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古代エジプト、および古代エジプト神話における神の中でも「ラー」という神は、とても重要なポジションを占める神で、「太陽神」として崇められていました。
今回は、そんなエジプト神話の中心的な神ともいえる太陽神ラーに焦点を当て、どんな力を持つ神なのか、他の神との関わりについて詳しく解説していきます。
太陽神ラーとは一体どんな姿をしていて、どんなパワーを持つ神だったのでしょうか。太陽神ラーの基本情報をまとめてみました。
・日輪そのもの
・聖蛇ウラエウスをつけた太陽円盤の冠を戴く男性
・ハヤブサ頭の男性 など
・ヘリオポリスの太陽神
・古王国時代の最高神
・妻:ムト(アメンラーとして融合後)
・娘:セクメト、ハトホル、バステトなど
・孫:ネフェルテムなど
ラーはヘリオポリス九柱神「エンネアド」の1柱ともされており、比較的有名な太陽円盤を載せたハヤブサの姿で描かれるのは「ラー・ホルアクティ」と呼ばれます。
※太陽神ラーの家族構成については、神話によって異なる解釈がなされることがあるため、ここでまとめた限りではありません。
太陽神ラーについて深く知る上でも、古代エジプトにおける神話についてある程度知っておくことは大切です。ここでは「多神教」「死後の世界観」について紹介していきます。
古代エジプトの人々は、私たち日本人と同じように、自然や自然現象の中に神々の存在を感じていました。そして、神の名前を呼ぶことで、神をより身近に感じ、心を通わせられると考えていたため、それぞれの神に名前を付けていたのです。古代エジプトでは、ただ「神」と呼ばれる存在はほとんどなく、多くの神に固有の名前がありました。
神はすべて自然に由来し、自然のパワーは神の力に等しいものであると考えました。自然崇拝と結びついた神々は、エジプトの各主要都市で地方神として崇められたのでした。このため、古代エジプト神話と一口で言っても、各都市で発展した神話に相違があり、一概にその定義をまとめるのというのは、なかなか難しい側面があるのです。
古代エジプトにおける神様の数は、多い時で1000を超えていたと言われており、時代によって廃れてしまう神、逆に注目を浴びる神と入れ替わりがかなりあったようです。
古代エジプトにおいて、死後の世界というのは大変重要なものでした。来世で今世の幸せを引き続き楽しむためには、オシリス神による「心臓の計量(最後の審判)」に合格し、さらにきちんとした状態で保存されている肉体に魂を戻す必要があると考えられていたのです。
「心臓の計量(最後の審判)」は今世の行いなどで判断されるものなので、死んでからどうこうできるものではありませんが、肉体に関しては死後の処理が非常に重要なものになりました。灼熱の砂漠の中にあれば遺体はあっという間に腐ってしまいます。
そこで考えられたのがミイラです。腐りやすい臓器をカノプス壺(オシリス神像やその子供たちなどが描かれた壺)に取り出し、防腐処理をした上で油を塗り、布を巻いてミイラとしたのですが、この作業にはなんと70日もの時間を要したそうですよ。
ここからは、太陽神ラーにまつわるエピソードを紹介していきます。
太陽神ラーが出現する以前は、まだ神の時(時間)がゆったりと流れていただけで、時間というものが無かったと言われています。エジプト神話は都市ごとに創生神話が異なりますが、ラーの誕生によって太陽の運行が始まり、時間の概念が生まれたと考えられることもあります。
ところで、太陽神ラーはどのように誕生したのでしょうか。諸説ありますが、創造主アトゥムとほぼ同時期に誕生したのではないかと考えられています。
ヌン(原初の水・混沌)の中から「神々の父」と称されるアトゥムが立ち上がった時、聖石ベンベン(原初の丘)がヌンの中に出現し、その上でアトゥムが創世を実現したそうです。そして、アトゥムは自分の唾液と息からシュー(大気の神)とテフヌト(湿気の女神)を生み出しました。同時期に出現したラーは太陽の船に乗って航行を開始し、これが時間の始まりになったと言われているのです。
古代エジプト神話において、神々の習合は大変よく起き、アトゥムも後にラーと習合してアトゥム=ラーとなることから、アトゥム神とラー神は同一視されることが多いです。そのため、アトゥムではなくラーが創造主とする説もありますが、アトゥムは原初の創造神、ラーはエジプト全土で信仰された太陽神とする説が有力なようです。
ちなみに、古代エジプトの新王国時代には「アトゥムは原初的神々の創造主であり、ラーを創造し、ラーはアトゥムとして成就する」としていた内容が記されたパピルス(文献)も見つかっています。そこからも分かるように、時代によって創世記や神話の解釈はコロコロ変わっており、どれがもっとも確からしいものかは、もはや分からなくなっているのです。
太陽の空を渡る毎日の旅は、東の空に始まり、正午には最高点を経由してその光線は最強となり、やがて西の空へ沈んで循環することで一回りします。この旅の三つの段階は、朝の太陽をケプリ神、昼の太陽をラー神、夕方の太陽をアトゥム神と考えることで明確にされました。
ちなみに、ケプリ神とはスカラベの神(スカラベ=フンコロガシ)で、創造神として神格化された神です。スカラベの糞を丸めて運ぶ姿が太陽神信仰の再生復活と結びつき、そこからケプリ神は朝昇る太陽を意味するようになりました。ケプリ神の姿は、スカラベを頭とした人物もしくはスカラベを頭上に戴く男性の姿です。
アトゥム神は先ほども説明したように、創造主です。その姿は男性の姿で表現されることがほとんどで、片手にウァス杖、もう片手にアンクと呼ばれるエジプト十字を持っています。なぜ創造の神が夕刻の太陽として表されるのかというと、諸説ありますが、夜(冥界)への誘い手という役目があったからなのではないかと言われています。アトゥムはケプリやラーに比べると年上の神という位置付けにもなるため、冥界に近しい存在として朝でも昼でもない時間帯の太陽の形態として考えられたのではないかと言われています。
日没後の太陽の船は、夜の世界を静かに進むわけですが、アポピスと呼ばれる大蛇の攻撃をかわしながら進む必要があり、昼間の天空の旅とは大分様相が異なっていました。
女神イシスには夫であるオシリスとの間に息子のホルスがいました。この息子ホルスに絶対的な権力を持たせたいと考えていたイシスは、太陽神ラーから権力を奪うことを考えつきました。この時すでに年老いていたラーは、歩くたびに唾液を垂れ流していたそうです。
それを見たイシスは、この唾液と土から毒蛇を作り出し、ラーに毒蛇をけしかけました。ラーは毒蛇の毒に苦しみ、イシスは解毒してあげる代わりにラーの真名を教えるよう脅します。最初こそ抵抗していたラーですが、最終的には真名をイシスに教えてしまいます。
その結果ラーは命拾いをしましたが、真名をイシスに教えたことで権力も魔力もイシスに奪われ、弱体化することになってしまったのでした。
太陽信仰及び太陽神信仰は、太陽の町であるヘリオポリスで盛んでした。それが古王国時代になるとエジプト全土で太陽神信仰が奨励されるようになります。特に、ヘリオポリス出身のウセルカフ王が第五王朝を開いた時、太陽神ラーは最高神として崇められるようになります。そして、ファラオ(王)の称号に太陽神の息子(サァ・ラー)名まで加えられ、「ラーの息子」と呼ばれるようになったのです。
しかし、それまでファラオは神そのものと考えられていたのですが、それが神の息子へと格が下がってしまったことで、王権は弱体化していくこととなりました。
また、太陽神信仰が盛んになったことで、死後の世界観にも太陽の存在が大きく影響するようになります。この頃のピラミッドを見てみると、王の棺が埋葬されていたであろう部屋には、ファラオの魂が太陽神ラーの元に行けるための呪文のようなものがヒエログリフで書かれています。
年老いた太陽神ラーは、人々や神々からその権威を軽んじられるようになり、その事態に心底腹を立てたラーは自らの右目をくりぬき、人間への怒りを宿したセクメトを生み出したのです。
ラーの目に関してはコチラで解説
怒りに満ちたセクメトは地上に遣わされると破壊行為を繰り返しました。その凄まじさは相当なもので、なんと人類は滅亡寸前にまで追いやられることになってしまったのです。さすがのラーもそこまでは望んでいなかったこともあり、他の神々と共にセクメトを止めようとしますが失敗。
そして、セクメトが好きな人間の血に似せた真っ赤なビールをセクメトに与えて酔わせ、この事態を収拾するに至ったそうです。ちなみに、セクメト女神は、太陽神ラーの一部から生み出されたということで、太陽神の娘として認識されています。そして、聖蛇ウラエウスの付いた太陽円盤を戴く雌ライオンの頭を持つ女性、もしくは燃える太陽の目の姿で表現されることが多いです。
アメン=ラーというのは、アメン神とラー神が習合した神です。元々アメン神はテーベの三柱神の一つであり、テーベの守護神として崇められていた神でした。新王国時代、アメン神を中心とする神学思想が広まっていく中で、アメン神は他の神の属性を取り込むことで原始の神、万物の神、太陽と天空の神へと変化していきました。
アメン神が注目されたのは古王国時代の後の中王国時代です。テーベ出身の宰相アメンエムハトが王に即位したことを契機に、出身地の守護神アメン神が脚光を浴びることになったのです。この頃、太陽神ラーと習合することで「すべての神の父」となり、国家の最高神へと昇格しました。
新王国時代末期にはアメン=ラーの権力が絶頂を迎え、アメン神自身も至高の神の座につくことになります。また、この時期を境にほとんどの神が太陽信仰に加えられ、その姿を変化させていきました。ちなみに、この時の太陽神ラーは、その本質とも言えた創造的な力はもはやほとんど残されておらず、太陽の神、もしくは太陽として認識されていたそうです。
■ラーの目意味:太陽の象徴・破壊と守護
■ホルスの目意味:月の象徴・修復・完全なる状態
「ラーの目」は厳密には「ラーの右目」を指しており、セクメト女神と同一視されることが多いです。セクメト女神の性格からも分かるように、ラーの右目は圧倒的な破壊力をもたらします。同時に守護の力も発揮するとされるところから、ラーの目はお守りアイテムとして古くから重宝されてきました。
ところで、「ラーの目」に似ているものとして「ホルス(ウジャト)の目」というものがあります。これは、セト神と争ったときに傷ついたホルス神の左目(月を象徴)と言われており、後に完全に完治したことから、保護や完全性の象徴として護符に用いられるようになりました。
「アンク」は「♀」に似た形のヒエログリフで表される文字であり、生命を象徴しています。文字としての象形物は結び目であり、現代語表記にするとankhになります。
アンクは文字の世界を飛び出して、壁画などにモチーフとして登場することもあります。分かりやすいもので言うと、神とファラオが向かい合っている壁画などで、神がファラオの鼻先に「♀」型のものを差し出すようにしているシーンを見て取ることができます。
これは、神がファラオに永遠の命を授けている場面と解釈することもできれば、生命の鍵を象徴するアンクを神がファラオに手渡すことで不滅の存在になるということを暗示している絵とも解釈することができるのです。
いずれにても、「生命」や「永遠」、「不老不死」を表現する時には必ずこのアンクは登場し、ほとんどの神は片手にアンクを携えて描かれています。現代社会において、アンクはエジプト十字とも呼ばれ、魔除けやお守りとして活用されています。
アンクとラーの目をあしらった、紫外線を浴びると色が変化するラバー素材のアンクレット。旅先やアウトドアにも映える神秘的なアクセントに。※オンライン・店舗で販売中
古代エジプト神話における太陽神ラーの存在は絶対的なものではありました。しかし一神教ではなく多神教というところで、さまざまな神と習合して新たな神へと変化していくため、なかなかその実態はつかみにくかったかもしれません。
古代エジプトの歴史はなんと3000年以上もあり、その中で神々の性格や立ち位置も当然変化していきました。そのため、ある一時代を切り取って、「太陽神ラーは最高神である」と断言することは難しいのですが、その分、古代エジプト神話の奥深さが分かったのではないでしょうか。気になる方は、ぜひこれを機に古代エジプト神話について調べてみてくださいね。
古代エジプト、および古代エジプト神話における神の中でも「ラー」という神は、とても重要なポジションを占める神で、「太陽神」として崇められていました。
今回は、そんなエジプト神話の中心的な神ともいえる太陽神ラーに焦点を当て、どんな力を持つ神なのか、他の神との関わりについて詳しく解説していきます。
目次
太陽神ラーとは?
太陽神ラーとは一体どんな姿をしていて、どんなパワーを持つ神だったのでしょうか。
太陽神ラーの基本情報をまとめてみました。
・日輪そのもの
・聖蛇ウラエウスをつけた太陽円盤の冠を戴く男性
・ハヤブサ頭の男性 など
・ヘリオポリスの太陽神
・古王国時代の最高神
・妻:ムト(アメンラーとして融合後)
・娘:セクメト、ハトホル、バステトなど
・孫:ネフェルテムなど
ラーはヘリオポリス九柱神「エンネアド」の1柱ともされており、比較的有名な太陽円盤を載せたハヤブサの姿で描かれるのは「ラー・ホルアクティ」と呼ばれます。
※太陽神ラーの家族構成については、神話によって異なる解釈がなされることがあるため、
ここでまとめた限りではありません。
【初心者向け】これだけは知っておきたいエジプト神話の特徴
太陽神ラーについて深く知る上でも、古代エジプトにおける神話についてある程度知っておくことは大切です。
ここでは「多神教」「死後の世界観」について紹介していきます。
多神教
古代エジプトの人々は、私たち日本人と同じように、自然や自然現象の中に神々の存在を感じていました。
そして、神の名前を呼ぶことで、神をより身近に感じ、心を通わせられると考えていたため、それぞれの神に名前を付けていたのです。古代エジプトでは、ただ「神」と呼ばれる存在はほとんどなく、多くの神に固有の名前がありました。
神はすべて自然に由来し、自然のパワーは神の力に等しいものであると考えました。自然崇拝と結びついた神々は、エジプトの各主要都市で地方神として崇められたのでした。
このため、古代エジプト神話と一口で言っても、各都市で発展した神話に相違があり、一概にその定義をまとめるのというのは、なかなか難しい側面があるのです。
古代エジプトにおける神様の数は、多い時で1000を超えていたと言われており、時代によって廃れてしまう神、逆に注目を浴びる神と入れ替わりがかなりあったようです。
死後の世界観
古代エジプトにおいて、死後の世界というのは大変重要なものでした。来世で今世の幸せを引き続き楽しむためには、オシリス神による「心臓の計量(最後の審判)」に合格し、さらにきちんとした状態で保存されている肉体に魂を戻す必要があると考えられていたのです。
「心臓の計量(最後の審判)」は今世の行いなどで判断されるものなので、死んでからどうこうできるものではありませんが、肉体に関しては死後の処理が非常に重要なものになりました。灼熱の砂漠の中にあれば遺体はあっという間に腐ってしまいます。
そこで考えられたのがミイラです。腐りやすい臓器をカノプス壺(オシリス神像やその子供たちなどが描かれた壺)に取り出し、防腐処理をした上で油を塗り、布を巻いてミイラとしたのですが、この作業にはなんと70日もの時間を要したそうですよ。
太陽神ラーにまつわる面白い神話:5つのエピソード
ここからは、太陽神ラーにまつわるエピソードを紹介していきます。
ラーの誕生によって時間が始まった
太陽神ラーが出現する以前は、まだ神の時(時間)がゆったりと流れていただけで、時間というものが無かったと言われています。エジプト神話は都市ごとに創生神話が異なりますが、ラーの誕生によって太陽の運行が始まり、時間の概念が生まれたと考えられることもあります。
■ラーはどのように誕生した?
ところで、太陽神ラーはどのように誕生したのでしょうか。諸説ありますが、創造主アトゥムとほぼ同時期に誕生したのではないかと考えられています。
ヌン(原初の水・混沌)の中から「神々の父」と称されるアトゥムが立ち上がった時、聖石ベンベン(原初の丘)がヌンの中に出現し、その上でアトゥムが創世を実現したそうです。そして、アトゥムは自分の唾液と息からシュー(大気の神)とテフヌト(湿気の女神)を生み出しました。同時期に出現したラーは太陽の船に乗って航行を開始し、これが時間の始まりになったと言われているのです。
古代エジプト神話において、神々の習合は大変よく起き、アトゥムも後にラーと習合してアトゥム=ラーとなることから、アトゥム神とラー神は同一視されることが多いです。そのため、アトゥムではなくラーが創造主とする説もありますが、アトゥムは原初の創造神、ラーはエジプト全土で信仰された太陽神とする説が有力なようです。
ちなみに、古代エジプトの新王国時代には「アトゥムは原初的神々の創造主であり、ラーを創造し、ラーはアトゥムとして成就する」としていた内容が記されたパピルス(文献)も見つかっています。そこからも分かるように、時代によって創世記や神話の解釈はコロコロ変わっており、どれがもっとも確からしいものかは、もはや分からなくなっているのです。
ラーは一日に三つの形態に変化する
太陽の空を渡る毎日の旅は、東の空に始まり、正午には最高点を経由してその光線は最強となり、やがて西の空へ沈んで循環することで一回りします。
この旅の三つの段階は、朝の太陽をケプリ神、昼の太陽をラー神、夕方の太陽をアトゥム神と考えることで明確にされました。
■朝の姿:ケプリ神とは
ちなみに、ケプリ神とはスカラベの神(スカラベ=フンコロガシ)で、創造神として神格化された神です。スカラベの糞を丸めて運ぶ姿が太陽神信仰の再生復活と結びつき、そこからケプリ神は朝昇る太陽を意味するようになりました。ケプリ神の姿は、スカラベを頭とした人物もしくはスカラベを頭上に戴く男性の姿です。
■夕の姿:アトゥム神とは
アトゥム神は先ほども説明したように、創造主です。その姿は男性の姿で表現されることがほとんどで、片手にウァス杖、もう片手にアンクと呼ばれるエジプト十字を持っています。なぜ創造の神が夕刻の太陽として表されるのかというと、諸説ありますが、夜(冥界)への誘い手という役目があったからなのではないかと言われています。
アトゥムはケプリやラーに比べると年上の神という位置付けにもなるため、冥界に近しい存在として朝でも昼でもない時間帯の太陽の形態として考えられたのではないかと言われています。
日没後の太陽の船は、夜の世界を静かに進むわけですが、アポピスと呼ばれる大蛇の攻撃をかわしながら進む必要があり、昼間の天空の旅とは大分様相が異なっていました。
女神イシスとの因縁
女神イシスには夫であるオシリスとの間に息子のホルスがいました。この息子ホルスに絶対的な権力を持たせたいと考えていたイシスは、太陽神ラーから権力を奪うことを考えつきました。この時すでに年老いていたラーは、歩くたびに唾液を垂れ流していたそうです。
それを見たイシスは、この唾液と土から毒蛇を作り出し、ラーに毒蛇をけしかけました。ラーは毒蛇の毒に苦しみ、イシスは解毒してあげる代わりにラーの真名を教えるよう脅します。最初こそ抵抗していたラーですが、最終的には真名をイシスに教えてしまいます。
その結果ラーは命拾いをしましたが、真名をイシスに教えたことで権力も魔力もイシスに奪われ、弱体化することになってしまったのでした。
ファラオとの関係
太陽信仰及び太陽神信仰は、太陽の町であるヘリオポリスで盛んでした。それが古王国時代になるとエジプト全土で太陽神信仰が奨励されるようになります。特に、ヘリオポリス出身のウセルカフ王が第五王朝を開いた時、太陽神ラーは最高神として崇められるようになります。そして、ファラオ(王)の称号に太陽神の息子(サァ・ラー)名まで加えられ、「ラーの息子」と呼ばれるようになったのです。
しかし、それまでファラオは神そのものと考えられていたのですが、それが神の息子へと格が下がってしまったことで、王権は弱体化していくこととなりました。
また、太陽神信仰が盛んになったことで、死後の世界観にも太陽の存在が大きく影響するようになります。この頃のピラミッドを見てみると、王の棺が埋葬されていたであろう部屋には、ファラオの魂が太陽神ラーの元に行けるための呪文のようなものがヒエログリフで書かれています。
人類を滅ぼそうとした?「ラーの目(セクメト)」の逸話
年老いた太陽神ラーは、人々や神々からその権威を軽んじられるようになり、その事態に心底腹を立てたラーは自らの右目をくりぬき、人間への怒りを宿したセクメトを生み出したのです。
ラーの目に関してはコチラで解説
怒りに満ちたセクメトは地上に遣わされると破壊行為を繰り返しました。その凄まじさは相当なもので、なんと人類は滅亡寸前にまで追いやられることになってしまったのです。さすがのラーもそこまでは望んでいなかったこともあり、他の神々と共にセクメトを止めようとしますが失敗。
そして、セクメトが好きな人間の血に似せた真っ赤なビールをセクメトに与えて酔わせ、この事態を収拾するに至ったそうです。
ちなみに、セクメト女神は、太陽神ラーの一部から生み出されたということで、太陽神の娘として認識されています。そして、聖蛇ウラエウスの付いた太陽円盤を戴く雌ライオンの頭を持つ女性、もしくは燃える太陽の目の姿で表現されることが多いです。
太陽神ラーと最高神アメン=ラーの違いは?
アメン=ラーというのは、アメン神とラー神が習合した神です。
元々アメン神はテーベの三柱神の一つであり、テーベの守護神として崇められていた神でした。新王国時代、アメン神を中心とする神学思想が広まっていく中で、アメン神は他の神の属性を取り込むことで原始の神、万物の神、太陽と天空の神へと変化していきました。
アメン神が注目されたのは古王国時代の後の中王国時代です。テーベ出身の宰相アメンエムハトが王に即位したことを契機に、出身地の守護神アメン神が脚光を浴びることになったのです。この頃、太陽神ラーと習合することで「すべての神の父」となり、国家の最高神へと昇格しました。
新王国時代末期にはアメン=ラーの権力が絶頂を迎え、アメン神自身も至高の神の座につくことになります。また、この時期を境にほとんどの神が太陽信仰に加えられ、その姿を変化させていきました。ちなみに、この時の太陽神ラーは、その本質とも言えた創造的な力はもはやほとんど残されておらず、太陽の神、もしくは太陽として認識されていたそうです。
「ラーの目」が持つ意味、「ホルスの目」の違いとは?
■ラーの目
意味:太陽の象徴・破壊と守護
■ホルスの目
意味:月の象徴・修復・完全なる状態
「ラーの目」は厳密には「ラーの右目」を指しており、セクメト女神と同一視されることが多いです。セクメト女神の性格からも分かるように、ラーの右目は圧倒的な破壊力をもたらします。同時に守護の力も発揮するとされるところから、ラーの目はお守りアイテムとして古くから重宝されてきました。
ところで、「ラーの目」に似ているものとして「ホルス(ウジャト)の目」というものがあります。これは、セト神と争ったときに傷ついたホルス神の左目(月を象徴)と言われており、後に完全に完治したことから、保護や完全性の象徴として護符に用いられるようになりました。
生命と不老不死の象徴「アンク」が持つ意味
「アンク」は「♀」に似た形のヒエログリフで表される文字であり、生命を象徴しています。文字としての象形物は結び目であり、現代語表記にするとankhになります。
アンクは文字の世界を飛び出して、壁画などにモチーフとして登場することもあります。分かりやすいもので言うと、神とファラオが向かい合っている壁画などで、神がファラオの鼻先に「♀」型のものを差し出すようにしているシーンを見て取ることができます。
これは、神がファラオに永遠の命を授けている場面と解釈することもできれば、生命の鍵を象徴するアンクを神がファラオに手渡すことで不滅の存在になるということを暗示している絵とも解釈することができるのです。
いずれにても、「生命」や「永遠」、「不老不死」を表現する時には必ずこのアンクは登場し、ほとんどの神は片手にアンクを携えて描かれています。
現代社会において、アンクはエジプト十字とも呼ばれ、魔除けやお守りとして活用されています。
二つのモチーフが組み合わさったアクセサリー
アンクとラーの目をあしらった、紫外線を浴びると色が変化するラバー素材のアンクレット。旅先やアウトドアにも映える神秘的なアクセントに。
※オンライン・店舗で販売中
まとめ
古代エジプト神話における太陽神ラーの存在は絶対的なものではありました。しかし一神教ではなく多神教というところで、さまざまな神と習合して新たな神へと変化していくため、なかなかその実態はつかみにくかったかもしれません。
古代エジプトの歴史はなんと3000年以上もあり、その中で神々の性格や立ち位置も当然変化していきました。そのため、ある一時代を切り取って、「太陽神ラーは最高神である」と断言することは難しいのですが、その分、古代エジプト神話の奥深さが分かったのではないでしょうか。
気になる方は、ぜひこれを機に古代エジプト神話について調べてみてくださいね。
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