人気のキーワード
★隙間時間にコラムを読むならアプリがオススメ★
日本をはじめ、世界各地には独特な慣習や儀式をもつ「奇祭」と呼ばれる祭りがあります。近年では観光目的でその土地ならではの文化を体験したいと考える方も多いのではないでしょうか。
本記事では、日本で特に名前が挙がることの多い「日本三大奇祭」として知られる「なまはげ柴灯祭り」、「吉田の火祭り」、「御柱祭」について、それぞれの開催した歴史や見どころを交えながら紹介します。あわせて、日本だけでなく世界の奇祭についても取り上げていきます。
日本三大奇祭とは日本各地に伝わる祭りの中でも、特に歴史が深く独自性が高いことから広く知られている奇祭で、次の3つを指します。
これら行事の歴史と文化・見どころについて解説していきましょう。
なまはげ柴灯(せど)まつりは、秋田県男鹿市北浦にある真山神社で行われる奇祭です。毎年2月の第2土曜日を含む金・土・日の3日間にわたり開催されます。
この祭りは、900年以上の歴史がある真山神社の神事「柴灯祭」と、男鹿地方に古くから伝わる民俗行事「なまはげ」を組み合わせた独自の文化です。現在の形が定着したのは、観光を盛り上げるための「雪まつり」が始まりとされています。その後、後の男鹿市長となる菅原慶吉氏らが真山神社の柴灯祭の神事を取り入れ、現代に引き継がれています。
この行事の最大の見どころは、「なまはげ」の存在です。鬼のような姿が印象的ですが、実は無病息災や豊作・豊漁を願う来訪神として崇められてきました。なお、テレビなどで紹介される民家を巡る「男鹿のナマハゲ」は大晦日の行事なので、注意してください。
祭りは、若者たちがなまはげへと姿を変える「なまはげ入魂」という儀式から始まります。続いて神楽殿では「男鹿のナマハゲ」を再現する「なまはげ行事再現」や、迫力満点の「なまはげ太鼓」が披露されます。
中でも見逃せないのが、祭りの締めくくりとなる下山の場面です。松明を掲げたなまはげ達が雪山から降りてくる光景は、非常に神々しく幻想的です。その後、神官から護摩餅(ごまもち)を受け取ったなまはげは再び山へと帰っていきます。
吉田の火祭りは、山梨県富士吉田市にある北口本宮冨士浅間神社と、摂社である諏訪神社を中心に行われる450年以上の歴史を誇る奇祭です。毎年8月26日・27日の2日間にわたり開催され、富士吉田市の市街地全体が舞台となる大規模な行事です。
祭礼の始まりについては諸説ありますが、追っ手から逃れてきた諏訪の神を地域の人々が松明で迎えたところ、その火を見た敵が援軍と見間違えて退却したという伝説が残っています。この出来事を忘れないよう、大きな松明を焚き上げたのが火祭りの起源だといわれているのです。
その後、富士信仰が強くなったことで、富士山の「山じまい」を告げる文化へと変わり、現在へ引き継がれています。また、全国から観光客が訪れるようになり、その価値が評価されて山梨県の無形民俗文化財にも指定されました。
最大の見どころは、富士吉田市本町通りなどに立てられる高さ約3メートルの「大松明」です。約80本もの松明が一斉に点火され、約2kmにわたって炎の帯が広がる光景はまさに圧巻です。この迫力ある景色を目当てに、全国から多くの観光の方が訪れます。
初日と2日目は、神輿が街を巡ります。夜には参加者が「すすきの玉串」を手に神輿に続き、境内の「高天原」を回りながら、安産や子授け、無病息災を祈願し、幕を閉じていくのです。
御柱祭は、長野県諏訪市にある諏訪大社四社(上社本宮・前宮、下社春宮・秋宮)で行われる奇祭です。干支で寅年と申年にあたる年に実施される行事で、詳しい日程は、その年の暦や曜日、運営側の判断によって決められます。次回の開催は2028年の予定です。
この祭りの目的は、諏訪大社四社の合計16本の御柱(モミの木)を建て替えることにあります。御柱を建て替える理由については、神域を示すためや、神様の依代とするためなど10種類以上の説が伝えられており、明確な諸説はありません。
祭りの起源は、804年の桓武天皇の時代から信濃国が奉仕を行うようになったのが有力な説です。戦国時代には武田信玄がより盛大に実施したと記録されています。
最大の見どころは、4月に行われる「山出し」の中でも特に有名な「木落し」です。氏子たちを乗せた巨木が、傾斜30度を超える急斜面を一気に滑り降ります。こうした行事があることから、御柱祭は「日本一危ない祭り」と呼ばれているのです。
5月に入ると「里曳き(さとびき)」が始まり、山出しの緊張感とは対照的な、華やかな雰囲気に包まれます。町中を華やかな行列とともに御柱が曳かれ、祭りは祝祭ムードに包まれます。最後には、社殿の四隅に人の力だけで柱を建てる「建御柱(たてみはしら)」が行われ、数ヶ月にわたる壮大な文化行事は幕を閉じていくのです。
日本だけではなく、世界にも数多くの奇祭があり、その中でも有名な行事は次の3つを指します。
ここからは、それぞれの祭りについて歴史と文化・見どころについて解説していきます。
ブショーヤーラーシュは、ハンガリー南部の街・モハーチで開催される伝統的な奇祭です。毎年2月に行われるこの行事は、厳しい冬を追い払い、温かな春の到来を祝う目的で引き継がれてきました。
祭りの起源は16世紀、オスマン帝国の支配下にあった時代に敵軍から逃れるために森へ隠れた住民たちが、怪物のような仮面と毛皮を身にまとって街へ戻りました。その恐ろしい姿に驚いた敵軍は恐怖で逃げ出したという言い伝えが、この祭りの始まりとされています。
祭りの見どころは「ブショー」と呼ばれる恐ろしい仮面を被り、羊の毛皮を着た人々の姿です。祭りの期間中は人々がブジョーとなって街中を練り歩きます。仮面は魔除けや厄払いの象徴とされ、笛や太鼓の音とともに、冬の寒さや悪霊を追い払う意味が込められています。
プジョーの衣装の準備は世代ごとに家族で受け継がれて長い歴史を持つ文化となりました。また、地域の方だけではなく、クロアチア、スロベニアなどの周辺国からの参加者も加わり、国境を越えた文化交流の場にもなっています。こうした深い歴史的・文化的意義が評価され、ブショーヤーラーシュは2009年にユネスコ無形文化遺産に登録されました。
会場ではそのほかにも、「花嫁探し」の儀式や民族舞踊、仮面劇など多彩な行事が繰り広げられ、参加者全員で春の訪れを喜び合います。
タイプーサムは、ヒンドゥー教のタミル人コミュニティで行われる伝統的な奇祭です。タミル暦のタイ月(1月〜2月)の満月の日に開催されます。インドのタミル・ナードゥ州が発祥ですが、現在はマレーシアやシンガポールなど、タミル系移民が多く暮らす地域でも盛大な行事として行われているのです。
この行事は、戦いの神ムルガンが母である女神パールヴァティーから聖なる槍「ヴェル」を授かり、悪を打ち破ったという神話に基づいています。その出来事を記念し、神への感謝や祈りを捧げる文化行事として、長い年月をかけて引き継がれてきました。
タイプーサム最大の見どころは、参加者が行う厳しい苦行です。信者たちは神への献身を示すため、自らの体に串やフックを通したり、重い神輿「カヴァディ」を担いで巡礼したりします。これらの行為は見世物ではなく、痛みに耐えること自体が信仰の証とされ、精神的な強さを表す大切な儀礼です。
参加者の多くは祭りの数週間前から断食や禁欲を行い、心と体を清めたうえでこの行事に臨んでいます。
激しい苦行を伴いながらも、周囲の人々が歌や踊りで信者を励ます姿は、地域の強い結束を感じさせます。信仰と文化、そして人と人とのつながりを強く感じられる祭りです。
南米ボリビアの都市オルーロで開催されるこのカーニバルは、世界的に有名な奇祭の一つです。200年以上の歴史を誇り、南米三大祭りとして取り上げられています。毎年2月になると、街は数万人以上の踊り手と音楽家が放つ熱狂に包まれます。
このカーニバルの大きな特徴は、アンデス先住民の信仰とカトリックが融合した文化にあります。先住民族の儀礼に、スペイン植民地時代に伝えられたキリスト教文化が重なり合い、独自の宗教行事として発展してきました。
最大の見どころである「悪魔の踊り(ディアブラーダ)」は、ディアブロという恐ろしい悪魔の仮面を被った踊り手たちが、巧みなステップで観衆を魅了します。
オルーロのカーニバルは、アンデス先住民の信仰とカトリックが融合した独自の宗教的・文化的価値、多様な舞踊や仮面芸術、そして地域社会の歴史やアイデンティティが今も生き続けている点が高く評価され、2008年にユネスコ無形文化遺産に登録されました。
祭りは2〜3日間にわたって行われ、朝から深夜までパレードや音楽、踊りが続きます。観光地としても高い人気を誇り、世界中から多くの見物客が訪れています。
日本や世界の奇祭は、奇抜さだけが注目されがちですが、その背景には、先人たちの尽力によって長く受け継がれてきた文化や信仰があります。そうした歴史を知る地域の人々ほど祭りへの想いは強く、現在でも大きな熱量をもって行事に参加して盛り上げています。
観光として訪れる際には、行事に込められた歴史や意味を事前に知ることで、祭りへの敬意や感謝の気持ちが生まれ、地域の人々と一体となって、より深く楽しめるのではないでしょうか?
意外と知らない盆踊りの由来▼
この記事が好きなあなたにおすすめ!▼
日本をはじめ、世界各地には独特な慣習や儀式をもつ「奇祭」と呼ばれる祭りがあります。近年では観光目的でその土地ならではの文化を体験したいと考える方も多いのではないでしょうか。
本記事では、日本で特に名前が挙がることの多い「日本三大奇祭」として知られる「なまはげ柴灯祭り」、「吉田の火祭り」、「御柱祭」について、それぞれの開催した歴史や見どころを交えながら紹介します。
あわせて、日本だけでなく世界の奇祭についても取り上げていきます。
目次
日本三大奇祭とは?
日本三大奇祭とは日本各地に伝わる祭りの中でも、特に歴史が深く独自性が高いことから広く知られている奇祭で、次の3つを指します。
これら行事の歴史と文化・見どころについて解説していきましょう。
秋田県:なまはげ柴灯まつり
なまはげ柴灯(せど)まつりは、秋田県男鹿市北浦にある真山神社で行われる奇祭です。毎年2月の第2土曜日を含む金・土・日の3日間にわたり開催されます。
■祭りの起源
この祭りは、900年以上の歴史がある真山神社の神事「柴灯祭」と、男鹿地方に古くから伝わる民俗行事「なまはげ」を組み合わせた独自の文化です。現在の形が定着したのは、観光を盛り上げるための「雪まつり」が始まりとされています。
その後、後の男鹿市長となる菅原慶吉氏らが真山神社の柴灯祭の神事を取り入れ、現代に引き継がれています。
■祭りの見どころ
この行事の最大の見どころは、「なまはげ」の存在です。鬼のような姿が印象的ですが、実は無病息災や豊作・豊漁を願う来訪神として崇められてきました。なお、テレビなどで紹介される民家を巡る「男鹿のナマハゲ」は大晦日の行事なので、注意してください。
祭りは、若者たちがなまはげへと姿を変える「なまはげ入魂」という儀式から始まります。続いて神楽殿では「男鹿のナマハゲ」を再現する「なまはげ行事再現」や、迫力満点の「なまはげ太鼓」が披露されます。
中でも見逃せないのが、祭りの締めくくりとなる下山の場面です。松明を掲げたなまはげ達が雪山から降りてくる光景は、非常に神々しく幻想的です。
その後、神官から護摩餅(ごまもち)を受け取ったなまはげは再び山へと帰っていきます。
山梨県:吉田の火祭り
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=22992309による
吉田の火祭りは、山梨県富士吉田市にある北口本宮冨士浅間神社と、摂社である諏訪神社を中心に行われる450年以上の歴史を誇る奇祭です。毎年8月26日・27日の2日間にわたり開催され、富士吉田市の市街地全体が舞台となる大規模な行事です。
■祭りの起源
祭礼の始まりについては諸説ありますが、追っ手から逃れてきた諏訪の神を地域の人々が松明で迎えたところ、その火を見た敵が援軍と見間違えて退却したという伝説が残っています。この出来事を忘れないよう、大きな松明を焚き上げたのが火祭りの起源だといわれているのです。
その後、富士信仰が強くなったことで、富士山の「山じまい」を告げる文化へと変わり、現在へ引き継がれています。また、全国から観光客が訪れるようになり、その価値が評価されて山梨県の無形民俗文化財にも指定されました。
■祭りの見どころ
最大の見どころは、富士吉田市本町通りなどに立てられる高さ約3メートルの「大松明」です。約80本もの松明が一斉に点火され、約2kmにわたって炎の帯が広がる光景はまさに圧巻です。この迫力ある景色を目当てに、全国から多くの観光の方が訪れます。
初日と2日目は、神輿が街を巡ります。夜には参加者が「すすきの玉串」を手に神輿に続き、境内の「高天原」を回りながら、安産や子授け、無病息災を祈願し、幕を閉じていくのです。
長野県:御柱祭
御柱祭は、長野県諏訪市にある諏訪大社四社(上社本宮・前宮、下社春宮・秋宮)で行われる奇祭です。干支で寅年と申年にあたる年に実施される行事で、詳しい日程は、その年の暦や曜日、運営側の判断によって決められます。次回の開催は2028年の予定です。
■祭りの起源
この祭りの目的は、諏訪大社四社の合計16本の御柱(モミの木)を建て替えることにあります。御柱を建て替える理由については、神域を示すためや、神様の依代とするためなど10種類以上の説が伝えられており、明確な諸説はありません。
祭りの起源は、804年の桓武天皇の時代から信濃国が奉仕を行うようになったのが有力な説です。戦国時代には武田信玄がより盛大に実施したと記録されています。
■祭りの見どころ
最大の見どころは、4月に行われる「山出し」の中でも特に有名な「木落し」です。氏子たちを乗せた巨木が、傾斜30度を超える急斜面を一気に滑り降ります。こうした行事があることから、御柱祭は「日本一危ない祭り」と呼ばれているのです。
5月に入ると「里曳き(さとびき)」が始まり、山出しの緊張感とは対照的な、華やかな雰囲気に包まれます。町中を華やかな行列とともに御柱が曳かれ、祭りは祝祭ムードに包まれます。最後には、社殿の四隅に人の力だけで柱を建てる「建御柱(たてみはしら)」が行われ、数ヶ月にわたる壮大な文化行事は幕を閉じていくのです。
世界の奇祭にはどんなものがある?
日本だけではなく、世界にも数多くの奇祭があり、その中でも有名な行事は次の3つを指します。
ここからは、それぞれの祭りについて歴史と文化・見どころについて解説していきます。
ハンガリー:ブショーヤーラーシュ
ブショーヤーラーシュは、ハンガリー南部の街・モハーチで開催される伝統的な奇祭です。毎年2月に行われるこの行事は、厳しい冬を追い払い、温かな春の到来を祝う目的で引き継がれてきました。
■祭りの起源
祭りの起源は16世紀、オスマン帝国の支配下にあった時代に敵軍から逃れるために森へ隠れた住民たちが、怪物のような仮面と毛皮を身にまとって街へ戻りました。その恐ろしい姿に驚いた敵軍は恐怖で逃げ出したという言い伝えが、この祭りの始まりとされています。
■祭りの見どころ
祭りの見どころは「ブショー」と呼ばれる恐ろしい仮面を被り、羊の毛皮を着た人々の姿です。祭りの期間中は人々がブジョーとなって街中を練り歩きます。仮面は魔除けや厄払いの象徴とされ、笛や太鼓の音とともに、冬の寒さや悪霊を追い払う意味が込められています。
■春の訪れを喜ぶ祭り
プジョーの衣装の準備は世代ごとに家族で受け継がれて長い歴史を持つ文化となりました。また、地域の方だけではなく、クロアチア、スロベニアなどの周辺国からの参加者も加わり、国境を越えた文化交流の場にもなっています。こうした深い歴史的・文化的意義が評価され、ブショーヤーラーシュは2009年にユネスコ無形文化遺産に登録されました。
会場ではそのほかにも、「花嫁探し」の儀式や民族舞踊、仮面劇など多彩な行事が繰り広げられ、参加者全員で春の訪れを喜び合います。
ヒンドゥー教圏:タイプーサム
© Albert Ivan Damanik/CC BY-SA 4.0 (ウィキメディア・コモンズより引用)
タイプーサムは、ヒンドゥー教のタミル人コミュニティで行われる伝統的な奇祭です。タミル暦のタイ月(1月〜2月)の満月の日に開催されます。インドのタミル・ナードゥ州が発祥ですが、現在はマレーシアやシンガポールなど、タミル系移民が多く暮らす地域でも盛大な行事として行われているのです。
■祭りの起源
この行事は、戦いの神ムルガンが母である女神パールヴァティーから聖なる槍「ヴェル」を授かり、悪を打ち破ったという神話に基づいています。その出来事を記念し、神への感謝や祈りを捧げる文化行事として、長い年月をかけて引き継がれてきました。
■祭りの見どころ
タイプーサム最大の見どころは、参加者が行う厳しい苦行です。信者たちは神への献身を示すため、自らの体に串やフックを通したり、重い神輿「カヴァディ」を担いで巡礼したりします。これらの行為は見世物ではなく、痛みに耐えること自体が信仰の証とされ、精神的な強さを表す大切な儀礼です。
参加者の多くは祭りの数週間前から断食や禁欲を行い、心と体を清めたうえでこの行事に臨んでいます。
激しい苦行を伴いながらも、周囲の人々が歌や踊りで信者を励ます姿は、地域の強い結束を感じさせます。信仰と文化、そして人と人とのつながりを強く感じられる祭りです。
ボリビア:オルーロのカーニバル
南米ボリビアの都市オルーロで開催されるこのカーニバルは、世界的に有名な奇祭の一つです。200年以上の歴史を誇り、南米三大祭りとして取り上げられています。毎年2月になると、街は数万人以上の踊り手と音楽家が放つ熱狂に包まれます。
■祭りの起源
このカーニバルの大きな特徴は、アンデス先住民の信仰とカトリックが融合した文化にあります。先住民族の儀礼に、スペイン植民地時代に伝えられたキリスト教文化が重なり合い、独自の宗教行事として発展してきました。
■祭りの見どころ
最大の見どころである「悪魔の踊り(ディアブラーダ)」は、ディアブロという恐ろしい悪魔の仮面を被った踊り手たちが、巧みなステップで観衆を魅了します。
オルーロのカーニバルは、アンデス先住民の信仰とカトリックが融合した独自の宗教的・文化的価値、多様な舞踊や仮面芸術、そして地域社会の歴史やアイデンティティが今も生き続けている点が高く評価され、2008年にユネスコ無形文化遺産に登録されました。
祭りは2〜3日間にわたって行われ、朝から深夜までパレードや音楽、踊りが続きます。観光地としても高い人気を誇り、世界中から多くの見物客が訪れています。
奇祭から見える受け継がれる文化と地域一体で盛り上がる熱量
日本や世界の奇祭は、奇抜さだけが注目されがちですが、その背景には、先人たちの尽力によって長く受け継がれてきた文化や信仰があります。そうした歴史を知る地域の人々ほど祭りへの想いは強く、現在でも大きな熱量をもって行事に参加して盛り上げています。
観光として訪れる際には、行事に込められた歴史や意味を事前に知ることで、祭りへの敬意や感謝の気持ちが生まれ、地域の人々と一体となって、より深く楽しめるのではないでしょうか?
関連記事
意外と知らない盆踊りの由来▼
この記事が好きなあなたにおすすめ!▼