地震に見舞われたモロッコを思う

9月8日夜、モロッコ全土を大地震が襲いました。14日時点で死者は2,900人を超えており、行方不明者の数を考えるとこの先恐ろしい数の死者になると予想されます。

モロッコは私の第二の故郷です。私の最初の夫はモロッコで生まれ育ちましたし、私が最初に結婚した国もモロッコでした。そして元夫は3ヵ月前に単身モロッコに渡航したばかり…。
私たちの間には子どもが一人いて、その子は私と暮らしています。つまりモロッコには私の最初の夫とその家族(=私の息子の血縁者)が住んでいます。他人事ではありませんでした。
今回は親しい人が外国にいるとき、その国で非常事態が起こったらどうなるのか。
家族と連絡がつくまでの様子を、感情の変化と共にお伝えします。私の体験が誰かの役にたてば幸いです。

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信じたくないモロッコ大地震の報せ

大地震の知らせはインターネットニュースで知りました。第一報は「モロッコで大地震。死者1,000人」。目を疑いました。まさかモロッコで地震?この死者の数は何?
第一報を目にして思ったことは「見たくない」でした。「そんなはずない。見たくない」それが正直な感想です。

バカみたいな話ですが、ニュースを見聞きせず私が知りさえしなければ(現実がどうであろうと)私の中のモロッコは無事でいられるのです。情報を得てしまう恐怖。もし家族が住む地域が崩壊していたら?
飛行機は飛ばず、助けになんて行けない中、ただ日本で指を咥えて私はどうしたら良いのか。息子になんと説明するのか。
しばらくの間ニュースを見ることも読むこともできませんでした。知ってしまったら現実が襲ってくるからです。

モロッコ大地震の報せ

モロッコの建築事情を知るが故の恐怖

地震はいつも突然やってきます。モロッコは地震が起きない国だなんて思ったことはありませんでした。でも私はあの脆くて古い建物の数々を知ってしまっています。耐震なんて言葉誰も知らないんじゃないかと思うほど弱い壁。そんな弱い壁を自分たちで削りさらに脆くしてしまっている現地の人々。

そういういうのを見てしまっているから、もし建物が崩壊するほどの大地震がモロッコ全土に起きているのなら、死者が1,000人で済むとは思えません。

「まさかモロッコで大地震」の「まさか」は、地震が起きるわけが無いという意味のまさかではなく、信じたくないが故のまさかでした。

ガスールパックの正体は”家の壁”

モロッコ生まれの石鹸「ガスール」は、クレイ(粘土)の吸収力で毛穴の汚れなどを取り除きます。簡単に言うと泥石鹸。一時期日本で爆発的な人気だったのでご存じの方もいるかもしれませんが、ガスールの発祥の地はモロッコです。

だから結婚してモロッコに住むことになった時、私の胸は期待でいっぱいでした。本物のガスールを知るチャンスだと。でも、市場のどこにもガスールらしきものは売っていません。
ある日、義母に聞きました。「ガスールって知ってる?使ってみたいの」
義母はニコっと笑うと屋上へ私を案内し(基本的にすべての家に屋上があります)、突然ガリガリとスプーンで壁を削りだしました。醤油さし程度の小皿がいっぱいになると、水を加えて練り始めます。そして「これがガスールよ」と。

衝撃でした。日本でブームを起こしたこともあるガスールが家の壁で出来ているなんて…。色々と質問しましたが「同じ成分だから!」と言うのみです。
そのあとも義母はよく家の壁を削ってはガスールを作ってくれましたが、当時感じていた一抹の不安「壁を、家の壁を自由に削り取って大丈夫なの?」が杞憂ではないことに今、気付きました。

ガスールパックの正体は”家の壁”

近所に住んでいた男の子は「自分で部屋を造ったんだ!」と嬉しそうに個室の写真を見せてくれました。秘密基地と言えば聞こえが良いですが、耐震の面では多分マイナスです。洞窟を掘って装飾し小さなお店を開いていたあの男性。洞窟は崩れずにいたのでしょうか。立派な4階建ての家に住んでいたあの女性。私が歩くだけでグラグラしていたあの廊下の柵は崩れず残っているのでしょうか。
石とレンガと泥で出来た脆く古いあの家々が無事なのか。私には何も分かりません。

TVの報道は見たくない

夜が明けて死者の数が2,000人を超えたと報道され始めました。心の中で思ったのは「やっぱり…」そして「まだ増える」。
私はやっとここにきてニュース記事を読むことができるようになりました。覚悟ができたのだと思います。いつまでも知らない訳にはいきません。

モロッコの大地震。場所は、被害は、一番大きな被災場所は…?ネットのニュース記事を読み漁りました。でも一報から3日間はTVを付けることができませんでした。
言い方は悪いかもしれませんが「垂れ流し状態」のニュースから情報を得たいとは思えませんでした。こちらの準備もできていないのに聞かせないで、見せないで。
沈痛な面持ちでモロッコの大地震の報道をした直後に、コメンデーターやニュースキャスターが笑顔で別のニュースを読みあげるその光景にもついていけませんでした。TVはなんて乱暴なんでしょう。

「奇跡の救出劇はありません」

外国、特にモロッコなどのアフリカや中東の時事情報を知りたい時に、私が頼りにしているのがBBCワールドニュースです。
英国のニュース番組であるBBCは、中東・アフリカに地理的に近いということもあり、他局に比べて比較的多くそれらの地域のニュースを取り上げている印象があります。
だから今回もBBCニュースを頼りにしました。

毎日BBCを見ました。日本語訳された動画、そうでない動画、ニュースサイトに行けば沢山の情報を得られます。
幸いにも家族がいる場所は震源地ではありませんでした。被害の大きな地域として名前もあがっていません。でもニュース動画の中に、見知った場所が崩壊した状態で映る都度、心が砕けていきました。
印象に残ったのはニュースキャスターが発した「ここに奇跡の救出劇はありません」という言葉。どれほど絶望的な状況なのか。私の家族は無事なのか。

家の外壁

唯一の安否確認手段はSNS

9月10日の夜、元夫からSNSを通じて連絡が来ました。家族はみんな無事だと。
「物凄く揺れた。でも僕たちは無事だ。家はひび割れているけど崩壊はしていない、人を助けるのに忙しい。」
2言3言の短いメッセージでしたが、SNSがあって良かったと心から思いました。そしてネットが繋がる状況であることに驚きました。あんな大地震の後でも、ネットが繋がるんだ…。
同時にBBCニュースで見た、素手で瓦礫をどかして救助活動をしている現地の人々の姿を思い出しました。「人を助けるのに忙しい」とは、そういうことなのでしょう。

ネット環境は安定していないようで、それ以降きちんと連絡を取ることはできません。ただこちらが送ったメッセージは読めているようなので(既読になっている)、全く繋がらない訳でもないようです。メッセージを送るだけの電波は無い、でも読めている(生きている)という状態なのでしょう。

遠く離れた地モロッコ。飛んで行きたくても飛行機は飛んでいません。万が一入国できたとしても、大混乱の中で外国人の私が行ったところで何ができるのか。邪魔になるだけなのが目に見えています。大混乱のこの状態では救援物資を送ることさえ不可。大使館も悲しいけれどあまり頼りになりません。そんな中で、家族と連絡がついた奇跡。

〝SNSは災害時もボーダーレスに活躍する〟

友人や家族、自分自身が外国に行く予定があるのなら、この言葉だけは頭の片隅において欲しいと思います。私たちの場合は大使館でもなく報道機関でもなく、SNSを通して安否確認をとることができましたから。

男性写真

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R.香月(かつき)プロフィール画像

筆者プロフィール:R.香月(かつき)

大学卒業後、ライター&編集者として出版社や新聞社に勤務。
マイナーな国をメインに、世界中を旅する。
旅先で出会ったイスラム教徒と国際結婚。
出産&離婚&再婚を経て現在は2児の母。
公式HP:Lucia Travel

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