インドの聖地ガンジス川を徹底解説|“世界一汚い”って本当?沐浴をする理由とは?

インドを流れる「ガンジス川(ガンガー)」は、世界で最も有名な川の一つです。ヒマラヤを源流とし、インドの人々から「聖なる川」と呼ばれてきました。

その一方で、「世界一汚い川」ともいわれ、水質汚染や火葬場の存在が話題になることもあります。なぜインドの人々は、汚いとされるガンジス川で沐浴を行い続けるのでしょうか。

本記事では、ガンジス川の基本情報から宗教的な意味、沐浴の文化、水質汚染の実態、さらに観光時の注意点まで、ガンジス川の「聖」と「俗」の両面を詳しく解説します。

ガンジス川とは?インドの聖なる川と呼ばれる理由

インドの大地を横断するガンジス川(ガンガー)は、ヒマラヤからベンガル湾までを流れる全長約2,500kmの大河です。

数多くの支流と広大な流域面積を持ち、ヒンドゥー教徒にとって聖なる川とされています。その流れは古くから人々の暮らしを支え、宗教的には聖地バラナシをはじめとする巡礼の場と結びついてきました。

ヒンドゥー教では川そのものが女神として崇拝され、罪を洗い流し魂を浄化すると信じられています。こうした背景から、ガンジス川はインドの人々にとって生活と信仰の両面で欠かせない存在となっているのです。

ガンジス川の基本情報

日本の文化や歴史、そして精神性を表象するのが富士山であるとすると、インドのそれは間違いなくガンジスです。

ガンジス川はヒマラヤ山脈の氷河を源流とし、北インドから流れ出ます。全長はおよそ2,500kmにもおよび、デリーやバラナシ、コルカタといった大都市のそばを通りながらベンガル湾へと注ぎます。

流域には数億人が暮らしていて、生活用水や農業、洗濯など、人々の日常と切り離せない存在です。特にバラナシはヒンドゥー教の最大聖地の一つで、死ぬ前に一度は訪れたい場所とされる巡礼地でもあります。

時間帯ごとの表情

ガンジス川は、時間帯によってまったく違う姿を見せます。バラナシを流れる川の朝は早く、夜明け前からすでに大勢の人々が集うのです。

朝には薄明の中で祈りを捧げる人々の姿が映え、昼には洗濯や水浴びをする人々でにぎわい、夜になると「ガンガー・アールティ」と呼ばれる炎の儀式で川面が幻想的に照らされます。このように、一日の流れとともに川の景色も変化していくのです。

時間帯ごとの表情

季節による変化

ガンジス川の水は、標高の高いヒマラヤの雪解け水が元になっています。そのため、例年8月から9月はヒマラヤの氷が溶けてガンジス川の水位が大幅に上がります。
危険なためボートに乗れなくなるだけでなく、ガートに近づくこともできない日があるので注意が必要です。

乾季には穏やかな流れとなり、川岸での沐浴やボートツアーがしやすくなりますが、ガンジス川には霧が発生することが多く、霧の濃い日にはガートすら見えないこともあります。

この季節ごとの変化は、観光や儀式にも大きな影響を与えるので事前に把握しておくことが重要です。

ガンジス川に生息する生き物

ガンジス川には、世界的にも珍しい生物が暮らしています。代表的なのは「ガンジスカワイルカ」で、インドの「国の水生動物」にも指定されている動物です。
かつては多く見られましたが、個体数が2,000頭程度とも言われる絶滅危惧種で、下水や工業排水などの汚染によって生息数は減少しています。

このほかにも、ガンジス川にはインドガビアルと呼ばれる細長い口をもつワニの仲間や、ゴールデンマハシールという黄金色の大型魚など、独特の生態系を支える生物が生息しています。
インドガビアルは魚を主食とする温厚な性質で、絶滅危惧種として保護対象になっています。ゴールデンマハシールは川の王とも称され、神聖な魚として崇められており、現地では釣り人たちの憧れの存在です。

こうした生き物たちは、ガンジス川が単なる宗教的象徴ではなく、「生命の源」として人と自然が共に生きる場であることを物語っています。

聖なる川の意味とインド人の死生観

ガンジス川はヒンドゥー教徒の人々の聖地として、インドの人々の死生観を色濃く表しています。ここではガンジス川が持つ宗教的な意味についてご紹介します。

ヒンドゥー教におけるガンジス川の神話

ヒンドゥー教においてガンジス川は、「女神ガンガー」として神格化されています。神話によれば、天界から地上へと流れ落ちた聖なる流れがガンジス川であり、その力はあらゆる罪を洗い流すと信じられています。

また、破壊と再生の神シヴァが髪でその激しい水流を受け止めたという伝承もあり、神々と深く結びついた存在です。こうした背景から、ガンジス川はインド全土の人々が巡礼に訪れる聖地となり、世界中のヒンドゥー教徒にとって特別な意味を持ち続けています。

沐浴と浄化の意味

ガンジス川で行われる「沐浴(スナン)」は、ヒンドゥー教徒にとって最も重要な宗教儀式の一つです。川に身を浸すことで過去の罪や穢れが浄化され、魂が清められると考えられています。

また、沐浴は生きている人だけでなく、先祖の供養ともつながっています。バラナシなどの川沿いでは、朝の祈りとともに何千人もの人々が水に入り、神への祈りを捧げます。初めて見る人には驚かれるかもしれませんが、当事者にとっては魂を救う大切な儀式なのです。

火葬と遺灰を流す慣習

ガンジス川のほとりには有名な「火葬場(ガート)」があり、バラナシのマニカルニカー・ガートはその代表例です。ここでは毎日多くの遺体が荼毘(だび)に付され、その遺灰がガンジス川に流されます。

ヒンドゥー教の教えでは、死後にガンジス川へ還ることで輪廻から解脱し、モクシャ(解放)を得るとされています。そのため、インドの人々は死ぬ前に一度はガンジス川の聖地で火葬されたいと願い、世界各地から巡礼者が訪れ続けているのです。

火葬と遺灰を流す慣習

「汚れ」と「聖性」が共存する思想

ガンジス川は、現代では生活排水や下水の流入、火葬場からの灰などにより深刻な汚染が進んでいます。しかし、インドの人々にとって、それは聖なる川の本質を損なうものではありません。

たとえ汚い水であってもガンガーの流れそのものが神聖であり、魂を救う力があると信じられているのです。
西洋的な「清潔=聖なるもの」という価値観とは異なり、インドでは「汚れ」と「聖性」が同時に存在しうるという独特の死生観が根付いています。

ガンジス川の沐浴文化とは?なぜ「汚いのに入る」のか

観光客や日本人の多くが驚くのは、「世界でもっとも汚い」と言われるガンジス川で、数え切れないほどの人々が沐浴を行っている光景です。生活排水や火葬場からの灰が流れ込み、川は確かに汚染されています。

しかしインドの人々にとって、ガンジス川の流れは神そのもの。川に身を浸すことは単なる水浴びではなく、魂を浄化し神とつながるための宗教的な儀式なのです。この信仰心こそが、汚れと聖性が共存するインド的な死生観を象徴しています。

沐浴とは何か、どのように行われるか

ヒンドゥー教における沐浴(スナン)は、罪や穢れを洗い流し、魂を清める宗教行為です。人々は夜明けとともに川岸のガート(階段状の川岸)に集まり、祈りの言葉を唱えながら水に身を沈めます。

全身を何度か水に浸す動作が基本で、単なる水浴びではなく浄化の儀式として受け継がれてきました。沐浴は巡礼の大切な一部であり、人生の節目や特別な日にも行われます。

沐浴とは何か、どのように行われるか

沐浴を行う時期や祭典

沐浴は1年を通して行われますが、とりわけ大規模なのが「クンブメーラ」と呼ばれる祭典です。12年に一度、世界最大級の宗教行事として数千万人もの巡礼者がインド各地から集まり、ガンジス川やその支流で一斉に沐浴をします。

このとき川辺は都市全体が宗教都市のように変わり、世界中から報道陣や観光客が訪れます。また、日常的にも新月や満月といった吉日に合わせて沐浴する人が多く、自然のリズムと信仰が結びついた文化となっているのです。

ガンジス川での沐浴方法

観光客がよく目にするのは、川岸に並んだ人々が太陽へ祈りを捧げつつ水をすくい、頭から浴びる光景です。ヒンドゥー教徒の中には、手を合わせながら川の水を口に含む人もいます。

全身を川に沈める人もいれば、足先だけを浸して祈る人もいて、その作法は地域や家庭によってさまざまです。いずれも神聖な儀式として大切に受け継がれています。

多くの人々は日の出前の静かな時間帯にガート(沐浴場)へ集まり、太陽が昇る東の方向に手を合わせて祈りを捧げます。
まず川の水を両手ですくい、額や胸にかけて心身を清めた後、ゆっくりと水の中へと身を沈めるのが習わしです。祈りの言葉(マントラ)を唱えながら数回水をすくい上げ、家族の健康や先祖への感謝を願う姿も見られます。

その厳かな雰囲気は、単なる宗教儀式というよりも、「自然と一体になる行為」として深く根づいています。観光で訪れる際には、無理に参加する必要はなく、見学するだけでもガンジス川の宗教的な荘厳さを十分に感じ取れるでしょう。

ガンジス川は本当に世界一汚い川?水質汚染の実態と原因

「聖なる川」と呼ばれる一方で、ガンジス川は「世界で最も汚い川」とも評されています。

ガンジス川は人々の信仰と暮らしを支える存在であると同時に、近代化と都市化による環境問題の象徴ともいえるのです。

水質汚染の現状

ガンジス川の流域には数億人が暮らしていて、その生活を支えるために膨大な量の水が使われています。その結果、家庭からの下水、洗濯による洗剤、工場からの化学物質が未処理のまま川へと流され、汚染は年々悪化しているのが現状です。

デリーやコルカタをはじめとする大都市を流れる過程で、生活排水や工業排水、下水などが大量に流れ込み、深刻な水質汚染が進んでいるのです。

特に都市部では川面に泡やごみが浮かび、悪臭を放つこともあります。こうした現状から、世界的な調査機関によって世界一汚い川と評されることもあるのです。

川での火葬・遺体流しの実態

さらに川岸には火葬場があり、遺灰や遺体の一部がそのまま流されることも少なくありません。

バラナシをはじめとする聖地には、日々多くの遺体が運ばれてきます。火葬場(ガート)で荼毘に付された遺灰は川へ流され、時には経済的な理由から完全に燃やせないままの遺体や、幼児や修行僧など火葬されないケースの遺体がそのまま流されることもあります。

こうした慣習は宗教的な信仰に基づいていますが、結果的に川の水質汚染を加速させているのも現実です。聖と俗が交差するこの光景は、ガンジス川独自の文化的特徴でもあります。

川での火葬・遺体流しの実態

インド政府の浄化プロジェクト

深刻な汚染問題に対し、インド政府は「ナマミ・ガンゲ計画」と呼ばれる大規模な浄化プロジェクトを進めています。下水処理施設の整備、工業排水の規制、ごみの回収などが行われていますが、流域人口の多さや経済的事情から改善は容易ではありません。

それでも、国を挙げた取り組みによって一部の都市では水質がわずかに改善したという報告もあります。巡礼地としての聖性を守りつつ、汚染への現実的な対策を進めることが、今後の大きな課題です。

ガンジス川観光ガイド:行き方・見どころ・注意点

ガンジス川は宗教的な聖地であると同時に、世界中から観光客が訪れる人気の観光スポットです。特にバラナシは「インドの心臓」とも呼ばれ、ガンガーの流れを間近に感じられる都市として有名です。

沐浴や火葬の儀式など、日本では見られない光景を体感できる一方、訪れる際には衛生やマナー、撮影ルールに注意が必要です。ここでは観光に役立つ行き方や見どころ、体験できることを紹介します。

バラナシへの行き方

バラナシへは、デリーやコルカタといった大都市からのアクセスが一般的です。デリーからは国内線で約1時間半コルカタからも飛行機で2時間ほどで到着できます。

空港から市内まではタクシーやオートリキシャを利用しますが、道路は渋滞が多いので時間に余裕を持つと安心です。また、日本から訪れる場合はデリー経由が最も便利です。

巡礼者や観光客で一年中にぎわう都市なので、ホテルは早めに予約しておく必要があります。

観光スポットと見どころ

ガンジス川沿いには「ガート」と呼ばれる階段状の河岸が数百か所あります。その中でも有名なのが「ダシャーシュワメード・ガート」と「マニカルニカー・ガート」です。前者は毎晩行われる炎の儀式「ガンガー・アールティ」で知られ、後者は火葬場として世界中の人々が訪れる場所です。

また、少し足をのばせば、釈迦が初めて説法を行った地として知られるサールナートや、ヒンドゥー教の最高神シヴァを祀るカーシー・ヴィシュワナート寺院などもあります。

さらに、バラナシの街角では、濃厚なヨーグルトドリンクラッシーが名物。素焼きのカップで提供されるラッシーは、沐浴後や観光途中のひと休みにぴったりの一杯です。これらの聖地では、インド人の死生観や宗教儀式を肌で感じられるでしょう。

観光スポットと見どころ

体験できること

観光客に人気なのは早朝のボートツアーです。朝日が昇るとともに川面に祈る人々の姿や、沐浴する巡礼者の列を川の上から眺められます。

観光客自身が沐浴することも可能ですが、衛生面から水を飲んだり全身を沈めたりするのは避けるのが無難です。ガンジス川の流れを体感したいなら、手や足先を水につけて祈る程度でも十分に雰囲気を味わえます。

お土産としての「ガンジス川の水」

バラナシでは、小瓶に入った「ガンジス川の水(ガンガージャル)」がお土産として売られています。ヒンドゥー教徒にとっては聖水としての価値があり、家庭での儀式や供養に使われるものです。

ただし、観光客が持ち帰る場合は飲用ではなく記念品として考えるべきでしょう。日本に持ち帰る場合も、空港での手荷物規制に注意が必要です。

訪れる際の注意点

ガンジス川観光では、いくつかの注意点があります。まず衛生面では、川の水は汚染が深刻なため、飲んだり体内に入れたりしないことが重要です。

次にマナーとして、沐浴する人々や火葬の場を尊重し、むやみに近づかないようにしましょう。特に火葬場では写真撮影は禁止されている場合が多く、許可なくカメラを向けるのは厳禁です。

世界中から観光客が訪れる一方で、現地の人々にとっては巡礼の場であることを忘れず、敬意を持って見学をすることが大切です。

ガンジス川の「聖」と「俗」を理解して訪れる

ガンジス川は、ヒマラヤを源流に持ち、世界でもっとも多くの人々に信仰される川の一つです。そこには聖なる川としての宗教的な意味と、世界一汚い川とされる現実が同時に存在しています。
火葬場での儀式や遺灰を流す慣習は、インド人の死生観を象徴し、沐浴の文化は「汚い」とされる水であっても魂を清めると信じる独自の思想を表しています。

観光客にとってガンジス川は、ただの観光スポットではなく、数千年にわたり人々の祈りと生活を支えてきた「聖地」です。
訪れる際は、単に珍しい光景を見るのではなく、そこに込められた宗教的背景やインド人の価値観を理解する姿勢が求められます。汚染や環境問題という俗の側面に目を向けることも大切です。

インド政府の浄化プロジェクトや持続可能な観光への取り組みは、ガンジス川の未来に直結しています。私たち日本人を含む世界の旅行者が、衛生やマナーを守りつつ敬意を持って接することが、この川を次世代へとつなぐ小さな一歩になるでしょう。


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