【神社百選】氷川女体神社

●御祭神
クシナダヒメノミコト
オオナムチノミコト
ミホツヒメノミコト 

●創 建
崇神(すじん)天皇の御代(西暦前97-30年)
〒336ー0916 埼玉県さいたま市緑区宮本


大きな湖沼が関東にはいくつも残っていた。その代表が見沼で、今の川口から浦和、与野、大宮、上尾方面まで広がっていた。芦ノ湖の二倍以上の面積といわれる。龍が住んでいたという伝説もあり、氷川女体(ひかわにょたい)神社では毎年夏に見沼を横断して龍神祭(磐船祭<いわぶねさい>)を行ない、年々開拓によって小さくなっていく湖とその龍神との鎮魂(ちんこん)をしていた。五、六年前までは七月十四日に「祇園磐船祭」として、儀式をやっていたが、今は商工会議所の「龍神祭り」と合同し「祇園磐船龍神祭」(通称龍神祭)として五月四日に行なっている。

そもそも見沼には湖岸に三つの神社が一直線上に並んでいて湖の龍神を祀まつっていた。すなわち北から大宮氷川神社(スサノオノミコト)そして中間に中川氷川神社(御祭神はスサノオノミコトの子供のオオナムチノミコト)南の丘上には氷川女体神社(スサノオノミコトの妃のクシナダヒメノミコトを祀る)がそうである。

大宮の氷川神社の大小の池や舟遊び池と名づけられた池もかっての見沼の一部である。

氷川女体神社は湖に接した高台の上にあり見沼を展望できる位置にあった。

しかし八代将軍吉宗は見沼の大規模な埋め立てで、増大した江戸の人口を養う新田を一気に増やそうとする。計画通りに進めば龍神祭りを実行する水面さえ無くなろうとした。そうして氷川女体神社と工事代官旗本勘定方(はたもとかんじょうかた)井沢弥惣兵衛との必死の画策が始まった。前宮司の吉田しげのり氏が残した「見沼物語」(さいたま出版)にはこの代官が見沼の神様を祀っている神社に来て当時の宮司と語り合い、また宿泊までして、親しくこの見沼信仰を理解しようとした様子が伝承されている。

ある雨の夜、すすめられるままに代官は女体神社に宿り不思議な夢を見た。それは神武天皇の頃、第四皇女のククリヒメが湖の側で、毎日の日課のおこもりをしていると湖面で波立ち、ささーっといくつかのうねりが湖岸に押し寄せ龍形の蛇体(じゃたい)が湖上を渡って行くのが見えた。神の訪れであった。それからまもなく姫が神の御子を宿されたと噂になり、やがて姫は双子の女の子をお生みになった。先に生まれた方を妹とし、「多伎姫(たきひめ)」と名づけ、姉を「伊津姫(いつひめ)」と呼んだ。だがまだ若いうち、母は病を得て亡くなった。

娘達に残した最後の言葉は「夫と言うべき神はそれはそれは顔立ちの良い男らしい立派な方でした。私の可愛い子供よ。これから先は決して祭りを途絶えさせてはなりませんよ。見沼が永遠に続く限り、水はいっぱいにあふれ、ますます栄えていくでしょう。」というものでした。

二人の娘はすくすくと育ち、姉はヤマト朝廷に呼ばれて斎(いつき)の君という位に着いた。妹はそれを妬んで自分も母のように龍神に出会いたいと熱心に日籠(ひごも)りを欠かさなかった。

しかし「多伎姫」を恋した地元の青年「手留彦(てるひこ)」は龍神をライバルと悟って、毒を弓矢に塗って準備を怠らなかった。

そしてある日、湖上に神迎への御座所を設けた舟のほか数艘(すうそう)で「龍神祭り」が行なわれた。はじめ見沼の南、荒川の瀬まで漕ぎ出し一同そこで斎戒沐浴(さいかいもくよく)し、御祓(おはら)いをして再び北上、湖の中央で舟を止め、水底に神酒や神饌(しんせん)を沈めて神事を行なう。近郷の農家は家ごとにかがり火を焚(た)いて夜通しお祝いしたが、この日の夜は毎年決まって闇夜で、赤々と燃えるかがり火は静まり返る沼に赤く映えていた。そして多伎姫の「おおーう、おおーう」と神を呼ぶ警畢(けいひつ)の声に「ひふみよいむなやこのとたり」と神歌がくりかえされ、「あなかしこ つつ神迎える なむなむ」と甲高い熱と力のこもった声は鬼きき気迫るものがあった。そこへ、ささーっと湖上に波が立ち幾つかのうねりが寄せてきた。そして瞬く間に龍の形は消えて、たえなる貴公子が歩いていくのが見えた。「手留彦」はここぞと狙いをつけて矢を放ったが、一の矢も二の矢も叩き落とされ、三の矢は飛び出してきた多伎姫の右目を射抜いた。そして同時に手留彦も粉々になって飛んでいった。それから冷たい雨が降り続け岸辺近くの民家も収穫物も皆流され、湖は七日に渡って荒れ続け、人々は「氷川様のたたりだ」と恐れた。

代官は汗びっしょりで眼を覚ました。そして何とかして見沼の霊を残す方策はないかと悩み、最後に女体神社の社頭に手鏡の形をした「土壇場」を作る事を考え付いた。見沼の名残の用水をめぐらせる島だ。小さいが神事も残せる。土壇場での発想だった。

進藤彦興著、   『詩でたどる日本神社百選』   から抜粋


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