読み物
掲載日:2021.07.09

「英霊の言乃葉」に注目してみる vol.2

近代社会で、「英霊の言の葉」は何やら、日本刀のように鈍く光を放っているように感じます。
英霊とは先の大戦で国家の危機に身を投げうってくださった方々の霊であり、「英霊の言の葉」とは戦死者の遺書のことです。
「死」と向かい合い「個を超えて」身を投げうってくださった方々のメッセージから、戦争の政治的な善悪はさておき、現代で見失いがちな研ぎ澄まされた人間感性を感じとる場になれば幸いです。

バックナンバーは こちら です。


海軍大尉 植村真久命
神風特別攻撃隊大和隊
昭和十九年十月二十六日
比島海域にて戦死
東京都出身 立教大学卒 二十五歳

素子、素子は私の顔をよく見て笑ひましたよ。私の腕の中で眠りもしたし、またお風呂に入ったこともありました。素子が大きくなって私のことが知りたい時は、お前のお母さん、佳代伯母様に私の事をよくお聴きなさい。

私の写真帳もお前の為に家に残してあります。素子といふ名前は私がつけたのです。素直な、心の優しい、思ひやりの深い人になるやうにと思って、お父様が考えたのです。私は、お前が大きくなって、立派な花嫁さんになって、仕合せになったのを見届けたいのですが、若しお前が私を見知らぬまま死んでしまっても、決して悲しんではなりません。

お前が大きくなって、父に会いたい時は九段にいらっしゃい。そして心に深く念ずれば、必ずお父様のお顔がお前の心の中に浮かびますよ。父はお前は幸福ものと思ひます。生まれながらにして父に生きうつしだし、他の人々も素子ちゃんを見ると真久さんに会っている様な気がするとよく申されていた。

またお前の伯父様、伯母様は、お前を唯一つの希望にしてお前を可愛がって下さるし、お母さんも亦、御自分の全生涯をかけて只々素子の幸福をのみ念じて生き抜いて下さるのです。必ず私に万一のことがあっても親なし子などと思ってはなりません。父は常に素子の身辺を護って居ります。優しくて人に可愛がられる人になって下さい。

お前が大きくなって私の事を考え始めた時に、この便りを読んで貰ひなさい。

昭和十九年月吉日
植村素子へ
追伸、素子が生まれた時おもちやにしていた人形は、お父さんが頂いて自分の飛行機にお守りにして居ります。だから素子はお父さんと一緒にいたわけです。素子が知らずにいると困りますから教えて上げます。
[昭和三十五年八月〜十月靖國神社社頭掲示]


九段にいらっしゃい、とは、靖國神社にいらっしゃい、ということです。

戦争に殉じて死ぬことになれば、靖國神社で顕彰され、遺族と再会する。
それは戦前の日本人が政府もろとも共有していた物語でしたし、多くの遺族が終戦後も延々と靖國神社を参拝し続けたのです。

この言の葉は25歳の書いた文章です。他の英霊の言の葉も読み進めてみると、国家のみならず郷土や家族への情愛や配慮に満ち溢れ、文章や行間から読みとれる精神年齢の成熟さに驚かされます。

人間は目の前に死を感じとると、必然としてそのような精神状態になるのか?現代において成熟した精神性が日本から消え失せて、軽薄化してしまったのか? 郷土や家族への情愛がかつてはより強く存在していたのか?

懐古主義的に過去を賞賛するつもりもないですし、もちろん過去より現在が進歩的であるとか、極論に与するつもりはありません。ただ日本人として、自分なりに考えていくことは資するところはあると思われるので、この連載で感じていっていただければと思います。

~NKN推進計画研究所より~


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