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干支の「午(うま)」は、力強さや生命力の象徴として古くから親しまれてきました。馬は乗り物や労働力として人々の暮らしを支え、神社では神馬として信仰の対象にもなっています。
一方で、日本には馬を「食べる」文化も脈々と受け継がれてきました。なぜ馬肉は「桜肉」という美しい名で呼ばれるようになったのでしょうか。
日本では古くから、肉を植物や花の名前で呼ぶ習慣がありました。馬肉の「桜」、猪肉の「牡丹」、鹿肉の「紅葉(もみじ)」。これらは単なる隠語ではなく、日本人の美意識と生活の知恵が結晶した言葉といえるでしょう。なぜこのような呼び名が生まれたのか、その背景には仏教思想と庶民の本音が複雑に絡み合っています。
飛鳥時代の675年、天武天皇は日本初の肉食禁止令を発布しました。牛・馬・犬・猿・鶏の肉を食べることが禁じられ、仏教の殺生戒の思想も重なって、表向きは長く肉食が忌避される時代が続いたのです。
しかし、禁令があっても人々の欲求が消えたわけではありません。特に寒い季節には、体を温め栄養を補う「薬食い(くすりぐい)」として獣肉を口にする習慣が密かに続いていました。
公には避けつつも、実生活では必要とされた肉。そこで人々は「言い換え」という知恵を編み出します。直接的な表現を避け、美しい植物や花の名を借りることで、タブーをやわらかくすり抜けてきたのでした。
馬肉が「桜肉(さくらにく)」と呼ばれる由来には、いくつかの説があります。
最も有力なのは、肉の色に関する説。馬肉の赤身を切ると、空気に触れると断面が淡い桜色に変わることから、その名がついたといわれています。また、馬肉が最もおいしく味わえるのが桜の咲く春だから、という季節にまつわる説も。春は馬が冬の間に蓄えた脂肪がほどよく残り、肉質がよくなる時期とされてきました。さらに、江戸時代に幕府直轄の牧場があった千葉県佐倉(さくら)の地名に由来するという説もあります。
いずれにしても、タブー視された馬肉を「桜」という明るく縁起のよい名で呼ぶことで、人々は密かにその味を楽しんでいたのでしょう。
鶏肉を「かしわ」と呼ぶ習慣は、現在も関西地方を中心に残っています。
この呼び名の由来は、鶏の羽色が常緑樹である柏の葉に似ていることから、という説が有力。柏は神事にも用いられる神聖な木であり、鶏肉にその名を与えることで、食べることへの後ろめたさを和らげていたのかもしれません。
また、鶏は他の獣肉に比べて早くから市民権を得ていました。卵を産む家畜として身近な存在だったこと、四つ足の獣ではないことから、禁忌の度合いが比較的緩やかだったとも考えられています。
鹿肉を「紅葉(もみじ)」と呼ぶのは、花札に由来するという説が広く知られています。
花札の十月の札には、紅葉と鹿が一緒に描かれています。この組み合わせから「鹿といえば紅葉」という連想が生まれ、やがて鹿肉そのものを紅葉と呼ぶようになったというわけです。鹿は山の恵みとして古くから、特に武家や山間部の人々に食されてきました。紅葉の美しい季節に狩猟が行われることも多く、その時期に味わう肉という意味合いも含まれているのかもしれません。
猪肉を「牡丹(ぼたん)」と呼ぶ由来にも、複数の説があります。
ひとつは、薄切りにした猪肉を皿に盛りつけると、その脂身の白と赤身の色合いが牡丹の花のように見えるから、という説。実際に、ぼたん鍋の盛りつけは花びらを模した美しいものが多く見られます。もうひとつは、中国の故事「獅子と牡丹」に由来するという説。獣の王である獅子(しし)と、猪を意味する「山のしし」を掛けて、牡丹の名を与えたともいわれています。
猪肉は冬の滋養食として珍重され、「薬食い」の代表格でした。また「山鯨(やまくじら)」という別名もあり、鯨肉に見立てることで獣肉ではないと言い張る、庶民のしたたかさがうかがえます。
肉の隠語と花札には、興味深いつながりがあります。花札は四季折々の自然や動植物を描いたカードゲームで、日本人の美意識が凝縮されたものといえるでしょう。紅葉と鹿、萩と猪、桜と幕(馬ではありませんが)。花札に描かれた組み合わせは、食材を「直接言わない」日本文化との親和性が高いものでした。視覚的・象徴的な言葉遊びを愛する感性は、禁忌をくぐり抜ける知恵としてだけでなく、日本語の豊かさを育む土壌にもなっていたのです。
「日本人は明治まで肉を食べなかった」。そんなイメージを持つ方も多いかもしれません。しかし実際には、時代や地域によって肉食の実態は大きく異なっていました。完全な禁忌ではなく、グラデーションのある理解が大切なのです。
戦国時代、武士や兵士にとって肉は貴重な栄養源でした。戦場での体力維持には、米や野菜だけでは不十分。鹿や猪、そして馬肉も滋養をつけるために食されていたと考えられています。キリシタン大名の高山右近が、豊臣秀吉による小田原征伐の際に牛肉料理を振る舞ったという記録も残っています。また各地で猪や鹿の狩猟が行われ、養豚の形跡も見つかっているのです。戦場という極限状態では、禁忌よりも生き延びることが優先されました。肉は「薬効」や「滋養」という名目で、堂々と、あるいは密かに食べられていたのでしょう。
江戸時代になると、武家社会を中心に獣肉食の禁忌は建前として維持されました。しかしその裏では、「百物屋(ももんじ屋)」と呼ばれる肉料理屋が庶民の間で密かに営業していたのです。「ももんじ」とは「百獣」、つまり獣肉全般を指す言葉。これらの店では、先ほど紹介した隠語が活用され、看板にも「桜鍋」「紅葉鍋」といった婉曲な表現が用いられました。将軍の目を盗んでまで肉を求めた江戸庶民。その本音と知恵が、「桜肉」という美しい名称にも表れているといえるでしょう。ただし馬は他の獣より大型で貴重だったため、日常的に食べられていたわけではなく、一部の好事家の楽しみや非常時の食糧に限られていたようです。
冬至に馬肉を食べる風習が長野県南部に残っているように、季節行事と肉食は深く結びついていました。寒い季節に体を温め、精をつけるための「薬食い」は、年中行事の一部として受け継がれてきたのです。年末年始や祝いの席で特別な料理として肉が供されることもありました。和歌や民間信仰の中にも、動物食の痕跡は見られます。「命をいただく」という感覚は、禁忌の時代にあっても、日本人の心の奥底に息づいていたのではないでしょうか。
馬肉を食べる国、食べない国。その違いは、文化や宗教、人と馬との関係性によって大きく異なります。善悪ではなく「文化の違い」として、世界の馬肉事情を見てみましょう。
国際連合食糧農業機関(FAO)の統計による2023年の馬肉生産シェアは以下のとおりです。
出典:Global Horse Meat Production Share by Country, 2023(ReportLinker)
中国は生産量こそ多いものの、国内で日常的に馬肉を食べる習慣は地域的に限られています。多くは加工食品の材料や輸出用に回されているのが実情です。一方、カザフスタンやモンゴルでは、馬肉は遊牧文化に根ざした重要なタンパク源として現在も食卓に上っています。
フランスでは19世紀以降、馬肉が庶民の食卓に浸透しました。ナポレオン戦争時代に兵士の食糧として認められたことがきっかけとされています。タルタルステーキやステーキ・フリットなど、馬肉を使った料理が人気を集めた時期もありました。イタリア北部のヴェネト州には「パスティッサーダ・デ・カヴァル」という馬肉の赤ワイン煮込みがあり、郷土料理として今も受け継がれています。ベルギーでも馬肉のステーキは定番メニューのひとつ。中央アジアのカザフスタンでは、馬肉ソーセージの「カズィ」や「ベシュバルマク」といった伝統料理が、祝宴で最高のもてなしとして供されます。
一方、イギリスやアメリカでは馬肉食は強いタブーとされています。開拓時代から人と共に歴史を歩んできた馬は、ペットやパートナーとしての認識が強く、「食べるなんて考えられない」という感情を抱く人が多いのです。アメリカでは2007年に国内最後の馬肉処理施設が閉鎖され、食用目的の馬の屠殺は事実上禁止されました。ハーバード大学の学食では19世紀から1980年代まで馬肉ステーキが提供されていましたが、現在は廃止されています。
2013年、ヨーロッパで大きな騒動が起きました。牛肉製品に馬肉が混入していたことが発覚し、「知らないうちに馬肉を食べていた」イギリスの消費者は大きな衝撃を受けたのです。この事件は、同じ西洋圏でも馬肉に対する意識がいかに異なるかを浮き彫りにしました。フランス人にとっては驚くほどのことではなくても、イギリス人にとっては受け入れがたい事態だったのです。食文化の違いは、ときに摩擦を生むこともあります。しかし大切なのは、どちらが正しいかではなく、互いの価値観を理解し尊重すること。馬肉を食べるか否かは、その社会の歴史や人と馬との関係性を映し出す鏡といえるでしょう。
明治以降、日本では馬肉が公然と食べられるようになりました。現在も熊本や長野、福島などの産地では、桜肉文化が大切に受け継がれています。
日本で馬肉生産量が最も多いのは熊本県。2014年の統計では全国の約45%を占め、「桜肉王国」とも呼ばれています。熊本で馬肉文化が根付いた背景には、藩主・加藤清正にまつわる逸話があります。朝鮮出兵の際に兵糧難から軍馬を食べたところ、予想以上においしく滋養に富むことがわかり、帰国後に熊本で食習慣を広めたというものです。次いで福島県(約22%)、青森県と続きます。福島県会津地方では、戊辰戦争時に軍馬を食料にした経験から馬肉食が根付いたとも伝えられ、独自の食文化として発展してきました。
馬肉料理の代表格といえば「馬刺し」でしょう。新鮮な生食用馬肉を薄く切り、ニンニク醤油や生姜醤油でいただきます。熊本では赤身だけでなく、霜降り肉やタテガミ(首の脂身)を盛り合わせにするのが定番。濃厚な赤身と甘みのある脂のハーモニーは格別の味わいです。「桜鍋」は、馬肉を使ったすき焼き風の鍋料理。味噌仕立ての甘辛い割下で馬肉とネギを煮込みます。東京・吉原には明治38年(1905年)創業の老舗「桜なべ中江」が現在も営業を続けており、その味を今に伝えています。そのほか、熊本の燻製馬肉「さいぼし」、長野・伊那谷の馬もつ煮込み「おたぐり」、北海道・東北の「なんこ鍋」など、各地に特色ある馬肉料理が受け継がれているのです。
馬肉は「特別なごちそう」として、祝い事の席で供されることも多い食材でした。熊本では冠婚葬祭の料理に馬刺しが並ぶのは珍しくありません。現在は冷凍技術の発達により、産地から直送された馬刺しを全国どこでも取り寄せられるようになりました。インターネット通販の普及で、かつては地元でしか味わえなかった桜肉が、より身近な存在になっています。健康志向の高まりもあり、低脂肪・高タンパクで鉄分豊富な馬肉は、アスリートや美容を意識する人々からも注目を集めています。「ハレの日の味」から「日常のヘルシー食材」へ。桜肉の楽しみ方は、時代とともに広がりを見せているのです。
2026年は午年(うまどし)。干支が一巡りするこの機会に、馬と人との関係をあらためて見つめ直してみてはいかがでしょうか。「桜肉」という呼び名には、禁忌の時代をくぐり抜けた人々の知恵と、馬という存在への敬意が込められています。直接的な名を避け、美しい花の名を借りたその心遣いは、命をいただくことへの配慮でもあったのかもしれません。
食べることは、支配でも征服でもなく、命と命の共存です。かつて人々の暮らしを支えてくれた馬の恵みに感謝しながら、桜色に美しく映えるその肉を味わう。それが、桜肉文化を受け継ぐということなのでしょう。「いただきます」の精神で命に感謝し、残さず大切にいただく。どんな食材であっても変わらないその姿勢を、桜肉はあらためて教えてくれるのです。
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干支の「午(うま)」は、力強さや生命力の象徴として古くから親しまれてきました。馬は乗り物や労働力として人々の暮らしを支え、神社では神馬として信仰の対象にもなっています。
一方で、日本には馬を「食べる」文化も脈々と受け継がれてきました。
なぜ馬肉は「桜肉」という美しい名で呼ばれるようになったのでしょうか。
目次
肉の隠語に込められた日本人の知恵と本音
日本では古くから、肉を植物や花の名前で呼ぶ習慣がありました。
馬肉の「桜」、猪肉の「牡丹」、鹿肉の「紅葉(もみじ)」。これらは単なる隠語ではなく、日本人の美意識と生活の知恵が結晶した言葉といえるでしょう。
なぜこのような呼び名が生まれたのか、その背景には仏教思想と庶民の本音が複雑に絡み合っています。
肉の隠語が生まれた背景
飛鳥時代の675年、天武天皇は日本初の肉食禁止令を発布しました。牛・馬・犬・猿・鶏の肉を食べることが禁じられ、仏教の殺生戒の思想も重なって、表向きは長く肉食が忌避される時代が続いたのです。
しかし、禁令があっても人々の欲求が消えたわけではありません。特に寒い季節には、体を温め栄養を補う「薬食い(くすりぐい)」として獣肉を口にする習慣が密かに続いていました。
公には避けつつも、実生活では必要とされた肉。そこで人々は「言い換え」という知恵を編み出します。直接的な表現を避け、美しい植物や花の名を借りることで、タブーをやわらかくすり抜けてきたのでした。
さくら(馬肉)とその由来
馬肉が「桜肉(さくらにく)」と呼ばれる由来には、いくつかの説があります。
最も有力なのは、肉の色に関する説。馬肉の赤身を切ると、空気に触れると断面が淡い桜色に変わることから、その名がついたといわれています。
また、馬肉が最もおいしく味わえるのが桜の咲く春だから、という季節にまつわる説も。
春は馬が冬の間に蓄えた脂肪がほどよく残り、肉質がよくなる時期とされてきました。
さらに、江戸時代に幕府直轄の牧場があった千葉県佐倉(さくら)の地名に由来するという説もあります。
いずれにしても、タブー視された馬肉を「桜」という明るく縁起のよい名で呼ぶことで、人々は密かにその味を楽しんでいたのでしょう。
かしわ(鶏肉)とその由来
鶏肉を「かしわ」と呼ぶ習慣は、現在も関西地方を中心に残っています。
この呼び名の由来は、鶏の羽色が常緑樹である柏の葉に似ていることから、という説が有力。
柏は神事にも用いられる神聖な木であり、鶏肉にその名を与えることで、食べることへの後ろめたさを和らげていたのかもしれません。
また、鶏は他の獣肉に比べて早くから市民権を得ていました。
卵を産む家畜として身近な存在だったこと、四つ足の獣ではないことから、禁忌の度合いが比較的緩やかだったとも考えられています。
もみじ(鹿肉)とその由来
鹿肉を「紅葉(もみじ)」と呼ぶのは、花札に由来するという説が広く知られています。
花札の十月の札には、紅葉と鹿が一緒に描かれています。
この組み合わせから「鹿といえば紅葉」という連想が生まれ、やがて鹿肉そのものを紅葉と呼ぶようになったというわけです。
鹿は山の恵みとして古くから、特に武家や山間部の人々に食されてきました。
紅葉の美しい季節に狩猟が行われることも多く、その時期に味わう肉という意味合いも含まれているのかもしれません。
ぼたん(猪肉)とその由来
猪肉を「牡丹(ぼたん)」と呼ぶ由来にも、複数の説があります。
ひとつは、薄切りにした猪肉を皿に盛りつけると、その脂身の白と赤身の色合いが牡丹の花のように見えるから、という説。
実際に、ぼたん鍋の盛りつけは花びらを模した美しいものが多く見られます。
もうひとつは、中国の故事「獅子と牡丹」に由来するという説。獣の王である獅子(しし)と、猪を意味する「山のしし」を掛けて、牡丹の名を与えたともいわれています。
猪肉は冬の滋養食として珍重され、「薬食い」の代表格でした。
また「山鯨(やまくじら)」という別名もあり、鯨肉に見立てることで獣肉ではないと言い張る、庶民のしたたかさがうかがえます。
花札との関連
肉の隠語と花札には、興味深いつながりがあります。花札は四季折々の自然や動植物を描いたカードゲームで、日本人の美意識が凝縮されたものといえるでしょう。
紅葉と鹿、萩と猪、桜と幕(馬ではありませんが)。花札に描かれた組み合わせは、食材を「直接言わない」日本文化との親和性が高いものでした。
視覚的・象徴的な言葉遊びを愛する感性は、禁忌をくぐり抜ける知恵としてだけでなく、日本語の豊かさを育む土壌にもなっていたのです。
日本人は本当に肉を食べなかったのか?
「日本人は明治まで肉を食べなかった」。そんなイメージを持つ方も多いかもしれません。
しかし実際には、時代や地域によって肉食の実態は大きく異なっていました。完全な禁忌ではなく、グラデーションのある理解が大切なのです。
戦国時代の肉食文化
戦国時代、武士や兵士にとって肉は貴重な栄養源でした。戦場での体力維持には、米や野菜だけでは不十分。鹿や猪、そして馬肉も滋養をつけるために食されていたと考えられています。
キリシタン大名の高山右近が、豊臣秀吉による小田原征伐の際に牛肉料理を振る舞ったという記録も残っています。また各地で猪や鹿の狩猟が行われ、養豚の形跡も見つかっているのです。
戦場という極限状態では、禁忌よりも生き延びることが優先されました。肉は「薬効」や「滋養」という名目で、堂々と、あるいは密かに食べられていたのでしょう。
江戸時代の食文化と肉
江戸時代になると、武家社会を中心に獣肉食の禁忌は建前として維持されました。しかしその裏では、「百物屋(ももんじ屋)」と呼ばれる肉料理屋が庶民の間で密かに営業していたのです。
「ももんじ」とは「百獣」、つまり獣肉全般を指す言葉。これらの店では、先ほど紹介した隠語が活用され、看板にも「桜鍋」「紅葉鍋」といった婉曲な表現が用いられました。
将軍の目を盗んでまで肉を求めた江戸庶民。その本音と知恵が、「桜肉」という美しい名称にも表れているといえるでしょう。ただし馬は他の獣より大型で貴重だったため、日常的に食べられていたわけではなく、一部の好事家の楽しみや非常時の食糧に限られていたようです。
季節行事・和歌・民間信仰と肉
冬至に馬肉を食べる風習が長野県南部に残っているように、季節行事と肉食は深く結びついていました。
寒い季節に体を温め、精をつけるための「薬食い」は、年中行事の一部として受け継がれてきたのです。年末年始や祝いの席で特別な料理として肉が供されることもありました。
和歌や民間信仰の中にも、動物食の痕跡は見られます。「命をいただく」という感覚は、禁忌の時代にあっても、日本人の心の奥底に息づいていたのではないでしょうか。
世界では馬肉はどう食べられているのか
馬肉を食べる国、食べない国。その違いは、文化や宗教、人と馬との関係性によって大きく異なります。善悪ではなく「文化の違い」として、世界の馬肉事情を見てみましょう。
主な馬肉生産国
国際連合食糧農業機関(FAO)の統計による2023年の馬肉生産シェアは以下のとおりです。
出典:Global Horse Meat Production Share by Country, 2023(ReportLinker)
中国は生産量こそ多いものの、国内で日常的に馬肉を食べる習慣は地域的に限られています。多くは加工食品の材料や輸出用に回されているのが実情です。一方、カザフスタンやモンゴルでは、馬肉は遊牧文化に根ざした重要なタンパク源として現在も食卓に上っています。
馬肉を食べる文化がある国
フランスでは19世紀以降、馬肉が庶民の食卓に浸透しました。ナポレオン戦争時代に兵士の食糧として認められたことがきっかけとされています。タルタルステーキやステーキ・フリットなど、馬肉を使った料理が人気を集めた時期もありました。
イタリア北部のヴェネト州には「パスティッサーダ・デ・カヴァル」という馬肉の赤ワイン煮込みがあり、郷土料理として今も受け継がれています。ベルギーでも馬肉のステーキは定番メニューのひとつ。
中央アジアのカザフスタンでは、馬肉ソーセージの「カズィ」や「ベシュバルマク」といった伝統料理が、祝宴で最高のもてなしとして供されます。
馬肉がタブーとされる国
一方、イギリスやアメリカでは馬肉食は強いタブーとされています。開拓時代から人と共に歴史を歩んできた馬は、ペットやパートナーとしての認識が強く、「食べるなんて考えられない」という感情を抱く人が多いのです。
アメリカでは2007年に国内最後の馬肉処理施設が閉鎖され、食用目的の馬の屠殺は事実上禁止されました。ハーバード大学の学食では19世紀から1980年代まで馬肉ステーキが提供されていましたが、現在は廃止されています。
偽装問題と倫理
2013年、ヨーロッパで大きな騒動が起きました。牛肉製品に馬肉が混入していたことが発覚し、「知らないうちに馬肉を食べていた」イギリスの消費者は大きな衝撃を受けたのです。
この事件は、同じ西洋圏でも馬肉に対する意識がいかに異なるかを浮き彫りにしました。フランス人にとっては驚くほどのことではなくても、イギリス人にとっては受け入れがたい事態だったのです。
食文化の違いは、ときに摩擦を生むこともあります。しかし大切なのは、どちらが正しいかではなく、互いの価値観を理解し尊重すること。馬肉を食べるか否かは、その社会の歴史や人と馬との関係性を映し出す鏡といえるでしょう。
日本で受け継がれる"桜肉"の食文化
明治以降、日本では馬肉が公然と食べられるようになりました。現在も熊本や長野、福島などの産地では、桜肉文化が大切に受け継がれています。
主な産地
日本で馬肉生産量が最も多いのは熊本県。2014年の統計では全国の約45%を占め、「桜肉王国」とも呼ばれています。
熊本で馬肉文化が根付いた背景には、藩主・加藤清正にまつわる逸話があります。朝鮮出兵の際に兵糧難から軍馬を食べたところ、予想以上においしく滋養に富むことがわかり、帰国後に熊本で食習慣を広めたというものです。
次いで福島県(約22%)、青森県と続きます。福島県会津地方では、戊辰戦争時に軍馬を食料にした経験から馬肉食が根付いたとも伝えられ、独自の食文化として発展してきました。
名物料理
馬肉料理の代表格といえば「馬刺し」でしょう。新鮮な生食用馬肉を薄く切り、ニンニク醤油や生姜醤油でいただきます。熊本では赤身だけでなく、霜降り肉やタテガミ(首の脂身)を盛り合わせにするのが定番。濃厚な赤身と甘みのある脂のハーモニーは格別の味わいです。
「桜鍋」は、馬肉を使ったすき焼き風の鍋料理。味噌仕立ての甘辛い割下で馬肉とネギを煮込みます。東京・吉原には明治38年(1905年)創業の老舗「桜なべ中江」が現在も営業を続けており、その味を今に伝えています。
そのほか、熊本の燻製馬肉「さいぼし」、長野・伊那谷の馬もつ煮込み「おたぐり」、北海道・東北の「なんこ鍋」など、各地に特色ある馬肉料理が受け継がれているのです。
ハレの日と馬肉
馬肉は「特別なごちそう」として、祝い事の席で供されることも多い食材でした。熊本では冠婚葬祭の料理に馬刺しが並ぶのは珍しくありません。
現在は冷凍技術の発達により、産地から直送された馬刺しを全国どこでも取り寄せられるようになりました。インターネット通販の普及で、かつては地元でしか味わえなかった桜肉が、より身近な存在になっています。
健康志向の高まりもあり、低脂肪・高タンパクで鉄分豊富な馬肉は、アスリートや美容を意識する人々からも注目を集めています。「ハレの日の味」から「日常のヘルシー食材」へ。桜肉の楽しみ方は、時代とともに広がりを見せているのです。
馬を想い、命をいただくということ
2026年は午年(うまどし)。干支が一巡りするこの機会に、馬と人との関係をあらためて見つめ直してみてはいかがでしょうか。
「桜肉」という呼び名には、禁忌の時代をくぐり抜けた人々の知恵と、馬という存在への敬意が込められています。直接的な名を避け、美しい花の名を借りたその心遣いは、命をいただくことへの配慮でもあったのかもしれません。
食べることは、支配でも征服でもなく、命と命の共存です。かつて人々の暮らしを支えてくれた馬の恵みに感謝しながら、桜色に美しく映えるその肉を味わう。それが、桜肉文化を受け継ぐということなのでしょう。
「いただきます」の精神で命に感謝し、残さず大切にいただく。どんな食材であっても変わらないその姿勢を、桜肉はあらためて教えてくれるのです。
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