から離れて質素倹約を胸に生きていると(勝手に)想像していたので、その現代的な姿には正直驚きました。と同時に私と変わらない生活をしているシスターの姿に、どこか安心したのを覚えています。
まさかの和室!?個室へ案内されて
玄関も至って普通でした。一般的な一軒家の玄関より少し広いかな?という程度で、当たり前のように靴が置いてあり、一段上がった床にはスリッパも置いてありました。
土足厳禁が一目で分かる造りで、修道院とはいっても日本のごく普通の家と何ら変わりはありません。
廊下を進むと左右に道が分かれます。右手には小さな礼拝堂がありました。
こじんまりした質素な礼拝堂でしたが、そこだけ空気が違うような、思わず一礼したくなるような神聖な雰囲気のある礼拝堂。
目を奪われて動けなくなる私にシスターがいいます。
「お部屋はこちらですよ」
促されるように礼拝堂とは反対側の廊下へ進みます。
案内された部屋は、入口が襖(ふすま)の和室でした。またまた、驚きました。ドアではなく襖。日本らしいけれど、修道院=洋風の家という思いがあるからか、どこか不似合いな気がしてしまいます。
部屋の中は、例えるなら旅館の一室。全部で畳8畳ほどのスペースでしょうか。一人で使うには充分すぎる広さです。
部屋の右半分には絨毯が敷いてあり、絨毯の上には1人用のベッドも置いてありました。枕元にはサイドテーブルと懐中電灯。
壁にそって押し入れがあり、小さな洗面台があり、床の間があります。床の間には小さなマリア像が飾られ、その前には可憐な花が活けてありました。
そして特筆すべきは、大きな窓とその先に続く庭。部屋には天井から床に届くほどの巨大な窓が4枚あって、部屋は明るさに満ちていました。
ロッキングチェアでまどろむ
窓の外一面に広がる庭は、外から見た時と同様に広々としたものでした。部屋の中にいても、手入れされた芝生や立派に育った木々が見渡せます。
そして窓辺には、その庭を眺めるための、ゆらゆら揺れるロッキングチェアが置いてありました。
何ともなしにロッキングチェアに座ります。ゆらゆら。ゆらゆら。
初めこそ緊張してロッキングチェアの揺れに固くなっていた私ですが、次第にその揺れに身を任せられるようになりました。ゆらゆら。ゆらゆら。
ただ自然を眺めているだけなのに、心が落ち着いていくのを感じました。
「太陽の光がまぶしい、でも優しい」「曇ってこんなに白かったかな。アレ…雲を眺めるなんて、どれくらい振り?」ゆらゆら。ゆらゆら。
ロッキングチェアに座って、移り変わる自然を見るともなしに眺めます。
青い空、流れる雲、大地を這う虫。流れている風。静かに黙って庭を見ているだけなのに、自分自身の五感が甦ってくるのを感じます。ゆらゆら。ザワザワ木が揺れている。ゆらゆら。あっ、あそこにアリがいる。ゆらゆら。ゆらゆら。ゆらゆら。
やがて抗えないような、まどろみが襲ってきました。
「今、目の前に美しい自然があり、それを私は眺めている。それで充分満足。これで充分に幸せ。これ以上、何を求めるの?」いつの間にか瞑想状態に入っていました。暖かい日差しが、まるで神様の光のように私を包み込みます。
母親である自分に疲れ、妻である自分に疲れ、自分自身に疲れ、救われたくて探し出した修道院。それらの悩みが全部どうでもよくなるような不思議な感覚でした。
「今この瞬間、最高に幸せ。それでいいじゃない。何を思い悩む必要がある?」まるで神様に人生を肯定された感覚でした。「人生これで良かったのかも知れない」
どこか遠くから赤子の鳴き声がして、気付いたら私はまどろみに落ちていました。
~修道院生活の続きはまた次回~
前回の記事は こちら
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筆者プロフィール:R.香月(かつき)
大学卒業後、ライター&編集者として出版社や新聞社に勤務。
マイナーな国をメインに、世界中を旅する。
旅先で出会ったイスラム教徒と国際結婚。
出産&離婚&再婚を経て現在は2児の母。
公式HP: Lucia Travel