掲載日:2026.06.22

中国のお盆「中元節」とは?鬼がやってくる少し怖い行事

中国を発祥とする「中元節」という行事を御存じでしょうか。
あの世からご先祖様やそのほかの悪い霊などがこの世にやってくるとされる日本の「お盆」にあたる伝統的な年中行事で、中国や香港、台湾、マカオ、シンガポールなどの中華文化圏で1ヶ月もの間行われるものです。
この期間は、ご先祖様の供養だけでなく、悪い霊に連れていかれないようにするため、やってはいけない決まり事などもあります。

そこで今回は、日本の「お中元」の由来にもなった「中元節」について紹介していきましょう。

中元節とは?“あの世の扉が開く日”

中元節とは?“あの世の扉が開く日”

中元節とは、中国や台湾など中華文化圏で毎年旧暦の7月15日に行われる、道教を由来とした年中行事の1つです。
道教とは古代中国の哲学者・老子や荘子の思想をもとにした宗教で、多くの神様や仙人を祀っています。
多くの神様の中でも、天官(福を授ける神様)・地官(罪を赦す(ゆるす)神様)・水官(厄を解く神様)の三柱の神様を三官大帝と呼び、中華文化圏では広く信仰されています。
中元節は、三官大帝の1人である地官大帝の誕生日とされており、様々な罪が赦されるようにする儀式が行われます。

また、地府(地獄・あの世)の門が開いて死者の霊魂が下界に下りてくるといわれており、死者の霊魂を供養するための祈りを捧げる日でもあります。
この地獄の門が開くという考えが仏教の盂蘭盆会(うらぼんえ)となり、日本に伝わったとされています。

中元節のある旧暦の7月1日から1ヶ月間を「鬼月」と呼び、中元節は鬼月の中心日にあたります。

2026年の鬼月は8月13日から9月10日で、中元節は8月27日になります。

「鬼月」と呼ばれる理由

「鬼月」と呼ばれる理由

中元節のある旧暦の7月は「鬼月」と呼ばれています。
中華文化圏では、旧暦の7月1日からあの世の門である「鬼門」が開き始め、1ヶ月間開いているといわれており、中元節である15日に大きく開かれるとされています。
「鬼」とは「霊」のことを指しており、「霊」がこの世に下りてくる月であることから「鬼月」と呼ばれるようになりました。

台湾では、あの世からやってくる、事故や病気で亡くなった人の霊や孤独な状態で亡くなった人の霊など、日本でいう無縁仏のような霊を「鬼」や「悪霊」などとは呼ばず、「好兄弟(ハオションディー)」と呼びます。

「中元節」は日本の「お中元」の由来になった?

「中元節」は日本の「お中元」の由来になった?

「中元節」は、じつは日本で夏にお世話になった人に贈り物をする「お中元」の由来となった行事です。

古代中国では、全ての罪を赦す地官大帝にお供え物をすると、供えた人の罪が赦されると信じられており、地官大帝の誕生日である中元節には1日中火を焚いてお供え物をし、さらに親戚や近所の人に贈り物をして懺悔するという習慣がありました。
この贈り物をする習慣が「お中元」の由来となったとされています。

中元節の習慣は仏教の盂蘭盆会(うらぼんえ)と結びつき、中元節の時期に先祖の霊を供養するようになり、奈良時代に仏教と共に日本に伝わりました。
室町時代には、盂蘭盆会に供え物をして先祖の霊を供養するとともに、子供から親にそうめんや米、魚などを贈るという習慣が公家の間で広まっていきます。
この贈り物の習慣は江戸時代に入ると庶民にも浸透していき、夏には親に贈り物をするという風習が根付いていきました。

また、商人たちが半年間の決算期である夏の中元節の時期と冬の年の暮れに、日頃の感謝を伝えるため取引先に手ぬぐいなどの贈り物をするようになり、夏の贈り物は「お中元」、冬の贈り物は「お歳暮」と呼ばれるようになりました。

「お中元」が現在のようにお世話になった人に贈られるようになったのは明治30年ごろからで、百貨店の宣伝によって定着していったとされています。

街で実際に行われる“霊を迎える儀式”

中華文化圏では、中元節に様々な儀式が行われ、街のあちこちで目にするようになります。
どのような儀式が行われているのか、詳しく解説していきましょう。

紙銭(冥銭)を燃やす風習とその意味

紙銭(冥銭)を燃やす風習とその意味

中元節には、紙で作ったお金「紙銭(冥銭)」を燃やして先祖の霊をお迎えし、供養するという儀式が行われます。
「紙銭」はあの世で使うお金でもあり、燃やすことであの世に持っていくことができるとされています。
また、衣服や生活用品の絵が描かれた「更衣」と呼ばれる紙銭もあり、これを燃やすことで衣服などを持っていくことができると考えられています。

紙銭を燃やす儀式の手順は、果物や飲み物などのお供え物を並べて3本の線香を炊き、その土地の神様やご先祖様に供え物を取りに来てくれるようお祈りし、線香が燃え尽きたら紙銭を燃やします。
紙銭を燃やす前に、木の枝などで円を描き、その円の中でご先祖様に供えるための紙銭を燃やします。
その後、無縁仏のために少しだけ取り分けておいた紙銭を円の外で燃やします。

この儀式は、ご先祖様のお墓の前や自宅の玄関先、会社やお店の前など街のあちこちで見られます。

道端に供えられる食べ物の正体

道端に供えられる食べ物の正体

中元節には、道端にもお菓子や果物などの食べ物やお酒やジュースなどの飲み物が供えられています。
中元節には身寄りのない霊が街の中をうろうろしていると考えられており、彼らを供養して悪さをしないようにするためにお供え物が道端に置かれているのです。
テーブルや小さな台に作られた祭壇の上に置かれているものもありますが、中には直接地面に置かれているものもあるので、霊を怒らせて恨まれないよう踏んだり蹴とばしたりしないよう注意が必要です。
また、供え物を食べるのもタブーです。

灯篭流しに込められた“送り返す”意図

灯篭流しに込められた“送り返す”意図

中元節には、川や海に水灯(灯篭)を流す風習があります。
灯篭流しは南宋時代(1127年~1279年)ごろに始まった習慣で、水難事故で亡くなった人の霊や無縁仏となった霊を供養するために行われるようになりました。
また、霊は水底にいるとも考えられており、川や海に灯篭を流すことで光に寄ってきた霊が迷わないようにあの世へ送り返すという意味が込められています。

灯篭流しは、中国本土や台湾、華南などで行われており、紙や竹で作った灯篭に先祖や水難事故で無くなった人の名前、無病息災や航海安全などの願い事を書いて川や海に流します。

地域ごとに異なる中元節の過ごし方

中元節は、中華文化圏の地域によって行う行事や習慣に少し違いがあります。
そこでここでは、地域による中元節の過ごし方の違いを紹介していきましょう。

台湾の中元節:盛大な供養とイベント文化

台湾の中元節は、国中で盛大な供養やイベントが行われます。
台湾では、家庭だけでなく、一般企業や商店街、寺院などで盛大な法要が行われます。
オフィスの中やマンションのエントランス、お店の前などに祭壇を作り、そこに三牲(さんせい:鶏・豚・魚)四果(しか:4種類の果物)や米、卵、スープ、お菓子、缶詰、インスタント食品などの供え物を置き、線香を炊いて金の紙(紙銭)を燃やし、ご先祖様や神様にお参りをします。
また、無縁仏のようにさまよっている霊を「好兄弟」と呼び、彼らも供養します。

お参りをするのは、地官大帝・祖先・土地神様・好兄弟で、それぞれお参りする時間が決まっています。
地官大帝は旧暦の7月15日正午または14日の深夜、祖先は旧暦の7月15日の昼食前(お参りをしてから昼食を食べる)、土地神様は旧暦の7月15日の午後太陽が沈む前、好兄弟は旧暦の7月15日午後1時から5時の間の1時間以内で太陽が沈む前に終わらせます。

一般企業では会社の行事になっていて、社員全員でお参りをし、終わったらお供え物を分けて持ち帰るそうです。

これらの一般的なお参りのほかにも、台湾では次のような大きなイベントが行われます。

「搶孤(チャンク-)」

高い柱や棚の上の旗や供え物をチーム戦で奪い合う伝統的な競技で、中元節の普度(無縁仏の供養)の締めくくりとして旧暦の7月15日に行われるもので、宜蘭県の頭城という町や屏東県の恒春という町で行われるものが有名です。

「跳鐘馗(ティアオジョンカイ)」

あの世に帰りたくないとこの世をさまよっている好兄弟をあの世に返し、魔除けや悪鬼払いをするため、「鐘馗」という鬼や疫病を退ける神様に扮して舞い踊る伝統行事を、旧暦の7月15日の夜に行います。
基隆市で行われる「鷄籠中元祭」が有名です。

「放水燈」(ファンシュイダン)

灯篭を川や海に流してあの世からやってきた霊をお迎えするために行われる儀式で、鬼月が始まる直前や中元節の前日などに行われます。

毎年旧暦の6月28日から7月2日にかけて行われる、宜蘭県宜蘭市で行われる「宜蘭水灯節」や基隆市で毎年旧暦の7月14日行われる「放水燈遊行」というパレードと旧暦の7月15日に行われる「放水燈」という灯篭流しが有名です。

香港・マカオの中元節:都市型の伝統行事

香港・マカオの中元節:都市型の伝統行事

香港やマカオの中元節は、「盂蘭節(盂蘭勝曾)」と呼ばれており、先祖や無縁仏を弔うために家の前や店先などに祭壇を作って果物や肉、お菓子、飲み物などの供え物をし、「衣紙」と呼ばれる紙銭や紙製の車、家、宝石などを専用の金属製バケツの中で燃やす儀式が行われます。
また、「戲棚(ヘイプン)」と呼ばれる竹などで作られた簡易的な舞台で「神功戲(サンコンヘイ)」という広東オペラなどの伝統芸能を街角や寺院などで上演し、神々や霊たちを楽しませることが「盂蘭節」の象徴となっています。

香港やマカオにも中国と同じく昔から伝わる中元節のタブーがありますが、若い世代の人たちは迷信だとして気にせず過ごしているそうです。

中国本土の地域差(都市部と農村部の違い)

中国から始まった中元節で、1920年代から1940年代にかけては中国全土で盛んに行われていました。
しかし、1950年以降、中元節は古い迷信という考えが広まっていき、中元節は段々と行われなくなっていきました。
そして1966年に起きた文化大革命により、中元節などの伝統行事は禁止されてしまいます。
文化大革命が終了した1980年代以降、伝統行事が少しずつ復活していきますが、都市部では中元節の復活はあまり進まず、簡略化された儀式が行われるのみとなっています。
しかし一方で、農村部などでは現在も寺院や村単位で伝統的な儀式が行われています。

中元節にまつわる“怖い言い伝え”

鬼門が開いている旧暦の7月の1ヵ月間(鬼月)は、先祖の霊だけでなく悪い霊もこの世に下りてくるといわれています。
そのため、怖い言い伝えがあり、その言い伝えから中元節にはやってはいけないことがいくつかあるので、詳しく紹介していきましょう。

水辺に近づいてはいけない理由

水辺に近づいてはいけない理由

鬼月の期間中は水辺に近づいてはいけないといわれています。
これは、下界に下りてきた「水鬼(溺れて亡くなった霊)」につかまって水の中に引き込まれるからだとされているからです。
そのため、鬼月には海や川でのレジャーは避けられていますが、実際この時期には水辺の事故が増えるため、言い伝えだけでなく安全面からも気を付けている人が多いようです。

虫を叩いたり殺すことをしてはいけない?

鬼月の期間は、虫を叩いたり殺したりしてはいけないと言われています。
とくに、トンボとキリギリスは霊の化身だと考えられており、捕まえたり叩いたり殺したりすると、悪い霊を家に引き寄せてしまうとされています。
また台湾では、虫が「好兄弟(ハオションディー)」の生まれ変わりかもしれないと考えられているため、叩いたり殺したりすることはタブーとされています。

洗濯物を夜に干してはいけないと言われる理由

洗濯物を夜に干してはいけないと言われる理由

鬼月の期間中、夜に洗濯物を干してはいけないと言われています。
これは、洗濯物は人間の姿に似ているため、悪い霊や陰氣(万物を衰退させるもの)を家の中に招いてしまったり、霊が服にくっついて取りつかれてしまったりするからだとされています。

夜、フルネームで名前を呼んではいけないのはなぜ?

夜遊びをする際には、フルネームで名前を呼んではいけないと言われています。
これは、悪い霊に名前を覚えられてしまうからだとされています。
そのため、鬼月の期間の夜は、ニックネームで呼び合います。
そもそも、夜は悪い霊が集まりやすいので、夜遊び自体もタブーとなっています。

また、夜に名前を呼ばれたり肩を叩かれたりしても振り返ってはいけないとされています。
これは、人の肩には魂の火が燃えていて霊が近づくのを防いでいるといわれており、不用意に振り返るとその火が消えてしまうと言われているからです。
しかし、首だけで振り返らず、体全体で振り返ると大丈夫なのだそうです。
魂の火が消えるという理由から、むやみに肩を叩くこともタブーとなっています。

この他にも、口笛を吹いてはいけない(霊を呼び寄せるため)、夜に写真を撮ってはいけない(霊が写り込んでしまうため)、ベッドのそばに風鈴をかけてはいけない(霊を引き寄せるため)、結婚や引っ越しなどのお祝い事や人生の転機になるようなこと、通院や手術などは避ける(鬼月は縁起が悪いとされているため)などのタブーがあります。

中元節は“怖い”だけじゃない、霊を慰める供養の行事

中元節は“怖い”だけじゃない、霊を慰める供養の行事

中元節とは、中国の道教が由来となった夏の伝統的な行事です。
中元節を含めた「鬼月」には「鬼門」と呼ばれるあの世の門が開いて、先祖の霊だけでなく悪霊や動物の霊などがこの世に下りてくることから、連れていかれたり憑りつかれたりすることに注意しなければならない少し怖い時期です。

しかし、先祖の霊を招いて各家庭の中だけでお参りするだけでなく、街のあちらこちらで無縁仏となってしまった霊も供養する優しい行事でもあるのです。
とくに台湾や香港、マカオなどではオペラやパレードが行われたり、色々な場所で供養の儀式が見られたりとお祭りのような賑やかさなので、興味がある方はぜひ訪れてみてください。


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