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沖縄には、神様や祖先の声を聞き、人々の相談に乗る「ユタ」と呼ばれる存在がいます。しかし、本物のユタは表に出ることが少なく、観光で出会える存在ではありません。
そんな沖縄の離島で偶然、ユタに出会いました。見えない世界を生きる人と、それをごく自然に受け止める人々。旅の中で出会った不思議な出来事は、沖縄という土地ならではの価値観を教えてくれました。
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その日、私は友人の車で沖縄の離島へ向かっていました。生憎の曇り空でしたが、雲の合間から光がさすたびに海がキラキラと輝きます。空と海が溶け合うような穏やかな景色は、まるで天国のようでした。
広い道を右折すると、本土と離島を結ぶ一直線の橋が見えてきました。まだ真新しさの残るその橋を指して友人が言います。「この橋ができるまでは、みんな船で学校に通っていたんだよ。梅雨や台風の時期は欠航ばかりだから大変だった」
車はまっすぐ橋へと進んでいきます。島に入る少し手前で、道路の真ん中に注意を促す黄色い看板が見えました。看板を避けるように、車が右へ曲がります。その後も、一直線の橋の上にいるというのに、車は右へ左へと不自然に進路を変え続けました。不思議に思っていると、友人が言いました。
「ここね。見えちゃいけない道が現れるんだ」
彼女は、ごく普通の世間話でもするような口調で続けます。
「この橋は便利なんだけど、見えちゃいけない道に吸い込まれる事故が多発している。それで今は人為的に直進できないようにしているんだよ」
「口酸っぱく注意していたのに、私の家族も連れて行かれそうになっちゃって」
不思議な話を当たり前のように話す彼女の姿に、聞いている私の方が混乱しました。
現実の橋を走っていたはずなのに、いつの間にか見えてはいけない道へ入り込んでしまう。「もしかしたら私にも…」そう思い、じっと前方を見つめます。でも不自然に曲がる車のせいか、私の目には実物の道と美しい海と空以外、何も映りませんでした。
目的地の島に着いて車を駐車場へ止めようとすると、一人のおばあが立っていました。暑いのにじっと海を見つめています。私が神様が住んでいるとされる島へ行って帰ってきてもなお、おばあは海を見つめていました。「あのおばあは、違う時間軸で生きているんだろうね」友人がボソリと呟きます。
道は一本道。必然的に私達は、おばあの前を通ることになります。すると、本土で生きている私には理解できない深い訛りのある言葉でおばあが話しかけてきました。生粋の沖縄人である友人が対応します。
おばあはユタのようでした。彼女は様々なモノが見えたり聞こえたりするようです。ごく自然に不思議な話をします。
大勢の人が山から下りてくるから騒がしいなと思っていたら、全員神様だったとか、ある観光客が色んなモノを背負っていて気の毒だったとか。
一番印象に残ったのは蛇のお話です。ある日、おばあは蛇に出会いました。退治しようとすると蛇が「殺さないで。私には子どもが沢山いるんです。すぐ去りますから」と訴えかけてきます。おばあは分かったとその場を去りました。でもその後、蛇の声が聞こえない若者が蛇を殺してしまいました。
「あの蛇は神様だったかも知れないのに」「生き物をむやみに殺してはいけないのに」口惜しいと嘆くおばあの背中は気落ちしているようでした。
おばあは、神様が住む島を守る活動もしていました。神聖な島に車やバイクが侵入しないように常に目を光らせています。
「でもね、もう止めるの」おばあは悲しげに続けます。
「私はずっとこの島で、神の地をお守りしてきた。でも最近は、観光客や若者からの苦情が増えてきて。釣りがしたいとか泳ぎたいとか…」
神様の声や姿が見えない人が増え過ぎた。信じない人が増え過ぎた。だから、どうしようもないのだと。
離島の海と空は、どこまでも美しく、まるで天国の入口のようでした。その美しい景色の中で、私は消えゆくユタの姿と、今もこの島に息づく信仰の一端に触れた気がしました。
那覇はせんべろ文化が盛んです。お酒大好きな私は、夜な夜な一人で酒場に繰り出していました。
ある夜、お気に入りの酒場でビールを飲んでいると、一つ隣りにおじさんが座りました。言葉で沖縄の人だと分かります。きっと常連さんなのでしょう。「仕事帰りに行きつけのお店で一杯なんて素敵だな~」と羨ましく思います。
お店の混雑に比例して、おじさんと私との物理的な距離が縮まります。私が泡盛の与那国を注文すると「え?なぜ与那国を?」と右から声がしました。「祖父が与那国の人間なんです」振り返りながら答えます。おじさんは「嫁さんが与那国だ」と嬉しそうに笑います。
与那国は小さな島です。辿っていけば親戚かも知れません。血への親しみと、お酒好きが手伝って会話が弾みました。おじさんも、やはり不思議な力を持っていました。霊や神というより、人の性格や考え方の癖、生き方が分かるようでした。
「あなたね、人に気を使い過ぎだよ。そんなに気を使わなくてもいいから」おじさんにズバリと指摘されてお酒が止まります。私は基本、誰とも上手くやれる人間です。人当たりがいいのは、いつも周囲に気を使っているから。場や雰囲気を読むのが得意なので、求められている役割を自然とこなせます。そこを見抜かれました。
「どうして会ったばかりなのに、そこまで私のことが分かるんですか?」
「う~ん。感じるんだよね。それしか言えない」
その後も次々と言い当てられ、生きていく上でのアドバイスを受けました。まるで〝透視〟のような素晴らしい能力です。でも、おじさんはその力を仕事にする気はサラサラない様子でした。泡盛が体に染みわたります。酔った頭の片隅に「本物は表に出てこない」という言葉がよぎりました。
そこは、なかなかタクシーが捕まらない地域でした。でも歩いて駅へ行くことも難しい場所。だから私は、気長にタクシーを待っていました。比較的大きな道を歩いていると、前方から〝予約車〟の看板を掲げたタクシーがやってきます。「やっと来たタクシーなのに残念」と気落ちしていたら、タクシーが私の目の前で停車しました。
「どうぞ~」
朗らかな男性の声がしました。
「予約車なのにいいんですか?」
運転手は笑顔で頷きます。初めて会った人なのに、なぜか親しみを感じました。
運転手さんは思い出したように〝予約車〟の看板を取り下げます。
「直前に予約のキャンセルがあったんです。ここら辺は予約がない限りタクシーは走らないから、あなたはラッキーだね」
運転手さんと話していると、なぜかリラックスしました。うわべだけの会話をしようとか、自分を取り繕おうといった心の壁が取り払われていきます。今朝有名な神社に行ったときに、マナーが悪い観光客ばかりで残念だった。そんな愚痴に似た話をしていたら運転手さんが
「私は、よく〝拝み〟をする人を乗せるんです」
「先日も本土から来た〝拝み客〟を乗せたんですが、不思議な体験をたくさんさせて貰いました。そのお客さんも、北の方にある御嶽は観光客に荒らされてしまって、神様が去ったと言ってましたよ」
首里城の話、今一番力がある神社の話、神様が去ってしまった御嶽の話など、たくさん話をしました。
その会話の流れで
「道を歩いていると、知らない人に会釈されることありませんか?」と尋ねられました。
「う~ん。私はあまりないかな。都会に住んでいるから、みんなよそよそしいし」
「私は仕事柄お客さんの顔は殆ど覚えている。だから知っている人かな?と思って私も会釈をする。だけど、どう考えてもやっぱり知らない人で、後からお互い、アレ?何で会釈したんだろうって。そういうことが多々ある」
「こないだ〝拝む人〟にその話をしたら、あなたの背後には偉い人がついているから当然だよって。妙に納得しました。〝拝む人〟をよく乗せるのは、そういう理由もあるのかも知れません」
運転手さんのその話を聞いて、私もストンと納得しました。「私達の〝後ろの人〟も知り合いだったのかも知れませんね」
お互いが自然にうなずきました。初めて会ったばかりだというのに、もうずっと昔から知っているような不思議な感覚は、それ以外に説明がつきませんでした。タクシーを降りるとき「またね」と言いました。次もまた出会える。そんな不思議な確信だけが残りました。
沖縄を旅する中で、不思議な力を持つ人々に何度も出会いました。そして、それを〝当たり前〟の出来事として受け止める人々に出会いました。
目には見えない世界で生きる人と、それを受け入れる人がいる地。そんな沖縄に私は出会いました。
大学卒業後、ライター&編集者として出版社や新聞社に勤務。マイナーな国をメインに、世界中を旅する。旅先で出会ったイスラム教徒と国際結婚。出産&離婚&再婚を経て現在は2児の母。公式HP:Lucia Travel
沖縄には、神様や祖先の声を聞き、人々の相談に乗る「ユタ」と呼ばれる存在がいます。しかし、本物のユタは表に出ることが少なく、観光で出会える存在ではありません。
そんな沖縄の離島で偶然、ユタに出会いました。
見えない世界を生きる人と、それをごく自然に受け止める人々。旅の中で出会った不思議な出来事は、沖縄という土地ならではの価値観を教えてくれました。
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目次
見えてはいけない道
その日、私は友人の車で沖縄の離島へ向かっていました。
生憎の曇り空でしたが、雲の合間から光がさすたびに海がキラキラと輝きます。空と海が溶け合うような穏やかな景色は、まるで天国のようでした。
広い道を右折すると、本土と離島を結ぶ一直線の橋が見えてきました。まだ真新しさの残るその橋を指して友人が言います。
「この橋ができるまでは、みんな船で学校に通っていたんだよ。梅雨や台風の時期は欠航ばかりだから大変だった」
車はまっすぐ橋へと進んでいきます。島に入る少し手前で、道路の真ん中に注意を促す黄色い看板が見えました。看板を避けるように、車が右へ曲がります。
その後も、一直線の橋の上にいるというのに、車は右へ左へと不自然に進路を変え続けました。不思議に思っていると、友人が言いました。
「ここね。見えちゃいけない道が現れるんだ」
彼女は、ごく普通の世間話でもするような口調で続けます。
「この橋は便利なんだけど、見えちゃいけない道に吸い込まれる事故が多発している。それで今は人為的に直進できないようにしているんだよ」
「口酸っぱく注意していたのに、私の家族も連れて行かれそうになっちゃって」
不思議な話を当たり前のように話す彼女の姿に、聞いている私の方が混乱しました。
現実の橋を走っていたはずなのに、いつの間にか見えてはいけない道へ入り込んでしまう。「もしかしたら私にも…」そう思い、じっと前方を見つめます。でも不自然に曲がる車のせいか、私の目には実物の道と美しい海と空以外、何も映りませんでした。
離島で出会った本物のユタ
目的地の島に着いて車を駐車場へ止めようとすると、一人のおばあが立っていました。暑いのにじっと海を見つめています。
私が神様が住んでいるとされる島へ行って帰ってきてもなお、おばあは海を見つめていました。
「あのおばあは、違う時間軸で生きているんだろうね」友人がボソリと呟きます。
道は一本道。必然的に私達は、おばあの前を通ることになります。
すると、本土で生きている私には理解できない深い訛りのある言葉でおばあが話しかけてきました。
生粋の沖縄人である友人が対応します。
おばあはユタのようでした。彼女は様々なモノが見えたり聞こえたりするようです。ごく自然に不思議な話をします。
大勢の人が山から下りてくるから騒がしいなと思っていたら、全員神様だったとか、ある観光客が色んなモノを背負っていて気の毒だったとか。
一番印象に残ったのは蛇のお話です。
ある日、おばあは蛇に出会いました。退治しようとすると蛇が「殺さないで。私には子どもが沢山いるんです。すぐ去りますから」と訴えかけてきます。おばあは分かったとその場を去りました。
でもその後、蛇の声が聞こえない若者が蛇を殺してしまいました。
「あの蛇は神様だったかも知れないのに」
「生き物をむやみに殺してはいけないのに」
口惜しいと嘆くおばあの背中は気落ちしているようでした。
おばあは、神様が住む島を守る活動もしていました。神聖な島に車やバイクが侵入しないように常に目を光らせています。
「でもね、もう止めるの」おばあは悲しげに続けます。
「私はずっとこの島で、神の地をお守りしてきた。でも最近は、観光客や若者からの苦情が増えてきて。釣りがしたいとか泳ぎたいとか…」
神様の声や姿が見えない人が増え過ぎた。信じない人が増え過ぎた。だから、どうしようもないのだと。
離島の海と空は、どこまでも美しく、まるで天国の入口のようでした。その美しい景色の中で、私は消えゆくユタの姿と、今もこの島に息づく信仰の一端に触れた気がしました。
居酒屋で偶然会った能力者のおじさん
那覇はせんべろ文化が盛んです。お酒大好きな私は、夜な夜な一人で酒場に繰り出していました。
ある夜、お気に入りの酒場でビールを飲んでいると、一つ隣りにおじさんが座りました。
言葉で沖縄の人だと分かります。きっと常連さんなのでしょう。「仕事帰りに行きつけのお店で一杯なんて素敵だな~」と羨ましく思います。
お店の混雑に比例して、おじさんと私との物理的な距離が縮まります。
私が泡盛の与那国を注文すると「え?なぜ与那国を?」と右から声がしました。
「祖父が与那国の人間なんです」振り返りながら答えます。おじさんは「嫁さんが与那国だ」と嬉しそうに笑います。
与那国は小さな島です。辿っていけば親戚かも知れません。血への親しみと、お酒好きが手伝って会話が弾みました。
おじさんも、やはり不思議な力を持っていました。霊や神というより、人の性格や考え方の癖、生き方が分かるようでした。
「あなたね、人に気を使い過ぎだよ。そんなに気を使わなくてもいいから」
おじさんにズバリと指摘されてお酒が止まります。私は基本、誰とも上手くやれる人間です。人当たりがいいのは、いつも周囲に気を使っているから。場や雰囲気を読むのが得意なので、求められている役割を自然とこなせます。そこを見抜かれました。
「どうして会ったばかりなのに、そこまで私のことが分かるんですか?」
「う~ん。感じるんだよね。それしか言えない」
その後も次々と言い当てられ、生きていく上でのアドバイスを受けました。まるで〝透視〟のような素晴らしい能力です。でも、おじさんはその力を仕事にする気はサラサラない様子でした。
泡盛が体に染みわたります。酔った頭の片隅に「本物は表に出てこない」という言葉がよぎりました。
不思議なタクシー運転手
そこは、なかなかタクシーが捕まらない地域でした。でも歩いて駅へ行くことも難しい場所。だから私は、気長にタクシーを待っていました。
比較的大きな道を歩いていると、前方から〝予約車〟の看板を掲げたタクシーがやってきます。
「やっと来たタクシーなのに残念」と気落ちしていたら、タクシーが私の目の前で停車しました。
「どうぞ~」
朗らかな男性の声がしました。
「予約車なのにいいんですか?」
運転手は笑顔で頷きます。初めて会った人なのに、なぜか親しみを感じました。
運転手さんは思い出したように〝予約車〟の看板を取り下げます。
「直前に予約のキャンセルがあったんです。ここら辺は予約がない限りタクシーは走らないから、あなたはラッキーだね」
運転手さんと話していると、なぜかリラックスしました。うわべだけの会話をしようとか、自分を取り繕おうといった心の壁が取り払われていきます。
今朝有名な神社に行ったときに、マナーが悪い観光客ばかりで残念だった。そんな愚痴に似た話をしていたら運転手さんが
「私は、よく〝拝み〟をする人を乗せるんです」
「先日も本土から来た〝拝み客〟を乗せたんですが、不思議な体験をたくさんさせて貰いました。そのお客さんも、北の方にある御嶽は観光客に荒らされてしまって、神様が去ったと言ってましたよ」
首里城の話、今一番力がある神社の話、神様が去ってしまった御嶽の話など、たくさん話をしました。
その会話の流れで
「道を歩いていると、知らない人に会釈されることありませんか?」
と尋ねられました。
「う~ん。私はあまりないかな。都会に住んでいるから、みんなよそよそしいし」
「私は仕事柄お客さんの顔は殆ど覚えている。だから知っている人かな?と思って私も会釈をする。だけど、どう考えてもやっぱり知らない人で、後からお互い、アレ?何で会釈したんだろうって。そういうことが多々ある」
「こないだ〝拝む人〟にその話をしたら、あなたの背後には偉い人がついているから当然だよって。妙に納得しました。〝拝む人〟をよく乗せるのは、そういう理由もあるのかも知れません」
運転手さんのその話を聞いて、私もストンと納得しました。
「私達の〝後ろの人〟も知り合いだったのかも知れませんね」
お互いが自然にうなずきました。初めて会ったばかりだというのに、もうずっと昔から知っているような不思議な感覚は、それ以外に説明がつきませんでした。
タクシーを降りるとき「またね」と言いました。次もまた出会える。そんな不思議な確信だけが残りました。
沖縄の信仰と価値観
沖縄を旅する中で、不思議な力を持つ人々に何度も出会いました。そして、それを〝当たり前〟の出来事として受け止める人々に出会いました。
目には見えない世界で生きる人と、それを受け入れる人がいる地。そんな沖縄に私は出会いました。
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筆者プロフィール:R.香月(かつき)
大学卒業後、ライター&編集者として出版社や新聞社に勤務。
マイナーな国をメインに、世界中を旅する。
旅先で出会ったイスラム教徒と国際結婚。
出産&離婚&再婚を経て現在は2児の母。
公式HP:Lucia Travel