読み物
2021.12.03

【世界民芸曼陀羅紀】トルコ・チャイダンルック編

民芸にはいろんな顔があります。
どの顔を思い浮かべながら話し聞くかで、内容がすっかり変わってしまいます。

ここではアミナコレクションの創業者・進藤幸彦が、世界で実際に出会い、見聞きしたその民俗(フォークロア)を綴ります。

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世界民芸曼陀羅 トルコ編
4 チャイダンルック ~まろやかな味を抽出する二層のやかん~

「チャイダンルック」というチャイ沸かし器がある。

話はまたトルコの民俗舞踊にからんでいる。
トルコやアラブ、アフリカの踊りはECの人々にだけでなく我々にも感化力がある。
ヨーロッパで民俗舞踊のコンクールがあれば、これらの地域から必ず優勝チームが出る。
野性味を失ったヨーロッパのフォークダンスはこれらの地域の前に顔色がないのだ。

アンカラで最初の全国リセ(高校)民俗舞踊大会が開かれた時、幸運にも初日から参加することができた。
あちこち飛び回る前に、トルコ全土の民俗舞踊を一覧することができたのである。

みな、若い踊り手たちで、彼らの情熱と民俗舞踊への愛情がひたむきに感じられる舞台だった。

三日目には討論会があり、彼らの抱えている問題や疑問点が討議された。

その中で中年の男が発言を求め、
「民俗舞踊は古いしきたり、形を守るべきだ」
と言い出した。

「ゼイベックの踊りのことを言っているんだ」
まわりの学生たちがどよめいた。

エーゲ地方で踊られているゼイベックは英雄の踊りとして有名だが、通常男だけでやるものを、今回のバルケシル高校のグループは男四人女四人が交じって踊ったのである。

女を排除しろという意見は踊りの形式だけの問題ではすまされない。
イスラムの教えが学生たちの間で崩れてくることへのヨバズ(狂信者)の危機意識にもつながってくるのだ。

率直に言って、このバルケシル高校のゼイベックは“鬼気せまる”といっていいほどの迫力ある踊りだった。
八人で円を描いて踊っていくのだが、次第に盛り上がるとともに速度を増し、一人一人も自連しながら公転していくのだ。

全日程が終わってからバルケシル高校のチームにあいさつに行った。
現地を訪問して調査したいと申し入れた。
顧問の先生は元気のいい女の先生で「いつでもどうぞ」と即座に快諾した。

しかしバイラム(祭り)とか結婚式がないと民族舞踊にふれられないのではないだろうか。
大丈夫、大丈夫、トルコ人はいつもバイラムよ、と女先生は断言し、まわりの学生たちが大笑いした。

バルケシル高校のパムクチュ村という綿花作りの村がその踊りの本場だった。
私はそこで腰をすえて調査し、本場のゼイベックも見た。

しかし何回見てもその中年男性を主力にした『英雄たち』は高校生の男女チームに迫力のうえで負けているのである。
野放図な『勝利の喜び』が足りないのだ。
女先生の家の夕食に招かれて、そう感想を言った。

「あなたもそう思う? やっぱりね」
女先生は、かたわらでパイプをくゆらしているご主人を見やった。
ご主人も同じ高校の先生で、夫婦共々頑固な保守派と戦っているという。

チームのメンバーでもある高校生のひとり娘が入って来てチャイを入れてくれた。
味が丸っこくてなめらかだ。

「このチャイはなんか、一味違う感じだ。変わった舌触りでおいしいですね」
と私はついつぶやいた。
そうかしら? と娘は首をかしげていたが、ムトゥファック(台所)に引っ込んで、今度はやかんを両手で押さえてもって来た。
上下二段に分かれている。

「これは知ってるでしょう? チャイダンルックよ。下のやかんでお湯を沸かし、その上にのせたやかんにはチャイの葉だけを入れ、沸騰したら下のお湯を上に注ぎ、上のやかんからチャイを得るのよ」

このチャイダンルックのせいでおいしいのだろうか。
ちびくろさんぼの虎の踊りではないが、バルケシルのゼイベックも公転と自転を繰り返して、クライマックスに入って、溶けてバターになってしまうのではないだろうか。

私の思考はそこでストップし、煙霧のように、ゼイベックに陶酔した眠気が襲ってきた。

進藤彦興著、   『世界民芸曼陀羅』   から抜粋

第一刷 一九九二年九月


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