掲載日:2026.05.31

ハンガリー刺繍・ウクライナ刺繍とは?東欧刺繍の歴史や特徴を解説

東欧の民芸品は西欧のものとはまた異なった魅力に溢れています。中でも、東欧独特の刺繍を施した衣服や雑貨に惹かれているという方も多いのではないでしょうか。
東欧の刺繍と一言で言っても、その中身はさまざまです。

今回は、特に有名なハンガリーの刺繍とウクライナの刺繍に焦点を当て、それぞれの特徴や歴史について解説していきます。

東欧刺繍とは?

東欧刺繍とは?

東欧刺繍は、東欧の豊かな農村部で主に発展しました。
豊穣を願う農民文化と結び付いたものが多く、自然崇拝をテーマとしたモチーフや、悪霊から身を守る護符幸運のお守りといった意味合いを持つモチーフを組み合わせた刺繍作品は多く存在します。

また、西欧で広まった高貴な刺繍(上流階級の貴婦人たちが嗜んだ刺繍)とは異なり、東欧の刺繍は日常生活に根差したものという特徴があり、普段着る衣服や寝具などに多くの刺繍が施され、活用されてきました。

18世紀から19世紀は東欧刺繍の黄金期とも言われる時期です。
西欧諸国の繊細で高度な技術を要するレース刺繍やリシュリュー刺繍などが東欧にも、もたらされたことをきっかけに、ハンガリー、ウクライナ、ルーマニア、ポーランドなど東欧各国で独自の刺繍が形作られていきました
19世紀後半以降は、刺繍の民芸品としての価値も高まり、世界各国から注目を浴びるようになります。

東欧刺繍は、東欧の人々にとって民族のアイデンティティと深く繋がったものでもあり、「ただの刺繍」では終わらない奥深さがあると言います。
東欧諸国の多くは、政治的な圧力や抑圧を繰り返し受けてきた国々であり、度重なる領土戦争に巻き込まれた地域もたくさんあります。
だからこそ、自分たちの伝統や文化、アイデンティティを守り、表現し、後世に伝え残すための手段としても東欧の刺繍は発展してきたのだと考えられているのです。

代表的な東欧刺繍

東欧の代表的な刺繍はハンガリーの刺繍、ウクライナの刺繍だけではありません。
地域ごとに色使いやモチーフ、刺し方が異なり、それぞれに独自の文化や歴史が息づいています。

ここでは代表的な4つの刺繍を見ていきましょう。

ハンガリー刺繍

ハンガリー刺繍

ハンガリーの刺繍は、カロチャ刺繍やマチョー刺繍に代表される、サテンステッチ技法を用いた色鮮やかな花模様が特徴です。
薔薇やチューリップなど自然をモチーフにしたデザインが多く、衣装やテーブルクロス、インテリア用品にも広く用いられています。

ウクライナ刺繍

ウクライナ刺繍

ウクライナの刺繍は、赤色と黒色を基調とした幾何学模様が特徴で、「ヴィシヴァンカ」と呼ばれる伝統衣装に多く見られます。
模様には「幸福」「健康」「守護」などの意味が込められており、装飾以上の役割を持っています。

ポーランド刺繍

ポーランド刺繍

ポーランドの刺繍は、地域によってさまざまなスタイルがありますが、特に色鮮やかな花模様が有名です。
民族衣装や祭礼用の衣装に施されることが多く、地域ごとの伝統を象徴する存在として受け継がれています。

ルーマニア刺繍

ルーマニア刺繍

ルーマニアの刺繍は、黒や赤を基調とした幾何学模様や植物文様が特徴で、繊細な手仕事の美しさが魅力です。
伝統衣装「イエ(Ie)」に刺されることが多く、近年はファッションとしても世界的に注目されています。

ハンガリー刺繍の魅力とは?

カロチャ刺繍やマチョー刺繍が有名なハンガリー刺繍にはどんな歴史があるのでしょうか。

ハンガリー刺繍の歴史

ハンガリーの刺繍は、他の東欧諸国で発展していった刺繍のように、西欧の貴族たちが嗜んでいた高度で繊細なレース刺繍やリシュリュー刺繍を元に、ハンガリーの農民文化と融合して発展してきました。
18世紀頃から刺繍に注目が集まり、ハンガリー独自の刺繍が18世紀から19世紀に掛けての時代に完成したと言われています。

ハンガリー刺繍の特徴

ハンガリー刺繍の特徴は、サテンステッチ技法を用いながらも、刺した花が平面的ではなく、立体的でふくよかに表現されるところにあると言えます。
また、ハンガリーに咲く花々や草木をモチーフにデザイン化された模様が多く、独特な表情の薔薇やチューリップは他の国の刺繍では見ることができない唯一無二というのもハンガリー刺繍の特徴と言えるでしょう。

レースや透かし模様と刺繍を組み合わせるスタイルというのも独特で、フランス刺繍発祥のリシュリュー刺繍技法とハンガリーの刺繍が融合して形作られたと言われているのです。

地域ごとの刺繍のスタイルの違い

ハンガリーの刺繍は地域によって色や図案に違いがあります。
ここでは特に有名なカロチャ刺繍とマチョー刺繍についてみていきます。

カロチャ刺繍

カロチャ刺繍

カロチャ刺繍は、ドナウ川とテサ川に挟まれた地域にあるカロチャというところで生み出された刺繍です。
この地域は何世紀にも渡りパプリカの生産で潤ったことでも知られる地で、「パプリカと刺繍の町」と呼ばれているそうです。

カロチャ刺繍は今でこそ色鮮やかなものが大変有名ですが、19世紀の頃はまだまだ白色だけで刺されていました。
それが20世紀初頭になり、染色技術が入ってきたことで色付きの刺繍が可能になり、今のような鮮やかな物へと変化していったのです。
ちなみに、カロチャ刺繍において色味というのは大変重要な意味を持っていると言われています。
特に女性がカロチャ刺繍の入った衣服を身に着ける際には、自分のステイタスに応じた色の刺繍が入ったものを選ばなくてはいけないと言われています。例えば、少女や未婚女性は鮮やかな色の刺繍のもの、自分の子供が結婚した女性は悲しみや寂しさを表す紫色の花の刺繍が入ったもの、老年期の女性は黒地に黒色、茶色、紫色の刺繍が入ったものを選んで装うそうです。

マチョー刺繍

マチョー刺繍

メゼーケヴェシュドとタルド、センティシュトヴァーンの村々を含む北ハンガリーのマチョーホールドという地域(文化圏)で、マチョー刺繍は発展しました。
この地域に住む人々はマチョー族と呼ばれ、ハンガリーの部族と共にカーパト盆地に入ってきたクマン族、そしてその後に移住してきたスラブ系の人々から成っていると言われています。
そのため、マチョー族の人々が住んでいる地域はとても民族色が濃く、文化面や刺繍にもその影響が出ていると考えられているのです。

マチョー刺繍の特徴は「マチョーの薔薇」と呼ばれる大輪の色鮮やかな花が多く描かれ、全体的に刺繍の密度が高いところにあります。
マチョーの薔薇は実はシャクヤクなのではないかとも言われていますが、どんなデザインのものでも花の真ん中に孔雀の目が描かれているというのもマチョー刺繍ならではと言えます。
このモチーフを見てトルコの代表的なお守りである「ナザールボンジュ」が思い浮かんだという方も多いのではないでしょうか。

ナザールボンジュ ナザールボンジュ

トルコとハンガリーは、言葉においても、ルーツが異なるにもかかわらず近しいものがあると言われているので、文化的な側面においても似ている点は多々あるかもしれませんね。

マチョー刺繍は色鮮やかな刺繍が特徴ですが、それぞれの色に意味があるとされています。
赤色は喜び、黒色は大地、黄色は太陽、青色は悲しみ、緑色は哀悼であり、すべてポジティブな意味ではないというところに東欧の歴史が感じられるようです。
ちなみに、最近では伝統的な発色の良い色鮮やかなカラーに加え、くすみ系カラー、ヌーディーカラーのものも刺されるようになったそうです。
これは、都市部に住む上流階級の人々の家の装飾に色鮮やかな刺繍がマッチしなかったことから、色のトーンを抑えたものが刺されるようになったと言われています。
農民文化とマチョー刺繍がいかに密接な関係なのかがうかがえるエピソードとも言えますね。

ウクライナ刺繍の魅力とは?

赤と黒だけを使ったウクライナの伝統的な刺繍は大変有名で、その刺繍が施されたブラウスはウクライナの伝統的な衣服としても知られています。

ウクライナ刺繍の歴史

ウクライナ刺繍の起源は、紀元前7世紀から紀元前3世紀頃のスキタイ時代にまで遡ることができると言われています。
スキタイ時代の芸術では黄金細工が有名ですが、この時代のチュニックやベルト、剣帯や鞘などに刺繍の装飾が残されていることから、刺繍技術もかなり高いものがあったことがうかがえます。
この時代の刺繍は主に、魔除けやお守りに用いられていたようで、刺繍そのものに悪霊を近づけないパワーがあると信じられていたそうです。

紀元前に既に用いられていた刺繍技術はその後も発展し、中世の時代には刺繍の学び舎が作られていたのだとか。
少女や未婚女性はそこで刺繍技術を身に着け、儀式用のものに刺繍したり、衣服に刺繍したりと熱心に刺繍に取り組んでいた様子が古書にも記されています。
15世紀以降になると、各国から旅人がウクライナの地にやってきました。
そこで、見事な刺繍装飾を目にし、自国に持って帰る人々が増えたことから、ウクライナ以外でもウクライナの刺繍は高く評価されるようになります。
そこから、民芸品としての刺繍装飾も人気を得て、今日のようにウクライナ刺繍を求める人は増えて行ったのです。
現在、ウクライナの刺繍はヴィシヴァンカと呼ばれるウクライナの伝統的なリネンブラウスに刺されたものや、小物に刺繍されたものなどで目にすることができます。

ウクライナ刺繍の特徴

ウクライナ刺繍はクロスステッチ技法を用いて刺されます。
赤色と黒色の糸で刺される独特の幾何学的な模様はウクライナ刺繍の最大の特徴であり、「暗号刺繍」などと言われることもあります。
実は、ウクライナ刺繍で用いられるモチーフの多くはキリル文字からデザイン化されたもので、きちんと意味があるのです。
「愛」「平和」「円満」「幸運」などの言葉が込められた模様は多く、このようにメッセージ性が高いというのもウクライナ刺繍の大きな特徴の一つと言えるでしょう。

また、幾何学模様ではなく、動植物をモチーフとした模様にも意味があるようで、薔薇のモチーフは「」(主に女性に用いる)、オークの葉のモチーフは「」(主に男性に用いる)、ポピーの花のモチーフは「家族」、鳥のモチーフは「守護」といった具合に、すべてのことに意味が持たせられているのです。

ちなみに、ウクライナ刺繍によく使われる色である赤色と黒色にも意味があります。
赤色は太陽を表し、黒色は大地を表し、それぞれを組み合わせることで豊穣祈念としていたことが始まりだったそうです。
今でも豊穣祈念の意味で赤色と黒色が用いられることもありますが、もはや定番カラーとして根付いているものと捉えても差し支えないでしょう。

ウクライナ刺繍はヴィシヴァンカを始めとする衣服に刺されることが多いですが、「家族」「愛」「平和」といった意味が込められたものを身に纏うことで、いつでも大切な人が傍にいると感じられ、また守られていると肌身で感じることができるのだと言います。
ウクライナ人にとって、ウクライナの刺繍はただの刺繍や模様ではなく、とても大切な宝のようなものなのだということがよく分かりますね。

地域ごとの刺繍スタイルの違い

ウクライナ刺繍(ヴィシヴァンカ)は、地域によって色使いや模様、刺し方が大きく異なります。
これは、地域ごとの気候や歴史、周辺国との文化交流の影響を受けてきたためです。
同じ「ウクライナ刺繍」でも、土地ごとに個性があるのが大きな魅力と言えるでしょう。

北部のウクライナ刺繍

北部のウクライナ刺繍

北部(ポレーシャ地方)では、白糸を使った「白地に白」の刺繍や、赤と黒を用いた落ち着いた幾何学模様が多く見られます。
派手さよりも繊細さが重視され、素朴で静かな美しさが特徴です。

西部のウクライナ刺繍

西部のウクライナ刺繍

カルパティア山脈周辺を含む西部では、色鮮やかで装飾性の高い刺繍が発展しました。
黄色や緑、青など多彩な色が使われ、金糸やビーズをあしらった豪華なデザインも多く見られます。
特にフツル地方の刺繍は、民族色が濃いことで知られています。

南部のウクライナ刺繍

南部のウクライナ刺繍

黒海沿岸を含む南部では、植物や花をモチーフにした柔らかなデザインが多く、赤・青・緑など明るい色彩が特徴です。
温暖な気候を反映した、開放的で華やかな印象があります。

東部のウクライナ刺繍

東部では、赤と黒を基調とした伝統的な幾何学模様が今も多く受け継がれています。
私たちが「典型的なウクライナ刺繍」として思い浮かべるデザインは、この地域のスタイルがベースになっていることが多いようです。
力強く端正なデザインが特徴です。

ただのモチーフで終わらない奥深さを持つハンガリーとウクライナの伝統的な刺繍

東欧刺繍の中でも特に注目を浴びているハンガリーの刺繍とウクライナの刺繍について解説してきましたが、いかがでしたでしょうか。
ウクライナの刺繍は、ただの装飾に終わらない深い意味を持つものだということがよく分かりましたね。それだけ大事なものだから、上手下手は別として、ウクライナ人なら誰でも刺繍の一つ、二つはできるとさえ言われています。
ハンガリーの刺繍は地域ごとで毛色がかなり変わりますが、代表的なカロチャ刺繍とマチョー刺繍の鮮やかな色合いについつい目がいってしまうという方も少なくないのではないでしょうか。

どこかアジア風なニュアンスが感じられる、ぷっくりしたフォルムが愛らしいハンガリーの刺繍も、赤と黒でシンプルに刺された守護の刺繍であるウクライナ刺繍もどちらも大変素敵ですが、皆さまはどちらをより気に入られたでしょうか。
もし、実際に目にする機会があったら、ぜひ手に取って見てくださいね。どんな意味が込められた刺繍なのか想像してみるのも面白いかもしれませんよ。


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