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世界の国のお札や紋章、コインをよく見ると、動物が描かれていることがあります。国を象徴する動物は「国獣」と呼ばれ、価値観や誇りを託された存在です。
世界には、ライオンやトラのような力強い動物だけでなく、ユニコーンのような伝説上の生き物が選ばれている国もあります。
そんな動物たちの背景をたどっていくと、それぞれの国らしさが少しずつ見えてくるはずです。いつもとは少し違う視点で、世界をのぞいてみましょう。
「国獣」という言葉を初めて聞く方もいるかもしれません。まずは、国獣とはどんなものなのか、少しだけ見ていきましょう。
国獣とは、その国を象徴する動物のこと。国花や国鳥と同じように、その土地の自然や文化、歴史を物語ります。
法律で正式に定められている国もあれば、はっきりとした決まりがないまま人々のあいだで親しまれてきた動物が、自然と「国獣」として定着している場合もあります。
では、どんな動物が選ばれるのでしょうか。
ひとつは、その土地ならではの生き物であること。オーストラリアのカンガルーや、ニュージーランドのキーウィのように、固有種がその国の象徴になることがあります。
もうひとつは、神話や信仰とのつながり。ローマ建国の伝説に登場する狼や、中国で神聖視されてきた龍などがその例です。
そして、国の価値観や願いを託せること。強さや自由、前へ進む意志。そうした思いが、動物に重ねられてきました。
国獣とは、生き物の姿を借りたその国の「自画像」ともいえるのかもしれません。そんな世界の国獣たちの一覧を見ていきましょう。
私たちの暮らす日本をはじめ、アジアでは身近なようでいて意外と知らない生き物たちが、それぞれの国を代表しています。さっそくのぞいてみましょう。
日本の国獣は何でしょうか。ライオンやワシのような、はっきりとした「顔」が思い浮かばないかもしれません。
実は、日本には法律で定められた国獣がありません。国鳥にはキジが選ばれていますが、「国獣」となると、正式には決まっていないのです。その代わりに、日本らしさを映す生き物がいくつか親しまれています。
山に生きるニホンカモシカと、泳ぐ宝石と呼ばれる錦鯉を見ていきましょう。
深い山の岩場に、ひっそりと暮らすニホンカモシカ。日本にしかいない固有種で、国の特別天然記念物にも指定されています。
名前に「シカ」とついていますが、実はウシの仲間です。がっしりした体つきで、切り立った斜面も難なく登ります。
ところで、「カモシカのような足」という日本語の言い回しを耳にしたことはないでしょうか。すらりと細く美しい足のたとえですが、実はこれ、勘違いから生まれた表現だといわれています。
本物のカモシカの足は、急な山を登るためにたくましく、むしろ太いくらいです。
もともとこの比喩は、細い足をもつレイヨウ(ガゼルの仲間)を指していました。「羚羊」という漢字をカモシカとも読むうちに混同され、いつしかカモシカの姿に置きかわってしまったそうです。
もうひとつ、日本を象徴する生き物が錦鯉です。目の覚めるような色合いから、「泳ぐ宝石」とも呼ばれ、いまや海外にも多くの愛好家がいます。
そのはじまりは、新潟の山あいの村にあります。江戸時代に、食用のコイから偶然生まれた色つきの個体を、「美しい」と感じた人々が観賞用に育てたことがきっかけでした。
長い年月をかけて品種改良が重ねられ、2022年には「国魚」にも認定されています。
中国には、まったく異なる2つの「顔」があります。空想上の龍と、世界的な人気者ジャイアントパンダです。
龍は、水や天気をあやつる聖なる霊獣で、皇帝の象徴とされてきました。五本の爪をもつ龍は、皇帝だけに許された特別なものでした。人々が自らを「龍の伝人(龍の子孫)」と呼ぶほど、今も深く根づいています。
一方のパンダは、比較的新しいシンボルです。その愛らしい姿は、20世紀後半の「パンダ外交」をきっかけに世界へ広まりました。現在は保護研究のため、各国へ「貸し出す」形へと変わっています。
山の守り神として恐れられ、また敬われてきたトラ。韓国を象徴するのは、このアムールトラ(朝鮮トラ)です。
建国神話にも登場し、人になりたいと願ったトラとクマのうち、耐えぬいたクマは人となり、トラは山へ帰ったと語られます。1988年ソウル五輪のマスコット「ホドリ」も、このトラがモデルです。
しかし、朝鮮半島のトラは今やほとんど姿を消し、絶滅寸前とされています。その多くはロシアや中国側の森に生息しています。
神話で山へ帰ったトラが、いまも国を代表し続けているのです。
力強く、美しい縞模様をまとったベンガルトラ。インドの国獣として、その雄大な姿は古くから人々を魅了してきました。
ヒンドゥー教では、女神ドゥルガーがトラに乗る姿で描かれることもあり、勇気や力の象徴として親しまれています。また、野生のベンガルトラの多くがインドに生息しており、この国の豊かな自然を代表する存在でもあります。
一時は密猟や森林開発によって数を大きく減らしましたが、保護活動によって少しずつ回復しています。森を悠然と歩くその姿は、自然への畏敬とともに、インドの誇りを今も静かに映し続けています。
世界最大のトカゲと、神話に羽ばたく霊鳥。インドネシアには、対照的な2つの象徴があります。
コモドオオトカゲは、限られた島に暮らす固有種で、この国ならではの生物多様性を体現しています。
もう一方のガルダ(ガルーダ)は、ヒンドゥー教や仏教の神話に登場する霊鳥で、国の紋章となっています。翼の羽の数は、独立記念日である1945年8月17日を表しているのだとか。細部にまで、国の歩みが刻まれています。
国獣が意外にも身近な「牛」という国があります。ネパールです。ヒンドゥー教で牛は聖なる生き物とされ、豊かさをもたらす女神ラクシュミーとも結びついてきました。
その敬い方は徹底しており、この国では憲法で牛を殺すことを固く禁じています。
もっとも、多くの民族が暮らすネパールでは、牛肉を口にしてきた人々もいます。聖なるものをめぐるあり方は、一つではないのかもしれません。
アジアの締めくくりは、タイ。国獣のアジアゾウは王の権威と結びつき、仏教ではブッダを守る聖なる生き物とされてきました。
なかでも特別なのが「白い象」です。かつては赤地に白象を描いた旗が、シャム(タイの旧称)の国旗として使われていたほどでした。見つかった白象は、国王へ献上されたといいます。
ちなみに白象といっても、体が真っ白なわけではありません。いくつかの特徴から見分けられるとされています。
アジアを離れて、視点を海の向こうへ。北米・南米には、雄大な自然に育まれた動物たちが見られます。
広い大地や深い森が生んだ国獣を、たどっていきましょう。
北米・南米の最初はアメリカ。空にはハクトウワシ、大地にはアメリカバイソンと、2つの動物が国を象徴しています。
ハクトウワシは1782年から国章の中心に描かれてきましたが、正式に国鳥と定められたのは2024年のことです。バイソンは2016年、アメリカ初の「国の哺乳類」に選ばれました。かつて乱獲で絶滅寸前まで減ったものの、いまは数を取り戻しつつあります。
なお、「フランクリンが七面鳥を国鳥に推した」という話は有名ですが、実は俗説にすぎないともいわれています。
働き者の代名詞、ビーバー。この動物こそ、カナダという国をかたちづくった立役者であり、国獣です。
17世紀から19世紀にかけて、ビーバーの毛皮で作る帽子がヨーロッパで大流行し、毛皮交易がカナダの経済と開拓を支えました。メープルリーフより古い象徴ともいわれます。
正式な国獣指定は1975年、若手の議員が提出した一文の法律がきっかけでした。
国に尽くしながら、毛皮のために乱獲され激減した歴史もあります。その背景にも、静かに目を向けておきたいものです。
さらに南へ、ブラジル。アメリカ大陸で最大のネコ科ジャガーが、この国の国獣です。
アマゾンからパンタナールにかけて広く生息し、豊かな生態系を体現しているとされています。先住民の文化でも、森を守る霊獣として古くから敬われてきました。
近年は保護を呼びかける記念日も設けられ、ブラジルの自然の象徴として、あらためて注目を集めています。
締めくくりはペルー。アンデスの高地には、国獣に選ばれたラクダの仲間、ビクーニャが暮らしています。
その毛は世界でもっとも細く繊細で、「神々の繊維」とも呼ばれてきました。インカ帝国では神聖視され、その衣をまとえるのは皇帝ただひとり。許しなく殺せば、厳しい罰が科されたといいます。
それでも人々は、この動物を絶やしませんでした。毛だけを刈って野へ返す「チャク」という営みを、長く受け継いできたのです。
いまも国章にその姿が描かれ、ペルーの誇りとして大切にされています。
太平洋に点在するオセアニアには、ほかの大陸では出会えないユニークな生き物たちが暮らしています。個性ゆたかな顔ぶれを、のぞいていきましょう。
オセアニアの最初はオーストラリア。国章を左右から支えるのは、カンガルーとエミューです。
どちらも体のつくり上、後ろへ下がりにくいことから、「前へ進む国」を象徴するといわれています。
そして世界中で愛されるのが、コアラです。クマのように見えて、実はカンガルーと同じ有袋類の仲間です。一日の大半を眠って過ごし、主食はユーカリの葉。近ごろは生息地の減少で数を減らし、絶滅が心配される地域もあります。愛らしさの裏に、守るべき現実もあるのです。
飛べない夜行性の鳥、キーウィ。ニュージーランドの象徴として、世界にその名を知られています。
この国だけにすむ固有種で、先住民マオリにとっては「宝物(タオンガ)」とされ、その羽根は伝統の織物にも使われてきました。おもしろいのは、ニュージーランドの人々自身も「キーウィ」の愛称で呼ばれることです。第一次世界大戦の兵士たちから広まったといわれます。
ちなみに、果物のキウイより鳥のほうが先。果物の名は、20世紀になってこの鳥にちなんでつけられたものです。
オセアニアの締めはパプアニューギニア。「国の海の哺乳類」に定められているのは、ジュゴンです。
海草を食べながらおだやかに暮らす姿は、人魚伝説のモデルになったともいわれています。その骨や牙は儀式で大切にされ、人々の暮らしに深く結びついてきました。
最後はヨーロッパへ。長い歴史と物語に彩られたこの地では、実在の動物だけでなく、伝説や神話の生き物も国の象徴として受け継がれています。
ヨーロッパの最初はフランス。その象徴は、勇ましく朝を告げる雄鶏です。
始まりはラテン語の言葉遊びで、「ガリア人」と「雄鶏」がどちらも「gallus(ガルス)」という同じ言葉だったことに由来します。もとは他国がからかい半分で使った呼び名でしたが、フランスはそれを誇りとして受け入れました。
夜明けを知らせるその声は、闇を破る光のしるし。いまもサッカー代表のユニフォームやエリゼ宮の門に、その姿を見ることができます。
続いてはイギリス。この国には、象徴とされる動物が3つあります。
ライオン、ブルドッグ、そしてユニコーンです。
ライオンは王家のしるし。ブルドッグは粘り強さの象徴です。第二次大戦下のチャーチルの不屈と重ねられ、「英国のブルドッグ魂」という言葉も生まれました。
そしてスコットランドの国獣ユニコーン。実在しない伝説の生き物ですが、いまは紋章の中でライオンと並び、国を支えています。
海に囲まれたギリシャで、古くから親しまれてきたのがイルカです。神々の使いとされ、クレタ島の宮殿には約3500年前の壁画も残されています。また、聖地デルフォイの名も、イルカに由来するといわれます。
もうひとつ欠かせないのが、不死鳥フェニックス。死と再生をくり返す象徴で、独立のシンボルとしても、人々の希望を映してきました。
イタリアの象徴といえば狼。ローマ建国の伝説にその理由があります。
捨てられた双子ロムルスとレムスを、一頭の雌狼が育てたという物語です。この兄弟が築いた町が、のちのローマになりました。
ローマの紋章に刻まれた「カピトリーノの雌狼」は、今もこの国を代表する姿として知られています。
スペインの象徴として親しまれてきたのが、力強い雄牛です。勇猛さやたくましさの証として、人々に愛されてきました。
その背景にあるのが、闘牛の伝統です。歴史や芸術とも結びつき、スペインを代表する文化のひとつとして受け継がれてきました。一方で、近年では動物福祉の観点から、そのあり方を見直す動きもあります。
また、道路沿いにそびえる黒い雄牛のシルエット「オズボーンの雄牛」も、スペインではおなじみの存在です。もとは酒造会社の広告でしたが、いまでは広く親しまれています。
ヨーロッパの締めくくりは、スウェーデン。深い森の国を代表するのは、「森の王」とも呼ばれる大きなヘラジカです。氷河期のころから北欧の森に生き、道路標識にも描かれるほど、暮らしに身近な動物です。
もうひとつの象徴が「ダーラヘスト」。生き物ではなく、ダーラナ地方で生まれた赤い木彫りの馬です。もとは冬の手仕事として作られたおもちゃでしたが、万博をきっかけに世界へ広まり、いまではスウェーデンみやげの定番になっています。
国を象徴する動物たちには、それぞれの土地の想いが込められています。
強さや自由を託された動物もいれば、龍やユニコーンのように、伝説の中から選ばれたものもいます。法律で守られた牛や、木彫りの馬に至るまで、その顔ぶれは実に多彩です。
その国が大切にしてきたものや、願ってきた姿を映す、国獣。地図の上の線や色だけでは見えなかったものが、動物たちを通して、ふと立ち上がってきます。
世界は、思っているより、ずっと動物たちの物語に満ちているのかもしれません。
世界の国のお札や紋章、コインをよく見ると、動物が描かれていることがあります。
国を象徴する動物は「国獣」と呼ばれ、価値観や誇りを託された存在です。
世界には、ライオンやトラのような力強い動物だけでなく、ユニコーンのような伝説上の生き物が選ばれている国もあります。
そんな動物たちの背景をたどっていくと、それぞれの国らしさが少しずつ見えてくるはずです。
いつもとは少し違う視点で、世界をのぞいてみましょう。
目次
国獣とは?
「国獣」という言葉を初めて聞く方もいるかもしれません。
まずは、国獣とはどんなものなのか、少しだけ見ていきましょう。
国獣の定義
国獣とは、その国を象徴する動物のこと。
国花や国鳥と同じように、その土地の自然や文化、歴史を物語ります。
法律で正式に定められている国もあれば、はっきりとした決まりがないまま人々のあいだで親しまれてきた動物が、自然と「国獣」として定着している場合もあります。
選定基準は?
では、どんな動物が選ばれるのでしょうか。
ひとつは、その土地ならではの生き物であること。
オーストラリアのカンガルーや、ニュージーランドのキーウィのように、固有種がその国の象徴になることがあります。
もうひとつは、神話や信仰とのつながり。
ローマ建国の伝説に登場する狼や、中国で神聖視されてきた龍などがその例です。
そして、国の価値観や願いを託せること。
強さや自由、前へ進む意志。そうした思いが、動物に重ねられてきました。
国獣とは、生き物の姿を借りたその国の「自画像」ともいえるのかもしれません。
そんな世界の国獣たちの一覧を見ていきましょう。
アジア|信仰と自然が育んだ国獣たち
私たちの暮らす日本をはじめ、アジアでは身近なようでいて意外と知らない生き物たちが、それぞれの国を代表しています。
さっそくのぞいてみましょう。
日本|実は国獣がいない?
日本の国獣は何でしょうか。
ライオンやワシのような、はっきりとした「顔」が思い浮かばないかもしれません。
実は、日本には法律で定められた国獣がありません。国鳥にはキジが選ばれていますが、「国獣」となると、正式には決まっていないのです。
その代わりに、日本らしさを映す生き物がいくつか親しまれています。
山に生きるニホンカモシカと、泳ぐ宝石と呼ばれる錦鯉を見ていきましょう。
孤高の「ニホンカモシカ」
深い山の岩場に、ひっそりと暮らすニホンカモシカ。日本にしかいない固有種で、国の特別天然記念物にも指定されています。
名前に「シカ」とついていますが、実はウシの仲間です。がっしりした体つきで、切り立った斜面も難なく登ります。
ところで、「カモシカのような足」という日本語の言い回しを耳にしたことはないでしょうか。
すらりと細く美しい足のたとえですが、実はこれ、勘違いから生まれた表現だといわれています。
本物のカモシカの足は、急な山を登るためにたくましく、むしろ太いくらいです。
もともとこの比喩は、細い足をもつレイヨウ(ガゼルの仲間)を指していました。
「羚羊」という漢字をカモシカとも読むうちに混同され、いつしかカモシカの姿に置きかわってしまったそうです。
泳ぐ宝石「錦鯉」
もうひとつ、日本を象徴する生き物が錦鯉です。
目の覚めるような色合いから、「泳ぐ宝石」とも呼ばれ、いまや海外にも多くの愛好家がいます。
そのはじまりは、新潟の山あいの村にあります。江戸時代に、食用のコイから偶然生まれた色つきの個体を、「美しい」と感じた人々が観賞用に育てたことがきっかけでした。
長い年月をかけて品種改良が重ねられ、2022年には「国魚」にも認定されています。
中国|皇帝の「龍」と人気者「パンダ」
中国には、まったく異なる2つの「顔」があります。空想上の龍と、世界的な人気者ジャイアントパンダです。
龍は、水や天気をあやつる聖なる霊獣で、皇帝の象徴とされてきました。五本の爪をもつ龍は、皇帝だけに許された特別なものでした。
人々が自らを「龍の伝人(龍の子孫)」と呼ぶほど、今も深く根づいています。
一方のパンダは、比較的新しいシンボルです。その愛らしい姿は、20世紀後半の「パンダ外交」をきっかけに世界へ広まりました。
現在は保護研究のため、各国へ「貸し出す」形へと変わっています。
韓国|山の守り神「アムールトラ」
山の守り神として恐れられ、また敬われてきたトラ。韓国を象徴するのは、このアムールトラ(朝鮮トラ)です。
建国神話にも登場し、人になりたいと願ったトラとクマのうち、耐えぬいたクマは人となり、トラは山へ帰ったと語られます。
1988年ソウル五輪のマスコット「ホドリ」も、このトラがモデルです。
しかし、朝鮮半島のトラは今やほとんど姿を消し、絶滅寸前とされています。
その多くはロシアや中国側の森に生息しています。
神話で山へ帰ったトラが、いまも国を代表し続けているのです。
インド|森の王者「ベンガルトラ」
力強く、美しい縞模様をまとったベンガルトラ。インドの国獣として、その雄大な姿は古くから人々を魅了してきました。
ヒンドゥー教では、女神ドゥルガーがトラに乗る姿で描かれることもあり、勇気や力の象徴として親しまれています。また、野生のベンガルトラの多くがインドに生息しており、この国の豊かな自然を代表する存在でもあります。
一時は密猟や森林開発によって数を大きく減らしましたが、保護活動によって少しずつ回復しています。
森を悠然と歩くその姿は、自然への畏敬とともに、インドの誇りを今も静かに映し続けています。
インドネシア|「コモドオオトカゲ」と霊鳥「ガルダ」
世界最大のトカゲと、神話に羽ばたく霊鳥。インドネシアには、対照的な2つの象徴があります。
コモドオオトカゲは、限られた島に暮らす固有種で、この国ならではの生物多様性を体現しています。
もう一方のガルダ(ガルーダ)は、ヒンドゥー教や仏教の神話に登場する霊鳥で、国の紋章となっています。
翼の羽の数は、独立記念日である1945年8月17日を表しているのだとか。細部にまで、国の歩みが刻まれています。
ネパール|聖なる生き物「牛」
国獣が意外にも身近な「牛」という国があります。ネパールです。
ヒンドゥー教で牛は聖なる生き物とされ、豊かさをもたらす女神ラクシュミーとも結びついてきました。
その敬い方は徹底しており、この国では憲法で牛を殺すことを固く禁じています。
もっとも、多くの民族が暮らすネパールでは、牛肉を口にしてきた人々もいます。
聖なるものをめぐるあり方は、一つではないのかもしれません。
タイ|王権の象徴「アジアゾウ」
アジアの締めくくりは、タイ。国獣のアジアゾウは王の権威と結びつき、仏教ではブッダを守る聖なる生き物とされてきました。
なかでも特別なのが「白い象」です。かつては赤地に白象を描いた旗が、シャム(タイの旧称)の国旗として使われていたほどでした。
見つかった白象は、国王へ献上されたといいます。
ちなみに白象といっても、体が真っ白なわけではありません。いくつかの特徴から見分けられるとされています。
北米・南米|大自然が育んだ国獣たち
アジアを離れて、視点を海の向こうへ。
北米・南米には、雄大な自然に育まれた動物たちが見られます。
広い大地や深い森が生んだ国獣を、たどっていきましょう。
アメリカ|空の「ハクトウワシ」と大地の「バイソン」
北米・南米の最初はアメリカ。空にはハクトウワシ、大地にはアメリカバイソンと、2つの動物が国を象徴しています。
ハクトウワシは1782年から国章の中心に描かれてきましたが、正式に国鳥と定められたのは2024年のことです。
バイソンは2016年、アメリカ初の「国の哺乳類」に選ばれました。かつて乱獲で絶滅寸前まで減ったものの、いまは数を取り戻しつつあります。
なお、「フランクリンが七面鳥を国鳥に推した」という話は有名ですが、実は俗説にすぎないともいわれています。
カナダ|国づくりを支えた「ビーバー」
働き者の代名詞、ビーバー。この動物こそ、カナダという国をかたちづくった立役者であり、国獣です。
17世紀から19世紀にかけて、ビーバーの毛皮で作る帽子がヨーロッパで大流行し、毛皮交易がカナダの経済と開拓を支えました。メープルリーフより古い象徴ともいわれます。
正式な国獣指定は1975年、若手の議員が提出した一文の法律がきっかけでした。
国に尽くしながら、毛皮のために乱獲され激減した歴史もあります。その背景にも、静かに目を向けておきたいものです。
ブラジル|森の王者「ジャガー」
さらに南へ、ブラジル。アメリカ大陸で最大のネコ科ジャガーが、この国の国獣です。
アマゾンからパンタナールにかけて広く生息し、豊かな生態系を体現しているとされています。
先住民の文化でも、森を守る霊獣として古くから敬われてきました。
近年は保護を呼びかける記念日も設けられ、ブラジルの自然の象徴として、あらためて注目を集めています。
ペルー|神々の繊維「ビクーニャ」
締めくくりはペルー。アンデスの高地には、国獣に選ばれたラクダの仲間、ビクーニャが暮らしています。
その毛は世界でもっとも細く繊細で、「神々の繊維」とも呼ばれてきました。
インカ帝国では神聖視され、その衣をまとえるのは皇帝ただひとり。許しなく殺せば、厳しい罰が科されたといいます。
それでも人々は、この動物を絶やしませんでした。毛だけを刈って野へ返す「チャク」という営みを、長く受け継いできたのです。
いまも国章にその姿が描かれ、ペルーの誇りとして大切にされています。
オセアニア|島と海が育んだ国獣たち
太平洋に点在するオセアニアには、ほかの大陸では出会えないユニークな生き物たちが暮らしています。
個性ゆたかな顔ぶれを、のぞいていきましょう。
オーストラリア|前へ進む「カンガルー」と「コアラ」
オセアニアの最初はオーストラリア。国章を左右から支えるのは、カンガルーとエミューです。
どちらも体のつくり上、後ろへ下がりにくいことから、「前へ進む国」を象徴するといわれています。
そして世界中で愛されるのが、コアラです。
クマのように見えて、実はカンガルーと同じ有袋類の仲間です。一日の大半を眠って過ごし、主食はユーカリの葉。
近ごろは生息地の減少で数を減らし、絶滅が心配される地域もあります。愛らしさの裏に、守るべき現実もあるのです。
ニュージーランド|国民の愛称「キーウィ」
飛べない夜行性の鳥、キーウィ。ニュージーランドの象徴として、世界にその名を知られています。
この国だけにすむ固有種で、先住民マオリにとっては「宝物(タオンガ)」とされ、その羽根は伝統の織物にも使われてきました。
おもしろいのは、ニュージーランドの人々自身も「キーウィ」の愛称で呼ばれることです。
第一次世界大戦の兵士たちから広まったといわれます。
ちなみに、果物のキウイより鳥のほうが先。果物の名は、20世紀になってこの鳥にちなんでつけられたものです。
パプアニューギニア|人魚伝説の「ジュゴン」
オセアニアの締めはパプアニューギニア。「国の海の哺乳類」に定められているのは、ジュゴンです。
海草を食べながらおだやかに暮らす姿は、人魚伝説のモデルになったともいわれています。
その骨や牙は儀式で大切にされ、人々の暮らしに深く結びついてきました。
ヨーロッパ|伝説と歴史に彩られた国獣たち
最後はヨーロッパへ。
長い歴史と物語に彩られたこの地では、実在の動物だけでなく、伝説や神話の生き物も国の象徴として受け継がれています。
フランス|朝を告げる「ガリアの雄鶏」
ヨーロッパの最初はフランス。その象徴は、勇ましく朝を告げる雄鶏です。
始まりはラテン語の言葉遊びで、「ガリア人」と「雄鶏」がどちらも「gallus(ガルス)」という同じ言葉だったことに由来します。
もとは他国がからかい半分で使った呼び名でしたが、フランスはそれを誇りとして受け入れました。
夜明けを知らせるその声は、闇を破る光のしるし。
いまもサッカー代表のユニフォームやエリゼ宮の門に、その姿を見ることができます。
イギリス|実在も伝説も「ライオン」「ブルドッグ」「ユニコーン」
続いてはイギリス。この国には、象徴とされる動物が3つあります。
ライオン、ブルドッグ、そしてユニコーンです。
ライオンは王家のしるし。ブルドッグは粘り強さの象徴です。
第二次大戦下のチャーチルの不屈と重ねられ、「英国のブルドッグ魂」という言葉も生まれました。
そしてスコットランドの国獣ユニコーン。
実在しない伝説の生き物ですが、いまは紋章の中でライオンと並び、国を支えています。
ギリシャ|神々の使い「イルカ」と不死鳥「フェニックス」
海に囲まれたギリシャで、古くから親しまれてきたのがイルカです。
神々の使いとされ、クレタ島の宮殿には約3500年前の壁画も残されています。
また、聖地デルフォイの名も、イルカに由来するといわれます。
もうひとつ欠かせないのが、不死鳥フェニックス。
死と再生をくり返す象徴で、独立のシンボルとしても、人々の希望を映してきました。
イタリア|ローマ建国の「雌狼」
イタリアの象徴といえば狼。ローマ建国の伝説にその理由があります。
捨てられた双子ロムルスとレムスを、一頭の雌狼が育てたという物語です。この兄弟が築いた町が、のちのローマになりました。
ローマの紋章に刻まれた「カピトリーノの雌狼」は、今もこの国を代表する姿として知られています。
スペイン|誇り高き「闘牛の雄牛」
スペインの象徴として親しまれてきたのが、力強い雄牛です。勇猛さやたくましさの証として、人々に愛されてきました。
その背景にあるのが、闘牛の伝統です。歴史や芸術とも結びつき、スペインを代表する文化のひとつとして受け継がれてきました。
一方で、近年では動物福祉の観点から、そのあり方を見直す動きもあります。
また、道路沿いにそびえる黒い雄牛のシルエット「オズボーンの雄牛」も、スペインではおなじみの存在です。
もとは酒造会社の広告でしたが、いまでは広く親しまれています。
スウェーデン|森の王「ヘラジカ」と木馬「ダーラヘスト」
ヨーロッパの締めくくりは、スウェーデン。深い森の国を代表するのは、「森の王」とも呼ばれる大きなヘラジカです。
氷河期のころから北欧の森に生き、道路標識にも描かれるほど、暮らしに身近な動物です。
もうひとつの象徴が「ダーラヘスト」。生き物ではなく、ダーラナ地方で生まれた赤い木彫りの馬です。
もとは冬の手仕事として作られたおもちゃでしたが、万博をきっかけに世界へ広まり、いまではスウェーデンみやげの定番になっています。
国を映す動物たち
国を象徴する動物たちには、それぞれの土地の想いが込められています。
強さや自由を託された動物もいれば、龍やユニコーンのように、伝説の中から選ばれたものもいます。
法律で守られた牛や、木彫りの馬に至るまで、その顔ぶれは実に多彩です。
その国が大切にしてきたものや、願ってきた姿を映す、国獣。
地図の上の線や色だけでは見えなかったものが、動物たちを通して、ふと立ち上がってきます。
世界は、思っているより、ずっと動物たちの物語に満ちているのかもしれません。
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