アヤワスカ体験記〜女性が挑むシャーマンの儀式

アマゾンのジャングルで夜な夜な開かれているという、シャーマンの儀式。今回は、ペルーの国家文化遺産にも指定されている薬草アヤワスカの体験談をお伝えします。

前回のコラムはこちら:アマゾン熱帯雨林で暮らす

連載一覧はこちら:Lucia Travel

未知なる世界へ

下調べを一切せず、「シャーマンの秘密の儀式に参加できる」という情報だけで行動していた私にとって、儀式は未知の体験そのものでした。

夜9時。壁のない、床と天井だけの簡素な造りの会場に、参加者が集います。灯りは、懐中電灯のみ。会場には虫よけのため、蚊帳が張られているものの、360度全ての方位から虫の音や、木々のざわめきが感じられる開放的な空間でした。

参加者には、畳一畳より少し狭い位のスペースが割り当てられます。中央には、パイプたばこを吸うシャーマン。なんとなく座る場所は決まっているようで、私は一番右端にある薄い布の位置に座るよう促されました。

周囲を見ると、私以外の参加者は7人。現地の方々は思い思いの方法でくつろぎ、修行目的(またはアヤワスカを飲む目的)で集っている外国人は精神を集中させるのに必死でした。ちょっとだけ、怖い雰囲気。

左側の建物が、儀式が開かれる会場。とても開放的な造りです
左側の建物が、儀式が開かれる会場。とても開放的な造りです

苦すぎるアヤワスカ

儀式は、とても静かに始まりました。

何語なのか分からない言語でシャーマンが、何かを語りだします。多分、お祈りの言葉。そして、邪気を払う力があるパイプたばこの煙を、参加者一人一人に吹きかけていきます。独特の香り。真っ白い煙に、ヤニ臭さは一切なく薬草を焼いたような、どこか懐かしい香りがしました。

煙を使った浄化が終わると、シャーマンが参加者の名前を順に呼んでいきます。名前を呼ばれた者は、シャーマンの前に歩み出て、泥を煮詰めたようなドロドロの茶色い液体を飲んでいました。遠目で見ても不味そうな液体、これがアヤワスカです。シャーマンは、その人の体調や体力などを考慮して、飲む量を調整している様子。もし効果がなければ、追加で飲むことも可能とのことでした。

私は新米者なので、一番最後に名前が呼ばれます。与えられたアヤワスカは、コップに1/4程度でした。参加者の中には、コップ半分以上の量を飲む人もいたので、かなり少ない量です。何も考えず飲むも、苦い、とにかく苦い。喉が焼けるような苦さが広がって、見た目通り、いえ見た目以上の不味さが口いっぱいに広がります。
未知の儀式に、期待で胸を膨らませていた私にとっては衝撃の不味さでした。「そっか。アヤワスカを飲むのは、苦行なんだ」。

自分のスペースに戻って、静かに体を横たえます。
シャーマンは全員にアヤワスカを飲ませ終えたのを確認すると、静かに癒しの歌“イカロ”を歌い始めました。楽器を使わず、声だけでさまざまな音色を刻み続ける不思議な歌。その優しいメロディは、自然と心身をリラックスさせてくれます。

30分~1時間が経ったでしょうか。シャーマンは、変わらずイカロを歌い続けています。でも、私の体には何の変化もありません。医療麻酔が効きにくい体質だったのを思い出し、追加で飲ませてもらおうかな。「何も変化がない」なんて呟いたり。

開放的な会場から見た景色。360度ジャングルで自然と一体に
開放的な会場から見た景色。360度ジャングルで自然と一体に

巨神が行き交う空間

その矢先でした。グラグラと大きく視界が揺れたかと思うと、体が床にグデンッと沈んでいく感覚に襲われます。と同時に心だけが空へ、ポン!と投げ出されました。

目を閉じたからなのか、脳の回線が壊れたからなのか、周囲が徐々に暗くなり、視界が狭まります。空へと投げ出された、私はグルグル、グルグル、まるで無重力にいるかのように回っていました。グルグル、グルグル、前後左右の感覚が完全に分からなくなるまで転がること数分。

そこには、巨大という言葉では足りない位、大きな天使がそびえ立っていました。見渡せば、有角神や、ジブリ映画『もののけ姫』に出てくるデイダラボッチにそっくりな姿をした巨神たちが自由に行き来しています。

その景色を見て悟りました。天使はいつもここにいる。でも大きすぎて、普段は目に見えていないのだ、と。私の脳はいま、通常ならスケールが大きすぎで処理できないモノを、アヤワスカの力を借りて見ているのだ、と。そして、感心しました「ある種の映画や絵画を造った芸術家たちは、この光景をそのまま現実世界へ持ってきているのだ」と。私もこの景色をこのまま持ち帰ることができたら、芸術家になれるのに…。

千手観音になる

気が付くと目の前にシャーマンが立っていました。優しくでもしっかりした口調で「座りなさい」と私に命じます。思うように動かない体を動かすのは、少しダルイ。けれども、パイプたばこの煙を全身に吹きかけられると、その煙が冷たくて心地よく、少しうっとりしてしまいました。

「煙が邪気の場所を知らせてくれる」そう言われて、煙を浴び続けます。シャーマンは何か言葉を発すると、私の額に口をつけ邪気を吸い取ってくれました。

また、どこからかイカロが聞こえてきます。次の瞬間、私は千手観音になっていました。4次元、5次元、6次元…と、あらゆる空間に腕が伸びています。次元は隣り合っていますが、時空そのものが異なるので、お互いの領域に入ることはできません。

千手観音の千手は、数多(あまた)という意味。1次元のものが欲しければ1次元に存在する腕を、4次元で誰かが助けを呼んでいたら、4次元の腕を動かすだけ。千手観音(私の体)を中心に次元は無限に広がっていて、千手観音の腕だけが、全ての次元のものを手にできる。

でも、普段3次元に住んでいる私たち人間は、3次元にある腕しか見ることしかできない。なんて残念なんだろう…。

シャーマンは、邪気を払うパイプたばこを大量に吸います。たばこの葉も手作り
シャーマンは、邪気を払うパイプたばこを大量に吸います。たばこの葉も手作り

ジャングルに沈む月

目がくらむ世界へ行き、同時に何通りものことを考え、普段は見えないものを見て…。現実に戻ってきて、また目がくらむ世界へ行って。一晩で何度、異次元を往復したのか分からなくなったころ。どこからか、煙を吸う音が聞こえてきました。それまでとは異なる息づかい。現実の音。目を開けると、中央でシャーマンがゆっくりと、パイプたばこをくゆらせていました。

夜通し催された儀式が終わりを迎えます。強烈な嘔吐や腹痛を感じる人も多いというアヤワスカでしたが、幸いにも私にその症状は一切表れず、ただただ疲労感を感じるのみ。一人、また一人と、参加者が会場を後にしますが、私は立ち上がる気力を取り戻せません。どれくらいの時間が経ったでしょうか。夜が白々と明け始めたころ、ようやく私も会場を後にしました。

空を見上げると、ジャングルに月が沈んでいくところでした。

シャーマンの秘密

私が滞在した村では、アヤワスカを飲む儀式の開催可否は、シャーマンが決めていました。だから「今夜、儀式に参加したい!」と意気込んでも、シャーマンがNoと言えばダメ。

だいたい2~4日の間隔で儀式は開催されましたが、その規則は不明です。シャーマンが精霊にお伺いをたてて日取りを決める、お告げがあって…などなど、色々不思議な話も聞きましたが、実は一つ疑っていることがあります。私が知るシャーマンの家はお金持ちでゲームがたくさん置いてありました。ゲームに熱中する日は、儀式をしない。新しいゲームが欲しくなると積極的に儀式を開催するのではないかと。

仲良くなった修行仲間に話すと「一理あるかも」と同意してくれたので、ひょっとしたら…?

貧しい地域の中で、ひときわ輝く緑と、元気にはしゃぎまわる子どもたち
貧しい地域の中で、ひときわ輝く緑と、元気にはしゃぎまわる子どもたち

雨を呼ぶ聖なる石

「この村に、雨を呼ぶ石がくるよ。」ある日、一緒に修行していた人が、教えてくれました。神聖な力を持った石が5つ。その石は、とても強力なパワーを持っているため、一カ所で保管することができず、シャーマンたちが順番に守っているのだとか。今回、その石が5つとも私たちの村にやってくるというのです。

そして、「石が5つそろうと、雨が頻繁に降るんだよ。だから当分アヤワスカは飲めないかもね」と。

アヤワスカを使った儀式は、雨の日には行わないというルールがあります。本当に雨が降り続けたら…と思うと心配ではありましたが、話が少し眉唾物だったこと、私が自他ともに認める晴れ女であること、今が雨季ではなく乾季であること、を考えれば“大丈夫。雨なんて降らない”とも思えました。

しかし、石の力は強大でした。それまで滅多に雨が降ることがなかったのに雨が続く、続く、続く。雨の日には、儀式はしないというルールなので、アヤワスカを飲む機会は、来る日も来る日も失われてしまいました。

採れたての果実。ほっぺが落ちるほど、おいしかった!
採れたての果実。ほっぺが落ちるほど、おいしかった!

泣く泣く村を去る

そのうちに、まもなくストが始まり首都リマへ行く道路は、全て使えなくなるというウワサが流れてきました。本格的なストが始まれば、飛行機もバスも、一切の交通網がダメになる、今回のストは大がかりだと。

私の手元にある首都リマ発の帰国便のチケットの日付まで、2週間を切っていました。

南米のストは終わりが見えません。何週間も、もしかしたら何カ月も続く場合があります。そして、内容もメチャクチャです。教師が待遇改善を求めて行ったストでは、バス一台がやっと通れる道を封鎖するために、崖の上から大きな岩を投げ落としたと聞きました(岩の撤去にどれだけの日時とお金がかかるのか、立往生したバスで死者が出たりしないか、とかは考えたりしないそうです)。

聖なる石のおかげで儀式は再開されず、大規模なストが始まるウワサが絶えず、心残りが絶えない中、私は村を去ることを決めました。
滞在期間6週間。アヤワスカを使った儀式体験10回。
くしくも日本へ向かう帰国便に乗り遅れ、偶然にも飛び込んだアヤワスカの世界。もしかしたら、私を呼ぶための御業だったのかも知れません。

飛行機から見たアマゾン川。クネクネうねる姿は、まるで巨大なヘビ
飛行機から見たアマゾン川。クネクネうねる姿は、まるで巨大なヘビ

連載一覧はこちら:Lucia Travel

R.香月(かつき)プロフィール画像

ライタープロフィール:R.香月(かつき)

マイナーな国にばかり魅了され、気付けば世界40カ国以上を旅行。
旅先で出会ったイスラム教徒と、国際結婚&出産&離婚。現在は2児の母。


  • Twitter
  • Facebook
  • LINE