【民芸追及】 1988年オヒサマット誕生ストーリー

おかげさまで、アミナコレクションは50周年を迎えました。
これまで機関紙や書籍などでお届けしてきた『民芸追及』は、「民芸をどう現代の商品として進化させるか」を追い続けた記録でもあります。

50周年の節目にあたり、これまで紹介してきた商品の中から、今もなお愛され続けているアイテムをあらためて振り返っていきます。

今回ご紹介するのは、「オヒサマット」。

その始まりは、1988年のタイ・チェンマイでの小さなひらめきでした。現地で見つけた民芸品から着想を得て生まれたこの商品は、その後ロングセラーとなり、アミナのものづくりを象徴する存在のひとつとなります。

アミナコレクションの創業者であるボス(進藤幸彦)が綴った当時のエピソードを、ぜひご覧ください。

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1988年のこと、タイのチェンマイでなつかしい物を見つけた。
はぎれを三角状にびっしりとつないで作ったいかにも民芸らしい円形の座布団だ。
昔マレーシアから入荷していた。
大阪の輸入元がおかしくなって姿を消した。

その円形を眺めている内にひらめいた。真ん中の放射線の中心がへそ状になっているが、そこに太陽の絵を入れたらどうか。
早速同行していたデザイナーのマーコに絵を描かせた。
彼女はインド・ネパールでも温かみのある太陽の絵をいつも展開していて実績があった。
二十分ほどで彼女はすらすらと書きあげた。さすが。
その日のうちに描いたとおりの民芸的な太陽が中心にあるサンプルマットが出来あがった。

この商品は「オヒサマット」と名付けられてロングセラーとなった。

オヒサマット

しかし六年も経つとチェンマイのナイトバザールに同じ物がならび、
値段も乱降下しはじめた。「コピーして安く売る」ライバル社でも扱い出した。
しかもその会社はうちの卸先でもあった。
購入して売れ筋とわかるや直接仕入してより安く売っていたのである。

愛着し苦労して作ったものを簡単に真似されて安売りされてはたまらない。
そこから新たな試行錯誤が始まった。
夕イ製はポリエステルのはぎれなのでコットンではどうかと試してみた。
少し重い感じがする。
インドネシアでも試してみたり、バリエーションを追求していくうち、「コットンならインド」という当たり前の事に気付き、インドのメーカーでも試作してもらった。
始めのうちはどこかぎこちない絵になってしまい、何度も作り直させた。
三、四回目にやっとヒンヅー文化圏らしい絵柄とパッチワークで出来てきた。
また、これを機会に太陽柄だけでなく、魚の柄も作ってみた。

これらを、タイ物と並べて千円均一で売り出してみようと思う。
インドのメーカーも、衣料の合間にはぎれを使ってやれる仕事として歓迎してくれている。

2003年6月1日 進藤幸彦(ボス) 2003年6月1日 進藤幸彦(ボス)

太陽のマットはエスニックショップでよく見かけますが、実は我らがボスの発案だと知って驚きました。
現在はタイで生産されており、ひとつ置くだけで空間が華やぐアイテムとして、多くの方に親しまれています。
細かなハギレをふんだんに使用しているため、同じものは二つとありません。
色合いや表情の違いも楽しみながら、お気に入りの一枚を見つけてみてくださいね。

『オヒサマット』

オヒサマット 『オヒサマット』 TXXP570301 ¥1,320(税込)

『オヒサマPOTMAT』

オヒサマPOTMAT 『オヒサマPOTMAT』 TXXP570201 ¥528(税込)

『オヒサマコースター』

オヒサマコースター 『オヒサマコースター』 TXXP570101 ¥418(税込)
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